出陣
今回からタイトルを変更しました。
「昨日、決まった通り、エリーザの中隊400騎を先行させた。残りの準備も直ぐに終わる」
「分かった。上手く交渉してくれると助かるが」
当初の予想より、カザーク軍がヤバい事になった。お蔭でカザークの宮中は蜂の巣を突いたかのような大混乱だ。
その結果、カザークに無断での出陣となってしまった。
だが、そうなると、補給を受けられないため、進軍に問題が出るが背に腹は代えられない。
それが昨日、エリーザが王都に到着すると、進路にある城の領主と交渉をさせてくれと言ってきた。
軍としては道中の補給が一番の問題だ。それが、少しでも良くなるならと国王と宰相から委任状を渡され、隊の中で先行してもらうことになった。
ライヒシュタイン家はカザークとの国境に位置する事から、良くも悪くもカザークとの貴族と関係がある。
不仲な相手は無理でも、良好な関係を構築している貴族に、エリーザが話を通せば進軍がスムーズにいくはずだ。
「やはり、グラールス軍の行き先はカザークの王都かな。新しい情報は何か入ってきたか?」
進路が知れれば一番良いのだが、そうも上手くいかない。現状で相手の行き先を知るには情報が少なすぎる。
元帥に状況の確認をしたが、入ってくる情報に良いものは何もないそうだ。
魔族を率いるグラールスは、カザーク軍を殲滅した後、一旦の休養を取った後は進軍を開始したという。
「一番広い街道を通っているだけという可能性もあるにはあるが。
それと、悪い情報なら入ってきたぞ。カザークは増援として、騎士の動員を開始した。
すでに第一陣が出陣した」
「第一陣? まさか、戦力の逐次投入か」
「どうも、そうらしい。散った民兵が問題を起こしている」
最悪は重なるか。参戦した民兵が逃げるのに成功したは良いが、腹を減らして食糧を求めてトラブルを起こしたり、死の危険に瀕した際の特有の現象、性欲の増加による問題も発生しているらしい。
おまけに、惨敗の情報をあちこちに吹聴しているため、各地で混乱が発生している。
その鎮圧もあって騎士を大量に、しかも早急に動かさなくてはならなくなった。
「良い情報と言えば、斥候を任せている者が、動きやすくなったらしい」
「それも悪い情報に分類されないか?」
最初の戦闘でカザーク軍が文字通り粉砕され、国中が混乱している事で、こちらの情報網は皮肉にも動きやすくなった。
通常であれば、騎馬を使った斥候が派手に動けば国際問題だが、今のカザークには構う余裕は無いだろう。
相手の目を気にせずに動くことが出来るようになったそうだ。
だが、距離が有るのでタイムラグがあり、ここに入る情報は最短で四日以上前の話だ。
カザークの王都の話なら、それで済むが戦場となった場所は遥かに先。魔族の進軍速度次第では一か月近い誤差が出る。
詳しい情報を得るため戦場に近付くべきだろう。
「それと敵の陣容が分かった。兵力は二万。全員が銃を装備している」
「全員? 二万が全て銃を装備しているのか?」
「ああ、良くも、それだけの数を作ったもの……タケル?」
二万の銃。全員が銃を持っている。
ウソだろ? ダメだ……笑うのを堪えきれない。
「そう笑うな。まだ、安心は出来ん。アルスフォルト殿下の読み通りとは限らん」
「そうだな。悪かったよ元帥。我慢できなかった。だが、期待してしまうな」
「気持ちは分かるが、戦場で希望通りの事が起きると思うな。
他には、確定はで無いが、新しい情報があった。
どうでも良い事かもしれんが、カザークの勇者、捕まったらしい。兵糧か鹵獲品かは分らんがな」
「どうでも良いな。まとめて吹き飛ばすだけだ。
それと、油断はしないように気を付けるよ」
カザークの勇者は捕らえられたらしい。補給物資と同行しているそうだ。
だからと言って何も変わらない。俺達の目的は補給物資にあるだろう火薬を吹き飛ばす事だ。
人がいるのは最初から分かっている。そこに誰がいようが関係は無い。
「それとジジィだが、連れて行くことになった」
「大丈夫なのか?」
「むしろ、俺の方が聞きたいな。
みんな忘れているが、俺は所詮、平和な世界で生きてきた若造だ。
あれが何なのか、本気で理解できない」
俺に限らず、戦いを生業とする者は、ある程度は強さを読み取る。
それが出来なければ命に係わる。
そして、ジジィからは強さを感じなかった。
「俺だけでは無い。赤備えの連中が全員、唖然とした。
俺の直属の中から好きな相手を選ばせて戦い、勝ったら連れて行くと言ったんだが、あのジジィ、よりによってゼムフェルクを選びやがった」
「ゼムフェルクと言うと、例のモルゲンスの騎士か」
既にエリーザと互角に戦える実力を持つ。
俺の直属150騎の中で最強の騎士の名は、元帥だけでなく廷臣たちにも知られている。
「ああ、何を考えているんだと思った。本当は無理だと自覚しているのかとも思った。
だが、勝ちやがった。しかも一方的にだ。
それだけじゃ無く、ゼムフェルクを鍛え始めた。懐かしくなったよ。変わらない罵詈雑言を浴びせながらゼムフェルクをボコボコにして、続けている内にゼムフェルクが対応し始めた。俺達の時と一緒だ」
考えてみればジジィの雰囲気は異常だった。少しも強く見えない。気のようなものを感じない。
いや、無さ過ぎた。まるで……
「教官は死ぬな。帰っては来ない」
この中で最年長のブライノフがポツリと呟いた。
もう、誰もジジィを呼び捨てにはしない。軍属として上位に立つものとして、かつては呼び捨てにしなければならなかった。
だが、今は軍属と認識していないかのように教官と呼ぶようになっていた。
「問題はカザークまで持つかどうかだ。こうなるとエリーザの提案が益々ありがたいな」
アルツールも、ジジィが死ぬ前提で話をしている。
ただ、死に場所を問題にしているだけだ。
「ジジィは、やはり死ぬのか?」
何となく分かっていた。
今のジジィはアレだ。燃え尽きる寸前のロウソクみたいなもの。
まるで死人のように闘気を感じない。
「私達にも理解は出来ん。まして、説明など出来るはずもない。
だが、教官が生きて帰って来ることは無い。それは分かる。理由など無い」
元帥も苛立ちを隠せない声で、吐き捨てるように言う。
自分の無力さが許せないのだろう。
「最後に言葉をかけるか? アリエラもいるし」
「不要だ。何を言えば良いか分からん。教官にも、娘にもな。城壁から出陣を見るだけにしよう」
俺もそうだ。ジジィに何と言えば良いか分からない。まして、子供なんかいないから、初陣に対して言うことなど理解も出来ん。
今まで通りの態度で接するしかない。目を逸らしていると言えばそれまでだが、教え子としては前を向いてい進むしかない。
「俺は出るぞ。正午に出陣する」
「分かった。私達も何時でも出れる準備はしておく」
「ああ、だが、元帥たちの出陣は避けたいな。俺とティビスコス将軍だけでケリをつけたい」
今回は一当てしての撤退が理想だ。
カザークの陥落は避けたいが、ロムニア軍から大きな損害を出すのは論外だ。
元帥に出陣の了承を得ると、赤備えが出陣の準備をしている隊舎へと向かった。
「隊長、出陣の準備は完了した。今は交代で食事を取らせているぞ。
俺は済ませたから、隊長も食ってくれ」
出撃の準備をしている中心の隊舎に到着すると、ヴィクトルが現状を説明してくれた。
もう、何時でも出ることが出来るようだ。
「分かった。問題は無かったな?」
「問題なのかな、想像以上にバルトーク殿が人気がありすぎて、構いたがるのが多いな」
いや、それってジジィが怒るパターンじゃね?
それが続くとなると口だけじゃ済まないぞ。
隊舎の扉を開けると、ちょうどヤニスがジジィに殴られていた。
「隊長、お帰りなさい。食事は?」
「ああ、俺の分も出してくれ」
俺に気付いたダニエラに食事を頼むと、ジジィの対面に座る。
ジジィからは、相変わらず闘気は感じないが、生命力みたいなものは逆に増えている気がする。
「で、何ぞ進捗はあったか?」
「俺達に影響がありそうな話だと、カザークが逐次投入を開始したらしい」
「暴動が起きたか?」
「いや、そこまでは聞いていないが、不穏な状況らしい。よくある事なのか?」
逐次投入と言っただけで暴動と結びつけるとはな。
俺なんか、そんな用兵の素人みたいな事をしたので、ただ不思議に思っただけだったが、ジジィは違う見解があるのかもしれない。
「よくある、と言う訳では無い。だが、国が亡ぶ際は前もって起きることが多いな。
騎士の不足から始まり、民兵の増加、食糧不足による治安の悪化。それが積み重なった結果、起きることが多い。対処は騎士による鎮撫。それで駄目なら鎮圧。
結果としては人同士の争いじゃ、泥沼にしかならん」
「民兵が増加すると、何がダメなんですか?」
俺の前に食事を乗せたトレイを置きながらダニエラが質問する。
この世界で、民兵は騎士の手伝いだった。矢を放っての援護や、食糧を積んだ荷を押すのが任務だった。
ダニエラ辺りからすれば手伝ってくれる人たちという認識だろう。
下手をすれば、海軍の連中と同一視してるかもしれない。
「民兵の増加は生産力を下げる。それが長期に渡れば物資が不足して奪い合いじゃ」
「それだけでは無いがな。安易に力を持たせると、人はそれを試したくなる。
それに、戦場に立つために、身に付けなくてはならないのが残酷性だ。躊躇せずに敵を討つ必要がある。
そうなった人間が増えるんだ。碌な話にはならない」
ダニエラが困った表情をする。彼女は躊躇する人間だった。
俺は、そんなダニエラを矯正して戦わせている。
そして、俺が矯正できなかった人間のアリエラが、視界の端で目を伏せたのが見えた。
「騎士になる者は、強い自制心を持っているから、問題は起きないが、民兵はそれが無いからな」
フォローをしたが、滑った気がする。
ジジィが憐れむような表情をしていたが、仕方が無いというように、話を入れてきた。
「問題は民兵が暴れている荘や郷がある可能性だ。
エリーザ嬢ちゃんは苦労するかもしれんな。行き先で情報を仕入れるから不測の事態は無いじゃろうが、進路を邪魔される可能性はある」
またジジィに助けられた。
情けないと思われると悔しいが、助かったという気持ちの方が強い。
気を取り直して、しっかりと指示をしよう。
「今回の出兵の目的も、カザークが陥落して、ロムニアで暴動が起きないようにする事だ。
他所の国の事と思わず、暴動が起きるとどうなるか、それを考えながら進軍する。
食っていない奴は急いで食えよ」
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「出て行ったな。教官には仕方が無いにしても、娘のアリエラには、一言くらいあっても良かったのではないか?」
城壁の上から赤備えが出て行くのを黙って見送り続けていた。
ブライノフに言われても、アーヴァングは何と言えば良いか、本気で分からなかった。
「タケルにも言ったが、何と言えば良いか思いつかないのだ。本当にな」
テオフィル家の当主だったアーヴァングの父親は、訓練所に入る前に死んでいた。
そして、父親代わりの家宰(重臣、家老のような地位)が、初陣前に言った言葉は覚えていない。
家名、誇り、生きて帰れ、多分ありきたりの言葉を並べていた気がする。
そんな自分にかけた言葉より、同行する実娘に対して、アーヴァングを命を賭して守れという命令を、嫌な気持ちで聞いていた記憶が強く残っている。
守られるより、彼女を守りたかった。命を懸けてでも彼女を守りたかった。
だが、そんな事を言う資格が無かった。
テオフィル家は、幼いアーヴァングを残して父が死んだため、アーヴァングが子供を残すまでは、死ねないのだ。イオネラを見ていると、あの頃の自分を思い出す。
自分の死が、自分だけでなく家臣の人生を左右する。
その重圧が苦しかった。
早く結婚して子供を作れと言われるが、アーヴァングは好きな女性がいた。
ソフィア・コーナート。
物心ついた時から側に居た少女。初陣では、自分の代わりに命を賭して守れと親から命じられた少女。
いや、初陣を迎えるより前から、子供の頃から、自分の代わりに死ねと教育されてきた少女。
自分の命より大事な人は、自分が死ねば生きていけない立場だった。
そして、何よりも困るのが、ソフィアが自分より強い事だった。
訓練所での生活では、同年だったソフィアに勝とうと躍起になった。好きな少女より弱い自分が許せなかった。
周囲から見れば、自分の想いは見え透いて、教官だったバルトークにまで揶揄われているくらいだ。
だが、それで良しと念入りに鍛えてくれた。
ソフィアの父は、ソフィアには主を守らせて、主には別の女性をという考えだった。
もし、妻になり、子供を身ごもっている間に戦いが始まれば、ソフィアは出陣出来ない。
それでも、アーヴァングはソフィアが良かった。
その意思を貫いた。周囲に認めさせソフィアと結ばれ結婚した。
やがて子供が産まれ、魔族の侵攻はあったが、幸せな日々が続いた。
だが結局、彼女は使命を果たした。果たしてしまった。
これから娘が初陣を迎える。その相手は妻の仇であるグラールス。
生きて帰って来て欲しい。
そう言えれば、どれだけ楽だろう。




