変わりゆく地にて
一通りの自己紹介をして、幸い、直ぐに打ち解けることが出来た。敬語を使わなくても良いと言ったが、直ぐには無理と言われた。しばらくは向こうは敬語で話すようだ。
齢も一つしか変わらないので、前の世界での思い出話をしていたのだが、周囲の反応が微妙になってきた。
最大の原因は、異世界語のオンパレードで何を言ってんだ? という反応だが、俺達がお互いに苗字で呼び合っているのが不思議だったようだ。
「どうやら、苗字で呼び合っていると、周りの反応が微妙ですね」
「良かったら名前で呼ぶか?」
「もしかして、意外と呼び慣れてます?」
「俺は田舎者だぞ」
チャラい奴かと勘違いされかけたが、田舎では普通だ。
何故なら同じ苗字の奴が多すぎる。
俺のところは違ったが、村によっては、全員同じ苗字って地域もある。
俺の通っていた中学までは男女ともに名前呼びが普通で、それぞれ高校になると別の地域へ行く事になる。
そこで、地元の異性の名前を気安げに呼ぶので、付き合っていると勘違いされるそうだ。
俺? 女性が希少価値な農高では起こらない現象です。大学? そこも異世界だ。
ちなみに結城鮮花は、日本人なら誰でも知っている大学だった。
「どちらにしても、ゆうきなら下の名前でもいそうだし、俺からしたら変わらんぞ」
身も蓋も無いが、俺としては低いハードルだ。
一方の鮮花は抵抗がありそう。男の名前を呼び慣れていない。意外と初心な奴みたいだ。
いや、何か壁を作っている感じか。
「まあ、慌てなくても良い。しばらくは結城と呼ぶぞ」
「いえ。鮮花でお願いします。私も武尊さんと呼ぼうと思います」
何か気合を入れてるが、それが望みなら合わせよう。
それに鮮花が異世界に呼ばれた“理由”を俺は知らない。
ほとんどの勇者は、漫画やゲームの世界に行きたいと願っていたようだし、俺は戦乱を望んでいた。
だが鮮花は、どちらでもない気がする。最高の大学に入っておきながら、前の生活から逃げ出したかったんだ。トラウマの一つや二つはあるかもしれない。
「分かった鮮花。早速だが、細かい話は出来れば王都でして欲しいと思っている」
「ですが、連絡が行っていると思いますが、私は移動に難があります」
「ああ、聞いている。大変そうだったな。改めて礼を言うよ」
銃への対抗策をいくつか作った上で、遠路やってきた。
俺は船酔いの経験が無いし、本気でその苦しさを理解は出来んが、やって来たことに対する感謝を惜しむ気は無い。
「それで、改めて紹介する。この子はアリエラと言う」
「元帥の娘さんだから、ここにいるって訳じゃ無いと?」
紹介の際に、ロムニアの廷臣であるヴィオレッタから元帥の娘だと聞かされている。
まあ、一緒にいるのが、地元の重臣の一族であり、隊の準指揮官でもあるリヴルスだ。
単なる隊員の中でも、若すぎるアリエラがいるのは見た目からしたら不自然だ。
ヴィオレッタは、元帥の代理みたいなものと思ったようだが連れて来た理由は別にある。
「この子は、ウチの隊どころか、ロムニアで一番、馬の扱いに優れている」
「う、馬? 無理ですよ。私に乗馬なんて」
「そうです。タケル殿。アザカの運動能力を甘く見てはいけません」
驚く鮮花に、ジュリアのフォローと言うか追い打ちか。酷い言い草である。
少し不安になり、アリエラを見てみるが、その表情から、鮮花は正解だったらしい。
視線で、続きを話すように促す。
「ロムニアから、軍馬を一頭連れてきました。
おそらく、アザカ様の半身です」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「何も聞かないのね」
「興味が無いからな」
素っ気ないゼムフェルクの反応に、面を喰らう。
そう言えば、こんな男だったと思い出す。大分丸くなったが、昔は他人を見下すような嫌な奴だった。
ルクサーラのことなど眼中にない、そんな態度が苦手だった。
「それで、レジェーネと上手くいったんだ」
「誰に聞いた?」
「聞かなくても分かる。それに乗馬が辛そうだった」
バツが悪そうに黙るが、これまでの沈黙よりはマシだ。
会話が無いのは苦手では無い。
だが、今回の事で黙っていられると、昔の事を思い出してしまう。
「それで、どうしてそうなったの?」
昔の事を考えるより、こうして、今を話している方が良かった。
そのため、本気で興味がある訳では無いが、つい聞き出してしまう。
「俺の欠点は、自信を無くし過ぎて、自分の想いを外に出せない事らしい。
その所為で殻に閉じこもり、情けない態度になるそうだ。それが剣にも出ると」
「なるほで。それで、思い切って告白したと」
誰の入れ知恵か、直ぐに分かった。
そんな、人の心の内を見透かすような事が出来る怪物は一人しかいない。いや、今となっては、いなかったという過去形か。
ルクサーラも経験した。剣戟の中で自分の心の闇を突きつけられる衝撃。
「正直、物足りない。今の俺が、どう変わったか見て欲しいな」
「それ、周りに言わない事。貴方は、十分に見て貰った。かなり時間をとってたし、他にも不満に思っている人、絶対に居るから」
「分かっている。レジェーネにも言われたよ」
「あの人、隊長だけじゃ気が済まないで、アリエラまで怪物にしちゃうんだから。
貴方も危険な領域だと思うわよ。もう、リヴルスじゃ相手にならないでしょう?」
隣にいると、その強さを嫌という程感じる。タケルほどに突き抜けていない分、余計に緊張感がある。
そんな相手が見張りだ。あまり良い気分では無い。
「リヴルスは剣より、もっと上の領域だ。ヴィクトル副長に近いな。
それに比べたら剣の腕なんて匹夫の勇さ。アイツは俺には絶対に真似が出来ない世界にいる。
それに、お前だって……どうした?」
「いや、意外な事を言うなって。本当に変わったわね」
「変りもするさ。それに変わらなくちゃならんだろ」
その通りだ。人は変わらなくてはならない。変わってしまう。
それは分かっているし、嫌という程知っている。
ただ、それを直視したくない自分もいて、どうにも妙な気分になっていると、リヴルスがやって来るのに気付いた。
逃げるようにリヴルスに声をかける。
「どうしたの? 話は終わったの?」
「ああ、今日は難しい話をするわけじゃ無いし、単なる顔合わせと挨拶だ。
それで、今から例の軍馬を見に行くことになってな。俺はお役御免だ」
例の軍馬と聞いて、ゼムフェルクが反応する。
一時期、ゼムフェルクが乗っていた軍馬は、駄馬と言われているが、ゼムフェルクは愛着があるようだ。
「上手くいくのかな?」
そして、その軍馬をアザカに与えようとしている。
アザカは、乗馬も出来ず、ライドルス城へ船で来たのだが、船酔いで数日間寝込んでいた。
もし、彼女に死なれでもしたらと王宮は大騒ぎだったらしい。
幸いにも復調したが、問題は彼女の足の遅さだ。
何処へ行くにも苦労する。本当は王宮へ来て欲しいが、彼女の動きに合わせたら年が変わってしまうだろう。
そのため、タケルが彼女と話をすることになったのだが、アリエラが、軍馬を与えてはどうだと意見を出した。
普通の馬より速いが、一体となる軍馬は、不思議と揺れを感じない。
自分で走っている感覚なので、酔う事が無い。
そして、魔力があり、軍馬に認められれば半身となれる。
タケルを除いて、軍馬を得た勇者はいない。それほど軍馬は気難しいが、唯一の例外がいた。
あの、駄馬と言われた、ゼムフェルクの軍馬だ。戦えないくせに魔力は欲しがる。それは考えようによっては、魔力は大量にあるが戦えないアザカに似合っていると思えた。
「そこはアリエラの目と腕を信じよう。ところで、隊長とアリエラに何かあったか?」
タケルとアリエラの関係が、妙に変化していた。
恋人のようにも兄妹のようにも見えるが、それとは少し違う。不思議なつながりを感じる。
「さあ? 何か変わった気はするけど、多分、男女の仲になった訳じゃなさそうよ。
少なくともレジェーネと違って、乗馬に苦労はしてなかったし」
「ほう? 聞かせて貰おうか?」
興味津々にゼムフェルクを見る。
だが、ゼムフェルクは慌てるでもなく、肩をすくめた。
「どうせ、他の奴にも聞かれるんだ。後で良いだろ。何度も言うのは面倒だ。
それで、俺は、コイツの監視から外れて良いのか?」
「ああ、後は俺が話す。悪かったな」
「良いさ。監視も外聞を気にしての指示だろ? 気楽なものだった。
じゃあな。後は任す」
そう言って、この場所を離れていく。
ゼムフェルクが去ったのは嬉しいが、今はリヴルスの方が厄介だ。
おまけに、二人きりだと人前で言えない事も平気で言えるようになる。
「で、お前に指示を与えていたのは、王太子妃殿下か?」
「違うわ。アナスタシア姫よ」
「同じだろうが……いや、お前にとっては別か。古くから、それこそ物心つく前からの配下だったようだし」
リヴルスも同じ歳だが、産まれた日が違う。
あの日、アナスタシアがヴィクトルと出会った日に産まれたルクサーラは、恋が始まった少女にとって特別な存在だった。
領主の一人娘のお気に入りになったルクサーラは、嫌でも他とは違う人生を歩むことになった。
「ええ。聡明な王太子妃殿下が、そんな事を指示する訳が無い。
私に指示を出しているのは、アナスタシア姫の怨霊よ」
聡明な王太子妃殿下と言われる女性の中で眠っている、幸せな夢を見ていた頃の少女。
彼女は、自分の幸せを奪った父が願った、ザフィール家の存続を絶対に認めないし許さない。
だが、現状ではアナスタシアの娘に、ザフィールの血が流れている。
彼女を養子にすれば、ザフィール家の再興が叶ってしまう。
それを願う筆頭が、ルクサーラの父親だ。
「貴方も聞いたでしょ? 父の物言い」
ザフィール家の再興の夢を消すには、その領土を誰かに渡してしまう事だ。
だが、誰でも良いと言う訳では無い。
アナスタシアの娘以上の存在でなければ、広大なザフィール領を統治するに相応しくないと難癖を付けて、領地を減らし、そこにザフィール家を再興される。
いや、現状では、広大なザフィール領を分割し、分け与える可能性が高いが、それこそザフィール家が再興される可能性が増えてしまう。
そんな可能性を消し去れる唯一の存在がタケルだった。
信仰の対象でもある勇者の地位は、王族に匹敵するどころか上を行く。最も非難しがたい存在だ。
タケルに領地を与えてしまえば、ザフィール家の復興は完全に潰える。
それを察しているからこそ、再興派はタケルを疎ましく思うのだ。
だからと言って、あれだけ表に出すとは、ルクサーラにとっても意外ではあったが。
「ああ、ハッキリ言って、勇敢と言うよりバカだな。
直接、隊長の性格を知っているなら兎も角、会ったことも無いのにアレだ。
王宮で言ったら、消されるぞ」
カザーク程では無いが、ロムニアにも勇者への信仰がある。
まして、タケルの実績はカザークの勇者と比較にならない。
そんな相手への無礼な態度は、過激な連中の逆鱗に触れるだろう。
「同感。時間が止まっているのよ。現実が見えていない。
貴方は察していると思うけど、あの御方の指示は、再興派を失脚させる事よ。隊長には父が無礼な態度を取ったら教えて欲しいと言ったけど、予想以上に愚かだったわ。それと利用してゴメンね」
「抜いた後で気付いたよ。利用されたって。斬撃に勢いが無かった。斬る事が目当てでは無く、騒動を起こすことが目的。勇者の前で抜刀騒ぎだ。絶対に王宮に情報が入る。お前の父親は終わったな」
「ええ、これで父が消えるのは確定よ。処刑はされないでしょうが、左遷は確実ね」
「父親だろうに。良いのか?」
「私は産まれた時から運命が決まってしまったの。ずっとアナスタシア様の側で育てられた。両親に会った事さえ稀だもの。親だって知ってはいるけど、情があるのはアナスタシア様の所にいる人たちの方が上ね」
薄情だとは思うが、それが偽りの無い気持ちだった。ザフィール家では、アナスタシアの妹のような扱いを受けて育てられたのだ。
幼い頃、アナスタシアと恋仲だったヴィクトルにも、会ったことがある。
同時に似た者親子だとも思う。父がザフィール家に忠節を誓い、その結果、娘や王国のことさえ考えが至らないように、ルクサーラはアナスタシアが全てで、父やザフィール家がどうなろうと本気で構わないと思っている。
「まあ、ウチは気にしないで。それに、貴方としても悪い話じゃ無いでしょ?」
「何故?」
「隊長が、ここの主になれば、貴方は配下としてやりやすいでしょう?
それに、貴方の伯父が家宰になれば、騎士に拘らなくて済む。家を乗っ取るような真似をしなくて良くなる」
リヴルスの伯父も、従兄も騎士では無いので、家督を騎士であるリヴルスに継がせる話が進んでいる。
だが、それは甥であるリヴルスが家を乗っ取るようなものだ。
従兄とも仲が良いし、リヴルスの性格からして、乗り気でない事は明白だった。
「否定はしない。だが、俺は家を乗っ取らずに自立するつもりだ。自信はある」
確かに今のリヴルスなら、自立して家を立ち上げることも出来そうな気がする。
勇者直属の赤備えは、測らずとも上級貴族の二名が副長になり、それを超える地位のタケルが隊長なのだ。
そして、その三人に次ぐ立場にいるのがリヴルスだ。下手をすれば領地を与えられ中貴族になるかも知れない。
「それに、アナスタシア様の目論見だが、手遅れだと思う」
「どういう事?」
「少し前までなら、領地を与えると言えば、抵抗はしても拒否はしなかった。そんな気がする。
でも、今は違う。王宮での暮らしに慣れてしまった。前ほど拒絶していない。
それに、アザカ殿と会話の中で少し出たんだ。前の世界では武芸を教えていたって。おまけに、一昨日、王都に泊まっている間に、見習の武芸もを見たって。楽しそうだった」
「それって」
「隊長って、武芸を教えるの上手いよな。それに、あの方の背中を、まだ見ている気がする」
「ゼムフェルクとも話していた。あの人、どれだけ周囲に影響与えてるのかしら?」
上級貴族の領地と、見習の教官。普通なら、どちらを選ぶかは明白だ。
だが、タケルは違う。そんな気がする。
「隊長が教官ね。意外と合ってるかも」
だが、そうなるとアナスタシアは黙っていないだろう。
どんな難題を与えられるか、そう考えると頭が痛くなってしまい、思わずボヤキが出る。
「本当に、世の中って面倒よね」




