王都レニンスクへ
ロムニアの王都ロシオヴィを出て二日後にライヒシュタイン領のエルネスク城に到着。
そこから四日後にはティビスコス将軍の部隊と合流した。
エリーザは既にティビスコスを追い抜いて、先に進んでいる。
補給の要請や情報の伝達ラインを構築しつつ進んでいるそうだ。
ティビスコス隊はエリーザに追い抜かれた段階で輜重隊を捨てての進軍になっている。
手持ちの兵糧と水。それに塩だけで進み始めた。人は食い物が足りなければ我慢するしかない。
馬も軍馬も地面に生えている草と水があれば良いように思えるが、塩だけは人が与える必要がある。
逆にそれが無ければ馬が人に従う理由が無いとも言える。
それに道草より、秣を出来るだけ与えた方が良いが、この辺りは進路にある城から補給を受ける。
そのため、何処で補給を受けるか、ティビスコス将軍の率いる軍が、何処で夜営すれば良いか、連絡を受けながら進んでいる。
ただ、これ以上はラインが伸びすぎるので、ヴィクトルの隊が引き継ぎながら、エリーザの隊は先行する形で、伝達ラインを構築しながら進軍した。
そして、各地から情報が入るようになり、前より新鮮な情報が入るようにはなった。
それは、想像以上に悪い情報を、より早く伝えられる事を意味した。
ティビスコス将軍の部隊と、俺の直近の数名で軍議を行うが、唖然とする様な内容だった。
「進軍の速度を上げなければ、本当にカザークは滅びそうだな」
既に初戦で行われた軍の戦力が分かった。
カザーク軍が最初に集結させた軍は、騎士が三万に銃を持った民兵が5万。その三万の騎士も民兵が乗った荷車を引くために使っている。
その所為で民兵が傲慢になってしまったようだ。
一方のグラールスが率いる魔族の軍は全て銃を所持した二万。
結城鮮花が予想していた通り、ストックが無い銃は、剣のようにベルトに差す事で動きを良くしている。
「銃を使いながら、対処法を全く考えていないとはな。この世界の生産能力が仇になったか」
戦国時代で火縄銃が使われ始めたのは戦国時代の中盤から。
最初は高価だったため数万の軍に100丁もあれば、大量配備と言われ、合戦に用いられる数なんて全軍の1パーセント未満だ。
戦国後期の長篠の戦でさえ、千丁とも三千丁とも諸説あるが、それでも10パーセント未満。
更に進むともう少し増えるが、最初に数丁単位から始まったから、同時に対処法も確立していった。
だが、この世界では何をトチ狂ったのか、いきなり数万の銃で撃ち合いを始めやがった。
全軍の50パーセント以上が銃と言う、大量配備での撃ち合いである。
これが普通の撃ち合いなら、両軍で大量の死者が出て、銃の使用に躊躇もしようが、片方の魔族軍は銃が自分達に通じないと確認した上で使っている。
躊躇は無し。対処法を考える前に進軍は進んでいく。
一応、盾を使ったりもしたが、使用した盾は板状の物。薄ければアッサリと貫通で、貫通しないように厚くすれば重くて動かせない。
軍馬も使えず、重い盾を数人がかりで持った騎士に平然と近付き、なぶるように攻撃を仕掛けているそうだ。
そして、魔族の侵攻と俺達の行軍は進み、一か月後にはカザーク領の奥深くまで進んだ。
魔族の軍勢との距離も近くなったので、その分、情報ラインは縮小してヴィクトルの中隊もティビスコス隊に合流した。ラインを維持しているのはエリーザの中隊だけだが、そのエリーザも残りはイグニス達に任せて、もうすぐ戻ってくる予定だ。
ここからは分岐点、左側にうっそうと生い茂る森が見えるが、ここを真っ直ぐに進みカザークの王都へ行くか、左に曲がって、その手前にあるデドフスク城に進路を変えるか。
「デドフスク城は諦めよう」
「いや、あそこは城塞都市だ。人口も多いし前線基地になると厄介だぞ」
「だが、間に合わなければ意味はない。ここで攻城戦をする気は無い」
このままカザークの王都レニンクスへ行けば、十分に態勢を整えた状態で迎撃できるが、その手前の防衛線と言える場所、軍馬で1日で行ける距離にあるデドフスク城に向かえば、戦闘中、下手すれが落城後に到着することになる。
ティビスコスに意見を求められて、ヴィクトルは、先の事を考えてデドフスク城を防衛した方が良いと考えているが、俺は諦めるべきだと意見した。
デドフスク城は、ロムニアで言えばクルージュ将軍が守るカラファト城に当たる。
絶対防衛線であり、王都を破棄すれば、南に下がる余裕があるロムニアと異なり、カザーク王国は、東には大した城は無い。
確かに落城したら痛いのは分かる。
おまけにヴァラディヌス城で5年間、モルゲンス家が踏ん張ったロムニアと違って、一気に来られたカザークは、既に防衛線がズタボロになっている。
援軍を申し込みに来た使者と会った時は、既に俺達がカザーク領に入っているという有り様だ。
北にある国には、申し込みはしたが、間に合う筈も無いだろう。
普段なら、魔族の進軍があった時点で援軍要請をするのだが、銃を装備して必勝を信じていたカザークは、それを怠っていた。
まあ、去年の侵攻時に俺達が援軍と言う名の偵察に来た時も実に塩対応だったし、そんな国と思うしかない。
「せめて、籠城で耐えてくれれば」
「城の防御力が機能しないのが痛いな」
魔族の城攻めは、基本力押し。城門をハンマーでぶっ壊してからの突入だ。
対する守備側は、門を開いた先に進路に沿って壁を作り、狭い場所に魔族を入れて複数の方向から騎士が攻撃する。更に上から矢を射かけるので、効果が無さそうに見えて、実は効果があったというオチ。
攻城戦では、この戦法があったため籠城すれば、ある程度は耐えることが可能だった。
ところが、銃を持っていると話が変わる。狭い場所に入り込む前から銃を撃ってくる。上から射かけるにも、射程では銃が上。
騎馬で動き回らないので狙いが付けやすく、下手をすれば野戦より厳しい状況になっている。
お蔭で、ポンポン落城が続いている。
まあ、その野戦でも近付けば撃ち殺されるだけなので、とても戦をしている状態では無い。
分かっているだけでも5万以上の戦死者が出ている。ロムニアなら騎士がいなくなっているな。
魔族側からすれば、来たら殺す。そんな感じで進んでいる。
こうなったら予想通り、止まるに止まれない状態なのだろう。
「それで、どうするんだ。そろそろ決めるべきだ。ティビスコス殿」
これ以上は、考えても愚痴しか出てこない。
この場の最高責任者であるティビスコスには、そろそろ決断をしてもらいたい。
「そうだな」
「いや、嬢ちゃんを待とう。最も情報があるのが、嬢ちゃんの頭の中じゃ。こいつ等より意見を聞く価値がある」
決定を下そうとしたティビスコスにジジィが待ったをかける。
いや、確かにそうかもしれないが、相変わらず俺達に厳しいな。
だが、言う事は何時ものように正しい。エリーザの帰りを待つことにする。
その間、少し弛緩した空気が流れ、雑談がそこそこで始まる。
「ですが、いくら何でもカザークって無様すぎやしませんか? 旦那達なら俺らが弓で援護しなくても、こうはならんでしょう?」
「いや、私達だって事前に知らなければ、こうなってたかもな」
ティビスコス将軍の旗下となった海軍の兵が呆れた様に呟くが、組むことになった騎士は苦笑しながら訂正する。
「私達が使用している盾は、タケル殿が銃弾は軌道が逸れやすいと教えてくれたから出来たものだ。
おまけにディアヴィナの勇者が送ってくれた銃で試して、どれ程の銃撃に耐えられるか知っている。
だが、それが無いと考えたら、ゾッとする」
「ついでに攻撃方法もな。俺達はタケル殿のマネをして槍を使う様にしたが、剣や薙刀では盾の裏から攻撃は出来ない」
「そう言われると、準備って大事ですな」
「全くだ。そもそも、訓練していない動きを軍は出来ない。個人でなら思い付きの行動もありえるが、軍でそれをやったら、味方を殺す」
そう。そこが、カザークの勇者の失態だ。
いや、カザーク王国全体か。銃なんかに絶対の信頼を置いた。
あんな物があれば勝てる。そんな勘違いをした。
魔族が銃を持っていなくても、あるいは銃が通じたとしても、銃に頼ったら勝てる訳が無いのだ。
銃は武器だ。武器とは道具だ。そして、道具とは頼ったらダメなのだ。
道具とは便利なものだ。だが、それ以上になったらいけない。
道具は使いこなす。使いこなすとは長所と欠点を知り、頭で知るだけでなく身に付ける事。
「だが、安心しろ。魔族の攻撃手段は想定されていたものを超えていない。
それらの対応の訓練は、散々やってきただろ」
「そりゃあ、うんざりするほど」
笑いが起こるが目が笑っていない。
相当に厳しい訓練をやっていたからな。
そこにエリーザが来たと連絡を受け、早速に軍議に参加してもらう。
「レニンクスより西方20郷(約20㎞)の森と川に挟まれた地点、ここが良いと思います」
エリーザにレニンクスとデドフスク城、どちらに向かうか聞いたところ、どちらでもなく、中間地点であるそこで戦うべきという意見が出て来た。
「根拠は?」
「まず、デドフスク城。こちらは論外です。このまま進んでも、先に城に到着して迎撃態勢を取るには間に合いません。
早くて攻城中に戦う事になるのですが、ゆるやかな斜面の頂上に築かれた城ですから、こちらは下から攻めることになります」
「なるほど確かに論外だ」
ただでさえ射程が長い銃を相手に、低い位置から攻撃をしかけるなど論外になる。
だが、レニンクスから距離を取る理由が分からない。
俺達としては、カザークの戦力は当てにならないが、魔族を率いるグラールスにしてみれば、近くに敵の城があるのを無視して俺達に集中することなど出来ない。
「王都レニンクスは、周囲が広大な平地なので、後方の補給部隊に向かう赤備えの動きを察知されやすい問題があります。それに正面で向き合えないと盾の展開が難しいと思うのですが?」
陣形を組んでの合戦は、どんな部隊も正面からの攻撃を想定している分、左右からの攻撃には弱いが、ティビスコス隊は、それが特に激しい。
盾と槍、そして弓を持った兵で班を編成しているので、正面から向き合った時は、非常に頑丈だが左右から攻撃されると脆い。
「確かにな。それで、ここの広さは?」
「森と川の幅は、狭いところで1郷。それくらいの幅で、約5郷ほど続きます」
「私の隊が正面から向き合うには、適度な広さだな。
だが、赤備えはどうする? この幅では後方に回り込むのは無理だ」
「伏兵として森に待機することを進言します。
実はこの森には、魔物が多いのです。魔族ですら危険に思うような」
ライヒシュタイン領の家紋にある最強と言われる虎のような魔物を始め、20メートルはある大蛇などは、魔族さえエサにするらしい。
そんな危険な場所に兵を伏せるのは、正気では無いがエリーザに言わせれば、赤備えなら対応できるらしい。
そもそも、魔族が強い理由は気による防御だが、その特徴から、熊の爪による打撃より犬の噛みつきの方がダメージが強い。
つまり、人間が可能な攻撃には強いが、獣が得意とする噛みつきや締め付けには、普通にダメージを受ける。
「森から出て、補給隊を攻撃した後は、森を左回りに迂回して戦場を離脱します」
「いや、そこからは、その時の判断で動こう。可能なら攻撃をしたいが、あまり、決めつけはしたくない」
「では、他に意見は無いか?」
反対意見や質問が無い事を確認したティビスコスは、立ち上がって宣言する。
「このまま進路を王都レニンクスに。途中で森に沿って左回りに方向を変えて、目的地の戦場へ向かう。
目的地に到着後は、そこで迎撃の陣を布いて待機。
赤備えは、それに先んじて離脱。魔族の到着時間を調べつつ埋伏の準備を」
一斉に了解の返事を返すと、陣を払い行軍を開始した。




