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根之堅洲戦記  作者: 征止長
真実と偽りと
91/112

憂鬱な情報



会議室は重い空気に覆われていた。その空気にアナスタシアは息苦しさを感じる。

5日前の報告で、アーヴァングの戦死が伝えられた時とは違う。

あの時は、グラールスを討ち取った事と、魔族の被害が一万を超える大勝利が一緒だったので、喜びも大きかった。


アーヴァングの死は痛い。

特にフェイン陛下や、彼と親しかった人物は、大勝にも素直に喜べないでいた。

アナスタシアの目から見れば、アーヴァングの損失より、グラールスを討ち取った利益の方が大きいと見えるが、軍人は別の視点があるかもしれない。

その辺りの機微は、絶対に理解できることは無いだろうから、自分が何か言う事はない。


形としては、大勝利であり、戻る軍は凱旋軍として迎え入れることになっている。

事実、数で言えば、二千弱の戦死者を出したとは言え、魔族は一万を超えるのだ。大勝利で間違いは無い。

失った元帥も、代わりは決まった。


タケルが元帥になる。その事に素直に賛成は出来ない。

だが、反対する理由は私怨だ。ザフィール家を滅ぼしたい。それには、彼にあの領土を引き渡したいから。

そんな理由で反対する事は出来ない。


アナスタシア以外にも、素直に賛成する事は出来ないと考えている者もいるかもしれないが、ティビスコスら三将軍が推挙したのだ。

武官の頂点が選んだ事だ。文官が反対しても説得力に欠ける。


これに反対するには、余程の説得力を持ちださなくてはならない。

それも、説得相手はフェインだ。生半可な言葉では本心を見破られて終わりだ。

普段は隠しているが、フェインは家族を失った狂気に蝕まれている。

それを王としての責務で自制し、良き王であろうと努めている。

ここで、私欲で何か言い出そうものなら、フェインの私怨で八つ当たりを受けて破滅する未来が待っている。


ここにいる者は全員がフェインの狂気と、正しい王としての自制の仮面を知っている。

彼の配下で生きるには、自らも良き廷臣としての自制の仮面を付けなければならない。

本性で動けば、フェインの本性と言える狂気と相対するだけだ。

アナスタシアが私怨でフェインの狂気と向き合えば、フェインは即座にザフィール家を再興させ、アナスタシアが苦しむように行動するだろう。

それは絶対に避けなければならない事だ。


確かに、タケルは元帥になった事で、領土を得る意欲は薄まるだろう。

だが、考えようによっては薄まったとは言え、無くなった訳では無い。

慌てる必要は無いのだと自分に言い聞かせる。


それよりも、問題は今度の報告だ。

先に帰還を開始した本隊は、王都まで残り二日の距離に来ているが、残ったタケルたちは捕獲した魔族を尋問していた。

いや、やったことは拷問と言っても良いかもしれない。


発案したアザカは、あまりの凄惨な現場に、途中で吐き出して倒れてしまったようだ。

だが、それを笑うことは出来ない。

彼女の気質は文官のそれだ。血生臭い事には向いていない。

何より、書かれている内容は断片的ではあるが、アナスタシアが目を背けたくなるようなものだった。


特に参加したロートルイは凄まじいまでの暴挙を繰り返したようだ。

負傷して気を失っている間に、主であるアーヴァングを失ったと知り、その怒りを魔族にぶつけている。

いや、怒りや憎しみと言った負の感情だけでは無い。戦死したアーヴァングの命の代価として、少しでも何かを得ようとしての行動もあるのだろう。


その結果がこれである。その新しい情報に、驚きを隠せない。

魔族軍の構成。ヘルヴィスを頂点とし、グラールスとヴァルデンという両将軍は見当がついていたが、これに加え、参謀にバーゼルという存在。アビュールやグラフェンと言った竜騎兵では無いが、ヘルヴィスの旗下と言える将軍が存在する。

そして、竜騎兵の中にもザルティムというヘルヴィスの片腕とも言える者がいる。


政治的には、バーゼルが行っているが、主に女性が見ているらしい。

その形態は、まさに家畜の管理方法である。

郷に押し込めて、味は悪いが実りの良い雑穀を生産させ、食糧としている。


更に、若い男女を共同で暮らさせ、繁殖に努めさせる。

何でも人間は、一定の恐怖感や飢餓感などを与えると、繁殖率が上がるらしい。

それら薄々は気付いていた事実を魔族は行っていた。

そして、何よりも。


「脳を喰らうか」


おぞましい言葉が耳に入る。

だが、それこそが重要な案件だった。

元々、アザカが知りたかったのが、魔族の情報源だ。

それが分かった。そのこと自体は喜ばしいが、素直に喜ぶには余りにもおぞましすぎる内容。


知恵のある魔族が、何処か人間臭いのも、人間の脳を喰らい、知識を共有する事で起こる現象のようだ。

おまけに食い過ぎれば、人間と同様な価値観を持ちだし、人を食えなくなるらしい。そうして餓死してしまう魔族もいるようだ。


「アザカ殿を、どうされるのです?」


タケルから情報が送られると同時に、王国へは情報の公表の判断を任された。

その辺りは丸投げである。

だが、タケルたち軍人としては、アザカの保護が最優先事項となったのも当然だろう。


アザカの知識は他の勇者の比では無い。

彼女の知識がある魔族の誕生は、もしかするとヘルヴィス以上の脅威となる。

断じて、魔族の手に渡すわけにはいかない。


だが、問題は保護の方法だ。

予定では、軍馬を得たので陸路を使って、一度はディアヴィナ王国へ戻るつもりだったが、それでは移動中にヘルヴィスに捕獲される危険がある。

どういう訳か、他の勇者はヘルヴィスに発見されたそうだ。

理由は分からない。ヘルヴィス自身にも分かっていないようだ。


無事だったのは、基本的に王都から出なかったアザカと、軍で移動していたタケル。それに、戦場で死んでしまったが、早々にカザークに連れ戻されたカザークの勇者。

つまり、陸路を移動していれば、何処から出て来るか予想が付かない。


海路なら安全だろうが、アザカは船に乗るのを嫌がっているようだ。

現状の選択肢では、ロムニアの王都へ残るか、大軍での移動。大軍での移動でもロムニアなら赤備えが護衛で向かう必要があると考えられている。

仮にディアヴィナから迎えの軍を派遣してもらうにも、ヘルヴィスの襲撃に備えられるかは心許ない。


「アザカ殿の今後の件は、あの方が帰還してから相談するべきだ。

 今急いで決める必要は無い」


ダランベールが発言して、今回の報告をした騎士を見る。

知っている人物だ。リヴルス・ドミナム。

現在は、彼の伯父が旧ザフィール領を仕切っている。


「当面は、大丈夫なのだろう?」


「はい。隊長…の指示を、私が王都へ戻る途中に、副長のエリーザ殿へと伝えています。

 すでに、エリーザ殿自身が700騎を率いてカラファトへと向かっています。その部隊と合流してアザカ殿は戻ってこられます」


隊長と言いかけて、一瞬だけ躊躇した。公式の場であるここでは、元帥と言った方が良いかと思ったのだろう。

だが、正式に任命されていないので、隊長で押し通したようだ。

どうやら、今でも隊長と呼ばれているらしい。


「凱旋は遅らすか」


「そうだな、赤備えと、タケル殿抜きではな」


それに気付かず、あるいは気にせずに話を続け、視線を王へと送る。

予定では、情報が集まった時点、リヴルスの出発時にタケルたちも出発して本隊へ合流するはずだったが、彼等の速度にアザカが付いていけない上に大量の護衛が必要なので、エリーザを呼び戻したくらいだ。


事後承諾だが、責める訳にもいかない。

最前線のカラファト城へ、アザカを置いてタケルが離れるのは、誰にとっても落ち着かない状況だ。

そうなると、タケル抜きでの凱旋か、少し遅れてでも一緒に凱旋か。


「遅れると言っても数日だ。タケル殿を待つ。

 だが、アザカ殿のことは公表させてもらおう。本人の承諾を得ずにするのは気が引けるが、飲んでもらう。

 リヴルスよ、その事を伝えて欲しい」


「承知しました。陛下」


もう一人の勇者も一緒に凱旋するとなれば、少し遅れても、それを理由に出来る。実際に今回の作戦を立てたのは彼女だ。十分に功績はある。

問題は、アザカの存在は、貴族間では知られているが、民間には黙っている事だ。

彼女が王都の街並みを見たいと言うので、それを認めていた。

元々、勇者の存在は、目立った働きが無ければ、民衆にとっては騒ぐような事でもない。


そのため、ディアヴィナ王国では、勇者への関心は決して高くは無かったようで、彼女は街へと気軽に出ることも出来たようだ。

だが、ロムニアは違う。タケルの活躍は民衆にまで知れ渡り、一種の勇者熱が高まっている。

これで、アザカも勇者と知れたら気軽に出ることも出来なくなるが、逆に言えば、今後は嫌でも気軽に出す気は無いので、この判断は妥当だし、アザカも反対はしないだろう。


「それと、グロース王国へ派遣する文官を決めろとの事だが、武官も向かうのか?」


「はい。我が隊の副長であるヴィクトル殿が行きます」


その名前に胸が熱く、同時に痛くなる。それを抑えつつ、話に耳を傾ける。

聞き出した情報には、敵の特徴など軍人にしか分かり合えない微妙なものが含まれている。

それを伝えるために、武官の派遣は必須。前回も行ったロートルイも候補に挙がったが、彼にはアーヴァングが抜けた後の直属部隊の再編任務がある。

他の人物で、あのアルスフォルトに対して、その質問に答え、更に意見を述べることが出来るのは、ヴィクトルしか居ないと判断されたようだ。


「それに関しては、凱旋するまでに決めておこう」


誰が行くのか。無意味な嫉妬をしてしまう。

そんな心の靄を吹き飛ばすため、自分から次の話題に向かった。


「ディアヴィナ王国へは、連絡しますか?」


半ば分かっている質問だった。

だが、本題の前に先に決めてしまった方が良いとも思う。


「伝える。アザカ殿を我らが預かり続けるか、それとも移動を望むなら、それに対しての相談もある。

 どちらにせよ、あの国へは伝える必要が有ろう」


「了解しました。では、最後の問題ですね」


「うむ。この事を民間へと公表すべきか否か」


魔族は人間の脳を喰らい情報を得る。

その標的となるのは、主に商人だった。

貴族が手に入れば良いが、それは魔族にとっても難しい。


魔族に情報を与えないためには、公表してしまえば良い。

貴族は当然、商人だって狙われると分かっていれば自重する。

大きな商人なら、貯えもあるので、暫くは静観するだろう。


だが、ここで問題が発生する。

これを公表すれば、商人の動きは間違い無く悪くなるだろう。

国を人の身体と考えれば、物流とは血の流れだ。悪くなれば弱るし、止まれば死ぬ。

国だけでなく、大陸と考えても良いかもしれない。


一部の欲深い、ある意味では賭けに出る商人も出るだろうが、それは逆に言えば物流が悪くなり、商品の価値が高騰しているからこそ冒険する価値があるのだ。

つまり、いくつかの地域では物資が不足し、飢える者が間違いなく出てくるだろう。


「我が国は大きな影響は無いでしょうが」


幸か不幸か、ロムニアは問題が少ない。

何と言っても陸路で繋がっている国はカザークしかないから、既に商人の足は止まっている。

代わりに、海路が盛んになっているが、こちらは問題が無い。


「下手に公表しても、信じないかもしれないな」


「確かに、我が国が言っても、変な勘繰りを受けかねない」


「だが、黙っていれば、それはそれでな」


危険を知っていながら黙っていた。これは間違い無く悪感情を与えるだろう。

商人を敵に回す愚は避けたい事ではある。

王の視線が自分に向いている事が分かった。意見を求められている。


「少なくとも、国内の大きな商人には話すべきでしょう。

 それも、相談と言う形がよろしいかと思います」


「なるほど、我が国の商人に危険を伝えると同時に、公表した場合の影響を商人自身に考えさせるか」


「はい。実際に彼らの方が詳しいでしょう。

 公表した場合の、物流の影響。民衆への被害。我が国を始め、どのような事になるか、予想させてみては?」


「そうですな。私もアナスタシア様に賛成です。当面の対策として、我が国では、陸路での他国への移動は禁止いたしましょう。

 こう言っては何ですが、カザークは危険地帯です。商人を止める理由になります」


ダランベールも脳を食うと言う行為への衝撃が抜け、得意とする内政の話になった事で考えがまとまり始めたようだ。

当面の対策として即時、実行できる内容だった。


「それと、アドミナ様が鹵獲した南方諸国の船があります。現在、メトジティア城で修理が終わって運行されていますが、そう使い道も無いと言っていました。

 国で雇うと言う形で、アドミナ様に水夫を用意して貰えないか相談しては如何でしょう?」


アドミナは、自分が王太子妃となってからも、変わらない態度で接し、手紙をくれたりする。

その行動に、嬉しさと悲しさが混じった、切ない気分になるが、今は彼女の情報はありがたかった。

国の管轄下で商船を動かす。

それも商人と相談して行き先を決める必要があるが、税収の面でも悪い話では無いだろう。


「では、商人との連絡はダランベールに一任する。船の件で相談したいと、アドミナに人を派遣するよう伝えるが、アナスタシアから事前に伝えておくように。

 なお、公表の件は、我が国は決めぬ。グロース王国とディアヴィナ王国で相談して決めて頂こう」


王の決定が下された。

アナスタシアは息を吐きながら、アドミナへ送る手紙の文面を考え始めた。




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