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根之堅洲戦記  作者: 征止長
歪んだ心
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王宮の夜


アリエラと約束をした後は、何だか微妙な空気になったが、タヌキが良い感じに暴れ始めたので、普通に別れることが出来た。

気を取り直し、その日の夕食、国王との会食に向かう

戦闘の内容、それにジジィの最後を聞かせることになった。


「見事な勝利、嬉しく思う。改めて礼を言いたい」


「いえ。今回の勝利は、ティビスコス将軍が率いる歩兵の力です。

 銃と対峙した際は、間違いなく主力となりますし、通常の戦闘でも騎兵以上に密集できるので、優位に運べるかもしれません」


「ふむ。例の気を削るという考えからすれば、タケル殿の騎兵による集団突撃と同様な効果が見込めそうだな」


「はい。動きは落ちますが、逆に動かない部隊ゆえに戦闘の中心に組み込めるのではないか、そう考えます」


「ふむ、困ったな。私は軍人では無いから、上手く想像できん。こういった事で悩んだら、前は、こうしてバルトークを呼び出しては相談していたが……見事に散ったものよ。軍人としては本望だろうが、余としては貴重な相談役がいなくなってしまった」


戦闘の勝利以上にジジィの死を惜しんでいた。

王より年長で、物怖じしないジジィは、陛下のお気に入りだったらしい。騎士としての師では無いが、軍を見る者としては、王もジジィの弟子の一人だったようだ。

その流れで、ジジィの屋敷の後任について聞いてみたのだが、まるで俺の考えを見透かすかのような返答が来た。


「すまぬな。余、個人としては、バルトークの屋敷をタケル殿に与えても良いと思うが」


「あ、いえ。別に催促(さいそく)と言う訳では」


「いや、実際に知ってると思うが、バルトークを慕う者は多い。

 しかも、軍部の大物ほど慕っている。そんな相手の屋敷に入るとなると、現状で屋敷を持たぬ騎士では、普通に委縮するからな。

 おそらく、しばらくは空き家になるだろう」


まあ、そうなるな。委縮しない程の大物となると、既に屋敷を持っている。

ただ、唯一の例外が俺だ。


「タケル殿は、領地を持たぬ故に、適任と言えば適任なのだ。

 それに、タケル殿とバルトークの関係を知っている者とすれば、なおの事。余、以外もそう思う者は多い。

 だが、民衆は知らぬ。タケル殿の性格も。そして、知らぬ者から見れば、あの勇者に小さい屋敷を与えたと見える」


「それは、良い事では無いですね。

 王と勇者が衝突していると噂にでもなれば、国内の問題では済まなくなりそうです」


「ああ、是非とも我が国に、そう言ってくるだろうな」


陛下が苦笑しながら言う冗談に、俺はうんざりした表情を作る。

既に、俺のカザークでの態度は、王宮でも噂になっているようだ。

俺を手がかからないと笑っている使用人たちは、何をやれば俺が怒るんだと本気で不思議がっていた。


だが、実際に俺がロムニアで上手くいっていないという噂が流れれば、ロムニアの民衆は不安に思うし、他国としても気になるだろう。

カザーク辺りが、誘いをかけるくらいなら鬱陶しいで済むが、グロースに不安に思われるのは避けたい。

あの国との軍事同盟は、俺とロムニアが一枚岩との信用が前提にある。


「それで、タケル殿に領地を与えたい。そう思っている。話に聞いているだろう?」


「ああ、ワザとですか」


エリーザの所で聞いた俺に領地を与えるという噂。そんな噂を良く仕入れて来たと思ったが、逆に俺に内々に知らせるために、同時に王国が勇者に報いようとしている事を広めるために、ワザと噂を流したとすれば納得だ。

ダランベール宰相を筆頭とする、ここの廷臣たちなら、それくらいの情報を操るくらい、どうって事は無いだろう。


「どうだ?」


「正直、身に余ります。領地を頂いたところで、どうやれば良いか見当も付きませんし、やりたいという意欲もありません。

 ただの軍人でいたい。それが偽りのない気持ちです」


「そう言うだろうと、多くの者が申しておる。

 まあ、直ぐにとは言わん。幸いと言っては何だが、ライドルス城へ向かう用が出来た。

 あの地を見て心変わりをすれば、言ってくれれば良い」


「ハッキリしない状態が続くのは構わないのでしょうか?」


「問題はない。タケル殿が今は魔族との戦いに臨み、領地の経営などに手を出す余裕は無いと周囲に知らせることは簡単だ。

 だが、戦が終われば。そう考えているとは思わせたいが良いだろうか?」


「それくらいなら」


俺が領地を持つ。大名になると考えて良いだろう。

全く実感は無いし、出来るとも思えないが、協力者がいるなら、それも良いかもしれない。

戦争を終わらせると思っているんだ。それなら戦後を少しは考えても良い気がする。


だけど、戦争が終わった世界で、やりたいと思った事が一つだけあった事を思い出した。

折角だし、少し覗いてみたいが、俺の帰還が何処まで秘密になっているかが不明だ。

行っても良いだろうか、陛下に確認をしてみるか。


「ところで陛下、俺が王都に戻っている事は、何処までが秘密なのでしょうか?」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





中庭に出ると、懐かしい光景だった。

この世界に来た最初の夜。

エリーザと一緒に、訓練が出来る場所という事で向かった場所。

ここで、アリエラとイオネラに出会った。


振り返ると、召喚された初日に、多くの人と出会っていた。

召喚された場所で、戦友となったアーヴァング、エリーザ、ヴィクトル。

謁見の間では、陛下にダランベールら文官と、会話こそしなかったが、ティビスコス、ブライノフ、アルツールもいた。

歪んだ心を抱えたまま、現状を警戒し、それ以上に力を振るえる環境を予感し、はしゃいでいた。


「タケル様」


その声の方向を見ると、ロディアだった。

ファルモスと対峙していたようで、そのファルモスも振り向いて、こちらに驚いた表情を見せている。


「久しぶりだな。訓練所入り、祝ってやれなくて悪かったな」


二人に近付く。途中で他の見習い達からも驚きの声が聞こえるが、最近では、その反応にも慣れた来た。

挨拶代わりに俺がロディアとファルモスの肩を軽く叩くと、ロディアが返事をする。


「そんな祝いなんて、それより赤備えはカザークへ行ったと聞いていたのですが?」


「何だ聞いていないのか? もう、追い払ってきたぞ」


陛下には、後で見習の所に行きたいと言ったところ、あっさりと許可が出た。口止めもされていない。

見習とは言え軍属だ。勝利したことは伝えられていると言っていた。

それなのに、良く見ると不安そうな表情をしている子が多い。


「いえ、勝利したとは聞いてはいます。でも、帰還は先だと。それに詳細も」


ああ、そう言う事か。

歩兵の帰還が遅いから、実際は勝っていないとか、本当はどうとか不安があるのか。

普通なら、もう戻っているからな。

カザークを蹂躙した二万の魔族が相手だ。普通なら、こちらもボロボロだろう。


「ん~、悪いがティビスコス将軍の損害は正確には分からん。全員を覚えている訳では無いから、この中にいる子の親や兄弟が戦死した可能性はある」


そう言うと、沈黙が覆った。

まあ、当然だが戦争したんだ戦死者は出る。

全員で無事に帰るなんて絵空ごとだろう。


「だが、戦死者の家族には、既に連絡は行っている。遺品が遅れることも伝わっているはずだが?」


ジジィがそうだった。俺達がライヒシュタイン領のエルネスク城に入って直ぐに、ティビスコス将軍からの報告書は王都へ送ったから、既に一週間は経過している。

家族の安否が分からなくて不安になる事は無いと思うのだが。


「あの、何人かは家族が戦地に行っているのですが、その報告は無いようです」


「じゃあ、全員無事だ。安心しろ」


「ですが、結構な人数が行っているのです。ティビスコス将軍の旗下に50名ほどは」


「いや、少ないじゃん。お前、どれくらいの損害が出たと思っているんだ?」


「少なくとも数千。噂では半分以上とも」


「なるほど。それで不安そうな表情だったんだな。まあ、そんだけ犠牲が出てたら、50人も居れば運良く全員の家族が無事ってことは無いわな」


ティビスコス将軍の配下は、海軍からなる弓兵を除いて一万。50人なら、千人中5人の割合か。

数千の犠牲と考えていれば5人の数倍だ。いない方が不自然だと思っても仕方がない。


「もしかして、もっと少ないのですか?」


「ああ、67人。戦死はそれだけだ。そもそも今回は撤退を促すための戦闘だからな。

 相手の損害も1000体に届かないが、少しやりすぎたって思ったくらいだ。

 だから多分、大丈夫だと思うぞ」


「その、赤備えは? 姉上は?」


ロディアが珍しく子供の表情を見せる。

両親もいないし、姉の安否は気になっていただろう。


「元気も元気。今回の戦闘はアイツが補給線やら戦場の配置を決めたお蔭で圧勝だ。

 勲章が与えられる予定だ。

 今は、エルネスク城で魔族に睨みを利かせている。向こうは、ここ以上にカザークの敗戦で怯えていたからな」


ロディアが喜びの表情を浮かべる。

そして、未だに不安そうなファルモスに視線を移す。


「アリエラも無事だ。初陣で三体撃破だ。今回の戦闘では個人の撃破は大きく評価はされないが、多分、俺の次に撃破していると思う。イオネラも無事だし、ちゃっかりと討ち取っている。

 そもそもウチの犠牲は一人だが、お前等は知らない爺さんだぞ」


驚きと喜びの声が聞こえる。アリエラとイオネラは去年まで見習いにいたから知っている者も多いだろう。

だが、ファルモスは喜びより安堵の方が強いようだ。

調子を崩している姿を見ているし、一時は騎士になれないと騒いでいたからな。


次いで、赤備えに家族や知人がいる子から質問が来る。

マイヤや、ナディアの妹からも聞かれたが、連中はピンピンしているぞ。


「さて、前に相手してから一年と少しか。どれだけ強くなったか見せて貰うか」


「良いんですか?」


「ああ、ロディアとファルモスだけじゃない。希望者は全員相手してやろう」


そう言うと、列が並ぶ。マイヤは遠慮しているところを見ると、並んでいるのは成績優秀者ってところか。

ロディアから、順に相手をしていく。

ロディアとファルモスは今年は入ったばかりだというのに、既に訓練所でも成績優秀者だ。

天才って奴だな。10代前半でも、この二人ほど戦える者は少ない。


悪いところを注意して、隙を見つけて叩く。

それにしても届かないな。俺は全然ダメだ。

俺に見えるのは技術だけだ。俺に比べてジジィは心まで見えていた。


心の弱さや傷を見つけ、そこを揺さぶり、殻を割らせる。

どうすれば、ああなれる。

今まで魔族を殲滅させると言いながら、その後を考えてはいなかった。

戦後を見始めた俺の選択肢に、ヴィクトルに言われた教官と言う職業が思い浮かんだ。

同時に、ジジィみたいになれないか、そんな思いがある。

戦乱の世(楽しい時間)は終わる。終わらせると誓った。

そして、平和な時代(苦しい時間)が始まる。その苦しい世界で、どう生きていくのか。


まだ、慌てる段階では無い。そもそも魔族に勝てなかったら、意味はない。

それでも、元の世界での祖父と、この世界で出会ったもう一人の祖父。

俺は二人の背中を、ずっと見つめていた。


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