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根之堅洲戦記  作者: 征止長
真実と偽りと
90/112

元帥


追撃戦は激しく、徹底して行われた。

一体も逃さずに、この地で殺し尽くすつもりで動く。

狂気を解放し、殺戮に酔いしれる様は、どちらが魔族と言う名に相応しいか、俯瞰してみる者がいれば悩む事だろう。


だが、俺達は止まることなく凄惨な光景を作り続けた。

これまでの恨み。

勝利への酔い。

大切なものを奪われた怒り。

それらを力とし、武器を振るい続ける。


俺達も隊を分散して、魔族を追い続ける。

ふと、アリエラを見るが、彼女は感情を押し殺し、淡々と矢を放ち続ける。

すでに、何度も矢筒を変えている。その放った矢の数だけ、魔族を仕留めているようだ。


そして、イオネラ。

信じられない事に、一撃で魔族を葬っていく。

その刃に、これまでに見ないほどの気を集めている。

濃さも凄まじいが、それを刃全体でなく、切っ先に集中させていた。


二人とも、家族を失った怒りを爆発させている。

二人だけではない。軍全体がアーヴァングの死を悼み、怒りに猛っていた。

それは、俺自身もそうだった。

この世界で最初に話した人物。彼の印象によっては、俺の行動も変わっていた気がする。


「隊長、残念だが、そろそろ」


追撃のため、別行動していたヴィクトルが軍を寄せて来る。

周囲を見ると、エリーザや、他にも部隊を率いさせていた連中も集まって来ていた。

激情を発散する時間は、終わりを迎えようとしていた。


もう暗い。これ以上は無理だろう。追撃の中止を命令する。

赤備え(ウチ)以外も動きを止めているようだ。

討ちに討った。半数以上は帰還できなかったはずだ。


だが、帰還と言う意味では、ロムニアにとって最も重要な男が帰還出来ない。

その、アーヴァングの遺体がある場所へ軍を進める。

軍馬を降り、徒歩で移動しながら、隊列を整える。

移動中に、それまでの熱気は冷めていき、沈痛な空気が部隊を包み込んだ。


勝利はしたが、こちらも総大将を失ったのだ。

それは同時に、自軍にも何人もの戦死者が出ている事を意味する。


「報告を」


100騎を率いていた者が、それぞれの報告を始める。

追撃戦での犠牲は無いが、敵が完全に崩れるまでに繰り返した突撃では、21名の戦死者が出ていた。

俺の部隊でさえ、それだけ出たんだ。ティビスコス、それにアーヴァングのところは1000を超えているかもしれない。


前方、元帥旗が翻っている場所には、ティビスコスが待っていた。

そこには、寝かせられたアーヴァングの遺体がある。

その手前で部隊を止め、俺はレジェーネだけを共にして、前へと進んだ。


「日が暮れる。この後は、1郷(1km)ほど下がり、休息をさせるべきと思う」


ティビスコスが、感情が見えない表情と声で、この後の行動を相談してきた。

この暗さだ。体力は限界だし、兵には休息を与えなくてはならない。

この場で、横になりたいが、流石にそこら中に遺体が転がっているので、寝るには不向きだ。


カラファトから食料を運ばせても良いが、それより眠りたい奴の方が多そうだ。

少し離れて、先ずは睡眠を取るのが良いだろう。


「そうだな。クルージュ将軍に伝令を出して、見張りを頼もう。

 下がった後は各自で手持ちの食糧を取るなり、休むなりさせても良いだろう」


「クルージュへは連絡済みだ。後方に簡単な食糧と水は用意している」


「そうか。助かる」


こういった、直接戦闘に関わらない作業は、俺の不得意分野だ。

ティビスコスに従っていれば良いだろう。

ふと、アーヴァングの遺体を見る。

今までは、こういった仕事もアーヴァングが指示を出していたのだろう。


俺の隊に後退の指示を出す前に、アーヴァングの遺体をどうするか考えた。

このまま、放置するより、アリエラに任せて、持ち帰った方が良い気がする。

だが、話には聞いていたが、実際には見たことが無い。


「元帥の遺体は?」


「娘が其処にいるのだ。アリエラに連れて帰らせろ」


その言葉に安堵した。


「レジェーネ、アリエラに連絡してくれ」


「了解です。ただ、アリエラ一人では無く、イオネラとエレナも呼びますが、よろしいでしょうか?」


アリエラだけで、アーヴァングの遺体を運ぶことは無理だ。

アーヴァングの姪であるイオネラとエレナに参加させるのは正しい判断だ。

いかんな。俺自身が正しい判断が出来るか自信が無くなってきた。


「そうだな。そうしてくれ。それと全指揮をヴィクトルに預けるから、後退の指揮をさせるように」


レジェーネが去ると、大きく息を吐いた。

改めて、アーヴァングの死を見た後の、自分の行動を振り返る。

アーヴァングに、後は任せると言われた。


全軍での追撃の指示を出した。

ティビスコスには、隊長格の魔族の捕獲を依頼し、残りは掃討するように行動した。

追撃の停止はヴィクトルが声をかけたのが切っ掛けだが、限界は見極めていた。

間違いは無かったと思う。


「アーヴァングが死んだ」


ティビスコスが小さく、だが、強く言った。

俺は頷くしか出来ない。


「この国の元帥が逝った。それも見事にな。

 グラールスを討ったのはイオネラだが、その前に負傷撤退させたのは、アーヴァングだ。誰もが見ている」


「ああ、周囲から見れば大勝利だろうな。英雄として語り継がれるだろうさ」


それでも、俺達にとっては、グラールスの死より、アーヴァングの死の方が大きかった。

それだけ大きな存在だった。

ジジィの死の時とは違う。死ぬのが分かっていた事もあるが、ジジィの死は俺の個人的な喪失感に留まるし、後の影響が少なかった。


アーヴァングが、死ぬことを考えていなかった訳では無い。戦場で死ぬのは当然の事だ。

軍としては、その時のために次席としてティビスコスが存在している。

他にも、それぞれの部隊で次席はいる。

ロートルイは負傷して撤退したが、部隊を指揮できる者が引き継いでいる。


だが、そういった話では無い。

精神的な支柱を俺達は失った。

同時に俺は、アーヴァングを友だと思っていたんだ。


「次の元帥を決める。必要な事だ」


「適任はティビスコス将軍しかいない。だが、帰還してからで良いだろう」


元帥と言う地位は、ただの将軍では無い。王の戦場代理人だ。

当然、王に任命されるし、ティビスコスに決まっている事を反対する理由も無い。

ただ、俺にとっての元帥は、王の代理とかではなく、アーヴァングと言う友だった。

それが変わるのが、直ぐには受け付けにくい。


「タケル、お前が次の元帥だ」


「は? 何言ってるんだ。次席はティビスコス殿だろうが」


「私は、あくまで次席だ。元帥では無い。単なる戦場での指揮官代理に過ぎん」


「どこが違う。それに全体を見る目は俺には無い」


俺は1000騎が限界の指揮能力しかない。

それを全軍に指示を出せなど無茶振りも良いところだ。

おまけに、補給やら、その他諸々。俺には苦手な分野でしかない。


「全く違う。元帥とは単なる指揮官では無い。戦場に立てない王の代わりであり、軍人にとっては戦場での象徴なのだ」


「それこそ、俺には無理だ」


「いいや、お前しか無理だ」


「俺はティビスコス将軍を推す」


動き回る騎兵の指揮官より、中央に陣取る歩兵の指揮官こそ総大将に相応しい。

ティビスコスには、その能力がある。


「私は負けたのだ。グラールスに負けた。その尻拭いをしたアーヴァングが死んだのだ。

 そんな男が、アーヴァングの代わり? 何の笑い話だ?」


決して大声では無いが、血を吐くような声を絞り出して、己を責め立てていた。

だが、ティビスコスが責任を感じる必要は無い。


「あれは仕方がない。あの時のグラールスは異常だった。あれを支えたアーヴァングもな。

 この話は王都に戻ってからで良いだろう。少し頭を冷やせ」


「そんな話をしているのではない。戻ってからでは遅いのだ。

 元帥を失って、帰還する軍と、新たな元帥を掲げて帰還する軍。どう違うか分かるだろう」


「だからと言って、俺に出来る事では無い。俺は突撃しか能が無い一軍の指揮官がお似合いだ」


「ならば、見捨てろ。この国を。人類を。半端なマネはするな」


「今度は脅しかよ!」


「落ち着けよ二人とも」


「見苦しいぞ」


言い争っている俺とティビスコスを嗜めたのは、何時の間にか合流していたアルツールとブライノフだった。

落ち着いて周囲を見ると、アリエラ達も俺達を見ている。


「ティビスコス、気持ちは分かるが、タケルを追い詰め過ぎだ」


バツが悪そうに、ティビスコスは俯く。

それは、俺も同様だった。家族を亡くしたばかりのアリエラ達の前で醜態を晒している。

そんな俺の肩を叩き、ブライノフが話しかけてくる。


「だが、タケル。ティビスコスの言う通りなのだ。

 アーヴァングを失った以上は、新しい元帥が必要だ。それもアーヴァングより劣ると思われる奴では駄目だ。

 俺達の中に、アーヴァングより上がいるか?」


「悪いが」


「そうだろうとも。俺達はアーヴァングに劣る。何と言うか、言葉には出来ないが、格が劣る」


「だが、俺だって」


「そうでもない。俺はお前がアーヴァングに劣るとは思っていない。

 更に、残念ながらアルツールも同じ意見だ」


「だな。アーヴァングは優秀だった。比肩できる、更に超えることが出来るとしたら、お前だけだ。

 私も、ブライノフも、そしてティビスコスも同じ考えだ。お前が受け入れてくれなければロムニアは続かない」


「何しろ、今度はヘルヴィスが相手になるだろう。嫌でもな。

 それと、周囲を見ろ」


言われた通り、周囲を見渡すと、多くの兵が俺達を見ている。

何時の間にか、アリエラの側にヴィクトルとエリーザの姿が見えた。


「隊長に多くを望む奴はいない。だが、俺達に希望を与えてくれたのは隊長だった。

 魔族に勝てるかもしれない。いや、本気で勝てると思っている。

 そうしたのは隊長だ」


「タケル殿が苦手な事は、今まで通り私達に押し付ければ良いのです。

 地位が変わっても、タケル殿は、そのままで良いと思います」


ヴィクトルとエリーザが苦笑しながら言う。

いや待て。ヴィクトルは良い事言ったが、エリーザは少し酷くないか?

まるで俺が、嫌な仕事を押し付けていたみたいに……ゴメン。押し付けていたよ。


だが、実際に次はヘルヴィスが出てくるだろう。

グロースが頑張っているとは言え、俺達はグラールスを討ってしまった。

奴としては、最低でも一撃与えたいはずだ。

それは全員が察しているのだろう。

そんな恐怖と不安。同時に期待と緊張感に満ちた視線が俺に降り注ぐ。正直言って逃げ出したい。


だが、投げ出すには、この世界に大切な物を抱えすぎてしまった。

それに、アーヴァングの最期の言葉を思い出す。

任せると。その言葉を裏切れるほど薄い関係では無かった。


「どうやれば良い?」


「王都へは伝令を出す。我等三名がタケルを元帥に推薦すると連名で出すだけだ。後は王都へ戻れば正式に陛下から任命される。

 ここでは、我等に指示を出せばいい」


指示を出せか。やりにくいと思っていると、ブライノフが身も蓋も無い事を口にする。


「そもそも、俺達にも追撃の指示を出していただろうが」


「差し当たっては、後退の号令と、カラファトへ戻っているアザカ殿への伝令かな。

 ティビスコス隊で捕獲した魔族は?」


「すでに、カラファト城へ移送している」


そうだな。グダグダ言っても始まらない。

状況に流されたとは言え、やれることをやるだけだ。

ティビスコス隊の動きに合わせると、王都までは一週間くらいの移動時間。それなら……


「全軍、カラファト城方向へ移動を開始。野営地点はクルージュが準備している。

 各部隊は、それぞれの隊長に従え。アーヴァングの直属と赤備えは、エリーザが指揮。

 翌朝、全軍ティビスコスの指揮で王都へ向かって凱旋する」


了解と返事するが、ヴィクトルでは無くエリーザの指揮と言ったので、何処か不思議そうな顔をしている。

だが、ヴィクトルは別の仕事をさせる。この任務はエリーザには、何となくさせたくはない。

と言うか、フェミニストの毛は無いと思っていたが、女は参加させたくない。

まあ、必然的に参加する女性が一人いるが、アイツは主催者だから例外。


「ブライノフは、明日から三日間、周囲の魔族の残党を捜索して殲滅を継続。必要なら他所の部隊からも引き抜いて構わない。三日過ぎたらティビスコスが王都へ到着する前に合流。

 アルツールは魔族の尋問に参加しろ。帰還は遅れることもあり得るので、それを考えて人を選べ。

 俺の方からは、ヴィクトル、リヴルス、イグニス、ゼムフェルク、ヤニス、トウルグが参加。

 尋問に時間がかかるようなら、俺とヴィクトルはティビスコスが王都へ入る前に合流できるように離れる」


今、優先すべきは魔族からの情報収集だ。

鮮花が準備している拷問パーティを始めるので、カラファト城へ今日の内に入る。

俺の指示に一斉に動き始める。


正直、荷が重い。

これを押し付けてくれた、同時に、今まで背負っていたアーヴァングに視線を送る。

アリエラ達がアーヴァングを抱きかかえているところだった。

必死に涙を堪えているようだが、溢れた涙が頬を濡らしている。


最後に心の中で、今まで世話になった感謝と、別れを告げた。






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