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根之堅洲戦記  作者: 征止長
歪んだ心
69/112

カザーク軍崩壊


慶永4年3月、魔族が懲りもしないで侵攻してきた。

青年は去年に引き続き、銃を持って並んでいる。

自分の前には10人が縦に並び、横と後方は顔が見えないくらいの数が並んでいる。


一年前、手も足も出ずに逃げ帰ったのに、何を考えているのか。

だが、今回は相手を一気に殲滅する機会だ。各地で増産された銃は5万になり、同じ数だけの民兵を招集したそうだ。


騎士は3万と少ないが、所詮は飾りだと勇者は言っていた。

何でも功績目当てで、無理についてきたらしいが、移動では荷車を引かせているので、楽になった。

騎士が軍馬で引かせる荷車に乗ると、何とも言えない優越感に包まれる。


「来るぞ。先頭の者は準備」


最前列の兵が一斉に銃を構える。

一列と言っても、1000人だ。相手も同じくらい。戦場の広さから、それが限界だった。

そして、今回は引き付ける。前回は5荘(約500m)で撃ったが、今回は1荘まで引き付けるそうだ。


「撃て!」


その声と共に一列目が銃を撃ち、横にずれて下がり始める。

続けて2列目が一歩前に進んで構える。

硝煙という銃を撃った後の煙で何も見えないが、その先には魔族が倒れている事を前回の戦いで知っていた。


「撃て!」


それを繰り返す。何も見えないが、5万の銃。1千の斉射を50回繰り返すと最初から決めている。

全てが撃ち終わった後は、最初の射手は玉込めを終えて待機し、硝煙が晴れるのを待つ。

その段取りだった。撃った後の移動の訓練はやってきた。

(とどこお)ることなく、撃ち続け、自分の番がやってくる。


訓練通り、片膝を付き、銃を構えて発射の指示を待つ。

その先は硝煙で何も見えない。何もないはずだ。

それなのに、近付いてくる影は何だ? それが近付き、硝煙の中でもハッキリと姿を現す。


「魔族だ! 逃げろ!」


続いた轟音で耳がおかしくなっているのか、有り得ない事を言っている。

だが、目の前にある姿は何だ? 巨大な手が近付いてくるのを黙って見ているしかなかった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「前進! 民兵の撤退を援護する」


魔族に銃は通じない。カザーク軍の将軍マルシャークは、ロムニアの意見が正しかったと確信した。

自国の勇者に何処か不信を抱いていた。

そもそも、最初は山や森に行っていたのに、それを反省するでもなく始めたのが銃の制作だ。

他にも内政に口を出して、変わった道具を作っているが、ほとんどが使われることなく(ほこり)をかぶっている。


そして、普段から隠さない自分たち騎士への侮蔑の態度。それは、目の前で無様に逃げ出している民兵にも伝染していた。

本音を言えば腹立たしい。だが、今はカザーク王国の将軍として、任を全うするだけだ。


「将軍、民兵が邪魔で進めません」


撤退の動きの訓練はしていない。

以前は、民兵の配置は後方だったので、そのまま踏ん張れば良かった。

だが、今は民兵が前に位置し、状況が変わったが、それに対応する訓練は一切やっていなかった。

5万の民兵が怒涛の勢いで逃げているが、見ようによっては、自分達を攻めているように映るだろう。


「この場で待機! 騎士は民兵が通り過ぎるのを待て!」


脇を民兵が通り過ぎる。何時になれば終わるのか見当もつかない流れだ。

すでに硝煙は薄くなっている。

迫る魔族は武器も持たずに、民兵をつかんでは手足を枷で拘束して、放置したまま進んできた。


「何とか救えないか」


「無理です。それに」


「止めろ」


若い騎士は最近の民兵の態度に、怒りを抱き今の状況を自業自得と思っているだろう。

マルシャークも本音を言えば同じだ。だが、それを口にすることは許されない。

言えば騎士として大事な何かを失う。


「あれは?」


魔族が近付いてくる。その距離は2荘もないだろう。

そこで立ち止まると、左腰に差しているものを、ゆっくりと抜いて準備をする。

そう準備だ。一年以上前なら、何をしているか分からなかっただろう。

だが、今は、それが何かを知っていた。


それが撃ち出される準備を黙って見ていた。

撤退の命令を出そうとも思うが、目の前には多くの民兵がいる。

拘束されている者や、腰が抜けたのか動けない者。四つん這いで必死に逃げている最中の者。

彼等を見捨てるのか?


迷っている間に準備は終わった。

火縄に灯った小さな火が、一瞬の間に動き、先端から轟音と共に火と煙が出るのが見えた。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「俺は先に戻る。全軍を招集し直ちに王都へ移動開始。

 途中で野営を入れても構わないから、明日中には王都へ入れ。次の日は朝から動くつもりでいろ」


「了解、全軍で明日中に王都へ入り、翌朝まで休養を取ります。隊長は先行する事、ヴィクトル副長に伝えます」


俺の命を齟齬が無いように、要所を復唱して返答する。

新たに副官に任命したレジェーネは、そう言ったことに手抜かりが無い。


カザークへの侵攻が始まった。他国の領土なので情報の確認は完全とは言えないが、最初の伝令が見たのは、対峙し激突する寸前だったらしい。

それを伝えてくれたアドミナには、その場で世話になった礼を告げると、レジェーネに伝言を残して飛び出す。

すでに正午は過ぎている。到着は深夜になるだろうが、この状況で深夜の帰還を咎める者はいない。


安綱でなければ不可能な強行軍だ。

だが、流石の安綱も王都に到着した時には疲労を隠せない。

深夜だったが、元帥の配下の騎士が待機していたので、彼女に休ませるよう頼むと、会議室の中に入った。


「俺が聞いたのは、衝突前だ。続報は?」


挨拶も無しに切り出す。中には元帥だけでなく、ブライノフとアルツールがいた。

全員が厳しい顔をしている。


「3万の騎士が全滅。文字通りだ。撤退は無し。数名は戦場を放棄して逃げたのを見かけたそうだが、そう多くは無いだろうな。撃たれて息がある騎士は拘束されていたらしい」


「ついでに民兵は散るので、正確な数は不明だと。最初は5万がいたが、どれだけ死んで、どれだけ捕まり、どれだけ逃げたか見当もつかないとよ」


元帥が騎士の損害を、ついでブライノフが民兵の情報を伝える。


「想像以上だな。ティビスコス将軍は?」


「昨日の日付で報告があったが、情報を聞いたのが朝のこと。昼には訓練を終えて全軍に休養を命じた。

 翌日の朝から出陣するらしい。目的地はカザークの王都」


「つまり、すでに出陣しているか」


「ああ。だが、問題はカザークの混乱が想像以上でな。援軍の申し出も聞いて貰えないような状況だ。

 そのため、補給の援助も無い状態での出陣だ。歩兵の移動だから時間がかかるのに」


最悪を想定して動いて助かったか。

今年に入ってからは、海軍の兵を王都へ呼び、王都で歩兵の訓練を始めていた。

そして、温かくなると同時に、カザークとの国境にあるライヒシュタイン領のエルネスク城に向かった。

海軍改め弓兵一万に、ティビスコス将軍旗下の騎士改め槍兵7千。それに通常の騎士3千を合わせた2万が出撃メンバーだ。


「カザーク王都までの移動時間は、どれくらいで見ている?」


「距離は約1500郷。日に50郷(約50km)で、一か月を見ている」


「余裕を見ているようだが、それでも強行軍だな」


「元海軍も乗馬は出来る。日に100郷も無理ではない。

 だが、騎乗での遠征に慣れない上に軍馬では無い。その辺りが限界だろう」


ちなみに秀吉の中国大返しは、10日間で230㎞。

俺達は王都とメトジティア城の間300㎞程度を1日で行き来しているが、それは軍馬の非常識な性能があって可能な事。

王都とメトジティア城は、東京と名古屋くらいの距離だ。そして、エルネスク城からカザークの王都までは、本州を縦断、山口から青森位の距離を行かなくてはならない。

だが、元々、歩兵による長距離遠征は、これまで無かった。


「俺達は行軍速度で7日もかからないな」


行軍速度は、軍馬が鈍らないよう疾駆を入れ、逆に休ませるので、通常の移動よりは時間がかかる。


「余計なマネはするなよ。途中での救助は認めん。後で揉め事になる」


先行して、民兵を救助すると思ったのか。それを俺達がしては問題がある。

カザークの騎士は、多くが戦死しながらも民兵を救おうとしているのだ。

そこを俺達が楽な場面だけ救助して、称賛を受けるのは確かに間違っているだろう。


「分かってる。別に助ける気は微塵も無い。結城鮮花の依頼の事もあるが、俺も何が重要かは忘れていない」


助ける気は本気で無い。むしろ銃を使ったことによる被害は大きい方が望ましい。

銃を使った事を心底後悔する。銃の存在を憎む。そうなった方が良い。


「途中で追い越して、情報網を構築する」


カザークの王都までのルート。更に魔族との戦闘状況。

それらが伝わるように情報網を広い面ではなく、最小限の線で構築する。


「それなら良いが、もう、タケルは休んだ方が良い。緊急の情報があれば伝える」


「そうだな。悪いが休ませてもらう。それと明日は朝からジジィのところに行く」


俺が言うと、全員が黙ってうなずいた。ここにいるのはジジィの教え子ばかりだ。

すでに、そのジジィが出兵する意思がある事は伝えてある。

可能かどうかの判断は俺に任されていた。


王宮にある寝室は、すでに整えられていた。

俺が戻るのは伝えられていたらしい。使用人に挨拶をし、入浴を済ませると横になった。

これまでの小競り合いと違い、万単位での戦闘が始まる。緊張で眠れないかと心配はあったが、そんなことは無く熟睡でき、翌朝は快適に目覚めた。思っていた以上に、俺は図太いらしい。


使用人が用意した朝食を取ると、早速、ジジィの屋敷へ向かう。

手馴れたもので、ジジィの屋敷の使用人に案内されると、ジジィは何時ものように長椅子に座り、俺に怯えたタヌキが逃げ出す。


「戦が始まるか」


「誰かから聞いたのか?」


「いや、昨日から外が騒々しい、戦の前の空気だ」


前より痩せている。とても戦に行けるとは思えない。

素直に切り出すことが出来ずに、別の話題から切り出すことにした。


「アリエラに何を言った?」


アリエラは、予想以上に魚を絞めるのに苦労した。

昨年の終盤から始めたが、その年が終わるまでは思った以上に進歩が無く、面倒を見させた漁港の連中は辞めさせるべきだと言い出した。

正月は、全員に休みを与えたが、その際にアーヴァングにも伝えた。


だが、年が明けると変わった。平気になったとは言えないが、躊躇が無くなった。

魚で苦労していたのがウソだったように、今では海生哺乳類も解体するようになっている。

先月にアーヴァングに聞いたところ、ジジィに呼び出されていたことを聞いた。


「別に、イジメただけよ」


「どうイジメたら、ああなるんだ?」


脅して殺させる。優しく言って殺させる。普通に考えて無理な話だ。

どんな魔法の言葉がある?

効果がありそうな方法は、自分を正当化させて殺させるだ。だが、これはすでにやっている。

イジメたと言うが、いくら非難を受けても、出来るようになるとは思えない。


「本人に何も聞いていないのか?」


どう聞けば良い? 殺せるようになった理由だぞ。

どんな顔をして聞けって言うんだよ。


「あの娘が怖いか?」


「怖いよ。俺が異常者だって事を思い知らせてくる」


最近ではアリエラの顔を見ると、怯んでしまう。

結城鮮花の情報で、召喚された勇者は、前の世界から逃げ出したいと思うような人間だと知った。

そうだ。俺は、前の世界が不満で耐えきれないと思っていた。

それが、この世界に来て、喜々として戦いに興じている。


それに比べ、アリエラは正面から立ち向かっている。

同じようで正反対の苦しみを持ったアリエラが、苦しみを受け止めている姿を見ると、元の世界に居た頃の自分が情けなくなって。

この世界に来て、俺が成長しているのなら兎も角、俺は何も変わっていない。

ただ、世界が俺に合わせてくれただけでしかない。


「まあ、良い。今はお主の情けない顔を見る気は無い。

 あんな小娘に怯えている限り、(わし)から助言できることも無い」


先ずは、アリエラに聞いてみろって事か。

それが出来れば何か変わるのか。


「それで、出陣は何時だ?」


もう、アリエラの事を話す気は無いのか、いや、そもそも本題はこれだ。

言い辛くて、逃げて出した話題で更に追い詰められただけだ。


「俺は先行して昨日の内に帰ったが、残りは今日中に王都に帰還する。

 出発は明日の午後から。午前中に遠征の装備を整えるから、その間に来てくれ。

 そこで、俺の直近の騎兵の誰かと勝負してもらう。負けたら連れて行かないぞ」


「承知した。まあ、ジジィの儂に負けても折れない奴を準備しろ」


「言っておくが強いぞ。俺の直近だけではない。赤備えの全員がジジィが居た頃とは比べ物にならない」


ロートルイがグロースから帰還した際に告げられた事実は、メトジティア城で訓練をしている騎士たちに、強い刺激を与えた。

何しろ、直訳すれば、一部の優秀と言われた騎士は「お前等、グロースじゃ雑魚騎士な」

そして、ほとんどの騎士が「お前等、グロース王国じゃ騎士になれないから」である。

ショックも受けるというものだ。


だが、実際にロートルイが並の騎士で、エレナが最下層になると、そうなってしまう。

ヘルヴィスの突撃をいなしたという事実は、その能力に説得力を与えた。

更に、その情報は、それだけの能力を持ち、ロムニアの倍以上の騎士がいるグロースでさえ、ヘルヴィスの率いる軍と互角でしかないという事実を突きつけた。


それ以来は、赤備えだけでなく、ティビスコス将軍の配下も目の色を変えて訓練に励んだ。

おそらく、王都にいた元帥や他の将軍の配下も同様だろう。

まあ、気合を入れたからといって急激に強くなる訳では無いが、それでもジジィがいた頃とは比べ物にならないくらい強くなっている。


「なに当たり前の事を言う。強くなってなかったら、それこそ問題じゃ」


「分かった。じゃあ、明日だ」


相変わらず口が減らない。

そして、厄介なのが強さが分からないって事だ。

普通は、ある程度の強さは見れば分かる。実際に去年見た時は明らかに弱っていた。

それなのに、今は見えない。弱いようにも、強いようにも見える。

だから、確かめるしかない。だが、同時にどちらにしても別れは近付いている。

それだけは、何となく理解できた。






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