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根之堅洲戦記  作者: 征止長
真実と偽りと
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決戦の前


「よう、進捗はどうだ?」


カラファト城の近郊で、魔族の侵攻が予測される進路で行われている工事を監督しているクルージュに声をかける。

俺の突然の来訪に驚いたようだが、慌てることは無く対応しているので、問題は無いようだ。


「見ての通りだ。順調だ。それに、魔族の動きは耳に入っている。速度も上がるだろう」


魔族の次の行動はいくつか予測されたが、最も可能性が高いと思われたカザークでの支配領域の拡大では無く、カラファト城方面からの侵攻を目的としか思えない兵の配置を開始している。

つまり、旧モルゲンス領土のヴァラディヌス城に集結し始めたのだ。


「侵攻は秋頃になるだろうが、それまでには間に合うか?」


「問題ない。ただ溝を掘るだけだからな。まあ、均等な幅と言うのは大変ではあるが」


工事の目的は、自軍から敵軍へと、真っ直ぐに浅い溝を掘る事。

動員された領民は、真面目に働いているようだ。


「それで、今日は何をしに?」


「ああ、鮮花の護衛だ。例のモノの制作の進捗を確認したいそうだ。今は工房に行っている」


「アレか。本当に使えるのか?」


「上手く行けば良いとは思うが」


苦笑しながら、カラファト城の工房で作られている新兵器? について語る。

火薬を使用した兵器で、俺の好みでは無いし、その火薬も鮮花の特製だ。

まあ、ナパーム弾や化学兵器を作るよりは、はるかにマシだとは思う。


「ところでヘルヴィスは来ると思うか?」


「奴の考えを読むのは無理だな。なるようにしかならん。

 だが、西の現状を考えれば、奴も動けはしないと思う」


西はグロースの攻勢が始まっている。

去年までと異なり、南部を奪い返すための戦略目標も定まったようだし、魔族に隙があらば、確実に落としていっているようだ。

ヘルヴィスが遠く離れれば、かなりの領土が魔族から奪還できる。


その点、東部は現状では、ヘルヴィスがいないからと言って攻め込む余裕は無い。

だが、戦略目標に悩む必要は無い。何しろ、グロースと違って、ロムニアは領土を奪われているので、その奪還が目標になる。

情報は詳細に知っているので、取り返すとなれば、どう攻めれば良いか悩む必要は無い。


問題は、銃を何処まで使用するかだ。銃は魔族の弱体化を招いたが、それでも厄介な兵器である事には変わりはない。

だが、次の侵攻で銃を主力にした部隊を撃破する事が出来れば、今度こそ銃を持った部隊に大打撃を与えることが出来るはずだ。


「今度は追い払うだけでは済まさない。鮮花の立てた作戦に従い、元帥達は訓練に励んでいる。

 クルージュ将軍を脇役に追いやって悪いとは思うが」


「構わんさ。元より私が、あの連中を上回っているなど自惚れていない。

 それにアザカ殿に怯えながら一緒にいるのも大変だしな」


元帥を始め、王都にいる将軍たちは、揃って鮮花に苦手意識を持つようになっていた。

兎に角、考え方が突拍子も無いのだ。基本的に同類である俺と違って、正に異世界から来た人間だと思わせる言動は、どう接して良いか分からないらしい。

まあ、嫌っている訳では無いので問題は起きていないし、鮮花も気にしてはいない。


現状は、あの女は怒らせるなで、意見は統一され、彼女の立てた作戦に問題も無いので、ひたすら訓練に励んでいる。

そして、行動は次の段階に移行する必要があった。


「そう言ってもらうと助かる。それでティビスコス将軍が、そろそろ移動を開始したいと言っている」


「既に準備は出来ている。立派とは言えんが2万の兵を受け入れる場所は確保できた。

 食糧の支援があれば、ずっと居続けても問題は無いと自信を持って言える」


「分かった。伝えておく」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「これで近接戦にも対抗できそうだな」


銃に取り付けられた剣を見ながら、グラールスは満足げに呟く。

前回の戦闘では、銃を使えなくなった途端に満足に戦えなくなった。

その反省から、銃剣を使用することにしたのだ。

更に左手には、小手に小型の盾を取り付け、銃を火矢から防御できるようにした。


「それで、奴らの目的は、まだ分らんか?」


ロムニアで妙な工事をしていると、斥候から報告があった。

細い溝を掘っているようだ。最初は水を流す気かとも思ったが、それにしては浅いらしい。

まさか、油を流す気かとも思うが、いくら何でもそれだけの油を用意するのは無理だろう。

仮に用意できたとしても、溝の高低は一定していないようだ。


気にはなるが、何を企んでいるのか、現在の情報では分からない。

一応、捕らえている勇者に聞いてみたが、見当も付かないようだ。


「その場の判断しか無いか」


違う道を通る事も考えたが、ロムニアへの侵攻口は2本しかない。

予定しているカラファト城のある、普段攻勢に使用している進路以外は、東のエルネスク城になるが、そこは通った事が無い上に、そちらに兵を回しても同様の工作をしているかもしれない。

それなら、思い切って進むしかない。


「情報は集め続けろ」


あれだけ大規模な工事をしているからには、何か狙いがあるのは間違いが無い。

ロムニアの狙いによっては、最悪、撤退しなければならないだろう。

今回は無謀な行動はしない。兵の緊張感もある。前の負け戦は決して無駄では無かった。


ロムニア軍は明らかに変化している。これまで集まった情報からも、それは明らかだった。

歩兵と弓兵を合わせた部隊は、明らかに銃対策だ。

そして、何よりも赤い獣だ。その先頭を駆けていた男は、あろうことか勇者だった。


「それにしても、随分と毛色の違う奴が召喚されたようだな」


「そうですね。私は直接には奴らの考え方を知らないのですが、他の勇者とは違いすぎます」


「おそらく、お前らが考える以上に異質だよ。何なのだと言いたくなる」


側近の将と話しながら、新たな情報を整理する。

あの赤い鎧で統一された部隊は、ロムニアに召喚された勇者の部隊だった。

配下からしたら、勇者と言えば、南部諸国で捕らえられている連中しかしらない。


配下は、全員が勇者を嫌っていたが、グラールスは嫌ってはいない。心底、軽蔑しているだけだ。

何ら苦労をせずに強くなろうとし、女を侍らす事しか考えていない。

その、あまりにも浅ましい、卑しい性根は、嫌うなど無理だ。好悪以前の問題だった。


だが、ロムニアの勇者は明らかに別物だ。

何故、あの男だけが別なのか不明だし、勇者のいた世界で生まれるには異常な存在だ。

だが、現にいる。そこから目を逸らすわけにはいかない。

多少は強引に人を攫ってでも情報を集めるべきかもしれない。


「こうなると、前回の勝ちが痛いな。商人の動きが悪い」


情報を集めるには、移動中の商人を攫うのが一番だが、カザークの崩壊で商人の動きが悪い。

これまで、カザークを通って北部へ向かっていたロムニア商人は、他国へ行くのは、船を使用しているようだ。

そのため、魔族が行動できる山間部の街道を通る人間がいなくなっている。


「山間部で暮らしている人間なら、攫う事は出来るでしょうが」


「それでは、情報に鮮度が無いな。無意味に警戒されるだけだ」


「次の侵攻を決戦では無く、騎士の確保を主に置いてはどうでしょうか」


確かに、勇者を知っているのは王都の騎士が一番だろう。それに分かっているだけでもカラファトで行動をしていた事もある。王都やカラファトの騎士を捕らえて、情報を得るのが一番だとは思う。

だが、それが容易く出来る状況では無くなっている。


「その甘い考えを捨ててしまえ。もはやグロースでは、ヘルヴィス様がいなければ、ヴァルデンが勝つことが出来なくなっている。ロムニアもそれと同等と思え。戦う事に全力を尽くさねば大敗するぞ」


謝罪する配下の言葉を聞き流しながら、現状のロムニアの戦力を考察する。

自分がヴァルデンに劣るとは思っていないが、圧倒すると思えるほど自惚れてはいない。

仮に西部で指揮を執ることになれば、グロース騎士団に勝てるとは言えない。

だが、そう負けることも無いと思っている。ヴァルデンがそうであるように、一進一退だろう。


ロムニア軍は、グロース騎士団に比べれば兵数は半分程度だ。それも度重なる大敗で熟練の騎士は少なくなり、若い騎士が多い。

頂点に立つ男は40歳にもならないし、有力な将は歩兵を率いていたティビスコスを除いて40代で、その旗下の1000騎、100騎を率いる騎士は30代、下手すれば20代もいる。


若いから未熟と言えるが、成長が早いのも若さの特権だ。ロムニアの変化や成長は、グロースを上回る可能性もある。

中心にいるのは勇者だろうが、勇者にだけ気を取られては痛い目にあう可能性が十分にある。

そう思いながら、どれだけ成長したのか、楽しみにしている自分に気付いた。


変化では無く成長。まるで母親みたいでは無いか。

もしかすると、あの女、ソフィアの影響があるのかもしれない。

宿敵と見定めたソフィアの夫、アーヴァングと戦いたいという思い。この執着はソフィアの影響では無いかとも思える。この手で殺したいとの願いは、複雑な思いが混ざっている気がした。


ふと、アリエラの姿を思い出した。前の戦いでは、赤い部隊にいた。随分と成長していたが、まだ幼さが残っている。

彼女の年齢を思い浮かべる。14歳になっているはずだ。それにしては幼く見えた。母親に似たのか、騎乗しているから気付かなかったが、背も低いかもしれない。

ふと、息子の方を思い出した。ファルモスは9歳になっている。今はどうしているだろうか。


「まったく、厄介だな」


「グラールス様?」


「気にするな」


漏れた言葉に反応した配下に、適当な返事をする。

人間の脳を食ったことによる悪影響。宿敵と定めたアーヴァングと違って、子供には甘くなるかもしれない気がした。

それを振り払い、ロムニアとの戦闘を想定する。面倒そうな歩兵に赤い部隊。アーヴァングはどう変わるか。


「ロムニアが何を考えているか、現状では見当も付かない。

 だが、例の工事の進捗から目を離すことの無いようにしろ」






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「これが……か」


ティビスコスの移動も終わったので、一度、現状の確認のために、アーヴァングはカラファト城に向かった。

そのカラファト城内にある、タケルたちと待ち合わせをしている工房では、例の新兵器が完成していた。

想像以上に大きい。荷車の車輪を大きくした物を想像していたが、それよりも遥かに大きく、重量がありそうだ。


「アーヴァング殿、久しいな」


奥から出て来たタケルが、こちらに手を振って近付いて来る。

溝を掘る工事は完了間近で、今はその周囲で訓練を始めている。溝の感覚を覚えないと軍馬が足を取られる危険があるからだ。

いずれ、ブライノフもやって来る手筈になっている。


「うん、少しは落ち着いたか?」


顔を見ながらのタケルの言葉に苦笑する。グラールスを討つと気合を入れ過ぎていると、周囲に注意されていた。

周りから見ると、冷静さを欠いているように見えるらしい。


「私のいない場所で、悲願だった宿敵の首を、危うくお前に取られそうだったからな。慌てもするさ」


「そうなっていれば、どんな反応だったか見たかったものだ」


笑いながら話しているが、本当は自分でも分からない。

ソフィアを失って随分と経過している。あの時感じた、例えようもない怒りと絶望と喪失感。

決して癒えることが無い傷だと思っていたのに、時と言うのは実に残酷だ。それは、時と共に薄れていた。


ソフィアに惚れ込んでいたため、側室は置かなかったし、新たに妻を娶る事も拒否した。

アーヴァングの地位なら側室は普通だったので、ソフィアの事を引きずっていると周囲には思われている。

それは、正しくもあり間違ってもいる。ソフィアを引きずっている事は否定しないが、もしファルモスがいなければ違っていただろう。


そんな自分が嫌で、グラールスを討つと言い続けた。自分を偽った気がする。

グラールスに対する思いは、単なる仇や敵を超えた因縁めいたものを感じるが、不思議と憎しみを感じていなかった。むしろ戦う事を何処か楽しみにさえしている。

それを周囲に悟られまいと、憎しみを口にしてきた気がする。


「それで、アリエラとは本当に何も無いのだな?」


それを見抜かれたくなくて、話題を逸らすためにも聞きたかったことを確認する。

ロートルイから見ても、分からない関係らしい。男女の仲では無いようだが、そもそもタケルは異性に関して潔癖と言うには度が過ぎる程、硬すぎるところがある。


「多分」


「何だ、その答えは」


「俺も分らんから、答えようが無い」


その要領を得ない答えに、何か言う前に、アザカが奥から出て来た。

挨拶をすると、例の兵器の横に立つ。


「これが、例の新兵器で良いのですか?」


「はい。魔族が銃を装備した対策として考えた作戦、そのための兵器。

 私達の世界の、ある国が計画した、有名な兵器です」


有名と言う割にはタケルは知らなかったようだが、他の勇者は知っている可能性があるようだ。

それくらいに知名度はあるらしい。


「本当に有名なのか? 確かに第二次世界大戦の兵器に詳しいとは言えないが、俺だって知ってる兵器はあるんだぞ。ナパーム弾とか知ってたし、確かに覚えにくい名前だったが」


「武尊さん、食べ物の名前と思ったくらいだしね」


「いや、普通に食べ物だって思うだろ? パンとジャムだぞ?」


「ジャムじゃなくてジャン。パンジャンドラム」


パンジャンドラム。鮮花が作った兵器は、新兵器と言うには、どう見ても頼りになる威容はしていなかった。



知らない人のために、パンジャンドラムとは何か?


世界一有名な珍兵器です。多くの失敗兵器を作った事でミリオタからネタ扱いされるイギリス軍ですが、その中でも代表となる兵器です。

ググれば画像や解説したものがいくつも出てきますが、YouTubeにも複数の動画が投稿されています。


作者のお勧めは「いつかやる」の人達です。解説が凄く笑えます。


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