カザークでの戦闘
凄まじい轟音がしたと思ったら、耳の痛くなる金属音が目の前で鳴り響いた。
銃が発射され、その弾を盾が弾いたのだ。
不思議と恐怖感は無かった。いや、恐怖が無いわけでは無いのだろうが、それ以上に目の前の背中に対する安心がある。
盾を構える騎士と、その後方に槍を持った騎士。
丸い金属の棒を繋いだ盾は、棒の隙間に僅かな空隙があり、盾を持っている騎士だけは前方が視認できるが、盾を持った騎士が、半歩ほど前後しながら盾より狭い間隔で、横に並んでいる現状では、広い壁が作られた状態だ。
そのため、弓兵である自分は当然、槍を持った騎士も、前方を確認することは出来ない。
そんな中、轟音がするたびに、盾から甲高い音が鳴り響き続けている。
時々、盾にヒビが入り交代を要請する騎士が出る。多少のヒビでは壊れることは無いが、何度か銃弾を受けると割れてしまうので、ヒビが入ったら直ぐに盾を持った騎士は交代するようにしている。
その交代も訓練通り、素早く次の盾を持った騎士が前へ出てきて交代するので、銃弾を受ける事が無いのは当然、前の風景を見ることも無かった。
音だけが、戦闘が起きている事を知らせている。
後方で片膝を付いたまま弓を持っている自分は、指示があるまでは矢を放つことは無い。
主な任務は火矢の準備だが、状況によっては、通常の矢で援護する事もある。
腰に付けた矢筒には、通常の矢が入れて、油の入った矢は、軍馬に積んでいた。
軍馬は憧れの存在だった。
通常の馬とは比べ物にならない速度と体力。そして度胸。
普通の馬なら、この音を聞いただけで暴れて逃げ出すだろう。
魔力を持ちながらも平民に生まれた自分にとって、騎士の証である軍馬は、少年の頃からの憧れで、そして決して手に入らないものだった。
貴族に生まれながら魔力が低かった同僚がいるが、彼にとっても軍馬は憧れだった。
いや、騎士と言う存在が憧れだったのだろう。
同時に嫉妬の対象でもあった。
海軍に入り、騎士に負けない軍人になろうとしてきた。
叩き込まれ続けた軍人としての心構え。それは、同時に憧れ嫉妬した騎士の心構えだった。
いや、騎士の方が、より強くそれを体現している。
その体現者が目の前で、魔族に対する壁となっていた。
「来るぞ! 槍構え!」
盾を持った騎士が、魔族の接近を知らせる。魔族が前進を開始した。何度か銃を撃ったが、盾に阻まれているので、接近しての攻撃に代わるようだ。
やがて、背の高い魔族の頭が盾の上から見える。そこに、盾の裏から、槍を持った騎士が攻撃を開始した。
槍は勇者が使用する物より、穂先が短く軽く作られている。
突きをし易いようにしたらしいが、その長さのものを振り回すと、遠心力が加わり痛いでは済まない威力を発揮する。
だが、現状では突き一択。顔を突き、払い除けようとする手を突く。
気と言う守りに阻まれているのか、刺突は弾かれているが魔族の前進は止まり、槍を払い除けようとしている。
それでもお構いなしに突き続けていると、魔族の顔に深々と槍が突きささった。
聞いていた通り、気の防御を突破したのだ。
次の魔族が現れるが、恐怖は感じないようにした。前は騎士に任せる。そう割り切っている。
目の前の頼もしい姿が崩れたら、自分は瞬時に殺されるだろう。
だが、それも良い。そう思う事にした。
騎士とは半年以上、行動を共にしてきた。
馬鹿みたいに厳しい訓練に付き合わされてきたのだ。
騎士は自分たち以上の、厳しい訓練にも根を上げず、倒れても立ち上がる。
最初は、その強い精神力に圧倒されそうになったが、同時に人間だと知った。
飯を喰らい、酒を飲み、女を欲しがる奴もいる。何処までも人間だった。
海の水を舐めて興奮し、生きている魚を見て興奮し、船に乗っても興奮する。
共に笑い、共に怒る。自分達とは異なり、それでいて自分達と変らない。
難しく考える必要は無い。戦友、一個の群。何でも良い。
共に戦い、共に死ぬ。それだけだ。
横で盾が崩れた。次の盾が前に出るが何人か死んだだろう。
そして、目の前の盾が揺れる。だが構わない。己が成すべきことを成す。その指示を待つ。
「火矢を放つ、構え!」
その指示が来た。通常の矢で援護するまでもなく、魔族の前衛の前進は阻まれ、後続との距離が狭くなっているのだ。
軍馬から油の入った矢を抜き取る。斜め上、最も飛距離が出る角度で構えて次の指示を待つ。
合図となる銅鑼の音。戦場中に響く音が打ち鳴らされる。
「放て! 以後は続けて撃ち続けろ」
矢を放つ。次の矢を抜き取り、放ち続ける。
上は飛び立つ鳥の群のように、矢が飛んでいる。やがて、前方で火が灯った。
予想より早い。まだ、火の付いた矢を飛ばすには早いから、敵が持つ銃の火縄に引火したのだろう。
間も無く、前方の火は広がり、業火と呼べる段階にまで燃え盛った。
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「周到だな」
ロムニアは間違いなく、銃の存在を知っていた。
それだけでは無い。魔族が銃を装備しようとしている事を、予測して対策していた。
あの部隊は、そのための部隊だ。
銃に対する装備を作り、訓練をしてきた。
盾で銃弾を弾き、その後に予想される接近戦には、長い武器で盾の裏から対応している。
その所為で前衛は敵の盾に阻まれ、逸った後続が前に進もうとして、距離が狭くなっている。
一度、後ろに下げるべきだろう。すでに後続まで銃の間合いを過ぎている。
士気というより、敵を討とうとする意欲が強すぎる。
下げる指示を出そうとした時に、部下の呟きが耳に入った。
「それにしても不甲斐なさすぎる」
その苛立ちを込めた部下の声に、違和感を感じた。
確かに不甲斐なさすぎる。
盾は銃弾を弾くし、あの長い武器もやりにくいだろう。
だが、一撃で死ぬことは無いのだ。過去の戦いに比べて圧倒的に不利と言う訳では無い。
それなのに、こうも手こずるだろうか?
敵はほぼ同数。今までなら簡単に勝てたはずだ。
こちらの加護を知った上での攻撃だとしても、今の状況はありえないことだ。
「矢の攻撃?」
激しい銅鑼の音が鳴ると、大量の矢が飛んでくる。
これまでの違和感を振り払い、目の前の異常に対処する事に集中した。
盾に隠れて見えなかったが、相当の数の弓兵がいるようだ。
それに矢が太い。数が多すぎるし、前方でなく後方まで狙っている。
それなのに、矢の射角が高すぎて、勢いがない。
これではダメージは少ないはずだ。
火が灯った。一か所では無い。時折爆発音も聞こえる。
よく聞くと、爆発まではいかないが激しく燃える音。
それが広がる。周囲が炎の海になる。
「やられた」
油を撒かれた。それが火縄で燃え広がり、銃身に詰められた火薬が爆発している。
バチバチと弾けるように激しく燃える音は、火薬の音だ。
圧縮していない、粉のままの携帯している火薬にも引火している。
持っている銃は無事か?
周囲を見渡すが、それほど火は広がっていない。銃が燃えて使えなくなる事はなさそうだ。
付着した油が燃え尽き、火薬に引火した程度だろう。
所持した火薬は無くした者が多そうだが、幸い銃は無事だから、火薬を補充すれば、まだ戦える。
その考えに違和感を感じた。自分の考えが、どうにもおかしい。
だが、その違和感の正体を探る暇もなく、後方からも火が上がった。
「補給部隊から火の手が」
舌打ちをして、怒りを抑える。
完全にロムニア軍の策に嵌ったようだ。
いや、これで良い。進軍を止める切っ掛けになった。
だが、ただで戻るのも面白くない。このままではロムニア軍に翻弄された結果だけが残る。
前方の盾を崩すのは難しいが、後方の補給部隊を奇襲した相手が、あんな盾を持っているとは考えにくい。
おそらく機動性を重視した騎兵だろう。その連中を潰せれば潰したい。
そう思いながら、軍を後方へ向けようとした時に、それは現れた。
「何だ?」
それを見た瞬間に総毛立つ。赤い怪物。一頭の獣のような騎馬隊が硝煙の中から飛び出してきた。
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「行くぞ」
銅鑼が鳴る音が聞こえた。
埋伏していた森から出ると、隊列を組みながら戦闘が起こっている方向へと向かう。
もう魔族軍の後衛が見えるが、少し距離がある。
「疾駆しても大丈夫か? 最終的にあれを突っ切る前提で」
「そうですね。補給隊、守りが少ないようです。矢を放つ間は駈足に落とせば、その後に再度、疾駆に移れます」
アリエラに全体の軍馬の調子を見て貰う。
行軍中、アリエラは軍馬の体力を把握するようにジジィに命じられ、その能力を磨いていた。
ジジィに言わせれば、俺がグダグダ悩むより、アリエラに判断を任せた方が良いらしい。
相変わらず、俺の評価は低い。まあ反論は出来ないがな。
今回は可能なら、銃を使用できなくなった魔族の軍勢を突っ切ってティビスコス隊に合流したい。
その為には、疾駆の開始位置が大事になる。
目の良いアリエラは補給隊に守りが少ない事から、そこで速度を落とせば問題無いと判断した。
疾駆に移り、一気に敵との距離を詰める。
補給隊の姿が、ハッキリと見えるようになったが、確かに守りは薄い。
そして、火薬が入っていると思われる樽の積まれた荷車と繋がれた人間も見える。
一緒に、護衛の魔族が数人いる。
俺達に気付くと、慌てて銃を抜いて弾を込めようとしている。
おいおい、今から弾を込めて間に合う訳が無いだろうが。
「やるぞ。全員を殺せ」
補給隊の護衛の数は少ない。
俺の直属部隊の騎兵だけで済むだろう。
騎兵だけで先行して魔族の護衛を討ち取っていく。
「予想通りだな」
そして、間合いに入った弓騎兵が、油の入った矢を放つ。
助けを求める声が聞こえる。アリエラの反応が気になったが、目の前にいる魔族を槍で吹き飛ばす事を優先した。
通り過ぎずに、補給隊を中心に回り、満遍なく油を撒いて行く。
最後の仕上げは俺がする。
鞍の後ろに積んだ小型の弓と矢を取り出す。飛距離も命中率も不要。
助けを求める捕まっている人の声を聞きながら、矢を弓に番える。
「貸せ」
その時、ジジィが俺から弓を奪い取った。
ジジィは俺が抗議をする間も無く、矢に魔術で火を灯し素早く放った。
撒かれた油に引火し一瞬の内に燃え広がる。
火薬に引火したものが、バチバチと音を立てる。導火線に火が点いた時と似ている。
圧縮していない火薬は、そんなものだ。だが、樽の下部は重みで詰まっているから爆発するだろう。
「何のつもりだ?」
背後で爆発音がした。悲鳴が聞こえる。捕らえられている人間が爆発と炎に巻き込まれているのだ。
何人も死んだだろう。怪我をしただろう。恐怖を抱いているだろう。
作戦を考えたのは俺だ。俺がやるべきだった。俺が殺すべきだった。その行為をジジィがやった。
「早う、次の指示を出せ。このまま呆けるつもりか?」
その見透かすような瞳に圧倒される。
それに、ジジィが言う様に呆ける暇は無い。
もう、確認は終わった。これなら、万の大軍を突っ切るのも可能だ。
「分かったよ。もう、勝手なマネはするなよ」
そう言い捨てて、魔族の軍に向かって駆ける。このままティビスコスのところまで駆け抜ける。
銃を持っているが、使用する気配はない。火矢による攻撃で火薬を殺したようだ。
だが、問題は……
疾駆したまま、槍を振り回し、目の前の魔族を吹き飛ばす。その間、腰に差した斧を抜くこともせずに、逃げようとしていた。
ロートルイの、いや、グロースの王太子の読み通り。
魔族は銃に頼った。銃の本質を知らないままに。
確かに銃は女子供でも屈強な兵士を殺せる優れた武器だ。
だが、魔族は女子供ではないだろ?
これまで、剣で、斧で、人を、騎士を、数多く屠ってきた戦士だった。
俺の世界の戦士は、古くはライオンを剣で殺す事で英雄と称えられる者もいた。
だが、銃でライオンを殺しても戦士とは認められやしない。
仮に獣と戦っている最中、剣が折れても、戦士なら折れた剣で戦うだろう。
だが、ハンターは銃が故障したりで、撃てなくなった時点で戦えない。
ましてや、単発の火縄銃だ。撃てなくなる事を考慮すべきだった。
いや、考慮する知能が無いのが問題だった。
そんな知能が無い連中に、銃を持たせれば、それに頼り、楽を覚える危険に気付かなかった。
どんな勇者に話を聞いたかは知らんが、確かに俺達の世界でも銃は過大評価されている。
戦国時代に銃を大量配備した事で戦力が上がった。それは、確かに一面では正しい。
だが、配備するなら正しくだ。織田信長だって、弓の名手や槍の名手に銃を持たせたわけでは無い。
銃を持たせたのは、強弓も引けずに、槍も使えない、貧弱な兵だ。
そうすることで、兵力そのものを増やした。
魔族に、貧弱な兵がいるかは分からない。
だが、女が少ないから、後方にいるのだろう。子供だっていない。
持たせるなら、そいつらを戦力にするために持たせれば良かった。
そうすれば、兵力は倍になった。
銃とは、そんな武器だ。
雑兵の武器と嘲笑され、平民が武芸を嗜んだ貴族に打ち勝った自由の象徴と言われた。
つまりは、強者が持つべきものでは無い。
ここにいる二万の軍の頭の悪そうな兵士。銃の使用を覚えさせるのに苦労したんじゃないか?
それが、カザーク軍を蹂躙する過程で、楽に敵を倒す術を覚えた。
一度、楽を覚えると、元に戻るのに苦労するぞ。グラールスは、二万の軍を弱兵にしてしまった。
「左前方、グラールスです!」
顔を知っているゼムフェルクが、グラールスに気付いて俺に伝える。
その声には闘志が漲り、何処か自信が無かった頃と違う。かと言って、過信も見られない。
ジジィに何を言われたかは知らないが、完全に殻を破った。
俺がやらないなら、自分がやる。そう言いたそうな気配を漂わせている。
「ここで仕留めるぞ」
気合の入ったゼムフェルクには悪いが、譲る気は無い。
全軍に銃を装備させる失態を演じたとはいえ、グラールスが有力な将であることは間違いない。
おまけに、知能が高そうな魔族は少ない。指揮官が減るのは、魔族の戦力ダウンに有効だ。
奴を、この戦闘で殺せば、ヘルヴィスが出てくるかもしれないが、既にグロースとの密約がある。
俺達がヘルヴィスを相手に粘れば、その間にグロースが侵攻する。
逆も然り。グロースから提案された基本戦略。俺達を本当の同盟相手と思っての密約。
内緒にしなけらばならない訳では無いが、あのグロースに対等の相手と認められた事は、国内の士気を上げた。もう、守ってもらうだけの俺達じゃない。
一気に距離を詰める。
俺達を見るグラールスは、右腰から銃を抜く。
馬上筒? 短くて、おまけに銃口が二つある。猟師の爺さん達が持っているような縦にではなく、横に並んでいる。
お前まで銃に頼るか。この間抜けは。
「タケル! 全身に気を纏え!」
ジジィの叱責。慌てて気を槍先から全身を覆う様にする。
あれ? 忘れてたけど、俺も気を纏えるから銃が効かないのか。
それにしても、必要あるか? 奴の銃には、火が点いた火縄が見えない。
まだ点火前だから、撃てるわけが……火縄そのものが無い?
轟音と共に、俺の身体に衝撃。弾が当たった?
グラールスが驚いた顔が見える。だが、それも一瞬で、銃口を向ける先をわずかに動かし、再度轟音が鳴った。
「バルトーク様!」
アリエラの悲痛な声。その声に、彼女の父親の言葉が蘇る。
出撃前、魔族の全員が銃を装備していると聞いて笑った俺を注意した。
戦場では何が起きるか分からない。
分かっている。分かってた。分かっていたはずなのに。
少し、思い通りに事が進み過ぎたからって、俺は……




