ライドルス城
ライドルス城は、王都から向かうと、エルネスク城よりは近いが、メトジティア城よりは遠い。
つまり、途中で一泊する必要がある。今回は事前の連絡が面倒だったので、野営する事にした。
野営なしで到着するのは、相当高い軍馬の性能と騎手の能力がいる。
赤備えで、それが可能なのは、俺以外ではヴィクトルとアリエラしかいないだろう。
そんな訳で夜営をしているのだが、不思議とアリエラが気にならない。
別に避けている訳では無い。むしろ側にいるのが自然に思えてしまう不思議な感覚だった。今も自然に隣に座っているが、妙にしっくりする。
ただ、どうもロートルイが気にしているようだ。やましいことは無い、と言いたいが、微妙な感じはするので何も言えない。
そんな訳で、今回の目的地、ライドルス城に詳しいルクサーラと話をすることにした。
正直、このルクサーラとは、あまり話をする機会が無い。
仮にもエリーザの隊の指揮官予備だが、もう一人のイグニスと違って、感情の起伏が乏しいので、つい、一緒にいることが多いイグニスと話し込んでしまう。
不愛想なエレナと違って、ルクサーラの場合は機械っぽいのだ。喜怒哀楽は見えるが、それが作り物めいている。
そこが、必要なこと以外は話さない大きな要因となり、下手に優秀なので注意することも無い。
だが、ここは良い機会だ。少しは打ち解けるべく努力しよう。
「なあ、ルクサーラ、ライドルス城は他国からの船が来る玄関口みたいな感じだし、やはり、メトジティア城みたいな雰囲気なのか?」
「いえ、隣接する他国が陸地でも接するカザークなので、海軍は練度が下がりますし、港の規模自体も少し落ちると思います。
ですが、漁獲量は負けないどころか、多いはずです。あちらでは獲れない美味しい魚がありますよ。
おまけに肥沃な地が多く、農耕にも適していて……」
あれ? コイツ、こんなに喋る奴だっけ? ずっと喋り続けてるんだけど。
まあ、要約すると港湾都市としての機能はメトジティア城に劣る。
城の縄張りも東西に長く、東を海に接するため港町の機能を集約し、西を周囲の郷や荘の中心となる機能を集約している。おまけに西は普通に農地が広がっているそうだ。
中心に領主の館や貴族の屋敷が並んでいるが、防衛能力もメトジティア城に及ばず、むしろ出入りしやすいようだ。
だが、ルクサーラのアピールによると、俺が大好きな魚は新鮮なものが食べられて種類も豊富。
農地も広いので美味しい物がたくさん。それでいて山もあるので狩りも出来るそうだ。
何だ? 笑顔で喋っているが、決して故郷自慢には見えない。やたらと喋るだけでなく、妙に押してくる。まるで不動産のセールスだ。笑顔も心底喜んでいるというより営業スマイルである。とても良い物件ですよとアピールしている。
「あ、あのな、ルクサーラ」
「良い場所ですよ。きっと気に入るはずです」
「そ、そうか」
俺に与える件を聞いている? それで歓迎ムード?
でも、何か違う気がする。
「それで、隊長に伝えておくことがあります」
「おう、何だ?」
「私の父のことなんですが」
ルクサーラの家は、ザフィール家の家宰、重臣のトップだ。
リヴルスの家も重臣だが、ルクサーラのウィドラル家には一歩劣るらしい。
そのため、ザフィール家の当主で先代の元帥アドリアンが戦死した後は、王家の直轄領となった元ザフィール領の内政を任されている。
「もし、隊長に無礼な態度を見せたら、必ず私に伝えて下さい」
「構わないが、どうするんだ?」
「斬ります」
え? 何か言ってるけど、どうしたのコイツ?
笑顔は変わらないし、聞き間違いか? 隣のアリエラを見ると硬直している。聞き間違えでは無いようだ。
王都で何かあったか? 一緒にいたはずのゼムフェルク達に視線を送ると、何も知らないゼスチャー。
後で一応の確認だな。
「それで、ザフィールの港では、どんな魚が食えるんだ? 興味があるな」
硬直する空気を破って、ロートルイが、全く関係が無い話を始める。
ロートルイは知っているようだが、これってあれだ。お前は知らなくて良いって奴だな。
ルクサーラも何事も無かったかのように説明を始める。何でも人間より大きな魚が獲れることがあるらしい。
笑顔のまま、何も変わらない表情に、少し引きそうになる。まあ、面倒ごとに巻き込まれないよう、注意だけはしておこう。
翌朝、出発を開始し、昼過ぎには西の門が見えてくる。
ちなみにルクサーラの件だが、ゼムフェルク達に聞いたところ別行動が多く、知らないそうだ。相変わらず謎が多い。
西門は開いているが、そちらから入ると街中を進む必要があるため、迂回して南門へと向かう。その方が軍馬だと早く進める。
途中の城壁は高いとは言えず、防御の能力はあまり高そうではない。
何となく武門の家系には見えない。内政を重視してそうだ。
南の城門へ到着すると、ルクサーラが門番に到着を告げる。
直ぐに門が開き、俺達はゆっくりと進む。早く進みたいが、先導する騎士が居るので、それは出来ない。
どうも、その間に、門番が急いで到着を告げに行くようだ。
ヴィクトルの所とは大違いだ。のんびりしている。いや、あちらが例外か。だが、エリーザの所は、ヴィクトルの所ほどでは無いが、ちゃんと緊張感があり、騎士の練度も高かった気がする。
ゆっくりと進み続けて、ようやく大きな屋敷に到着する。
門の前には、知らないオッサンを中心に騎士や文官が並び、オッサンの背後には、先に到着したリヴルスの姿があった。
「ようこそ、ここザフィール家が守護するライドルス城へ御越しくださいました。勇者殿。
リーサス・ウィドラルと言います」
中心にいた男が丁寧にあいさつをする。やはりルクサーラの父親か。
その間に、城内の騎士が俺達に近付いてきたので、軍馬から降り、その騎士に手綱を預けて前へ進み出る。
近付くと分かるが、どうも好意的な雰囲気では無い。理由は分からないが、逆に新鮮な気分だ。
まあ、挨拶はしっかりとしているし、こちらも丁寧な態度を崩す理由は無い。
「お出迎え、感謝します。ロムニア軍、特別部隊赤備えを指揮するタケル・キクチと言います」
「キク…チ…どうにも、言い難い苗字ですな」
どうやら、そうらしいな。その所為で誰も俺の事を苗字では呼ばない。
だが、問題はリーサスの言い方と態度、それに反応したと思われる俺の左隣から発せられた殺気だ。
直ぐに激しい剣戟が鳴った。二本の太刀が激しくぶつかり合う音。
片方はルクサーラ。もう片方はリヴルス。
片や、リーサスを斬るため。もう片方はリーサスを守るために振るわれた剣。
「何のつもり?」
「それ、そのまま返す。先に抜いたのはお前だろ?」
「隊長は、我が国の勇者よ。正式な地位は特別部隊の指揮官とは言え、実質は王に次ぐ地位を持った方。
そんな方に向かって、たかが断絶した貴族の家宰だった男が、身の程知らずに舐めた態度を取ったわ。
無礼討ちにするには十分な理由じゃない?」
「もっともらしい言い訳、ご苦労さん。
だが、お前も赤備えに所属してるんだ。隊長の性格は知っているだろ?」
リヴルスの視線に気付いたルクサーラが自分の右腕を見る。
肘に添えられている俺の手。これ以上は右に行かないよう抑える位置にあった。
「当然だが、俺の剣より速かったぞ。俺が止めなくても、お前の剣は止められていた。
そして、それが隊長の意思だ。隊長の部下であるお前は、どう行動するべきだ?」
「そうね。申し訳ありませんでした。隊長」
謝罪するルクサーラの表情は変わらない。
本当に出来の良いロボットみたいな奴だ。
「で、理由くらいは聞いて良いか?」
流石に捨て置けない。
親子喧嘩にしては酷すぎるが、どうも違う気がする。
何と言うか、それならそれで、父親に対して怒りや憎しみがありそうなものだが、ルクサーラには、そんな感情が見当たらない。
「隊長は、聞かない方が良い事ですよ?」
リヴルスが、申し訳なさそうに言う。
ん~、リヴルスがそう言うなら、その方が良い気もするが、部下の争いだとすると、放置は出来ない。
「安心して良いですよ。タケル殿が心配する事ではありません」
そんな、俺の不安を否定するようにロートルイが口を挟む。
どうやら、ロートルイは話が見えているようだ。
だが、ロートルイが知っていて、俺が知らないというのも変じゃないか?
「タケル殿は知らない方が良いです。仮にここに御屋形様がいても、私は同じように言います。
そもそも、御屋形様は知らない事です」
よし。聞くの止めた。
これ、絶対に貴族のゴタゴタだ。関わると面倒な奴だ。
貴族のゴタゴタを回避する対策は大きく分けて二つ。
一つはしっかりと情報を集める。もう一つは逆に何も知らない。
前者は廷臣向けで、後者は武官向け。
アーヴァングなんかは、この手の話は苦手だから全力で避けるスタンスだ。
だが、完全に知らないと、家が心配なので信用が置ける家臣が代わりに情報を集める。
つまり、テオフィル家は当主が何も知らないを貫き、ロートルイが必要な事だけを伝えるシステムだ。
俺はロートルイのような信用できる家臣はいないが、守る家も無いから、知らないを貫くだけで良い。
どうも俺が手に負える事では無い。
だが、こんな場で、配下の騎士が抜刀して斬りかかった。
本来なら処罰ものだが、一応の理由はあるし、この世界の理屈で言えば、ルクサーラの言い分が正しいようだ。
周囲の者も、リーサスに非難する視線を向けている。
それでも、何もしないで解散と言う訳にはいかないだろう。
「ルクサーラ、この先の案内は不要だ。ここからはリヴルスに任せる。
同行はアリエラだけで良い。俺の留守の間はレジェーネが指揮だ。ゼムフェルク、ルクサーラを見張れ」
ロートルイは別格で当然同行するが、他はアリエラだけで良い。
客人に興味がある奴もいるだろうが、全員が一斉に返事をする。ルクサーラも素直に従った。
リヴルスの先導で先に進み始め、リーサスとすれ違う際、ロートルイが囁く声がした。
「ルクサーラの作戦勝ちです。この件は間違いなく、あの御方の耳に入るでしょう。
貴殿は既に王家直轄の貴族です。何処に配属されるかは王家が決める事」
あの御方が誰かは知らないが、どうやら左遷が決まったらしい。
いや、俺は何も聞いていない。
「すいません隊長。何だか嫌な気分にさせて」
リヴルスが謝罪してくるが、コイツは悪い事をしたわけでは無い。
何時もの軽い態度で肩をすくめ、気にしないアピール。
「まあ、お前が大変そうなのは分かったよ」
「別に問題は無いですよ。この分だと、伯父が大変そうですが」
リヴルスのドミナム家の当主はリヴルスの父でなく伯父だ。
その弟がリヴルスの父親だが、既に戦死している。
伯父の子供も戦死か、騎士で無いかなので、リヴルスを養子にする話が出ているそうだ。
そして、リヴルスの伯父は、このままだと、この領地の内政を任されることになる。
確かに大変そうだ。
「この部屋です」
そう言って、リヴルスが立ち止まる。
入室の確認をして、中に入ると、広い会議室に三人の女性が座っていた。
三人は俺達の入室に合わせて立ち上がって挨拶をしてくる。
三人の内、二人は知っている人物だから、久しぶりの挨拶。
最初の一人は、ロムニアの廷臣でもあるヴィオレッタ。
次の人物が、去年、しばらくの間一緒にいて世話になったディアヴィナ王国の騎士ジュリア。
そして、最後の人物が挨拶をしてくる。
黒い髪に知的な眼差し。明らかに日本人的な顔。
「初めまして。結城鮮花です。先ずは今回の戦勝、おめでとうございます。菊池さん」
久しぶりに聞く菊池の正確な発音。
ロムニアに戦勝の報と、ほぼ同時に伝えられ王宮を騒がせ、ヴィオレッタと俺達がライドルス城へ来る原因となったディアヴィナ王国からの来訪者。
それは、もう一人の勇者、結城鮮花だった。




