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根之堅洲戦記  作者: 征止長
歪んだ心
75/112

戦後処理


報告を受けていた。

赤備え(俺たち)の部隊からは戦死者一人。重傷者無し。軽傷はいるが、その場で治療すれば問題が無いものだ。

一方のティビスコス隊からは、戦死者は数十人いる。

そうだ。戦争をやってるんだ。必ず戦死者は出るし、戦死者が出たからと、嘆いてはいられない。


「遺体はどうする?」


普段は戦死者が出たら、その場で集めて焼くことになっている。

特別な場合は遺体を持ち帰るが、その場合は、運ぶ人間が全責任を負うことになっている。

前のヘルヴィスの侵攻では、王太子と元帥は近衛隊が運び、エリーザの弟のアハロンをリヴルスとイグニスが運んだ事がある。


普段からすれば、犠牲の数は僅かと言って良いほどだ。運べないことも無い数である。

ただ、今回は遠征の上に、足の遅い弓兵も一緒だ。時間がかかりすぎる。

この地で埋葬したほうが良いだろうが、問題はロムニアが勝手に来たという面がある。


「どうせ、カザークの方から何か言ってくる。その時に話そう」


ティビスコスが、俺が埋伏している間にあった事を言う。

どうも、俺は人気者らしいが、正直言って全く嬉しくない。

だが、王太子に会う事は了承した。少しでもマシな人間であることを期待しよう。


「お時間、よろしいでしょうか?」


カザークの使者を待とうと思っていたら、トウルグが来た。

手には、グラールスが使った銃を持っている。

俺が攻撃した際に手放し、宙に浮いていたところをルウルが咄嗟に拾ったそうだ。

その後は、トウルグに渡したそうだが、アイツの場合は、トウルグなら性能を観察できると思ったのか、単に持っていたくなかったのか、判断に迷うところだ。


銃を受け取ると、何かの映画か漫画で見たようなデザインの銃だ。

ショットガンと言うより巨大な拳銃。

だが、そう言った媒体で見た奴は、後ろの方が折れ曲がって弾を装填していた気がするが、そんな機構は見当たらない。


「何か分かったか?」


「分解していないので、あくまで予想になりますが、着火の魔術を使用したのだと思います」


そう言いながら、他の魔族が使用していた銃を俺の前に差し出す。

その形状は結城鮮花の予想通り、戦国時代にあるようなストックの無い火縄銃だ。

その火蓋を開きながら説明を始める。


「普通の火縄銃は、ここに火薬を入れ、着火する事で、中の火薬に火が点いて爆発します。

 そして、グラールスが持っていた物は、この火蓋がありません。

 代わりに引き金の材質が、魔力を通しやすい材質で出来ています。それで、試してみたのですが」


そう言って、差し出したのは焦げた細長い布。

布を紙縒(こよ)りのように捩じって銃身に入れたようだ。


「ただ、魔力を通すだけでは焦げませんでしたが、着火の魔術を使用した際は、工程が省けるようです。

 全ての工程の調査は出来ていませんが、着火の魔術の術式を刻んでいる事は間違いありません」


明かりを灯す魔石は、魔力を通すだけで明るくなるものが多い。

それは、魔石に術式が刻んであるからだ。

着火の術は便利だし、基本という事で俺も覚えたが、戦闘中に唱えるのは流石に面倒だ。


例えば火矢の場合は、矢に術式をいくつか刻むことで、魔力を通すだけで着火する。

このグラールスの銃の場合は、着火の魔術の術式を刻んでいるようだが、魔力を通すだけでは着火しない。

だが、術を発動させる全ての工程を行う必要も無いので、簡単に発動が出来るようになるようだ。


「じゃあ、これを持って引き金を引きながら着火の魔術を唱えれば撃てる訳だ」


「では、魔族は魔術を使えると?」


「少なくとも、以前の実験で調べた被検体の魔族では無理です。そんな知能はありません。

 ですが、グラールスは我等に比べて遜色ない知識を持っていると思われます。ならば、魔術の使用が出来ても不思議ではありません」


「なるほどな。この短い間に、良く調べた。相変わらず大したものだ。

 また、アルツールが騒ぎそうだから、イオネラの側に居た方が良いぞ」


ティビスコスが苦笑しながらも、トウルグの観察力を褒めた称える。

他にもヴィクトルやティビスコス隊の副長であるアフマツィも苦笑いしていた。

アルツールは、前にトウルグの観察力に感心し、配下に欲しいと騒いだことがあったからだ。


だが、トウルグは、本来の主であるイオネラを優先し、彼女が赤備え入りを希望している事を察して、残る事を選んでいる。

予想通りイオネラは赤備え入りして、共に俺の直属部隊となっている。

非常に優秀で便利な奴だが、イオネラ最優先のため、副官の要請は拒否された。

ルウルもだが、イオネラには妙な人望がある。


「兎に角、結論を出すのは早いが、全ての魔族が、この銃を持つことは無いと思って良いかもな」


「そうだな。他に欠点はありそうか?」


「火矢で攻撃する場合は、油は改良した方が良いかもしれません。

 今、使用している油では浸透性が悪いので銃の内部に入りませんでしたが、水だったら内部に浸透します」


火矢で使用している油は粘度が高く、隙間に入り込みにくい性質がある。

それを水のように粘度が低い油にすれば、隙間から油が入りこみ、中の火薬に引火するだろう。

それは同時に雨にも弱い事を意味する。小雨程度なら難しいだろうが、大雨の時を選んで戦う事が出来れば優位に立てるだろう。


そんな話をしている間に、カザークからの使者が到着したと知らせが入った。

その使者の顔を見た途端にティビスコスが舌打ちをする。

どうやら、散々、戦闘前に邪魔をしに来た奴のようだ。


長々とした世辞を聞き流し、こちらの要望を伝える。

こちらの要求は戦死者を埋葬する事。

それに生きてる人間は腹が減る。兵糧ならあるが、出来れば戦の後だ。少しはマトモなものを食わせてやりたい。


「大丈夫であるとは思いますが、私からは必ずと出来ると約束しかねます。

 先ずは陛下に、お会いして頂きたい。

 勇者様から陛下に言われれば、どのような要求も聞いてくださるかと」


何が何でも俺を王城へと招きたいらしい。

まあ、無理やり拘束するなんてことも無いだろうし、王城へ行くのは予定にあった事だ。

謁見なんて、普通なら緊張するんだが、ロムニアの王宮で生活していたので、多少は慣れてきた。


まあ、これまでのカザークの残念さを目の当たりにした所為か、舐めた態度を取ったらどうしようとか、別の方向の心配があるが、勇者を甘やかしている国だ。余程変な言動をしなければ大丈夫だと思う。

それに面倒ごとは早く終わらせたい。大人しくついて行くとしよう。


「承知しました。足労とは思いますが、案内していただけますか」


「ありがとうございます。早速案内させていただきます。

 それにしても、同数の魔族軍に大勝しただけでなく、犠牲も僅か。

 その犠牲も、勇者様のために死んだとあれば、何ら悔いも無く死んで行けたと…!」


ジジィの最後の笑顔が浮かんだ。


「タケル殿!」


頭が真っ白に、いや、真っ黒になっていた。気付くとエリーザが俺の前にいる。俺を抑えるように胸に手を置いて、悲しげに見上げていた。

落ち着いて周囲を見ると、カザークの使者は、恐怖に顔を青ざめさせ震えているし、ティビスコスやヴィクトルも硬直していた。


「悪い。頭に血が上ったようだ」


使者を殺しそうになったようだ。エリーザの肩に手を置いて、もう大丈夫だと笑いかける。

不安そうなエリーザの態度に苦笑するが、使者に殺意を抱いたのだから仕方がない。

だが、この使者とは間違っても仲良くはなれそうにないな。


「申し訳ありません。カザークの冗談に慣れないもので、つい、本気にしてしまいました。

 己の大切なもののために戦って死した者を冒涜するかのような言動。まさか、本気では無いですよね」


一応は謝罪の体で言い訳をするが、自分でも完全に殺気が収まったとは思えない。

どう見ても脅迫だが、身から出た錆と思ってもらおう。

だが、完全に顔を青ざめさせ腰を抜かした使者は動く気配も無い。よく見ると地面が濡れている。失禁したようだ。


「さて、それでは案内してもらおうか。タケル、王宮では自重しろよ」


見かねたかティビスコスが護衛に来ていたカザークの騎士に声をかけると、慌てて護衛の騎士が使者を立たせつつ、これから案内をすると申し出る。

硬直していた状況を動かすとともに、俺に注意する事で、俺と言う人間が話が通じると分からせたのだろう。面倒をかけて悪い気がする。


「悪いな、ティビスコス殿。カッとなった」


「気にするな。私は何も出来なかったよ。王宮にはエリーザを連れて行け。

 ああなった、お前の前に立てるのはエリーザくらいだろうさ。

 どうもカザークの連中、戦闘後の武人の心の機微が分かっておらんようだ。注意するに越したことは無い」


「そうだな。エリーザ、悪いが付き添ってくれ。ヴィクトルが留守を頼む」


それぞれ指示を与えて、使者に導かれてカザークの王都レニンクスへと向かう。

道中も、俺が王様を殺そうとしたら止めてくれと、物騒な会話をエリーザにしながら進んだので、それが耳に入っているカザークの使者も、俺をカザークに囲うなんて意見には反対してくれるだろう。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「凄まじい殺気だったな。以前、直接浴びたが、あの時の比では無い。身動きが出来なくなったよ。

 やはり、無理に押さえていただけだったな」


ヴィクトルは、タケルたちがレニンクスへ向かった後、苦笑しつつトウルグに話しかけた。

戦場では、人の死に心を揺さぶられるべきではない。それ故に無理をしていたようだが、明らかに親しい人の死に慣れていない事が分かった。


「はい。お役に立てず、申し訳ありません」


タケルの気を紛らわさせようとしたのだろう。トウルグはグラールスの使用していた銃を、急いで調べてタケルに知らせに来たが、カザークの使者が台無しにしてくれた。

その結果、直接にタケルの殺気を浴びることになったのだから、全く同情する気にはなれない。


「お前が気にする事では無いさ。それに隊長が自分で超えるべきことだ。

 まあ、最初がバルトーク殿というのは辛かったと思うが」


「時々、本当の祖父と孫のように見えましたからね」


それでも、肉親を失うのは珍しい事では無い。

超えなければいけない、この世界での日常でもある。

だが、同時に、それに慣れている自分より、タケルのように悲しみや怒りを無理に抑える方が人としては正しいという気もしていた。


「まあ、指示通り軍を動かそう。俺としては、これ以上の醜態は晒したくない。

 分かってはいたが、エリーザに命令される未来は、可能な限り先に延ばしたい」


軍に帰還の準備を進めさせる。ロムニアへの道中で、かつ、レニンクスに向かう分岐点が目標だ。

エリーザに対して敗北感はあるが、その指示に従うくらいは、やらなければならない。


「エリーザ殿の場合は、隊長相手だから動いただけとも思えますが」


「まあ、惚れているのが丸分かりだからな。隊長に殴られて喜んでいるし。

 ただ、動いた。これは大きい。召喚された時もそうだったが、アイツの方が俺より将器は上だ」


タケルが召喚された際、エリーザは抜刀した。アーヴァングは膝を付いた。

間違いはエリーザで、正解はアーヴァングだ。

将器はアーヴァングが大きい。それがあるからティビスコス達はアーヴァングを元帥にしたのだろう。

だが、ヴィクトルは動けなかった。何もしなかった。出来なかった。


仮に全員が何もしなかったら、タケルの攻撃で死人が出た可能性がある。

それに比べ、間違ったエリーザは、まだ武神の力を習得していないタケルを鎮圧できただろう。


将として、最も必要な能力とは決断力だ。それも速さが何よりも求められる。

時間をかけて悩んで正解を選ぶよりも、間違っていても即断できる人間の方が戦場では優秀になる。

選べない人間は成長できないが、間違いは正せる。

薄々気付いてはいたが、自分はエリーザより副長としては優秀でも大将としては劣る。


「ウチの隊の女性は優秀ですからね。聞いたとは思いますが、アリエラは初陣でありながら魔族を三体仕留めています。この前まで生き物を殺せずに泣きそうだったとは思えません」


「あれな。バルトーク殿は何をしたんだか。だが、アレは例外としよう」


「それは例外としても、イオネラ様も一体仕留め、あの方が攻撃した後は、後続がほぼ確実に仕留めています。

 その内、私は肩身が狭い思いをしそうです。守ると思って側に居るのですが」


溜息を吐くトウルグの姿が哀愁が漂っていて笑ってしまう。

まだ、若すぎる君主は、守る対象とするには逞しすぎる。


「まあ、互いにやれることをやるしかないな」


「そうですね」


何も完璧を求める必要は無い。

それに、周囲が優秀なのだから頼れると考えれば、それで良い。

そう思える事が、何となくだが嬉しい気がした。



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