直接対決
一進一退ではなく、一進一滅とも言うべき状況だった。
敵を討ち、一歩進みはする。
だが、討たれる。即死もあれば、戦闘に耐え切れないと判断して、後方に下げられる者もいる。
そうやって、お互いに身を削りながら、前へ前へと進む死の行進。
そうやって行けば、自然と両軍の大将同士が近付いてくるのは当然の事。
もう、お互いの顔が、表情まで分かる距離になっている。
アーヴァングは、気を逸らすことなく、真っ直ぐにグラールスを睨みつける。
グラールスから発せられる闘志と殺気が、アーヴァングを刺し、強烈な重圧となって襲う。
下がる事は許されない。この重圧から逃げ出せば、軍勢は一気に崩壊するだろう。
いっそ強引に前に出て、直接斬り合えば、どれほど楽だろうかとも思うが、それをしたら軍が崩れる。
今は耐えるしかない。前へ進む意思を示し、立ち合いの間合いに入るまで、心で戦う。いや、既に立ち合いの真っ最中だ。隙を見せたら斬られる。率いる軍がだ。
おそらく、グラールスもそうして耐えているのだ。
そう思っているとグラールスが笑った気がした。いや、自分が笑ったのかもしれない。
よくぞ、あの状況から押し返した。そう称賛したくなる気持ちを隠せない。
復讐心が消えたわけでは無い。それでも憎しみ以外の感情が間違いなくあった。
だが、その全てを殺意に変える。それが自分たちの関係なのだ。
前の兵が倒れるたびに近付いてくる。
もどかしい。手に持つ刃を振りたい。奴の斬撃を弾き、この剣戟を打ち込みたい。
前にいる味方の騎士の存在まで疎ましくなってくる。
あと少し。
近付く。徐々にだが、確実に近づく。
ロートルイが前に出た。後方から槍の援護があるとは言え、魔族を切り伏せた。
ロートルイだけではない。これまでとは異なる働きだろう。
もう、貴様らの頑丈さの種は分かったのだ。それが分かっていれば騎士の剣は決して魔族に負けない。
どうだ、我が配下は。そう声に出して自慢したくなる。
魔族が銃についた刃を振り回し騎士を討った。銃を捨てて斧を振り回している魔族もいる。
銃に甘えているだけでは無い。そう言っている気がした。
やはり強い。素直に認めよう。
だが負けない。
挟撃は危険な行動だと最初から分かっていた。
追い詰められた獣が、悪足掻きをするのは、当然の事。
まして、魔族は戦士の集団だ。追い込めば派手に悪足掻きをすることは百も承知。
それでも挟撃を選んだ。
確実に貴様らの数を減らす。ヘルヴィスが指揮をする兵を少しでも減らす。
そして、何よりグラールス。貴様は邪魔だ。ヘルヴィス旗下のグラールスは危険すぎる。
絶対にここで討ち取らせてもらう。
ロートルイが倒れた。死んだのか? いや、後方に運ばれている。息はあるようだ。
どうか生きて欲しい。
息子のファルモスには絶対に必要な男だ。
しかし、そんな感情はすぐに捨てた。
もう、目の前だ。
グラールス。あと一歩。
前の騎士が崩れた。目の前に魔族。一刀で切り伏せた。
「グラールス!」
「ようやく!」
何だ。やはりグラールスも同じことを考えていたか。
もう互いを遮る者は無い。
直接、剣をぶつけるだけだ。
総大将の一騎打ち、とは行かないか。互いに加勢をしようと、加勢を邪魔しようと配下が動く。
自慢の配下の行動だ。嬉しいよな。でも、正直、邪魔だって思ってしまう。
お前もそうだろ?
グラールスの剣戟をさばきながら、太刀を振るう。
グラールスも騎竜に騎乗しているので、高さの面では不利。前は振り下ろしが出来ないので効果的な斬撃が送り込めないと思っていた。
だが、今は牽制の技でも厄介だと知っているぞ。
前は無駄だと思っていたが、確実に貴様の防御は薄くなっているはずだ。
今日こそ、貴様の頸を取らせてもらう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「始まったか。中央、突撃するぞ!」
アーヴァングとグラールスが直接やりあっている。
相手は魔族のトップだ。技量の面でも防御の面でも、雑兵とは格が違う。いくらアーヴァングでも勝てる可能性は低い。
そして、アーヴァングが討たれたらロムニア軍は崩れる。
下がってほしいが、もし、アーヴァングが下がったら一気に崩れてしまう。
下がってもダメ。討たれてもダメ。厄介な状況だよ。
こうなった原因、想像以上のグラールスの攻撃力に苛立ちと称賛を同時に感じる。
だが、俺がやることは後方から魔族を倒すしかない。迂回して正面に回ってもアーヴァングの部隊の邪魔になりかねない。
それほどアーヴァングの部隊の練度は高い。足を止めての戦いなら赤備えを上回る。
後方の中央に回って突撃を敢行する。
相変わらす、煩わしそうに防御をするだけなので討てる奴は討てる。
だが、崩れない。何体か討っては、詰まった敵の死体に阻まれて動けなくなる。
そして動けなくなる前に離脱するしかない。いや、むしろ敵に前へ行く圧力をかけているので逆効果な気さえしてくる。
何度目かの突撃の後、ブライノフが待っていて俺に声をかける。
「タケル、交互に行くぞ!」
「交互に?」
「お前が切口を付ける。それを俺の隊が広げる。それを交互にやる」
「お前の隊は遅い」
「軍馬を休ませるのに良い時間だろう?」
苛立ちから暴言を吐いたが、相手にもされず視線をアリエラに向ける。
アリエラは一瞬だけ戸惑ったが、俺に視線を送ってからブライノフの質問に答える。
「はい。今までの突撃で、ほとんどが限界に近い疲労に達しています。
攻撃している時間より休ませる時間を長くしないと、後が持ちません」
「そう言う事だ。焦る気持ちは分かる。痛いほどにな。だが、今までのやり方では届かんぞ」
むしろ、俺より焦っても不思議でないのがブライノフとアーヴァングの娘であるアリエラだ。
ブライノフは、俺よりアーヴァングとの付き合いは長い。
そして、アリエラ。父親が心配でない訳が無い。
「分かった。これから行けるところまで行ったら、下がって軍馬を休ませる。
ブライノフ殿の隊が下がったら、再度突撃を開始する」
「それで良い。アルツールに伝令を送る。奴に隊を分けさせ中央を閉じさせない戦い方をさせる」
「分かった。俺もヴィクトルに伝令を送る。奴にも隊を分けて、アルツール隊の援護に集中させる」
エリーザにも行かせようかとも思ったが、現状で俺の隊を薄くはしたくない。ヴィクトルの隊にはリヴルスがいるから、隊を分けることは何とか出来る。
伝令を送り、隊を整える。
「傷口を作る! 魔族は確実に減らしていくぞ!」
そう叫んで突撃を敢行する。もう何度目だろうか?
だが、今までと違い、実現可能な目的と言うのはありがたかった。
今までは壊れない壁に向かって何度も殴る付けるような行為だったのが、今回からは壁にキズを付けたらOKだ。
「下がるぞ!」
そう言って、急いで後退する。
そこへ入れ替わりにブライノフが突っ込んだ。
軍馬を降り、それを見守る。そのまま突撃の隊形を整えブライノフが傷口を広げるのを見守った。
「崩れていく」
嬉しそうなダニエラの声が聞こえる。
その言葉通り、俺が刺した傷に入り込んだブライノフは、そこから左右に広がって魔族を崩していった。
俺の突撃より良い仕事をしている。
「良し、負けてはいられんな。アリエラ」
「回復しています」
俺の聞きたい事を、待っていたと言わんばかりに短く返答。
軍馬の体力は回復している。
ブライノフが下がり始めるのが目に映った。
「全員、騎乗!」
一斉に軍馬に飛び乗り突撃体制を整える。
ブライノフと入れ替わるようにアルツールが割り込み、魔族が密集しないように牽制をかけている。
これなら、更に削れる。崩れはしなくても、これだけ削って行けば、いずれグラールスに届く。
「刻むぞ!」
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邪魔者を払う様に突き出されてくる銃剣や太刀。
邪魔なのは貴様らだと、心の中で吐き捨てながら、魔族の武器を弾いて斬撃を与える。
どのように斬れば、気を削れるか、それを考え続けた。
ゼムフェルクの前にいて、直接攻撃するのは先頭のタケルだけだ。
タケルの槍に触れた魔族は一撃で粉砕される。
その後ろに旗手のダニエラ。次いで弓騎兵のアリエラとヤニス。そこまでがタケルの槍の範囲内で、恐ろしい空間だが、絶対の安全圏である。
アリエラは、隣にいるヤニスが狙った相手を追い打ちで狙う。
その狙いは気持ち悪いほど正確で、ヤニスの矢が当たり跳ね返された場所に寸分違わず突き刺さっている。
その結果、彼等の後ろを行く、ゼムフェルクが攻撃する相手は、気が削れていない魔族しか居なかった。
ゼムフェルクは、自分の気が決して大きくない事を知っている。
タケルに確認したし、自分でもそうだろうと思っていた。
気が小さい下級貴族である自分では、一撃で魔族を切り伏せることなど不可能だ。
だが、魔族の攻撃を弾いて態勢を崩して、少しでも多くの気を削れば、後続が仕留めてくれる。
そう、態勢を崩せば、削る気は少しで良いのだ。
「ほ~い」
真後ろから、気の抜けた気合が聞こえるが、魔族が討たれたと肌で感じる。
イオネラだ。中貴族の魔力の高さは、気にも影響しており、ゼムフェルクより遥かに高い。
直接、戦えばゼムフェルクの方がイオネラよりも強い。100回戦って、1回でもイオネラが勝てば良い方だろう。
だが対魔族での戦いになると、イオネラの方が優秀だと認めざるを得ない。
イオネラの一撃が、ゼムフェルクでは数回攻撃しなければならない威力になる。
下級貴族の中にさえ、威力の面ではゼムフェルクより上の者は多くいる。
剣の技量と言う面では、すでに自分より上の者は、タケルと言う番外を除けば、王国最強と言われるアーヴァングくらいだ。
ヴィクトルを相手にしても負ける気はしない。
それでも勝てるのは剣の技量だけだ。他の全てにおいて大きく劣るので自慢にもならないと思っている。
総合的な能力では、自分など高が知れている。ヴィクトルどころか、リヴルスやイグニスにも劣る。判断力や勘の良さではヤニスにも劣るだろう。
仮に指揮をするとなれば、自分では無くヤニスに任せる方がマシだ。
それでも良いと思っている。
何も全てを得る必要は無い。剣技しか無くても、逆に言えば剣技なら誰にも負けないのだ。
それに全てを得なくても一番欲しいレジェーネは手に入れた。
そう考えられる自分が不思議になることがある。
魔族に捕らえられる前なら、自分より弱い騎士の指図に不満を持っただろう。
その後なら、そんな立場にいる自分自身に情けなさを感じただろう。
今の自分は、どう見えているのか、バルトークに聞いてみたい。
やはり褒められる気はしない。罵詈雑言を並べながら殴られる気がする。
それでも良かった。罵詈雑言を聞きたいし、殴られても良い。
「イオネラ、大丈夫か?」
何度目かの突撃の後、下がった状況に合わせて水を飲み、塩を舐める。
その時、イオネラの顔色が悪いのに気付いた。
まだ、幼い身だ。体力の限界かと思ったが、訓練では誰よりも元気があり、体力のある少女だったと思い直す。
思い返せば、疲れた表情を見るのは初めてだ。確かに一度寝たら本当に起きない。夜襲訓練では実に無様なものだ。
普段もアリエラが叩き起こさないと何時までも眠り続けて、全員を呆れさせたが、普段は疲労など無いのではと思うほど体力がある少女だ。
起きている時は無駄に元気で、眠くなるとパタリと眠ってしまう。ある意味、猫か子供みたいなものだ。
そんなイオネラが異常に消耗している事に違和感を感じる。
「何となく、見えてきた。多分、次は、大丈夫。確実に仕留める」
何処か鬼気迫る呟き。その表情は倒れそうな不安は無い。
むしろ真逆。目覚めようとしている。何かをつかみかけている。
呟きの内容から、魔族を仕留める技術。気を操る術だろう。
だが、一つに集中し過ぎて他を見落とす危険な気配もある。
注意しようかとも思ったが、イオネラがつかもうとしている何かが気になった。
イオネラの周囲に視線を送ると、心得ているとばかりに全員が頷く。
誰もがイオネラの異変を感じ、期待している。
イオネラの才能は、みんなが認めている。そんな彼女が何かをつかもうとしているのだ。
それに手を貸す。彼女が間違っても討たれないようにする。
「全員、騎乗!」
タケルの指示。軍馬に飛び乗って命令を待つ。
すでに太陽は西の方に傾いている。
日の出から間もない時間に始まった戦闘も随分と時間が経過していた。
突撃を開始する。確実に敵の体勢が崩れるように攻撃を弾きながら進んでいく。
イオネラの攻撃が気になったが、今は忘れる。前だけを見据えた。
幾度もの突撃の結果、アーヴァングとグラールスが戦っている姿が、ハッキリと見える距離に近付いていた。
考えてみれば、アーヴァングは凄まじい事を行っている。
タケルのせいで感覚が可笑しくなりかけているが、少し前までは、王国最強の騎士であるアーヴァングでさえ魔族の一兵士と互角と言われていたのだ。
それが、敵の大将であるグラールスと一騎打ちを繰り広げている。
だが、何時まで持つか分からない。
アーヴァングが討たれる前に、グラールスに届かなければ、ロムニア軍は敗北しかねない状況だ。
「そんな」
ウソだ。信じられない光景が目に映った。
グラールスの身体が大きく崩れた。配下の魔族が、崩れるグラールスを支えるように騎竜を引っ張る。
「元帥が、元帥が勝利したぞ!」
アーヴァングが、魔族の将軍グラールスに勝利した。
戦場を歓喜の声が包み込んだ。




