我が国の勇者
奇妙な事になった。呼び出した勇者は、事前に想定された非礼は無かったものの、魔王の討伐に関しては、全くの無知であった。
それだけならば、他国の勇者の行動を模倣すれば良かったのだが、彼の言を信じるならば、他国の勇者の行動自体が偽りとなってしまう。
ここに居る御前会議に集まった面々を見渡しても、困惑を隠しきれていないのは明白だった。
魔王を倒す術が本当に無いのか、他国の勇者の意図の想像が付くか、何の情報もないまま会議をしても、進展などしないと思う。
まずは、それらの情報をタケルに確認したかったのだが、その任から外され、こうして御前会議に参加する羽目になっていた。
会議の前に情報だろうとアーヴァングは思うのだが、その意図を阻んだ女性に視線を向けた。
「最初に聞いておきたい事があります」
その女性、今は無き王太子アレクサンドルの妻、アナスタシアはアーヴァングを見つめながら口を開く。
その視線に先の元帥であり、かつての上官の目を思い出し、アーヴァングの体が硬くなる。
「テオフィル元帥は戦場でも、今のような無駄なことに悩んだりするのでしょうか?」
「無駄ですと?」
「ええ。無駄ですとも。そもそも、勇者殿に何を問いたいのです? その問いの結果で何を成すと?」
情報は必要だと反論しそうになるが、タケルに問おうとした事の内容を思い出し、言葉に詰まる。
魔王を倒す術、他国の勇者の行動の意味、聞いてどうするのだ。
「お分かりですか? 貴殿が出来ることは、勇者を信じて可能な限り補佐するか、勇者を信じず放置するか。2択です。
いえ、まさか放置するわけにも置かないでしょうから実質選択肢は1つしか無いのですよ」
その通りだった。最初の予定と何も変わってはいない。
最近の勇者不審論に自身が同調しかけていたところに、現れた勇者の言葉に動揺したが、それで何を成すべきか迷う必要はなかった。
「元帥の地位に重荷を感じていることは察します。前の元帥もそうでしたから。
ですが、貴殿は、考えすぎた結果、悩むのが癖になっているように見えます。少しは開き直りなさい」
そうは言われても、本来アーヴァングは戦場では先頭に立ち、剣を振るうのが似合っていると自分では思っている。元帥と言う軍をまとめるのは、もっと聡明な人間がやるべきだ。
例えば、アナスタシアが軍人であれば、喜んでその指示に従うだろう。そもそも前の元帥とは彼女の父親だ。
「貴殿が元帥です。ちなみに、今の貴殿が、この会議でどうするべきか分かりますか?」
その弱気を見透かしたように言い切られる。
更に今やるべきことを聞かれるが、即答出来なかった。何しろ、今までアナスタシア曰く無駄なことで悩んでいたのだ。会議で何の意見を出すなど考えてもいなかった。確かに無駄なことで悩んでいたと改めて自覚すると同時に、これからどうするかを考えるが、妙案は出なかった。
「申し訳ありません。何を言えば良いか思いつきません」
「何も言う必要はありません。腕を組んで威張ってなさい。もう少し、威厳を身につけて下さい」
「は、はい」
言われるままに腕を組んで背もたれに体重をかける。
そして、これから交わされる会議の内容に耳を傾けることに集中した。
「ダランベール閣下、勇者殿への補佐は元帥に一任します。貴殿は……」
「ディアヴィナ王国へは使者を出します」
「ディアヴィナ? 他の国へは?」
「ある程度の情報は集まるように人は配置しています。向こうも同様でしょう。
そして、行動を起こしている勇者に対し、その行動が誤っている可能性を指摘したとして、まともな返答が返るとも思えません。無用な混乱を引き起こすより、今は様子見が賢明かと」
「確かに、そうですね。しかし、ディアヴィナの勇者は」
「はい。例の女性のです」
召喚された際に、他の勇者と異なり、元の世界に返せと泣き叫んだという話だった。
そして、現在も何か活動を起こしたという情報は入ってきていない。
「話が出来るのでしょうか?」
「失礼ながら、人は何時までも混乱し続けられる程、強くも弱くもありません。
召喚されて既に半年。混乱の末に発狂しているか、折り合いを付けて落ち着きを取り戻しているかのどちらかでしょう」
「そうですね。少なくとも発狂して死に至ったという情報は入ってきていません」
話はディアヴィナへ使者を派遣し、例の女勇者に話を聞くという方向で、その人選を誰にするかに進んでいた。
だが、それより自国の勇者、タケルへの質問はどうするのかとも思う。
あの時に聞いても無駄になると言われ、確かにそうだと納得したが、やはり、彼の話を聞いて情報を増やすことは間違ってはいないと思うのだ。
「失礼します。ディアヴィナ王国の件は、それで良いとして、我が国の勇者への質問は」
「其方は、謁見の間での陛下の言葉を忘れたのか? 最後の我等への命令の前だ」
ダランベールが不愉快な表情を隠さずに、質問した者に問いただす。
同じことを考えていたアーヴァングの背中に冷たい汗が流れた。国王は、こう勇者に言ったのだ。また話がしたいと。
今は沈黙し、王太子妃と宰相の話を黙って聞いている国王は、既に謁見の間に居た時から、この流れで話を進めることを考え、自分の仕事も決めていたのだ。
アナスタシアもダランベールも、既に王の指示は受けているといった態度で会話している。
王の言葉を察しきれずに恐縮する文官に同情しながら、自分が上に立つ器では無いと改めて感じる。
アナスタシアやダランベールのような者に指示を受けて戦うのが望みなのだ。総大将は無論、補佐役の二番手も荷が重い。高くて三番手が自分には合っている。
そんな事を考えている内に使者の人選も決まり、議題は勇者の当面の生活に移った。
住まいはタケルから要望がない限りは王宮住まいとして、食事の心配が懸念された。
これまでの勇者は、舌が贅沢に出来ており、硬い麦餅や薄い汁物を口にしないという情報があった。
そこに来て、我が国が召喚した勇者は、あの肉体だ。どれ程の量を食べるか心配する声が起こっていた。
食糧の生産量に関してはアーヴァングも軍の兵糧を管理する必要があるので、己の得意分野と耳を傾けていたが、内容が質の良い小麦や乳製品の話だったので、聞き流すことにした。
あまり、真面目に考えると勇者の贅沢に不満を覚えそうになるので、つい別の事を考えようと、タケルとエリーザが、上手くやれているか考えたのだが、そこで不安が湧いてきた。
エリーザは元々、反勇者召喚の急先鋒であり、初対面で抜刀した実績がある。
何故、よりによって彼女を説明役に任命したのだろう。エリーザが申し出たというのもあるが、許可を出したのはアナスタシアである。
だが、考えてみればアナスタシアはエリーザが抜刀した事を知らないのだ。
その事を伝えた方が良いのかとアナスタシアを見ると、彼女はその視線に気づいた。
「何か疑問でも?」
アーヴァングは、エリーザがタケルへの説明役に向いていないのではと今更な懸念を伝えると、それを聞いたアナスタシアは溜息を吐きながら首を横に振った。
「あの娘は貴殿のように複雑ではありませんよ。魔王討伐の方法の有無など耳に入ってもいないでしょう」
その物言いに、エリーザが以前に、アナスタシアの側付きだった事があった事を思い出してたが、いくら何でも魔王討伐の有無が耳に入っていないなど有り得ないと思う。
「今頃は、何か理由をつけて剣を抜いている可能性はありますが、心配は無いでしょう」
「いえ、それは心配ですよ!」
実に不安な状況を予想しながら、どうでもいい態度に声が大きくなり、周囲の視線を集めるが、アナスタシアは気にした風もなく、平然と言葉を紡ぐ。
「貴殿は猛獣や魔物といった強さを重視する生物のメスが、オスの力を試す理由が何だか知っていますか?」
「い、いえ。申し訳ありませんが知りません」
「求愛行動です」
「は?」
何言ってるんだコイツ? と、内心で思ってしまった。妃殿下に対して、無礼とも取られかねない表情をしているかもしれない。
だが、アナスタシアは更なる爆弾を落とし続ける。
「あの娘は筋肉が好きなんです」
「はあ……筋肉ですか」
「父親の影響ですかね。鍛えれば自然に筋肉が付く。筋肉が無い男は怠け者の証拠だから、碌な男では無いと考えています。逆に筋肉が多い男は勤勉で素晴らしい人物となるようです」
「なるほど。ヴァルター様の影響ですか……妙に納得しました」
今は亡き、ヴァルター・ライヒシュタインの勇士を思い浮かべる。ライヒシュタイン家は大柄な人物が多く、エリーザの父親であるヴァルターは、その中でも特に体格に恵まれていた。
アーヴァングが部下になった時も、筋肉の重要性を嫌になるほど聞かされた。
「と、言うことは?」
「はい。一目惚れしたようですね。幸いです。勇者殿も、あの娘に好意を抱かれれば悪い気はしないでしょう。エリーザの容姿は飛び抜けて優れていますから。まあ、余程の特殊な性癖があれば別ですが。
取りあえず、あの娘からは、今日の業務報告は無いでしょう。許してあげてください」
それはつまり、今日は自由の身にならないと言う事。おそらく、朝まで一緒ということになると予想しているのか?
「し、しかし、出会って早々に、そのような事に……」
「その辺りは、あの娘の押しの強さと上手さ、勇者殿の自制心次第でしょう。現状で気にしても仕方がありません。
ただ、結果がどうなるにしろ、あの娘の事は分かります。勢いに任せて業務終了の報告の事など綺麗さっぱり忘れて、色んな行動をして、最終的に自己嫌悪に陥る。そこまでは分かり切ってます」
「……それ、普通なら厳罰ものなのですが」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
エリーザは胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。
子供の頃、聞かされた勇者のおとぎ話。大人になって聞かされた勇者の伝説。どれもが胸を躍らせた。
だが、最初に見た勇者によって、その幻想は打ち砕かれた。
それからは、反転したかのように勇者を嫌悪した。
周囲が期待を捨てきれない中、一貫して勇者に期待することへ反発した。
この日も暗鬱な気持ちを抱えて召喚の議を迎えた。
だが、現れたのはエリーザが夢見ていた頃の勇者に限りなく近い人物だった。
礼節を持ち、相手を気遣う。これは、騎士が学ぶ基礎であり、強者であるからこそ礼節を重視する。
そして何より強い。これは戦わなくても分かる。どれ程の鍛錬を積めば、この様な肉体になるというのか。
この様になる前に、普通なら絶対に挫折する弱者には辿り着けない結晶。この肉体になった時点で、その心が強者だ。
そして、今の質問。強さへの探求を忘れない。
正に夢に見た勇者だ。感情は再び反転し、嫌悪は好感に。いや、もっと強い感情になっている。
そんな彼には、もっと強くなってほしい。その為の術を披露する。
「武神とは、魔力による身体強化した状態を指します。ですから、魔力の操作が必要になるのですが……」
立ち上がり、魔力を体の周囲に巡らす。
見ただけで出来るものではない。故に少しずつ魔力の操作を覚える必要があると説きながら、タケルに近付いて行く。
「魔力で強化された行動は、逆に自身の肉体を傷つけるので、修復の魔術をかける必要もあります。しかし、同時に使用は出来ないので、強化で耐える限界を見極め、限界が訪れる前に回復する必要があります」
この男なら、どれだけ高い限界値なのだろう。必ずや自分を凌駕する。いや、この世界の誰も彼には敵わないはずだ。
勇者の魔力に、この鍛え抜かれた肉体。想像すら付かない。
だが、そのためには武神の力に、もっと興味を抱いてくれないといけない。
どうすれば良いか?
もっとも効率的なのは屈辱だろう。その鍛えた肉体で反応できない速さで抜刀し、首筋に刃を添える。そんな屈辱を晴らさんと、強くなり自分を倒してほしい。いや、殺すと言うなら、それすらも甘んじて受け入れる。
説明をしながら、タケルに近付き剣の間合いに入る。
そして、即座に抜刀……
「動かない方が良かったか?」
……抜刀することは叶わなかった。剣の柄頭を手で押さえられ、剣は半ばまで鞘に納められたまま止まっていた。
「この速さに反応するのですか?」
「ん? 剣を抜くことを察知出来れば、抜く方向は鞘と水平と決まっているんだ。いくら速くても柄頭を抑えるくらいは出来るさ。飛んでくる矢を避けるのと一緒だ」
平然と言う台詞に震えが来る。
だが、これではダメだ。武神の力を手にしたいと強く思ってもらわねば。
そして、何よりも自分と言う存在を刻み込みたい。
「でも、武神の力は速さだけでは、ありませんよ」
柄頭を抑えられたまま、強引に抜刀にかかる。
端から見れば異様な光景だろう。エリーザに比べ、タケルの腕は倍以上はある太さだ。
しかし、細腕の女性の抜刀が、柄頭を抑える太い腕を動かし、徐々に剣を鞘から抜いていく。
「な、なるほど……速さも力も俺より上になるか」
「ええ、それが武神の力。魔力による身体強化です」
「ああ、勉強になったし、益々興味が湧いた。お礼と言っては何だが、俺も芸を披露するよ」
そう言った後、剣の柄頭を抑える手の角度を変えていき下に押さえつけるような形に持っていく。
体重をかけて抑えるのだろう。だが、その程度では強化された腕力には敵わない。
身体ごと持ち上げようと、更に力を入れた瞬間、体が浮くような感覚。
「え?」
次に気付いたのは、目の前に天井がある事。
投げ飛ばされた? 考える間もなく天井が離れていく。落ちているのだ。
「あれ?」
受け身を取らなくては、そう考えた時に地面に落下した衝撃ではなく、何かに柔らかく受け止められていた。
そして、目の前にはタケルの顔がある。抱き留められていると理解はしたが、頭が真っ白になり次に何をすれば良いのか思い浮かばない。
「えっと……」
「合気と言って、相手の力を利用する技術だよ。そっちの力が強かったから予想以上に高く飛んだ」
そう言いながら降ろされるが、抱えられる感触を惜しいと思う気持ちを抑えられなかった。