苦しい世界を
王都から返事が来たのは一週間後の夕刻だった。
返事が遅れたのも無理はない事態が発生したのだが、待機が終了したのは間違いない。
この際に、一斉にとはいかないが、何人かに実家に帰る事を許す事にした。
「王都へ行くのは、俺とアリエラが確定。こちらは10騎程で良い。
ただ、ライドルス城へ案内する人間が一人は欲しい」
旧ザフィール領のライドルス城へは200騎程度を集結させたいが、真っ直ぐ南下する隊と王都へ寄る隊の二つに分けたい。
ただ、王都側へは、そう多くを割く必要が無いが、俺もアリエラもライドルス城へは行ったことが無いから、知っている人間が欲しい。
「リヴルスかルクサーラが良いだろうが、真っ直ぐに南下させる隊を任せるのはリヴルスの方が適任だろう」
「では、ルクサーラを俺が連れて行く。他にはゼムフェルクとレジェーネ、」
10人を選んで、王都へ向かう事にした。
これから、約一か月、隊はいくつかに分かれる。
俺が率いる王都を経由してライドルス城へと向かう隊。
リヴルスが率いる直接ライドルス城へ向かう隊。
エリーザが率いるエルネスク城で待機する隊。
ヴィクトルが率いるクルージュ将軍のいるカラファト城へ向かう隊。
おまけとして、地元に立ち寄ってから王都へ向かうイオネラ御一行。
一番多いのがエリーザの居残り組。カザークがヤバい状態で、民衆の不安が消えていない状態なので、当主代行であり、勇者が率いる赤備えの副長が残って民衆を慰撫する。
この一週間、俺とエリーザが一緒に城下を回る事で、不安はかなり取り除いてはいるが、一応の備えである。同時に、帰還中のティビスコス隊に何かあった際の支援も出来るように備える。
次いでカラファトへ向かうヴィクトル。
こちらも、もう一つの魔族の侵攻口だ。民衆の慰撫と共に、クルージュと情報の共有を行うため、ヴィクトルに向かってもらう事になった。
同時に、今の人数になって半年が経ち、抜き出て来た奴も出て来たので、ソイツ等の指揮能力の強化の訓練も兼ねている。
俺とリヴルスは共にライドルス城へ向かうが、俺は陛下と元帥への報告とジジィの遺品の返却を行うため王都へ立ち寄ることになっている。
アリエラが一緒なのは、何でもジジィに頼まれている事があるとのこと。まあ、それが無くとも元帥に顔を見せるサービスくらいはするつもりだったが。
そして、おまけのイオネラ御一行だが、正式に家を継いだ若い頭首が初陣に向かったのだ。普通に不安があるし、そもそも就任して一度も地元に行っていないという大問題を抱えていた。
そんな訳で、地元に錦を飾りに行くのだが、ついでに王都へ戻ってもらって、トウルグにはアルツール将軍と例の銃について追加の調査をしてもらう。
「よし、俺は明日の朝から出発する。俺が連れて行く者は直接に声をかける。
二人はリヴルスと編成と出発する日を決めてくれ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
6月に入り、日差しが強いが、赤備えの甲冑は目立つので着用していない。そのため移動が随分と楽な気はする。
それに、日が長いために翌日の夕方には王都へ戻る事が出来た。
早速、元帥の執務室に通されると、中にはブライノフとアルツールも揃っていた。
「俺の動きは完全に予想通りか?」
「いや、二人がいるのは偶然だ。到着の予想は明日の夕刻だったから、一日早かったよ」
「そうか。二人と用があるなら外すが」
「構わん。それより、お前の供を解放した方が良くないか?」
振り返るとアリエラ以外は、緊張した面持ちだ。
考えてみれば、元帥を始め、王都のトップが揃っているのだ。
俺は慣れているし、アリエラは元帥とは親子で、他の二人も家に来ることもあるので耐性が付いているが、普通に考えれば長く一緒にいたい面子では無いだろう。
「ところで、この時間から隊舎か? 何も準備が出来ていないと思うが?」
「そこは大丈夫。出陣前に急な帰還がある事は伝えているし、同じ隊舎の人間だけを集めている。
それに、この人数だ。今から連絡して寝床の準備だけしてもらえれば、その間に店で食事にすれば良い」
部隊全部で帰還となれば食事に行こうにも、数百の団体を受け入れる店は無いが、今回は10人足らずだから、どうとでもなる。
その辺りは、帰還中に話している。
「そうか。何ならタケルと一緒に王宮に泊まるよう手筈するが?」
「そうだな。どうする? 良い思い出になると思うぞ」
丁寧に断られた。一日くらいなら話のネタになると思うが、やはり休養は大事らしい。
明後日の朝までは自由行動とし解放してやると、俺とアリエラは、元帥達と会議に使う広い机の椅子に座った。
「戦闘の詳細は既に受け取っている。お前の口から何か足すことは?」
「アルスフォルト殿下の読みが的中。楽を覚えた兵は脆い。今回の戦闘で気付いた可能性もあるが、その場合も、しばらくは使えないな。訓練で戻すにも最低でも一年はかかる。それほど劣化している」
行軍一つとっても、自動車での移動を覚えた現代の軍と、歩きで移動するしか無かった近代以前の軍では、歩行での移動距離に開きがある。
全体的な体力で言えば、体格の小さい過去の軍より、今の自衛隊の方が高いだろうが、単純な長距離移動ならば、過去の軍に分があるだろう。
それに、単純な気分の問題。
テレビのチャンネルを変えるにも、昔のようにテレビの前に行って回さなくてはならないとなれば、リモコンに慣れた人間は嫌になる。
その抵抗が、戦場では邪魔だ。まして、自分が使用する武器に不満を覚えれば、士気も下がる。
「あくまで現状の話だが、銃の運用に失敗した。修正は難しいだろうな」
幕末の戦いで愚かだと言われた集団がある。
徳川家の旗本を筆頭とした、銃を雑兵の武器と見下し、槍で戦いたがった連中だ。
あの時代で見れば愚かな選択だった。槍で対抗できる武器では無い。
だが、見方を変えれば、戦国時代は銃使いは槍使いに見下されていた事実があるって事が重要だ。
研究により、戦果は銃が上だと証明されているが、身分的には見下される。
理不尽に見えるが、当時はそうしていたからこそ、槍を持った連中が優遇され、戦力のバランスが取れていたのだろう。
これで、単純に戦果を評価して銃を使う連中を優遇していれば、誰も危険な槍を持ちたがらない。
まして、近接部隊を見下していたカザークの勇者は、相手が魔族で無かったとしても、失敗していた。
ロムニアはもちろん、グロースと戦う事になれば、確実に大敗していただろう。
「それと、例の新型の銃だが、やはり魔術の使用が不可欠だ」
グラールスが使った銃を机の上に置く。
エルネスク城の工房で、トウルグが追加調査を行ったが、使用する魔術はそこまで簡略されていない。
知能が低い兵士には、とても使える代物では無さそうだ。
「だが、現状の油では引火させるのは難しい。
元帥の言う通りだったよ。戦場では何があるか分からない。
分かっているつもりだったが、俺が調子に乗ったせいで、死んだ」
誰が、とは言わない。みんな分かっている。
「私を庇ったせいです。私が…」
「それ以上言うな。アリエラだけでは無い。タケルもだ。
お前らが後悔すれば、教官の死を貶める事になるぞ」
俺の自嘲した態度や、アリエラの悔いた物言いに、ブライノフが鋭く否定する。
「それで、教えてくれるか? 教官の最後を」
ジジィの行軍中の言動から、最後の戦いまで、全てを覚えている限り話す。
時折、アリエラが補足し、むしろ最後はアリエラがメインで話していた。
アリエラを銃から庇った後も、戦うよう指示を続けていた事は俺も聞いていなかった。
「何だ、良い死に方をしたじゃないか。
それにしても口の中を狙って射ろって、指示する方も応える方も、どうかと思うが」
「そうだな。行軍中に倒れる心配をしていたが、上出来だろう。正直言って羨ましいな」
全てを話し終えると、ブライノフもアルツールも、何処か安堵したように言葉を放つ。
アーヴァングも、アリエラを見ながら苦笑しながら呟く。
「私としては、礼を言えなかったのは心残りだな」
「その父上、お願いがあるのですが」
突然の申し出に、アーヴァングが少しだけ動揺する。
普通に考えて、今回の戦闘でのアリエラの勲功は高い。父親であり、上官でもあるアーヴァングとしては、ある程度の無茶は聞いてくれそうだが、アリエラが何を望んでいるのか、俺も興味がある。
「何だ? 言ってみなさい」
「はい。タヌキを飼いたいのです」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アリエラが王都の軍人のトップ3呆然とさせた翌日、俺はアリエラと一緒に、ジジィの屋敷へ向かった。
使用人にジジィの戦死と最後を伝え遺品を渡すと共に、王国からは引き続き屋敷の管理をするように申し伝え、アリエラのジジィからの頼まれごとを実施する。
「それでは、お願いします。アリエラ様」
ジジィの屋敷の使用人に促され、俺とアリエラはジジィの使っていた部屋に入った。
すると、アリエラに気付いたタヌキが寄ってきて、甘えてくる。
俺の事を若干警戒してるようだが、警戒心より甘えたい気持ちが勝ったのだろう。
「本当に懐くんだな」
思わず感心して呟く。
元の世界にも何故か動物に好かれる奴がいたが、アリエラもそのタイプのようだ。
アリエラがジジィに呼び出された時も、タヌキが懐いてジジィを驚かせたらしい。
ジジィとしては、屋敷に残した誰にも懐かないタヌキが気になっていたようだ。
何しろ、屋敷の使用人に対しても、「エサは貰うが触るんじゃねえ」という、舐めた態度だ。
新しい主が来る前に退去願おうにも、意外と素早くて、逃げ始めたら簡単には捕まらないので、その前にアリエラに確保するように言っていたそうだ。
「自然で生きて行ければ良いのでしょうが」
「無理だろ。もう、完全に野生を失っている」
ジジィは森へ放すなり、飼うなり好きにしろと言っていたそうだが、このタヌキは完全に堕落してしまっている。
森へ放せば、速攻で弱肉強食の洗礼を受ける事だろう。
「用事は終わったが……」
用事は済んだ。後は帰るだけだが、アリエラには聞きたいことがあった。
ジジィも何処かアリエラに直接聞けとういう態度だったし、タヌキの件も聞きやすいようにしたのではと邪推してしまう。
「なあ、ジジィは何と言ったんだ?」
言葉が足りないか? だが、どうやって殺せるようになったとは聞きにくい。
追加する言葉を考えていると、アリエラは困った顔で苦笑する。
「苦しめ。そう言われました」
「え? いや、それって」
「生き物を殺せないで苦しんでいる私に言ったことですよね?」
肯定の返事をするが、頭の中を整理できない。
苦しんでいるのに苦しめ? それって効果があるか?
「バルトーク様は、苦しまないようにするから苦しいのだと。そう言われました。
だから苦しんで良い。苦しいのが正しいのだ。そう思えと」
「それで良いのか? 誰だって苦しいのは嫌だろ?
「はい。嫌です。正直、魔族を射た際も嫌な気持ちでした。
でも、苦しむのは間違っている。苦しまないようにしなくちゃいけない。そう思っている方が辛いんです」
その言葉は、俺にとって理解しやすかった。
そうだ。俺は、そう思い続けてきた。
壊したい。殺したい。だが、そんな自分が間違っていると知っていた。
そんな事を考える自分が異常だ。普通の奴は、そんな事を考えない。
でも俺は、普通の奴と同じようになれなくて、だから自分は悪人だと思う事にした。
「そうか。嫌な事だと分かっている。それに耐えるだけで良いんだ」
「はい。それだけで良かったんです。
それなのに、苦しんだらダメだと更に無理な課題を自分に課していたんです。
だって、そうしないと……」
「自分が他人と違う事が怖かった。
目的が変わっていた。他人と同じになろうと無理な事に挑んでいた」
「はい。そうです。周囲と違う自分を認めることが出来なかった。
そんな私に、バルトーク様は言われました。他人とは違う自分を認めろ。そして受け入れろ。ただ、苦しめ。苦しみ続けろ。楽になろうなどと思うな。
そんな厳しい事を。でも……」
「認めてくれたんだな。そして、受け入れてくれた」
肯定の返事。その嬉しさが俺には分かった。俺にとっては祖父がそうだった。
親に見捨てられた俺を祖父は受け入れてくれた。
自分が普通では無い。他人とは違う。それは普通である人間に想像できないほど辛い事だ。
普通の奴は、異常者を普通にしようとする。
でも、異常者はそれが出来ないから異常者なんだ。
多分、祖父も俺と同類だったんだろう。だから、異常者の俺を、そのまま受け入れて、同時に耐えることを覚えさせることで、普通の奴と共存できるようにした。
「タケル様も、受け入れられた時は嬉しかったと思います」
「そうか。ジジィに聞いたんだな」
「はい。タケル様と私は正反対であると同時に同類だと。
共に、産まれた世界にとっては、異常者だと言っていました」
「ああ、そして、俺を受け入れてくれたのは祖父だった。祖父が俺を作った」
だが、祖父は死んだ。それは同時に俺と言う人間を本当に知っている人間が消えることを意味していた。
だから、それからは孤独だった。俺にとっての家族は祖父だけだった。
祖父以外に、全てを受け止めてくれる人にも出会えなかった。
「俺はアリエラを受け入れるよ。苦しみながら戦って良い。戦闘が終わった後は泣いても良いぞ」
孤独は辛い。周囲に人がいても心が独りだと、人は耐えられないのだと思う。
アリエラは、受け入れてくれた人を失った。
ならば、俺が代わりになろう。
「私が殺す事に慣れるまで、我慢できますか?
自分で言うのも何ですが、そう簡単にはいかないと思います。」
不安そうに聞いてくる。
やはり怖いのだろう。その気持ちは良く分かる。
「何時までも慣れなくて大丈夫だ。それでも、ずっと一緒にいるよ。
それに、慣れる必要は無い。慣れる前に終わらせてやる」
魔族を殲滅させれば、アリエラが苦しむ必要は無くなる。
殺せない奴が苦しむ世界より、殺したい奴が苦しむ世界の方がマシだろう。
勝手な考えだが、以前は疎ましかった世界が、今は正しいと思える。
「でも、それはタケル様が苦しいと思いますが?」
「良いさ。何だか苦しんでみたい。そんな気がする」
「では、その時は私が受け入れます」
「そうか。そうしてくれると嬉しいな」
「はい。そうなったら、ずっと一緒にいます。
でも、タケル様なら私以外の人も受け入れますよ。イオネラも、それにエリーザ様も」
「だと良いな」
不思議な感覚だ。
楽しい世界を苦しい世界に変えようとしている。
そして、苦しい世界を楽しみにしている。
やはり、俺は異常者だ。でも、それで良い。
少なくともアリエラは受け入れてくれた。それだけでも十分じゃないか。
歪んだ心を持った者同士。その歪みは同じ形で重ねることが出来た。
それなら、死ぬときは笑って死ねる。ジジィみたいに、不器用な笑顔で。




