ヘルヴィスの思惑
「厄介だな。手にした玩具に喜べば可愛げもあるのに」
アルスフォルトは、譲られた望遠鏡で魔族の軍勢を見て吐き捨てるように呟いた。
いくら見渡しても、例の銃と言う武器を持っている兵は見当たらない。
代わりと言っては何だが、鉾に似た武器を全員が持つようになっている。
「何故、侵攻してきたのでしょう? 前回の損害は小さくなかったと思いますが?」
ディアヴィナから来たジュリアが隣にいるロートルイに質問するのが耳に入った。
彼女は、前回の損害に対する意趣返しとして、今回は銃を手にしていると読んでいた。
これまでに無かった寒さの厳しくなる10月に入っての侵攻だ。短期決戦を狙っているのは間違いない。
アルスフォルトも、期待はしていなかったが、そうであれば良いと考えはした。
「侵攻の理由は分からないが、銃に頼らない戦いを選んだと思う。
前の戦いを見てないから、断言は出来ないが、練度を上げた。そんな気がする」
「正解だ。前とは闘気が違う。ヘルヴィスは、銃に頼らず、現状の戦力を底上げしてきた」
普段は、会話に割り込むことは無いが、ディアヴィナには、大きな貸しが出来たと認識していた。
銃と言う武器の知識は当然だが、この望遠鏡と言う道具は本当にありがたい。それを思えば、多少の説明はして良いという気分になる。
それに、もう一人のロムニアから来たロートルイは、アルスフォルトの目から見ても、優秀な騎士だ。
グロースでも通じる技量と、何より深い見識を持っている。
二人が銃と望遠鏡を持ってグロースへ来たのが6月のこと。
それから3か月余りの間、二人とも可能ならと、グロース王国での訓練を願い出てきた。
拒否する理由は無い。特にロムニアの騎士には、今後の事も考えて力を付けて欲しいと考え、今回の戦闘にも同行を許した。
「準備が台無しですね」
アルスフォルトの銃に対する評価は低い。魔族には通用しないが、使用しても合わない武器。
対策は可能だ。要は攻めなければ良い。あの武器の本質は迎撃にある。逆に追いながら使うのは困難極まりない。
よって、相手が追ってくれば逃げる。森の中や山間など、いくつか逃げ先を用意していた。
更に、逃げ先には歓迎の準備をしている。
特に山間に設置した土砂崩れを起こすものは、罠にはまった相手を生き埋めに出来るので、ロムニアの情報にあった気の特性的から見ても、魔族を大量に仕留めることが出来ると思われた。
銃を持って調子に乗っているならと期待したが、それも使うことはなさそうだ。
「あの武器は分かりますか?」
魔族が持っている武器に関して、レイチェルがジュリアに質問した。
これまでは、大太刀や斧など武器は統一されていなかったが、今回は全員が同じ武器を持っている。
長柄の武器ではあるが、鉾と違って幅の広い真っ直ぐな剣ではない。
縦だけではなく、横にも短い刃がある。
「タケル殿が使っている、槍に似ているが」
「アザカたちの世界では色々な長柄武器があったそうです。
あれの名称は不明ですが、アザカの話に合った戟という武器に似ています」
「勇者の知識から得た武器か。飛び道具、では無いのだな?」
「はい。鉾と変らないと考えて良いと。ただ、形状的に…」
「刺すより振り回す方が適している。それ以上に防御に向いているか」
「私も、そう思います」
飛び道具で無い。それは安心と同時に不安を抱く。
それに自分で言った言葉に、どうにも違和感を抱いた。
望遠鏡で後方にいるヘルヴィスを見る。この距離で表情まで見える道具はありがたいが、見て楽しい顔では無い。
「敵軍、前進を始めました」
こちらも前進を命令し、先頭の兵が直ぐに激突した。
ロムニアの勇者の情報の通り、魔族に対して大振りをせず、削るように戦うと倒せるようになった。
上級貴族出身の騎士の中には一撃で魔族を斬れるようになった者もいる。
ほぼ互角の展開で、基本的に前回と同じと言える。
「同じか」
前回の戦では、ロムニアの勇者の情報に、幾分かの不安があった。
配下の騎士も信じるとしながらも、確認もせずに信じ切ることなど出来るはずもない。
当然ながら前の戦いでは、確認しながらの戦いだった。
だが、今回は違う。あの情報は正しいと確信し、はっきりとは分からないが気を込めるようにして剣を振る訓練をしてきた。
アルスフォルトが命じるまでも無く、全員が自主的に訓練し、技量を上げているはずだった。
「やはり……」
予定では優勢になるはずだった。一応は優勢を保ち、こちらが押している。両軍に戦死者が出ているがその死体は、グロース軍の足元だ。
だが、思ったほどは押していない。前回、3月に行われた戦闘と同じくらいだ。
あれから半年、その差は変わっていなかった。そうなる理由は簡単だ。
「奴等、練度を上げている。しかも、らしくもなく、必死に防御をしている」
自分で言った時に感じた違和感。これまでの魔族は防御を考えていなかった。
それが、今回は防御に適した武器を持って来ている。
ヘルヴィスが銃でなく、戟を選んだ理由は分からない。
だが、アルスフォルトも戟を選ぶ。銃の欠点は大きすぎて配下に持たせる気になれないからだ。
ヘルヴィスが銃を選ばない理由は何か? 気になって、望遠鏡でヘルヴィスの顔を見た。
珍しく真面目な顔で戦闘の様子を見ていた。
奴は銃の欠点を、どの程度認識しているのか。自分と同じか、それとも大して考えずに、激しい戦いを求めた結果、銃を厭うだけなのか。
ヘルヴィスの表情から、銃に対する感想は見えない。
何時になく、真剣に軍の動きを見て、喜んだり溜息を吐いたりしている。
何故、大人しく見ているのか不自然だった。現状で竜騎兵が突撃してくれば、グロースの被害は小さくない。大人しくしている理由があるはずだ。自身が戦わない理由……
ふと、ヘルヴィスの思惑に気付いた。
「アイツ!」
「殿下」
その内容に、頭に血が上ったが、ラフィーアの声に我に返る。
危うく地面に叩きつけそうになった望遠鏡をレイチェルに渡した。
「如何なさいました?」
「訓練だ」
「え?」
「アイツは侵攻に来たんじゃない。訓練をしているだけだ」
向こうも、この半年の間、戟を使用する訓練をしてきたのだろう。
その確認、と言うより、今回のは訓練の一環としてグロース相手にした実戦訓練だ。
ヘルヴィスは、思う通りに出来た兵を見て喜び、出来ない兵を見て溜息を吐いている。
「そんな馬鹿な」
「アイツは馬鹿なんだよ」
信じられないと言った反応をするジュリアに、吐き捨てるように言い返す。
ディアヴィナ王国では、魔族との戦闘は少数での奇襲攻撃に対する迎撃しか経験していないので、ヘルヴィスの事を知らなくても無理はない。
だが、その一方で、この反応が間違っているとは思わない。遺憾ながら、凄く納得したという表情をしている配下の騎士の反応より正しいはずだ。
「この状況、続ければ我が軍が勝てるのですが、何時までも続けられないですね」
「いっそ、隊を分けて兵を休ませながら続けますか?」
当然、戦い続けることは出来ないから、先頭は入れ替えながら戦っているが、後方に遊軍が出来ている。
その遊軍を休ませれば、長い戦闘に耐えられるが、それでは、相手の訓練に付き合うことになってしまう。
ヘルヴィスとて、途中で撤退を開始するだろう。
しかも、溜息を吐かせた兵に殿軍をさせて、優秀な兵を無事に連れて帰る。
可能なら、そちらを倒したい。
「下がるぞ。一郷(約1㎞)後退」
「一郷? あれですか?」
ラフィーアは察したようだ。
あの武器は隊列を組んだ状態だと、横からの攻撃に弱いと見たが、ここは戦場が悪い。狭すぎる。
だが、一郷下がれば、戦場が広がり横に回り込める。上手くいけば混乱させることが出来、大きな損害を与えることが可能だ。
「殿下ぁ~」
後退の指示を出そうとした時、望遠鏡で敵を見ていたレイチェルが、何処か呆れた声を出しながら振り向いた。
表情も困った感じがして嫌な予感がする。
「どうも限界っぽいです。イライラというか、ソワソワしています」
それが誰の反応か聞くまでも無かった。ヘルヴィスだ。
「見ているだけに我慢できなくなったか」
「暴れたくなったな」
配下も察したのだろう。数人が抜刀を始める。
「あのバカ! どれだけ面倒な性格だ! 客人、バカが突っ込んでくるぞ!」
ロートルイとジュリアを見る。
ロートルイの技量は十分、ジュリアは不安があるが、問題はそこでは無い。
「大丈夫です。私は二度だけですが直に見ています。どうか、ジュリア殿を」
ロートルイの返答は、こちらの心配を完全に察している。
それなら、彼は大丈夫だろう。レイチェルにジュリアの警護を命じた。
ジュリアは不要だというが、その言葉は無視した。やはり、彼女は何も分かっていない。
そして、レイチェルが説明する間も無く、竜騎兵が凄まじい勢いで、ぶつかり合う両軍をかき分けるように突っ込み、その矛先をこちらに向けてきた。
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「日没まで訓練だと言っていませんでしたか?」
グロース軍との戦闘を終え、魔属領へ戻る行軍中に、ザルティムが呆れたような、そして、咎めるような、視線で文句を言う。
確かに予定ではそうだった。戟を使用する訓練を始めたが、ただ振り回させるだけでは限界があった。
それで実戦訓練だと、グロースに向かったのだが、この訓練は問題があった。
「飽きた。見てるだけだと面白くない」
「訓練だと言い出したのはヘルヴィス様ですが?」
「訓練にはなったろ?」
間違いなく、訓練にはなった。だから無駄にはなっていない。
それに、もう一つ確認が出来た。グロースは間違いなく、こちらの防御に気付いている。
前回より自信を持って、加護がある前提で戦っている。
「楽しくなってきたな」
「そうは思えませんが? それに戟より、銃の方が良いと思うのですが」
「嫌だ」
「その危険を楽しむ趣味を止めていただきたいのですが」
違う。そう言いたかったが、上手く説明が出来ないので黙った。
危険を楽しんでいると言うのは否定できない。それに、銃と言う武器の優秀さも分かる。
だが、ヘルヴィスが銃を持たせたくないのは別の理由だ。いや、その理由が分からないが、何故か配下に持たせたくはない。
グラールスが銃で装備を固めようとしているのを見ても、止める気は無いが妙な不安が付きまとう。
勇者の脳を食ったザルティムが言うには、銃を大量に配備した軍は強くなるという。
グラールスもそう言って、占領して支配している王都の工房だけでなく、工房の生き残っている城でも作らせて、全兵士に配備させようとしている。
銃で強くなる。どうにも信じられなかった。違和感がある。
だから、別の武器の案を出させて選んだのが戟という武器だ。こちらは不安にならない。
西側にある王都の工房は、これを作らせ、ヴァルデン旗下の兵の装備には、この武器を配備させた。
「戟は良い武器だ。訓練を続けるぞ」
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「大丈夫か?」
「し、心配いりません」
ロートルイは隣にいるジュリアに声をかける。彼女は顔色を悪くしていた。
無理も無いと思う。アルスフォルトも心配したが、ヘルヴィスを近くで見た者は、大抵が同じような反応をする。
逃れられない死を覚悟し、身体が竦むのだ。
過去に二度見ていたから、耐えることが出来たが、最初に見た時はジュリアと同じようになった。
アルスフォルトに声をかけられた時、ジュリアを庇うとは言えなかった。精々、自分の身は守れる。その意思表示で精一杯だ。
それに比べ、グロース王国の騎士は、ヘルヴィスが突っ込んできても上手くいなし、ジュリアを庇う余裕を見せた。
技量が違いすぎる。
ロートルイは、グロース王国の騎士団と過ごし、更に今回の戦闘に従軍して、ロムニアとグロースの力量の差に呆然とする思いだった。
ロムニアの頂点であるアーヴァングは、グロースにおいても10指に入る技量だろう。
あの技量の持ち主が10人位いるのだから凄い話だが、それでも上位陣は差が無いのだ。
頂点では無いが、勝敗は時の運と言えるような力量の差しかない。
そして、ロートルイはロムニアで上位の腕前だが、グロースでは並みでしかない。
最も多い、中ぐらいの技量。それなりに腕に自信が有っただけに、この現実には驚かされた。
ロートルイやヴィクトル並みの技量の持ち主がゴロゴロいる。
だが、一番の問題は下位層だ。
グロースでは未熟とされる騎士、多くは無いが、自分を未熟だと懸命に訓練に励んでいる者たちがいるが、それでさえ妹のエレナと同等の技量を持ち合わせている。
エレナは、兄の贔屓目に見ても年齢の割に強いと思っていたが、グロースに来れば最下層だ。
事実、エレナと同年齢のレイチェルは、自分と互角か若干だが上回る。
そして、アルスフォルトは剣ではなく指揮の人と言われているが、それでもアーヴァングには若干劣るが、自分よりは強い。
逆に言えば、これだけの力を持ったグロースでさえ、ヘルヴィスが率いる軍勢には手を焼いている。
ロムニアはタケルの参入によって、世界最強の騎士団になったのではと思っていたが、とんだ思い上がりだった。
上には上がいる事が分かったし、改めて魔王ヘルヴィスの強さを思い知らされた。
これ以上は、グロースで訓練に参加するより、ロムニアに帰還して、この事を伝えて全軍の能力の底上げを提案するべきだ。
その事をアルスフォルトに伝えると賛成してくれた。
「ロートルイ、一つ伝言を頼む」
そして、その事を伝えられる。
不確かではあるし、思う通りにならない可能性もあるが、もし、アルスフォルトの読み通りになれば、好機である。
「承知しました。必ずやタケル殿と元帥に伝えます」




