表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
根之堅洲戦記  作者: 征止長
真実と偽りと
83/112

勇者らしさ


俺達は本物の勇者では無い。

昼間に聞いた鮮花の予想は、妄想の類と言って切り捨てるには、切実すぎる内容だった。

勝ちを意識していたせいか、なおさらに重すぎる事実。


「失礼します」


ドアがノックされ、アリエラの声がした。

入室を許可しながら、アリエラと戦後の話をしたせいで、変に意識してしまう。

ある意味で、彼女にウソの慰めをしたような気分になっていた。

だが、それを悟らせるわけにはいかない。平静を装いながら会話を進める。


「どうした?」


「はい。明日の予定を聞いていなかったので、どうするのかと思いまして」


しまった。何時も通り20騎を護衛にして、残りはリヴルスとルクサーラに訓練をさせるつもりでいたが、指示を出していなかった。


「悪い。何時も通りだ。護衛の役もリヴルスに選定させる」


アイツの事だ。すでに選定は終わっているだろう。

今から言っても問題はないはずだ。

だが、アリエラは不安そうな表情で、こちらを見たまま動かない。


「まだ、何かあるのか?」


我ながら白々しい。俺の不安が表に出ているんだ。

だから、周囲まで不安にさせている。


「何も言ってはくれないんですね。一緒に居るって約束は、辛いことがあれば言ってくれる事だと思っていました」


否定するのは簡単だ。

あの約束が、そこまで踏み込んだものでは無いと言っても良いし、今の俺が辛くないと言っても良い。

だが、それをすれば、今後、アリエラは辛い事があっても、俺に頼る事はしないだろう。

それは嫌だった。


「悪かった。鮮花と話をしてな、その流れでヘルヴィスに勝てるか不安になった」


詳細は伝える事は出来ない。

だから、アリエラは、大丈夫だと言うだろう。

そんな慰めでも今は欲しているのかもしれない。


「ヘルヴィスですか?」


だが、アリエラは不思議そうに、何処か不安そうに言って戸惑っている。

ウソは吐いていないし、何故、戸惑っているか分からなかった。


「どうかしたか?」


「あの、グラールスの事を、どう思っています?」


「グラールス? どうって」


グラールスの印象? 違うな。そんな事を聞きたいわけでは無い。


「その、最近の隊の雰囲気、いえ、赤備えだけでなく、父上の周囲の方々と話している時も感じたのですが、グラールスを甘く見ている気がします。

 確かに、私はヘルヴィスを見たことがありませんし、比べたら劣るのだと思います。

 ですが、グラールスはタケル様の攻撃で討たれませんでした。それに、これまでロムニアを苦しめて来たのはグラールスです。

 それなのに、このままではヘルヴィスさえ来なければ勝てる。そんな慢心が出そうな気がします」


慢心。そうだ。あの時も油断では無い、慢心していた。

銃の使い方を誤ったと、兵が弱体化したと、そう思って戦場で慢心してしまった。

その結果、グラールスが火縄の付いていない銃を出した際も、直前まで警戒せずに進み続けた。


何処か心の底では、ジジィの死から目を逸らしたかったのかもしれない。

だが、本当は真剣に見つめるべきだ。

あれは、俺の油断では無く慢心だ。そして、失態だ。

もっと、考えるべきだ。失敗があれば、二度と起きないように対策を講じろ。


少なくともグラールスは、そうするはずだ。

火矢に対する策を考えてくるだろう。

そんな相手を見下し、何も考えずに戦えば、今度は敗北が待っている。

まったく、俺はヘルヴィスに劣る? 笑わせるな。劣るどころか、前に立つ資格さえない。


「アリエラ」


手招きをすると、少し緊張した表情で近付いてくる。

近くまで来ると、その頭を少し乱暴に撫でまわした。


「悪い。だが、お蔭で目が覚めたよ」


「え? あの?」


アリエラは動揺するが、構わずに頭を撫で続ける。

そして、やるべきことを考える。

厄介に思っていた銃は鮮花の策で防ぐことが出来るはずだ。


だが、それで満足するべきではない。あくまで赤備えの隊長として出来ることをやる。

俺は人間だ。それで良い。

勇者の力の研究になんか興味は無い。人として、軍人として戦えば良いのだ。

そもそも、あんなオカルト染みた話は俺の性分では無い。


「リヴルスとルクサーラは?」


「はい、二人とも食堂にいます。他の方々も、ほとんどがいるはずです」


「よし、行くぞ」


そう言って、食堂へと向かう。

そこには、リヴルスとルクサーラだけでなく、ゼムフェルクを含め半数近い隊員が残っていた。

更に都合が良い事に、ロートルイがいる。悪いが伝言を頼もう。


「ロートルイ、悪いが鮮花達に、明日は隊の全員で訓練をするから、乗馬の練習は見れないと伝えてくれ。

 気が向いたら、見学をしてくれて構わないと」


俺の発言に、ロートルイは了承し、リヴルスとルクサーラが何事かと近付いてくる。

何人かは、嫌な予感がするのか、引きつった表情で俺の方を観察している。


「全員で訓練ですか?」


近付いたリヴルスが、代表して俺の話を聞こうとしている。良い心がけだ。

椅子に座るよう指示をしながら、明日の訓練メニューについて話を始める。


「大まかには、この前の反省を活かす。

 本当はヤニスとルウルが合流してからの方が良いんだが」


ヤニスは、実家に顔を出す事を許可したので、今は離れている。


「その二人という事は、弓騎兵の強化ですか?」


「ああ、前回はグラールスが銃を出してから撃つまで、何もしないで待つだけだった。

 相手が不穏な行動をした際は、俺の指示を待たずに自分の判断で撃たせる」


ヤニスとルウルが弓騎兵としては最前列だ。それに咄嗟の判断力も高い。

アリエラは弓の腕は高いが、判断力では二人に劣るし、全体の軍馬の調子を見ることも頼んでいる。

それを考えると、メインはヤニスとルウルが適しているが、他の者も異常を察する感覚を磨いた方が良い。


だが、単純な弓騎兵の強化では意味が無い。全軍の意識を高める。

より強く。より猛々しく。より狡猾に。

何より、俺を含めた全軍の慢心を吹き飛ばす。


「一日だけですか? それだと一日だけではモノにならないと思いますが?」


「最初に全員でやろう。その後は、今まで通り護衛の分は抜けるが、強化の方向性は警戒心を高める事だ。

 警護の任務にも役に立つ」


明日の訓練内容を相談していく内に、俺以外の隊員も緊張感が高まってきた。

これで良い。何処か腑抜けた感があったが、この前の戦勝前の雰囲気に戻ってきた。

後は、頭だけでなく、身体に叩き込む。そうすれば合流後の訓練で差が出るかもしれないが、そうなっても気合の入れ直しになる。


「明日は、休みだそうですが?」


ロートルイに聞いたらしく、確認に鮮花が来たので、明日の予定を伝える。

すると、鮮花は見学を申し入れて来たので了承する。

何でも、ディアヴィナ王国では、軍の訓練を見学したことがあるらしいが、その差を確認しておきたいらしい。

ガッカリされないように気合を入れて取り組むとしよう。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「ディアヴィナ軍と全然違う様に見えるんだけど、専門家から見たらどうなの?」


鮮花は、呆れた気分でタケルの騎馬隊を見ながら、隣にいるジュリアに質問した。

数は少ないが、あの激しく動き回る騎馬隊がディアヴィナ軍と戦えば、ディアヴィナ軍が勝てる姿が全く想像が出来ない。


「前より強くなっているな。その前に見た姿でさえディアヴィナでは勝てない。

 今はより精強になっている。あの部隊だけなら、グロースにもいないな」


「つまり、この大陸各国の軍で、グロースとロムニアは頭一つ抜き出ていると考えて良いのね?」


「一つ、では足りないかもしれない。それほど優秀だ」


やはり、魔族に勝てるチャンスは、ここしかない。

鮮花が考えた仮説が正しければ、魔王はセカイが生態系のバランスを取るために発生する。

だが、魔王の誕生が、このセカイが人間を減らす決定をしたと考えるなら、アルスフォルトと武尊の存在は不自然だ。

魔王に対抗しうる存在の発生など許されるわけがない。それは同時に魔王に対抗する事をセカイが認めている。そう考えても良い気がする。

数多くいるであろう、異世界での生活に憧れる人間の中から、よりによって、あれほど特殊な人間が選ばれたのだ。


「勇者か」


魔王と勇者、その真の言葉は不明だが、過去の実績を考えてみれば、『導くもの』そういった類の意味合いの可能性が強い。

他国の勇者は論外で、自身も勇者は務まらない。唯一、勇者と呼べる行動を取っているのが、菊池武尊だろう。

だが、やはり勇者と言う響きは相応しくない。元の単語は別の言葉だとしてもだ。

これまで観察を続けてきたが、彼は予想よりマトモではあると同時に、予想以上に歪みを持っていた。


好戦的な性格は、上手く調整されており、それほど危険な人物では無かった。

だが、話をしていると、やはり異常としか思えない部分が見られる。

鮮花は心理学の専門家では無いし、興味本位で調べた程度だ。


それでも、武尊の心には闇が残っていると感じた。

本人も気付いていないようだが、予想では、母親に対する歪んだ思いだ。

母親に嫌われていたと、どうでも良い事のように話しているが、幼い子供が母親に嫌われるという事実は重い。その後の人格形成に大きな影響を及ぼす。

代わりとなる母性の対象がいれば、違いもしたのだろうが、彼が心を許したのは祖父のみであった。


母親に嫌われるのが嫌で、それに対する心の防衛として、自身も母親を嫌った。

一方的に嫌われるより、心の防衛策としては妥当だし、母親代わりがいれば問題は無かったはずだ。

例えば、織田信長は母親に疎まれていたというが、愛情を注いでくれる乳母がいた。


しかし、それが無かった武尊は、女性に関して壁を作っている。

何処か恐怖を抱いていると言っても良い。

特に母性を感じる相手は苦手なようで、子供や老人なら平気だが、妙齢の女性は苦手にしているようだ。

ジュリアに聞いたが、エリーザと言う美女に思いを寄せられながら、何の進展も無いらしい。


ジュリアには異世界ものの定番、ハーレムの事を話しているので、そんなアホな展開は無かったと、武尊に対して好感度を上げていたが、普通に考えれば異常だ。

男と言うものは、女に種を撒きたがる。そこに愛情など不要だと、嫌になるほど知っている。

異世界もので、かなりの幅の広い女性を侍らすのも、それがオスとして自然な願望の表れだと言えるだろう。


アリエラと言う少女には、強い愛情を抱いているようだが、その関係は健全すぎる。

本当に性癖が少女愛好家(ロリコン)であれば、健全な関係は保つことなど出来ない。

性欲の対象が少女であれば、少女に手を出すのが自然だ。それが可能な世界と立場であれば、手を出さない理由は無い。


要するに、武尊の不自然さは、性欲を感じる女性の幅は普通の男性と大きく変わらないが、母性を感じる女性、年齢や胸の膨らみが大きいと、嫌悪というより、恐怖を抱いて遠ざける。

逆に母性を感じなければ、安心はするが、性欲を発散するのに抵抗を感じる。いや、性交によって母親にするのが嫌なのだ。そんなところだろう。


どこか人間らしくないのだ。人間が持つ欲望、言い換えれば、生臭さが足りない。

性欲だけでは無い。食事に関しても関心が薄い。この世界の食文化は、決して恵まれているとは言えない。

鮮花も周囲に合わせて贅沢をしようとは思わないが、武尊の場合は、周囲に合わせるというより、栄養が採れれば、どうでも良いと思っている。


そして、領主への就任要請に対しての拒絶。

無欲と言えば格好がつくが、実際に武尊の配下には、彼が領主に就任すれば助かる人間が居る。

人との繋がりが偏っているのだ。普段見られる軍における部下への配慮が、軍を抜けると欠如してしまう。


それは勇者に相応しいだろうか?

少なくとも、1000年前の勇者は欲望があった。

土地を求めた。複数の妻を娶った。


武尊の事を知っていくにつれ、妙な既視感を感じた。

それは、魔王の事を調べる時に描いた、魔王ヘルヴィスの人物像だった。

魔王に対して人物像と言うのも変な話だが、情報を集めていて感じたことは、知識のある魔族は妙に人間臭いという事だ。

それも、何処か騎士と通ずるものがある。


その中でもヘルヴィスは、少し異端だった。どうにも子供っぽいのだ。

だが、魔王が魔族を導く物なら、それでも正しいと思える。

人を食らう魔族にとって、戦闘に特化し、人に打ち勝つ強さと勇敢さは、付いて行きたくなるだろう。

そして、それが武尊と通ずるところがある。


だが、武尊は人間だ。ただ強いだけの存在に、人は付いて行かない。

もし、勇者が人を導くものだとすれば、武尊は勇者失格だ。

人は魔族を食わない。だから魔族に勝つだけでは不足だ。

人は穀物を食い、子孫を残す事を望んでいる。それが人間らしさと言えるだろう。


予想では、このセカイでの勇者とは、おとぎ話の高潔な英雄では無い。

もっと、俗な、それこそ人間らしい人間であるべきだ。

だからと言って、独りよがりな他国の勇者は論外だが、武尊はもっと俗になっても良いと思う。


「領主就任、押してみるぐらいしか、思いつかないけど」


領主にでもなって、人の生活に目を向ければ、変化があるかもしれない。

だが、それを勧めたところで、嫌な顔をされることを想像し、思わず溜息を吐いてしまった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ