感傷
何とか無事にカザークから脱出する事が出来た。
いや、別に拘束されかけたわけでは無い。つい、国王に殺気を放って謁見の間が凍り付いたが問題は無かった。
だが後で、巨乳の王女が出てきたりと、魂胆丸見えで面倒な事この上なし。
幸いにもエリーザバリアで危機を逃れた。流石にルウルから、黙っていれば誰も近づけない絶世の美女と言われているだけの事はある。
巨乳王女もエリーザに見蕩れていた。
まあ、王太子に関しては国王よりマシ。だが、ロムニアのフェイン王の方が上。風格の違いを感じた。
旗下の将軍たちもだが、ロムニアに召喚された俺は恵まれていたのだろう。
あらゆる面でロムニアの方が優っていると思う。
ロートルイはグロースに比べれば、ロムニアはレベルが低すぎると言っていたが、グロースが優秀過ぎるってだけで、ロムニアは悪くは無いようだ。
少なくとも、グロースの王太子はロムニアを評価しているようだし。
まあ、色々あったが、全員が軍馬の俺達はティビスコス隊より先行して、速攻でロムニアへと戻った。
……のだが、王都まで速攻で戻る訳には行かないようだ。
「やはり、そうなるか。断れないかな?」
「諦めろ。カザークの体たらくを聞けば、俺だって混乱するぞ」
「それに、今回の勝利は大きいですよ。これでカザークが滅んでも大丈夫な気もしますね」
ライヒシュタイン領のエルネスク城に入った俺達は、城の重臣に待機をするよう言われていた。
一泊だけのつもりで入城したのだが、城の者の話では、王都での凱旋行進をまたやりたがっているそうだ。
理由その一。ヴィクトルが言ったように、新装備を使った魔族が、カザークの地を蹂躙している話は、ロムニアまで届いており、ロムニアの民も不安に思っていた。
ここは大勝した事を宣伝する事で不安を吹き飛ばさないと、問題が発生する恐れがある。
理由その二。エリーザが言ったように、カザークは王手がかかった状態。おまけに魔族の支配領域は王都レニンクスの目の前だから、今度は救援が間に合わない可能性もある。
当初からカザークを救援する目的は、カザーク領が支配されたら、ロムニアの民が混乱するからなので、逆に言えば、カザークが滅んでもロムニアは大丈夫だと思わせることが出来れば、いざと言う時に安心である。
「まあ、凱旋行進は諦めるにしても、一か月近く何をするかだが」
「そこは、陛下や宰相殿も頭を悩ませているそうです。
勇者殿だけでという話も出たのですが」
俺達は早々に帰還したが、ティビスコス隊は行軍に時間がかかる。
待っている間に、俺達が王都に入ってウロウロしていたら熱気が冷めてしまうかもしれない。
今までにないケースだから、どうしようか文官の間でも意見が分かれているらしい。カザークだったら勇者さえ派手に扱えば、あとは見向きもしない気がする。
「論外。今回の主役はティビスコス隊ですよ」
「勇者殿なら、そう言われるだろうと噂になっているようです。
それに陛下もティビスコス将軍とその配下を労いたいというお考えです」
心憎い配慮だ。そこが、カザークとフェイン王の違いだろう。軍人の心を良く分かっている。
凱旋行進が好きではない俺でも、逆の立場で自分抜きで行われたら、面白くは無い。
「だが、遺品くらいは送り届けたいだな」
ジジィの遺体は焼いて埋葬したが、遺品をどうするかが問題だ。
あれ? 考えてみれば家族はいないが、どうするのだろう?
「バルトーク殿の事は聞いています。あの御仁の立場なら、伝統で言えば、屋敷に保存されます。
小さな屋敷ではありますが、これまで活躍された方に与えられる屋敷ですから、老朽化で建て替えられた際も、前に住まわれていた主の武具は保存されています」
ジジィが住んでいた屋敷は、特別な活躍をした王都住まいの騎士に与えられる屋敷だ。
ジジィの前の主は、戦死して家が絶えたらしいが、屋敷を賜ったのは、昔だが武勲があった騎士らしい。
そして、賜った後は、前の主に敬意を払い遺品を譲り続けるそうだ。
この世界では伝統的に、“残す”“受け継ぐ”を重視している。
最も重視するのは、家名だ。子に残す。家名を残せない、最後の者は不名誉だとされる。
だから、一族で無くても受け継ぐ側は、その無念を宥めるためにも、遺品などは大切に保存するそうだ。
「じゃあ、屋敷は誰かに送られるって事か?」
それなら、俺はダメだろうか? ジジィの屋敷の使用人は顔見知りだし、宮殿より良い。
そんな打算が顔に出ていたのか、ヴィクトルが溜息を吐き、エリーザとライヒシュタイン家の重臣も困った顔をしている。
「諦めろ。お前じゃダメだ。お前がバルトーク殿の屋敷に入れることは無い」
やはり気付かれていた。だが、そんなに俺はダメだろうか?
自分で言うのもなんだが、この世界に来てから、それなりの活躍はしたと思うのだが。
それも顔に出たのだろう。エリーザが困ったように否定する。
「逆です」
「だな。バルトーク殿の屋敷は、お前に与えるには狭すぎる」
「狭いって、結構な広さだぞ」
「いや、基準がな。最低でも俺とエリーザと同格で無いとな」
「無茶言うな。お前等の家って、あれ屋敷ってレベルじゃなく藩邸だろ」
「いや、異世界語は分からんから」
ディアヴィナから来たジュリアは、結構通じたんだがな。
ジジィの屋敷は、俺の感覚だと豪邸で通じる。まあ、田舎暮らしだった俺は耐性があるが、都会育ちだと大きすぎて怯むかもしれない。
だが、それでも一家族には十分すぎる程の大きさだ。まして、俺は独り身である。
それに比べて、アーヴァングの所なんかは家臣が住むところも内蔵しているために、敷地内に屋敷を含めた建物が複数ある。
そして、アーヴァング以上の大貴族であるエリーザとヴィクトルの所は、それ以上のスケールである。
そんな物を与えられたって俺にどうしろと?
「まあ、バルトーク殿の屋敷は、暫くは空き家だな。
今回の大勝でも、特別に活躍した下級騎士もいないしな」
「確かにエリーザの功績が最大だしな」
今回の勝利は、個人で見れば情報と補給のラインを構築したエリーザが勲功第一で、それに比べれば劣るが、次点で戦場で20~30体の魔族を吹き飛ばした俺になる。
他にアリエラの三体撃破も評価の対象だろうが、どちらもジジィの屋敷を貰っても困る立場だ。
やはり、俺が適している。
「あくまで噂ですし、これを伝えて良いのかとも迷いますが」
ライヒシュタイン家の重臣が言うには、俺に屋敷をと言うより、領地を与える話が出ているらしい。
何でも最近になって絶えた上級貴族が有るので、それを俺に与える計画があるそうだ。
そんなのあったか?
「ザフィール家です」
「それって、王太子妃の?」
「はい。ここより、海岸線に沿って真っ直ぐに南へ下がった場所になります」
「いや、領地を貰っても困るし、娘が二人いるから、復興も出来るでしょう?」
この世界では残すを重視するので、王太子妃としては、娘の一人を王家、もう一人にザフィール家を継がせたいだろう。
「それが、この話を推進しているのは、当のアナスタシア様のようです。
あの方が言うには、ザフィール家は先代の元帥で途絶えたと」
「先代の元帥って、アナスタシア様の父親よね? 普通なら守ろうとすると思うけど」
エリーザも不思議そうにしている。
それにしても、エリーザの敬語以外の話し方って初めて聞いた気がする。
「はい。ですが、理由は分かりませんが、噂では親子仲は良くは無かったようで」
ヴィクトルは何か聞いていないかと思って見てみると空気が重い!
平静を装っているが違う。コレ、何かダメな奴だ!
そういや、前もこんなことがあった気がする。全力で話を変えるぞ!
「まあ、そんな事より、ジジィの形見だ。アリエラが預かっているのか?」
ジジィが使用していた剣と防具。上等とは言えないが、使い込まれた太刀と赤備えの鎧だ。
ジジィの屋敷に行ったことがあるのは、俺以外ではヴィクトルとアリエラだけだ。
三人の内、誰かが行くべきだし、一番多く通ったのが俺だ。
「俺が少し抜けて、王都まで行って良いかな?」
北門から入って、王宮から南へ行かなければ、民衆には会わないし構わないだろう。
「先ず、王都へ連絡するべきでしょう。
こちらから、勇者殿が遺品を送りたい旨を伝えるよう、使いを出します」
その言葉に甘えることにした。
王都までの往復と王が判断を下すまでの時間を考えても一週間くらいの時間はかかるが、焦っても仕方がない。
今は兵を休ませよう。同時に俺自身の心の整理もしたかった。
配下に休養を命じると、俺はエリーザに案内され、城下が一望できる見張り台に昇った。
城下だけでなく、城の周囲も見渡せる。
メトジティア城と違い、エルネスク城は交易による商人の姿は少ない。代わりと言っては何だが、鉱夫のような身なりの者が多い。
「ここは、鉱山が多いので、それに従事する者も多いのですが、動きやすいからと、同じよう格好をする者が多いのですよ」
エリーザの説明によると、ライヒシュタイン領は山が多いので、農地は少ない。
だが、山には多くの鉱山があり、それで領地を支えているそうだ。
鉱山には鉄だけでなく金山もあり、金は王家に全て送っているらしい。
この世界は物々交換では無く、ちゃんと貨幣経済が浸透しており、通貨は全て金貨である。
その金貨の価値を一定にするため、最初に金山を発見したライヒシュタイン頭首は、自領では無く国の事を考え、金の管理を全て王家に委ねることにしたそうだ。
まあ、ぶっちゃげると、ライヒシュタイン頭首は代々、国の政務に携わる重臣なわけだから、無私の人と言う訳では無い。通貨の価値が変動して困るのは自分だったりするのだ。
それに代わりに色々な税や賦役の免除も勝ち取っているから、したたかとも言えるだろう。
「当たり前かもしれないが、色んな所があるんだな」
「そうですね。ここから南へ行くと、イオネラのシュミット領です。そこは農地がほとんどで、穏やかな雰囲気の場所です。
更にいくつか小さな領地を挟んで、先程も話題に出たザフィール家が有していた領地になります」
「北方諸国からの船が着く場所だったか」
メトジティア城に行く際にエリーザから聞いたな。
ライヒシュタイン領は、大型の船が着くのに、適さない土地だから海に行くことが少ないって。
「じゃあ、メトジティア城みたいな感じなのか?」
「どうでしょう? 私は行ったことが無いので、何とも言えませんが、興味が湧きましたか?」
俺に与えようとしている話があるそうだが、領地の経営なんて俺に出来るわけがない。
改めて、俺に出来ることは戦う事しか無いんだと実感する。
「俺は軍人が良い。ただの軍人でいたい。
考えるのは戦いの事だけで良い。戦って生き、戦って死ぬ」
ジジィみたいに死ぬのが良い。
そう思いはしても、同時に、それは嫌だという気がする。
それが、何故だかは分からない。
「でも、それは、残される者が辛いですよ」
「それか」
エリーザの言葉で、しっくりと来た。
今の俺は残された側だ。そして、今の俺は辛いんだ。
「でも、悲しくは無いんだ。我ながら薄情だとは思う。
それでも、ジジィが死んで悲しくはならない。何処か羨ましいとすら思ってしまう。
それなのに辛い。イライラしやすいし、カザークでは何度かキレかけた」
「気持ちは分かります。ああも見事に逝かれると、悲しむことが失礼な気もします。
ただ、あの方の罵倒が聞けないとなると、変な気持ちになります」
「何だ? 罵倒されて嬉しいのか?」
「ち、違います」
否定しているが、エリーザってドⅯだよな。俺に殴られても嬉しそうだし。
ただ、何となく気持ちが整理できて来た。
要するに俺は寂しいんだ。
でも、それに気付かなかったのはエリーザ達が側に居てくれたからか。
誰かが側に居てくれる。一人では無い。
それが、妙に嬉しく感じられた。




