このセカイ
アリエラの見立て通りだった。
例の駄馬は鮮花を気に入り、彼女を乗せるには細心の注意を払って駆けるため、非常に乗り心地が良いようだ。
鮮花も騎乗の姿勢を維持するには、筋肉や関節の疲労があるが、それも魔術で癒すことが出来る。
だからと言って、生粋のインドア派である鮮花が、急に乗り回すなんてことは流石に無理がある。
習うより慣れろの精神で、三日間、乗馬の練習をしたが、意外と乗馬を気に入ったようだ。結構な速さで長時間駆けることが出来るようになってきた。
この分なら王都へも、途中でマトモな宿で休ませれば二泊もすれば到着できそうだ。
もう少し練習させたいが、周囲をずっと駆けるでは面白みも無いので、今日は海岸線を北に向かって少し遠出する事にした。
リヴルスに先導させ、護衛は俺とジュリアを含めて30騎。朝から出発して、昼には見晴らしのいい高台がある地点に到着した。
前に他の人に聞かれない状況で話をしたいと言われていた。
ちょうど良いだろう。配下には、離れるように命じる。
護衛の任務が有るので、姿は見えるが会話は聞かれない距離まで離れさせた。
「それで、話って言うのは?」
「先ず、改めて先の勝利、おめでとうございます。
こんな言い方は失礼かとも思いますが、あの程度の装備で、銃に勝てた事に驚きを隠せません。正直、助かったという気持ちです。その、気を悪くしたら謝ります」
「気にするな。実際に勝ったのは運が良かっただけだ。まあ、奴らが銃の運用に失敗したからな。
仮に、今まで戦っていた兵が、それまでと同じ戦い方で、別の奴らが銃を装備していたら、こうはいかなかった」
「でも、本当に助かった。そんな気持ちです。私としては、多少は追い詰められた気分でしたからね。
ペニッラに調べさせて、ロムニアで原油と鯨油が手に入る事は分かっていたので、ナパーム弾を作る気でいました」
「はい?」
ナパーム弾? 何か聞いたことがあるぞ。
確かヤバい奴じゃ無かったか?
「それと蛍石を持ち込んでいます。フッ酸を作って浴びせる事を考えていましたが、ああ半導体で使えるような高純度では無いですよ。
ただ、硫酸ならここでも簡単に作れますけど、知っていると思いますが、フッ酸の方が薄めても効果があるので大量に用意するのに便利ですから」
「いや、知らない!」
「ええと、硫酸や塩酸だと、皮膚の表面から溶かすので、濃度を濃くしないと軽い火傷で終わるんです。おまけに大量に浴びせないといけません。
でも、フッ酸は濃度が薄いと皮膚を浸透して骨を溶かすんです。水を浴びたと思ったら、後になって骨が段々と溶けていって激痛が……どうしたんです?」
「いや、本当に誰も聞いていないか気になって」
コイツ、ヤバい奴だ。絶対に敵に回したらダメな相手。
何をしてくるか分からん。
「ところで、もしかして原油ってガソリン?」
「……まあ、ガソリンは原油の一部だと思ってもらえれば良いです。ガソリン、その他を混ぜて原油です」
あ、俺が馬鹿だって認識したな。
だが、大丈夫。その反応は慣れているからな。
「あれって、地中にあるんだろ? 何時の間に掘り起こしたんだ?」
「いえ。昔から少量ながら、地表に滲み出るものがありました。それこそエジプトのミイラの製造過程で原油の一部が使用されています。
それを大量に得るために地中から掘る方法を磨いた。そう認識した方が良いです。同時に、そうでなければ原油の存在を人類は知りえませんでした」
確かにそうだ。原油の存在を知らなければ、原油を掘ろうとは思わない。
水を得ようとして、掘った可能性もあるが、そうだとしても、この世界でも行われている事だ。原油を掘り当てても不思議ではない。
「ところで、フッ酸の薄めた奴、少量なら直ぐに用意出来ます。拷問に使えますよ」
「……どれくらいで効果がある?」
魔族から情報を引き出すには、選択肢の一つとして知っておきたい気はする。
普通に殴る蹴るでは、気が有るので面倒だ。
「数時間。ちなみに治癒魔術は効果がありません。骨折やヒビと違って、くっ付けるでは無く、溶かしていきますから。
実は、私としては、知能のある魔族を捕えて欲しいと思っています。どうしても、聞き出したいことがあるので」
「拷問をしてまでか?」
「はい。どうやって銃の存在を知ったか。それを確認しておきたいと考えています」
「いや、それは、捕らえた勇者が話したんだろ?」
それを伝えたのは、当の鮮花だ。
火薬の材料や配合の知識を始め、勇者が魔族に伝えたと言ったのは彼女だ。
「誰が、は勇者です。でも、どうやって、は分かりません。
先程の原油の話しと同じです。例えば、武尊さんが私にナパーム弾の製法を聞くとします。でも、それは武尊さんがナパーム弾の存在を知っている必要がある」
そうか。俺がナパーム弾の存在を知っていて、鮮花がナパーム弾を作れると知っているから製法を聞き出そうとする。
だが、俺がナパーム弾の存在を知らなかったら、当然ながら聞き出そうとさえしない。
「魔族は、勇者が銃の製法を知っているとは知らない。そもそも銃の存在さえ知らなかったはずだ。
つまり、拷問などの方法を使っても、知らないものを聞き出すことは出来ない」
「はい、それなのに銃を知った。仮説として、ファンタジーらしく記憶を読み取る魔法でもある可能性があります。あるいは、勇者が積極的に魔族に自分の知識を売り込んだか」
「魔族に売り込み? それは無いだろ? 魔族だぞ」
「いえ、最近の物語では、結構見かけるパターンですよ。
人間側が悪い奴等で、実は魔族の方が平和を愛する種族であるとか。むしろ使い古されていると言えます」
「善悪はそれぞれの価値観だ。だが、奴らは人間を喰らう。人間が積極的に協力するにはハードルが高すぎないか?」
「そう思いますが、頭がおかしい人間はいますからね。ただ、理由は知っておきたい。
それに、どの程度の知識を得たのか」
確かに、鮮花が魔族に協力していたら、絶対に勝ち目はない。
仮に、記憶を読み取る魔法なんてものが存在していたら、絶対に鮮花を魔族に渡すわけにはいかない。
「分かった。今後は知能がある魔族を捕える事を意識する。
ところで、ガソリンが手に入るなら、船を作ろうとは思わなかったのか?」
魔族から逃げ出す。
それは普通に思いつきそうな選択肢の一つだ。
可能なら魔族を殲滅だが、鮮花は出来なかった場合を考えるタイプのような気がする。
「いえ、流石に私だって近代の船は作れませんよ。まあ、石炭を使用した蒸気船なら出来ると思いますが」
「十分だろ。だが、それなら脱出も視野に入ったんじゃないか?」
「確かに考えました。でも、船で脱出可能な人数は限られている。
最悪も想定しましたが……そうですね、この海岸線を見て、どう思います?」
「結構、急な岩場だな。落ちたら間違いなく死ねる」
海岸線は岩場になっており、ドラマで犯人が自供する場面で使われるような場所が続く。
エリーザから、ライドルス城より北は、大型の船が入港できる場所が無いと聞いていたが確かに難しいだろう。
「北も、こんな場所は多かったですよ。まあ、途中から船酔いで、見物どころではありませんでしたが」
「他もこんな感じか……だが、お前が何を言いたいかは分らん」
「この海の先、何があると思います?」
「そりゃあ、他の大陸があって、違う国があるんじゃ? ここみたいな国や、人が住んでいる」
鮮花に聞いたが、この大陸の広さは、北アメリカ大陸よりは狭いがオーストラリアよりは広いそうだ。
そして、重力から俺達が住んでいた地球と同じ大きさの惑星であり、月も同サイズ。
「でも、記録が正しければ、この大陸で一定の文化が生まれていますが、それが魔王の手で滅んで、文字言語を失っている事から、少なくとも数百年。更に勇者が現れて1000年。
仮に他所では、魔王が登場しなかったと考えると、千数百年の間、文明が発展していることになります。
ですが、それらしい姿は一切記録されていません」
「じゃあ、この先は、ずっと海って訳か?」
「その可能性はあります。武尊さんが指摘したように、最初に魔族から逃げる算段を考えたので、外界の事を調べたのですが、全くありませんでした。少なくとも高い航海技術を持った国が無い事は明らかです。
ところで、熊本県にある阿蘇の外輪山と、鹿児島県の地形って覚えています?」
「阿蘇は分からんが、鹿児島の方は、クワガタの角みたいな形だったよな」
「はい。ちなみに開いている向きは変わりますが、阿蘇も同じです。仮に水位が500メートルほど上昇すれば、あんな感じになります。
要するに、地球上の大陸や島々って、単に海面から突き出ている部分の事です。水量が増えれば平地は海の中で、山々が島になる。巨大な山地は大陸に。水位が減れば平地は山地になり、海底が陸地に変化します」
「じゃあ、この大陸って」
「この惑星上で、数少ない海から突き出た、山地の一つ。その可能性があります。ですから、逃げ道は無いと考えた方が良いと思います」
逃げ場なし。そう考えた方が良いって事か。
「一応は、文明が発展しなかった。あるいは、航海技術が上がらない理由があって、そんな大陸がある可能性もあります。
例えば、ヨーロッパの国々も、オスマントルコの圧迫が無ければ、航海技術は上がらなかったという考えもありますし、実際に、その前に明の鄭和の大航海では、アフリカまで到着してますが、あくまで海岸線を進んだだけです。
何も見えない水平線の彼方に進むには、強い理由が必要ですから」
「リスクに見合うリターンが必要。そう言う事か?」
「はい。それに、私が他の大陸の存在を信じ切れない理由があります。
勇者と魔王。武尊さんは何だと思います?」
鮮花の話は、よく飛躍する。航海の話をしていたら、今度は勇者と魔王か。
だが、考えたことが無かったな。
「じゃあ、質問を変えます。武尊さんは軍人ですよね。その視点から見て、1000年前の戦い、不自然だと思いませんか?」
「それなら考えたことがある。明らかに不自然だ。人間が勝てる訳が無い。或いは、今の状態で苦戦する訳が無い」
1000年前、勇者は言葉も文字も失っていた人間を率いて、勝利している。
一方の現在は、言葉も文字も失っていないで、武神の力を習得した騎士が大量にいるのに負けている。
明らかに戦力は、現在の方が大きいのにだ。
「可能性は二つ。一つは1000年前の勇者が想像以上に強かった。
それこそ、剣の一振りで大軍を薙ぎ払ったり、山を吹き飛ばしたり。
でも、そんな事が可能なら、記録に残すでしょう。そんな記録を見たら話を盛りすぎだと疑うでしょうが、それすらない」
英雄の記録は大袈裟に記すのが普通だ。
だがそんな記録が無いという事は、出来なかったと思って間違いが無い。
だとすると、もう一つの可能性になる。
「つまり、1000年前は、今より魔族が弱かった」
「その可能性が高いです。私の予想では魔王はいなかった」
「待て、魔王ならいたはずだ。魔族の国があったんだろ? それなら魔族の王様がいただろ」
「そこで、最初の質問の答えです。
勇者も魔王も、単なる言葉です。いえ、『ソレ』に当てはめた単語が、勇者と魔王だった」
「……悪い、意味が分からん」
「そもそも、魔王とは魔族の王では無い。別の何かだった。
そうですね。例えば、神と言う言葉ですが、神と言う単語は、日本神話の神々に適していますが、仏は別物です。仏教での神々は、天という単語が当てられ、仏より遥かに下位の存在になります」
「確か、仏教でいう、如来って地位か? その下に菩薩や明王がいて、天は最下位だったな」
「はい。そして、一神教の神。キリストやアラーは、本来、神という単語を当てはめるには、無理がある存在です。ですから、最初は神でなく、極楽と訳したみたいです」
「極楽? よく分らんな」
「その通りです。分からない存在なんですよ。少なくとも日本人が想像する神は、人間の延長です。
でも、一神教の神は人間の延長ではありません。極楽、そんな意味が分からない存在です」
「じゃあ、もしかして、勇者や魔王って」
「無理に日本語に当てはめた。その結果の言葉だと思います。
日本語で、勇者という言葉は、神話上の卓越した英雄に使うことがありました。1000年前も、これが使われたか、或いは恐怖の対象であった魔族に立ち向かったからか。
魔王は、魔族の王だったので、分かりやすいですが、本来は別の単語があったか、あるいは、言葉で言い表すことが出来ない存在か」
「つまり、ヘルヴィスは、魔王と言っても魔族の国の王様とは、別格の存在って事か」
「はい。ここからは、私の予想と言うより、想像、あるいは妄想の類と言っても良いかもしれません。
その前提で聞いてください。魔王とは、どのような存在かと考えると、人間を減らすために誕生する何か。
一方の勇者は、そのカウンター。魔族を減らすために存在する何か」
「そんな大層な存在だって自覚は無いが」
違うんじゃね? 俺なんて、魔力が大きい以外は、普通の人間と変らないと思うぞ。
いや、待てよ。それって。
落ち着け。まだ、そうと決まった訳では無い。そもそも魔族が何なのかも分からないんだ。
「なあ、魔族って、そもそも何だと思う?」
「魔物の一種。例えば、この子の特徴ですが、普通の馬と、どう異なります?」
軍馬を撫でながらの質問。
これまでの話の流れと、軍馬を目の前にした状態で言われてみて気付いた。
「体格が大きく角がある。人間と魔族の差と同じだ」
「実は、最初に勇者が軍馬を調教した際の伝説には、軍馬は馬を襲っていたとあります」
「人間と魔族の関係と同じ。だとすると、魔族が人間を襲い、天敵の役割を果たす事で生態系のバランスを取っている」
「でも、それが出来ない状態になりました。
不思議だとは思いませんか? 武尊さんが見つけた、魔族の防御力、気の存在。あんなものが存在するなら、そう簡単に人類が勝利する事は出来なかった。
それどころか、昔は魔族が発見されたら、普通に騎士が退治していたそうです。それも一人で複数を討つことも珍しくなかったそうです」
「以前の魔族は、気が無かった。そう言う事か?」
「はい。魔族は普通の人には脅威でも、騎士にとっては脅威ではない。その認識が変わるのは、ある怪物が登場してからです。多分ですがディアヴィナ王国以外では知られていないと思います。
クンゲルブの怪物。ディアヴィナ王国の南部にあるクンゲルブ地方で起きた50年前の事件です。
ある魔族が、山脈から頻繁に出てきては、人間を襲っていた。しかも、騎士でさえ返り討ちにしていた。
驚いたことに、その当時は、騎士を返り討ちにする事でさえ驚異だったようですね」
今では魔族が騎士を倒すことは常識と考えられている。
だが、昔は異常な行為だったって事か。
「ディアヴィナ王国以外でも、被害は出ていましたが、中心はディアヴィナ王国です。
ですから、その魔族を討伐するため、騎士が数名で当たる事もありましたが、残念ながら、返り討ちに合っていたそうです。
その上、その魔族は途中から手下を集め、襲撃の規模を増やしました。当然、王国としても看過は出来ないので討伐隊を増やすのですが、結果は芳しくありません」
「随分と勇ましい奴だったようだな」
「勇ましいなんてものでは無いと思います。何しろ、その魔族には攻撃が利かない。戦う事を喜んでいるようにも見えたそうです。
そして、業を煮やした王国は、3000の騎士を派遣しました。指揮官の名前はヒルバース。
優秀な人だったようで、勝てないなら徹底して弱らせる作戦を取ったそうです」
「なるほどね。集団で包囲すれば、休ませることが無く攻撃できる。食う暇どころか眠る暇さえ与えなければ、どんな豪傑だって負ける」
「はい。ですが、上手くいくと思われた作戦は、別の魔族集団の襲撃で頓挫しました。
交代で休んでいたとは言え、三日間戦い続けたところに、統率された魔族の集団による攻撃です。
指揮官だったヒルバース将軍も魔族に捕らえられ、騎士団は敗走を余儀なくされました」
「統率された魔族の集団? まさかヘルヴィスが」
「私の予想では違います。その集団は、高名な魔族、グラールスやヴァルデン。
そして、クンゲルブの怪物こそがヘルヴィス。
彼らが合流し、ヘルヴィスの持つ防御法が、他の魔族にも伝授された。そう思っています」
そして、合流した奴らはクンゲルブの怪物、改め、魔王ヘルヴィスの元で20年ほど鍛え上げてから、人間へと宣戦布告したって事か。
だとすると、俺の嫌な予想は当たったってことか。
魔王ヘルヴィスには、不思議な力があり、俺には、そんな凄い力は無い。
「残念ながら。私がこの大陸の外を信じられない理由が、この箱庭の完結したシステムです。
食物連鎖のバランスを取ろうとしている何か。
同時に、魔王と勇者は同時に存在する事は無い。あくまで自然発生する物だったのに、今回の勇者は強引に召喚された」
何か。神なんていう凄い力も持った人間モドキでは無い。
極楽と称された存在のような人格とは無縁の何か。
「つまり、俺達は、勇者では無い。偽いものって事か」
鮮花の妄想だと切って捨てるには、心に圧し掛かる話の内容だった。
監視をしている隊員たちを見ると、その中にアリエラがいた。
戦争に勝つことを前提とした未来を話し合った。だが、勝てるのだろうか?
偽いものの勇者が本物の魔王に。




