蛮勇
ティビスコスは高揚を抑えるのに苦労する状態だった。他の者も同じ状態だと思う。
例の兵器が一つ残らず、途中で倒れたのは残念だが、今となっては良かったように思う。
全てを倒したグラールスは、してやったりと思っただろう。
その直後に大雨と、それを見越していたかのような突撃だ。動揺するなと言う方が無理な話だ。
この大掛かりな仕掛けを準備したクルージュと、その旗下であれば、パンジャンドラムの全滅には心残りになるだろう。数か月に渡って溝を掘り続けたのだ。自分だったら未練を抱く。
その意味でも、今回の戦いにクルージュを出さないよう提案したアザカは慧眼だと言える。
そのアザカも、雨が降り始めた時点で移動を開始している。今頃はカラファト城に戻っているだろう。
動揺の激しい魔族軍は、これまで見たことが無いくらいの脆さで砕かれていく。
グラールスは必死にまとめようとしているが、まとまる核をアーヴァングとタケルの部隊が見つけては、そこを攻撃するので、まとまる事が出来ないまま、ただ兵を減らしていく。
ティビスコスは、アーヴァングが砕いた後で、それが中核だったと分かるのだが、あの二人は別格だと気を取り直した。
自らが指揮する歩兵は、想像以上に機能している。じわりと圧力をかけて削って行く。
後方で、激しくぶつかっているブライノフや、翻弄しているアルツールとは違い、一気に減らすことは無いが、波が無く、一定の間隔で敵兵を討ち果たしていく。
隙を見せない、淡々とした作業のように敵を削る。
これまで無かった部隊が完成した。むしろ防御に適しているくらいだが、現状ではそれを発揮する機会もないようだ。
だが、決して油断はしない。少なくとも、グラールスが愚将であれば、パンジャンドラムを喰らっていたのだ。それが一つ残らず倒されている。
そんな相手に油断をするほど、人類に余裕は無い。緩みそうになる気を引き締めながら、指揮を執り続けてた。
「あれは?」
闘気が、魔族の軍勢から立ち上る。
危険な軍から感じるソレが、離れた場所にいるティビスコスの肌を痛いほどに刺す。
降雨の後から見えなくなっていたが、蘇ったのか。
やはり甘い相手では無かった。その事を改めて認識し直しながら下知をする。
「来るぞ! ここからが本番だと思え!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
何が起きているのか、グラールスは状況を整理しようとしたが、それを許さない程のロムニア軍の攻勢にさらされていた。
中央を突破された。しかも、正面からだ。
前の戦いでは後方から1000騎程度だったが、今回は正面から一万は突破を許している。
その結果、挟撃を受けている。前後を挟まれ身動きが出来ない。
それに立て直そうにも、的確に邪魔をしてくる。
その的確さが異常だった。どんな合図をしているのか、アーヴァングと勇者の部隊は、距離を感じさせないほど同じ瞬間に挟み込むように攻撃してくるので、対応が出来ずに粉砕される。
「何と無様な」
その状況から抜け出そうにも、その準備を始めた瞬間に粉砕される。
これが自分か。情けなさに眩暈がしそうだ。
何故、雨が降ったのか分からない。偶然にしては出来過ぎだ。
いや、そんな事を考えてどうする。
「前だぁぁぁぁぁっ!」
叫んだ。獣のように叫び、指を前方に突き出す。
雨の理由? アーヴァングと勇者の連携? それがどうした。それを考えて何とする。
無駄だ。無意味だ。そんなものの回答を求めて何になる。
「喜べ貴様ら! 前も敵! 後ろも敵! ならば悩む必要は無い! 前へ! ただ前へと進め!
我らの目標はアレだ! カラファト城を落とす! そこへ進む! 進め! 障害は排除しろ!」
「ですが陣形が」
「不要だ! 目の前の敵を砕け! さすれば陣形など勝手に出来る!」
今の状況を整えることを優先しようとする配下の進言を切り捨てる。
だが、今は違う。そう感じる。今の状況で必要なのは前へ出る事だ。獣になる事だ。
策略に破れた。策で返すのも無理。それなら蛮勇で突き進むだけ。
「嫌なら退けい! 邪魔だ! 前へ進む意思のある者だけが我に続け!」
太刀を抜いて前へと進む。銃は捨てた。どうせ使えないのだ。
戸惑う配下を押し退け、前へと出る。敵は前方だ。後方の敵など目にしない。
「グラールス様に続け!」
「いや、グラールス様の前を行け!」
配下が前へと進む。意思が統一される。前へ。前へ。
それは周囲に伝染し、全軍が前へと進む。
これで良い。これが魔族の軍だ。敵を喰らい、蹂躙する。それこそが魔族だ。
「邪魔者は蹴散らせ!」
叫びながら前へと進んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
凄まじいまでの圧力が襲う。
押し返せない。じりじりと下がっていく。
特に中央の凄まじさは、例えようもない。中央が砕かれ始めた。
「中央に兵を集めろ。弓兵は中央の敵に矢を集中しろ!」
ティビスコスは下知して、グラールスの猛攻に対応しようとするが、狂気めいた前進を止めることが出来ない。
魔族は多くが討たれながらも、歩兵の槍衾による壁を押し退けてくる。
密集した歩兵を踏み潰そうと、ただ、前へと進んでくる。
組織だっての動きではない。意思のみを統一させ、軍と言う組織を一個の巨大な怪物にした。
「グラールスめ、本性を隠していたか」
思わず呟いたが、むしろ、今までは本気を出す前に勝っていたのかもしれない。
この、味方の損害を考慮しない突撃は、指揮官の能力が低ければ、見限られての逃走に移りかねない。
それが、これほどまで続くのは、グラールスが将として配下を掌握している証と言えるだろう。
そんな猛将が、その本性を露わにし、猛攻を仕掛けてくる。タケルたちの後方への攻撃は効果が落ちていないが、このままでは先にこちらが潰されかねない。
「将軍、伝令です。元帥が中央を開けろとの事です」
「この状況で?」
今、中央を開ければ、当然ながら突破される。
確かに勢いのある中央の部隊。それを中央に突出させて挟撃をすれば、大打撃を与えることは出来ると思える。
だが、それは理屈の上での話だ。中央にいるのは間違い無くグラールスだ。今の勢いの奴を中に招き入れたら、内側から食われる。それは部隊の、いや、ロムニア軍の瓦解を意味する。
そう反論しようと、アーヴァングの部隊を探すと、後方、それも中央に旗が見える。
王の代権である元帥旗とテオフィル家の家紋が記された旗は、明らかにティビスコスが前を開けるのを待っている。
「総大将がやることか」
自身が直接グラールスと対峙しようとしている。
そうなっては、総大将同士で斬り合いになりかねない。
そんな危険は冒せないと言いたいが、他に手が無い事にも気付く。グラールスが中央を突破すれば内側から食われる。それを止めることが出来るのは、アーヴァングしかいないだろう。
「託すしかないか……中央を開ける。後方から広がらせろ」
後方、アーヴァングの進路を確保するため広がっていく。
細かな部隊の動きは、歩兵の面目躍如だが、こんな使い方はしたくはなかった。
やがて、最前列以外が広がった瞬間に、アーヴァングの部隊が疾駆を開始する。
「見事なものだ」
アーヴァングは感心したように呟いた。
歩兵は自分の進路を確保すると同時に、なおも弓矢による援護射撃を続けている。
本当によく訓練れている。その動きは惚れ惚れしてしまう程だ。
タケルの赤備えの活躍に隠れがちだが、後方に回ったブライノフとアルツールも実に見事な動きをしている。
本当に強くなった。数は減ったが間違いなくロムニア軍の最盛期だ。
こう言っては悪いが、先代のアドリアン・ザフィール元帥が指揮していた頃のロムニア軍なら、余裕で一蹴できる。
更に、その前のヴァルター・ライヒシュタイン元帥が指揮していた頃は、兵数にすれば倍近いが、これにも半数の兵力で圧勝できると自信を持って言える。
総帥として、配下の、いや、戦友たちの強さが誇らしくある。
同時に、それに対峙して食い破ろうとするグラールスも、見事だと称えたくなる。
この圧倒的に有利な体勢で始まった戦闘は、一方的な展開で終わっても不思議では無かった。
敵でありながら、仇でありながら、それでも、賛辞を送りたくなる。
「槍、準備!」
だが、他の将軍たちが鍛え上げながら、アーヴァング自身が何もしてこなかった訳がない。
元帥直属の最精鋭と自負する騎士たちが、赤備えと言う若者で構成された部隊を見て、刺激されないはずが無い。
右手に太刀を持ったまま、左手に槍を構える。槍の長さは、歩兵の物どころか、タケルが持っている物を上回り、その刺突に特化した刃を前へ向け疾駆する。
中央は開けられ、目の前は魔族が前進しようとしてくる。
もう指示はいらない。各々が成すべきことを分かっている。
見せてやろう。王都最強は赤備えで無いという事を。
先頭を駆ける騎士の槍が魔族に当たり、気に弾かれる。
その瞬間、左手に持った槍を下に叩きつけるように投げ捨て、右手の太刀で攻撃すると、魔族は血を撒き散らしながら倒れる。
そのまま、先頭は太刀で攻撃し、気を弾きながら、二列目以降が槍を伸ばして突き刺す。
ティビスコスが歩兵でやろうとした戦法を騎兵で、しかも、槍と太刀の両方を使って行う。
極めて高い練度を要求する戦法は、アーヴァング直属だからこそ可能な芸当。
「久しぶりだな」
そして、アーヴァングの視界にグラールスが入る。
久しぶりの姿に懐かしさがこみ上げる。
向こうも、こちらを見ている気がする。この距離ではよく見えないが、その表情は怒りと歓喜が入り混じったものに見えた。
「押し返せ! ここまで来たことを後悔させろ!」
「怯むな! このまま突き破れ!」
互いに激しく軍を鼓舞する。
アーヴァングはグラールスを睨みつける。
グラールスはアーヴァングを睨みつける。
互いに凄まじい圧力を感じる。圧し潰されまいと踏ん張り、配下を、そして自身を叱咤する。勝利を掴むために。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「全員、馬を降りて駆けろ!」
軍馬の体力が限界だった。安綱や一部の名馬は大丈夫だが、このまま突撃を続ければ潰れる。
アリエラの判断に従い、馬を降りて自分の足で駆ける。
馬を引いて走りながら、戦場を見渡し、舌打ちをする。
ブライノフとアルツールは、魔族を後ろから攻撃し、一方的に討っていく。犠牲もほとんど無いだろう。
だが、問題はアーヴァングとティビスコスだ。
圧倒的に優位な状況で始まった。鮮花には、いくら感謝してもし足りないくらいだ。
だが、その優勢はグラールスの蛮勇とも言える突撃で揺るがされた。
グラールスを甘く見積もったりはしていない。それにも関わらず、現状は大将同士の正面衝突と言う互角の展開にまで持ち込まれてしまっていた。
理不尽なまでの、戦場で発揮される蛮勇が、緻密な計算を覆す。鮮花が恐れていた気持ちが、嫌というほど理解できる。
アーヴァングも非難は出来ない。あの状況では最善の行動だ。むしろ、良く反応したと称賛してしまう。
それほどグラールスの力は強力だった。いや、厄介な開き直りをしたと言うべきか。
現状で、後方から攻撃すれば隙だらけだ。全てが隙だと言って良い。
だが、だからこそ厄介だ。隙を隠そうとしている相手なら、隙を付けば崩れる。しかし、最初から殴られるのを前提としている相手だと、削れはするが崩れるまでには至らない。
攻撃する場所を探しながら走るが、これと言った場所が無い。
削れはするが崩せない。これまで通り、大きな効果は望めない攻撃を続けるしか無さそうだ。
「タケル様、大丈夫です」
アリエラが、軍馬が回復した事を知らせる。
このまま全軍が騎乗して攻撃しても、今までと変わらない。
「隊を分ける。ヴィクトルには、ブライノフとアルツールの両将軍の援護をするよう伝えろ」
隊の半数をヴィクトルに任せる。ヴィクトルの部隊は全員が弓騎兵としても動けるので、援護に徹することが出来る。
現状では突撃しても効果が薄い。支援をした方がマシな状況だ。
隊を身軽にして、グラールスまで届く道を探し続ける。
可能なら、直ぐにでもグラールスの所まで突き抜けたいが、届く前に潰されるイメージしか湧かない。
苛立つ気持ちを抑えながら、魔族の部隊を削る作業を再開するしかなかった。




