表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
根之堅洲戦記  作者: 征止長
平凡じゃない男、異世界に来る。
8/112

食事をしよう

あと5歳若ければ……そう考えながら、俺はお姫様抱っこをしていた17歳(ババァ)を降ろす。

顔を赤くして、無礼を許してくれとか言ってるが、そんな事より、肉体強化の魔術と言うのは、実に興味深い。


「それで、その魔術というのを早速覚えたいのだが」


「え? そ、そうですね。ただ、時間もかかります……少し、お待ちください」


そう言うと、部屋を出て行った。

あの言動から察するに、どうやら武神の力と言うのは、それなりの訓練が必要らしい。まあ、当たり前だ。簡単に手に入る力に価値は無い。


「お待たせしましたタケル殿。申し訳ありませんが、今日は遅いですし、訓練は明日からでお願いします。

 それに、食事の用意が出来ております。如何でしょうか?」


残念ながら訓練はお預けか。考えてみれば、ここに来たときは夕方だった。すでに日も暮れているだろう。

俺の時間感覚では、深夜なんだが興奮しているせいか眠くならない。

それにしてもメシか、夕飯は食ったのだが、時間が経ったせいか小腹は空いている。それに、この世界の食事には怖い方向で興味があるな。


「了解した。頂くとしよう」


「では、部屋へ案内します」


「食堂のようなものがあるのか?」


「え? はい。有るには有りますが、タケル殿は特に希望が無い場合は、私室へ運ばせて頂きます。

 これから案内する部屋は、城内で生活する上でのタケル殿の私室となります」


「分かった。案内を頼む」


エリーザに案内され、部屋を出て廊下を進む。

それにしても、気になっていたんだが、この廊下や部屋を照らしている水晶みたいなものは、どういった原理で明かりが点いているんだ? まあ、落ち着いてから聞けば良いか。


「こちらになります」


そうして案内された部屋は、広い上に綺麗に掃除されていて、何とも俺に不似合いな貴賓用と言った佇まいだ。ベッドなんてえらく大きいぞ。

つーか、畳じゃなかったんだな。


「こちらで暫くお待ちください。直ぐに食事をお持ちします」


そう言われて待つこと暫し。不安と期待に揺れながらやってきた食事は意外なものだった。

トレイの上には、大きな深皿に入った野菜たっぷりのスープ、塩漬けっぽい肉、チーズ、そしてパン。

手前には、箸とスプーンが並んでいる。

箸を使う文化も受け継がれてるらしい。まあ、中世のヨーロッパならスプーン位しか無いだろうから、箸は受け入れやすいか。

それよりも気になるのは、このパンだ。直径で15cm程でメロンパンの様な形のパンを4等分にスライスしている。


「この様な食事で申し訳ありません。その、本来ならタケル殿を歓迎して、祝いの食事をするべきなのでしょうが……」


「いや……それより、エリーザの食事はどうした?」


「え? 私は後程」


「生憎と、この世界での食事のマナーを知らないんだ。一緒に食べてくれると助かる」


確認したいことは別にあるが、マナーは覚えておいた方が良いだろう。

今後、まだ見ぬ美少女と食事をする機会があるかもしれない。その時、変な食べ方をして美少女に幻滅されたら憤死してしまうかもしれない。

その点、エリーザなら幻滅されようが軽蔑されようが痛くも痒くもないので練習相手には適任だ。


「マ、マナー? それは一体?」


「ああ、作法の事だ。今後、変な食べ方をして、一緒に食べる人を不快にさせるのもな。

 エリーザなら許してくれるだろ?」


「はい。当然です! ……あっ」


「では、頼む。エリーザの分も、ここに運んで来ると良い」


かなり躊躇っていたようだが、渋々といった感じに自分の分の食事を取りに行く。

エリーザが部屋を出たのを確認すると、パンを指で押さえる。うん、柔らかい。

スライスされた断面を確認する。うん、白い……マジか? 俺の予想では……


「お待たせしました」


悩んでいる内に、エリーザもトレイを持って部屋に入ってきた。

トレイに乗っている料理を確認すると、やはりと言うべきか……


「エリーザの料理は少なくないか?」


「私は女ですし、女性はこれ位ですよ。では、食事の作法についてですが」


ふむ。量では動揺しないか。まあ、良いだろう。食べながら突ついてやる。

作法に関しては、特別難しくはない。基本的に音はさせない方向で、スープの中身は箸で取って直接食べても問題ないようだ。日本人に優しいルールで良かった。


ただ、面倒なのは、説明中に料理名を言っているが、和製英語がない。

それによると、パンは麦餅。チーズは乾蘇。スープは汁物となる。

それにしても、このスープは少し酸っぱい。


「この酸味は、味付けか? それとも酢漬けを使っているのか?」


「はい。酢漬けの野菜を使っています。お口に会いませんか?」


「いや、大丈夫だ」


最初に口に入れた時は、意外な味付けに驚いたが、そう言う物だと思って食べれば、悪くない。

スープの中身は、酢漬けの野菜に、この肉は干し肉だな。それもベーコンのような半生では無く、ガチガチに干した肉を戻したのだろう。煮崩れの仕方が凄い。

次に塩漬けの肉だが。


「この肉は?」


「はい。牛の肉です」


味も普通に牛肉だった。ただ、脂身は少ない。

聞けば、チーズにも使われている乳牛の肉で、食用だけの牛を育成する風習は無いようだ。

逆に食肉用だけの牛を飼育していると驚かれた。


まあ、乳牛は乳を出させるため、出産したら直ぐに授精させるから、牛の数は増えていく。それにチーズを作るのに子牛の内臓を使う種類があるので、その肉かもしれない。

うん。肉とチーズはOKだ。さあ、問題のパンに行ってみよう。食パン並みに柔らかくは無いが、フランスパンより少し硬い程度だ。普通に美味い。


「で、エリーザの麦餅と、俺の麦餅は種類が違うようだが?」


「そ、そのようなことは」


「色が黒いし、気泡も少ないな。一切れ交換してくれ」


動揺するのを無視して、俺のパンを一切れエリーザのパンが乗っている皿に置いて、代わりに彼女が食べていたパンを口に入れ齧る。


「……何だ。思ってたより悪くないな」


非常に硬い。そして、口の中に広がる苦みと言うか雑味。ライ麦っぽいが、他の雑穀も混ぜてるのだろう。

日本で製品化したら、間違いなく売れないだろう。

しかし、予想していたよりはマシだった。玄米や雑穀米が苦手な人は辛いだろうが、俺は玄米が普通だから苦にならない。

それよりも、硬さだな。少しなら良いが、多く食べてると顎が疲れそうだ。


「その……普通は汁物に浸してから食べます」


「こうか?」


言われた通りスープを吸わせるようにして食べると、今度はべったりとしすぎた。フニャフニャだ。

これはアレだ。スープに入ってるクルトンだっけ? あの乾燥したパンのみじん切りみたいな奴。

だが、吸わせる量を調整すれば良くね? 再挑戦のためにと、エリーザの皿のパンを勝手に俺のパンと取り換える。


「その、心配しなくてもタケル殿には最初にお出ししたものを今後も用意します」


「必要ない。これからは、こっちで良い」


「ですが……」


「どうした? 俺が高級なやつしか食わないと思ったか?」


どうやら、先に召喚された勇者達は、この世界の食事にケチをつけたらしい。

で、彼らを満足させるために用意されたのが、祝い事など偶にしか食べない、貴重な小麦で作った柔らかくて白いパンだとさ。

勇者は全員日本人で合ってるのか。飽食の国から中世レベルに来れば、食事に満足できないのは当然かも知れないが、これでも日本の戦国時代なんかよりマシだぞ。

中世の日本の食事なんて、不味い米でさえ貴重な雑穀の雑炊と、出汁の入っていない味噌汁だぞ。


「だが、こっちが普通なんだろ?」


「そ、その通りですが、タケル殿は特別な方です」


「特別ね……俺のいた世界の昔のお后様が言ったと言われてる台詞にな、パンが無ければケーキを食べれば良いじゃない、ってのがある」


「へ? パン? ケーキ? 何ですか?」


「パンは麦餅の事で、ケーキってのは上質な小麦で作る菓子の事だ。民衆が飢えで苦しんで、パンさえ食べれない状態だから、贅沢をやめるように要請されたら、こう返したって言われている」


「上質な小麦で作るって……代用にはならないと思うのですが?」


「ああ。だから、そんなアホは許せないって、民衆が反乱を起こして、その王妃は処刑された。

 まあ、実際に、そんな事を言ったわけでは無いし、飢えの主な原因は天候の悪化だったんだが、民衆が飢えに苦しんでいる時に、贅沢をしていると思われたのが拙いな。怒りの捌け口にされたって訳だ」


フランス革命。自由や平等を求めた崇高な革命みたいに、扱われることがあるけど、実態はそんなもの。

腹を空かせた民衆を、現実が見えていない革命家が先導した狂気の宴と言ってもいい。

マリーアントワネットが、例の台詞を言ったとされるのも、革命家と腹を空かせた民衆の怨嗟を押し付けられた結果とも言える。


「この世界、食糧が十分ってわけでは無いだろ。少なくとも王や貴族が贅沢してるようには見えない」


「何故、そう思われたのですか?」


「エリーザは小さいからな」


「え? わ、私は女性にしては大柄だと」


「俺にとっては、エリーザは小さい。他は小さすぎる。それに謁見の間には太った人間が、1人も居なかった。栄養が足りてない証拠だ。戦争中に王や貴族が太っているより良い傾向とは思うがな。

 どのみち、王族が節制してそうなのに、俺が贅沢したら拙いだろ?」


食い物の恨みは恐ろしい。無駄に恨まれるより粗食の方がマシだろ。

何よりもお腹を空かせた美少女に恨まれたら悲しすぎるじゃないか。


俺たちが居た世界は農業技術が進歩しているが、それは、つい最近の事。

日本だって戦前までは食糧が十分じゃなかった。

コシヒカリやササニシキの母体となった、寒冷地に強く、収穫量が多い水稲農林1号が、昭和の初めに開発されたから、東北でも十分な米が育つようになったが、その前までは貧しい東北の農家と言われて、米を育てても多くは実らないのが現状だったのだ。


世界的に見ても、中世までは小麦は高級品で、基本的に庶民は寒冷地に適応し、荒れ地でも育成しやすいライ麦やエンバクを主に食していた。

農業技術の発展に伴って、小麦の生産が上がるとライ麦の生産量が下がるのだが、現在のように小麦がライ麦の生産量を上回ったのは、戦後の事。


「俺のいた世界では近年になって緑の革命って言われる農業技術の進歩があってね。

 農具の機械化や農薬肥料の発展に加え、小麦は品種改良で育成が容易で大量に育つ。おまけに味も良い。そんな物が大量に出回ってるが、ここは違うだろ?」


「……夢のような話ですね。正直に言うと羨ましいです」


高校(のうこう)時代に、先生が言ってたな。今の時代の日本人では、中世の食事には耐えられないって。石みたいなパンに臭い肉や魚。胡椒がヨーロッパで貴重になった理由は、冷蔵庫が無いから、腐りかけの臭い肉を食わなければいけなかったからだとさ。


「あれ? それにしては肉は臭くなかったな? 鮮度が良いのか?」


塩漬けだったが、ハムを冷蔵庫に入れなければどうなるか?  冬なら兎も角、夏場だと直ぐに腐るだろう。

塩漬けを保存方法とするには、水分が抜けきるまで干す必要がある。

スープに入っていた肉はそのタイプだろうが、別に出てきた肉は水分はあまり抜けていなかった。


「く、腐ったものは出しませんよ。氷室で保存するので、1月は持ちます」


何と氷室があるそうだ。しかも、魔術師が定期的に溶けた氷を再冷凍するので効果抜群とのこと。


「魔術師なんか居るんだな。火を出したりするのか?」


「え? 魔術師が研究する魔術は詳しくないのですが、火を点ける事は私にも出来ます。

 その、通常、魔術師は術式や魔道具の研究が主な仕事でして」


「火を点ける? 何もない空間に炎を出したりは?」


微妙な評価に首を傾げた。魔術師と言えば魔法で敵を焼き殺したりするのではと思ったのだが、やってることは研究者だ。


「私も詳しくは無いですが、そのような術は聞いたことがありません。

 火を点ける場合は、火の付きやすいものに燃焼の術式を加えるのですが……」


何やら細かい制約があるようだ。詳しくは分からんが、俺に向かない事は分かった。

そんな事を話しながら食べている内に、硬いパンの丁度いい浸し具合が分かってきた。

こうして食うのも案外悪くないものだ。一方のエリーザは白いパンを幸せそうに食べていた。










和製英語を使えない設定にしてしまったのを少し後悔してます。意外と難しい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ