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根之堅洲戦記  作者: 征止長
歪んだ心
64/112

選抜試験


目が覚め、動こうとしたところで左腕に抵抗を感じた。

左腕を見ると、何時ものようにイオネラが自分の腕を枕に眠っていた。


「起きなさい、イオネラ。今日は試験ですよ」


アリエラはそう言って腕を引き抜くと自分を枕にしていた従妹を起こす。

今年の最初にタケルの腕枕で寝るようになっていたイオネラは、訓練所に来てからアリエラに腕枕を求めるようになっていた。人肌が恋しいようである。

そのくせに、低い、温かくないなど文句を言ってくる。


アリエラが素早く着替えている間に、のっそりとイオネラも起き始める。

朝が弱いのは相変わらずだが、何処でも熟睡できるのは羨ましい。

着替えを手伝い、部屋を出る頃にはイオネラも覚醒を始めたようだ。


「よし。今日も頑張って赤備えに入ろう!」


気合を入れて動き出すイオネラを見て溜息を吐く。

もう少し、早く覚醒して欲しいと思うが、それを言っても無駄だと長い付き合いで分かっている。


「今日はタケル様も見ているそうです。無様な姿は見せられませんよ」


「分かってる。私はアリエラちゃんと違って、余裕が無いから頑張らないとね」


「私だってありませんよ」


むしろイオネラの方が優秀だと思っている。

これまで騎士になるのを伸ばされてきたが、その実力は今いる赤備えの顔ぶれに匹敵する。

特に今年の最初に、タケルに見て貰い、欠点の修正と強化すべき訓練内容を教わった事もあり、ただでさえ強かったのに、今では数人がかりでも倒せない実力になっている。


「でも、アリエラちゃんは今日の試験内容は完璧じゃない」


アリエラは弓騎兵一本で試験を受けているので、対戦ではなく疾駆しながらの騎射になる。

名前を書いた矢を放ち、それで当たっていた者が点数になる。

ただ、集団で駆けるので一人でやるより難しい。

しかし、イオネラが言う様に的を外したことは無かった。


「でも、弓騎兵ですから、緊張しますよ」


「それを言うなら、私だって騎兵だし」


試験の内容は、弓騎兵、騎兵、両方の兵科を使う複合から選べる。複合の試験は明日になり、両方受けることも出来る。

アリエラは剣も薙刀も苦手だから、弓騎兵一本に絞っているが、複合が最も募集が多いと聞いてはいる。

イオネラも同様で、騎兵のみの試験参加だ。

見習いで試験に参加している者は、二人以外は全員が複合である。


参加者が少なそうな弓騎兵が狙い目だという意見が最初は有ったが、半端な腕なら複合から合格者を選ぶと聞いてからは、弓騎兵のみの試験参加者は少なくなった。

そもそも、出来たばかりの兵科で、騎兵としての実力に自信が無い者が、弓騎兵の訓練を始めるというのが多かったのだ。


それは見習い以外も同様のようで、これまで参加した試験で弓騎兵のみを選択していた者は、1次試験と2次試験で殆ど落とされている。

これだけ脱落者が多いのに自信を持てるはずが無い。

選ぶ側で考えても、多少の腕の差なら剣を使える人間を選ぶだろう。


一方の騎兵のみも、実力者が多いようだ。

すでに騎士として戦争に参加しており、弓騎兵に見向きもしなかった者が参加している。

元々、イオネラがそうであるように、才能がある者は、早い段階で弓の訓練を終えるので、弓が得手で無い者が多い。

逆に言えば、弓が苦手だという事は、高い実力を持った者と言える。


「まあ、そんなことを言っても、やれることをやるだけだよねぇ」


北門側にある試験会場が近づくに連れ、何時もののんびりした口調になってきた。緊張に打ち勝ったようだ。

ただ、その目は真剣で、一点をしっかりと見つめている。


「そして、あの場所に届いてみせる」


北門の城壁の上、そこには既にタケルが座って、周囲を見つめていた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




なるほど、そういうことか。

アリエラは、半身となった白馬を走らせながら、狙いを定める。

目標は赤備えの隊員が、左手に持つ手持ちの的。外せば隊員に当たるだろう。

矢は訓練用で刃は潰されているが、鎧は貫けなくても、鎧に覆われていない場所に当たれば軽い怪我では済まない。


一緒に走っている参加者から、事前に伝えられていた試験内容と違うと不平の声が聞こえる。

固定された的を狙い撃っていたが、突然現れた赤備えが立てられている的を破壊して、今後の的は、自分達が持っている物だと伝えられた。

一旦距離を取ったが、今度は近付いてくる。


段々と、赤備えが近づいてくる。もう射程距離だ。

アリエラは、周囲から聞こえる不平の声を遠くへ押しやり、集中して狙い定めた的に向かって矢を放った。

ヤニスの持った的に当たり、彼の驚いた顔が見える。

自分の持った的に刺さった矢を抜きながら笑いを浮かべた。


三射放ち、的に命中させるが、アリエラ以外は矢を放つことなく、通り過ぎて行った。

続いて後方から追ってくる。身体を捻り、後ろに向かって矢を放つ。

何人かが同じように矢を放つが、右手の持った短い剣で払い落とされた。

アリエラは次々と矢を放ち、的に当てていったが、矢筒が空になってしまった。


「借ります」


隣の人の矢筒から矢を抜き、再び放つと、先頭を走るリヴルスから中止の声が出された。

ゆっくりと近付いてくる。

リヴルスは、何処か呆れた様な表情をしている。


「悪いが、アリエラ。矢には名前が書いていて、的に刺さった分は後で数えることになっている」


「も、申し訳ありませんでした」


隣の人の矢を拝借するのは無しだったようだ。

どうりで、的に刺さった矢を、自分が持った矢筒に入れている訳だ。


「まあ、良いさ。合格だ。これ以上ない行動を見せてくれた」


耳を疑った。合格の発表は、後日と聞いている。

頭の中を整理していると、一緒に試験を受けていた者から非難の声が出た。


「待ってくれ、その娘が優秀なのは認める。だが、急に試験の内容を変えておいて、どう言う事だ?」


「試験の合格基準を憶えているか?」


「当然だ。集団で疾駆しながら、列を乱さない事、立てられている的に当て、当たった矢を数えると」


「その前、募集時に発表された方だ」


質問された者は答えられないようだ。

だが、アリエラは憶えていた。だから、リヴルス達の行動をそういうことかと思ったのだ。

今まで、それらしき試験内容が無かったので不思議に思っていた。


「臨機応変に動ける者。今回の試験では、そこを確認する目的もある」


全員が押し黙ってしまう。動揺し、何も出来なかったと思っているようだ。

だが、リヴルスは軽く笑いながら肩をすくめる。


「そう心配するな。最初から上手くいかないのは織り込み済みだ。

 まあ、例外がいたがな。最後のアレは、こちらも驚いて、どうしようかと迷ったぞ」


「アリエラだけ、そろそろ矢が無くなりそうだけど、どうしようか話してたんだよね」


ルウルが言うには、この試験では矢を放つことが出来ずに、動揺させることを目的としていたようだ。

どうやら、邪魔をしてしまったらしい。


「そう言う訳だ。最初のコレは固定観念で動くなと言う事を伝えて、次から始める試験に備えさせるものだ。

 試験の内容を考えたのはウチの隊長だが、隊長は別に鬼では無い……よな?」


急に不安な顔をして後ろを振り向くが、全員が目を逸らした。

深く考えるのは止めよう。


「と、とにかく、これからが試験の本番だ。色々とやるが覚悟してもらおう」


これからが本番らしい。気合を入れ直そうと思いながら、試験を受ける集団に付いて行ったら、肩を掴まれた。

振り向くと、ダニエラが困った表情で立っている。


「アリエラ、邪魔。アリエラと一緒だと、他の人達がやりにくいから。

 リヴルスが言ったけど、合格にするから、もう帰りなさい」


酷い事を言われた。一緒に馬の可愛さを語り合っていた先輩の目が冷たい。

ダニエラを押しのけてエレナが前へ出る。


「あのね、アリエラさ…、ん、隊長は直属の50騎は弓騎兵を抱えたいみたいだから、アリエラは、そこに合格したの。

 大丈夫、隊長には絶対にダメだと思う奴は、その場でクビにしてもいいし、絶対に良いと思えば合格にして良いってリヴルスに伝えているから。

 もう、アリエラは合格で良いの」


実感がわかないが、本当に合格したようだ。

だが、この後は、どうすれば良いのか?


「あの、予定も無いですし、出来れば見学したいのですが」


「ダメ、アンタがいると調子が狂う。常識が変な方向に行くの。試験を受ける人たちの基準もおかしくなるから、視界に入らない場所へ行くように。

 ヒマならイオネラの試合でも見に行きなさい」


ルウルにまで酷い事を言われた気がする。

そもそも飛んでくる矢を払い除ける集団に言われたくない。

だが、イオネラが気になるのも確かだ。


別れを告げると、騎兵の試験が行われている場所へと行く。

弓騎兵の試験と異なり、対人戦を行っているので、北門内側のタケルが見ている場所だ。

試合は一人10試合で、参加者が多いので、試合場を25も用意し、同時に行われている。

イオネラが、何番目に何処の試合場で戦うかは知らされていないし、イオネラ本人も直前まで分からない仕組みだから、見つかるかどうかは不明。

そのため、ウロウロとしながら、イオネラの姿を探す。


「イオネラ」


意外に早く見つかった。ちょうど試合中だったので、応援の声を上げようとして思い留まる。

予定ではアリエラは試験中なのだ。ここにいない筈の自分がいたら、考えてしまう可能性がある。

黙って見ていると、様子がおかしいことに気付いた。

長巻を装備したイオネラが押されているのだ。相手は剣。それなのにイオネラを上回っていた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




何者だアイツ? その試合場だけ、周囲とレベルが違った。

片方はイオネラ。その成長に驚いていた。俺が指導した事を守り、前より遥かに強くなっている。

もう片方はエリーザと同じくらいの歳か、少年か青年か微妙な年頃の太刀を使っている奴。


「知っているか?」


隣にいるヴィクトルとエリーザに聞くと、エリーザから答えが返ってきた。


「ゼムフェルク・ロムナ。私より一つ年少で、見習いで過ごしたことがあります。

 凄い才能でしたね。周囲から天才と言われ、同じ年に騎士になりました」


「じゃあ、12歳で騎士になったって事か」


大丈夫か? その手の奴は自信過剰が多いからウチには向かないと思うんだが。

これまでの試験で落とされなかったてことは大丈夫だと思うが、不安は付きまとう。

いや、どうやら余計な心配か。アイツはイオネラを相手にして全く油断が無い。


参加者の中でイオネラは見るからに小娘で、油断して負ける奴も見かけた。それを見ているなら兎も角、公平を期すため、他人の試合は見せないようにしている。

知り合いも多いから無駄になる事も多いが、試合が無い時は控室に入り、情報のやり取りをしないように見張りもいる。


「アレは、アリエラか……リヴルスは手に負えないと判断したか」


「らしいな。あの指示に合格者を足したのも、彼女を考慮してだったからな」


イオネラとゼムフェルクの試合を見ていたら、ここにいない筈のアリエラが近づいてきた。

弓騎兵の試験相手を命じたリヴルスには、受講者の中に面倒を見るだけ無駄と思ったら、不合格にして追い出せと指示を出していた。

そこに、アリエラのトンでも情報が入ってきたため、他の受講者に悪い影響を与える可能性を考え、文句なしで合格にして良いと思う奴がいれば、合格にして良いという指示を追加で出した。


「アイツの判断なら、それで良いさ」


リヴルスはヴィクトルの代わりが務まる才能が有る。

そう思って、今回は指揮を任せている。アイツの判断は尊重しよう。

アリエラの様子は気になるが、それよりも今はイオネラとゼムフェルクだ。


既に攻勢はゼムフェルクに傾いている。

攻撃はゼムフェルクが五回するうちにイオネラは三回になっている。

それでも、イオネラは変わらない。ゼムフェルクもだが、イオネラは押されていることが分かっているはずだ。

それなのに、受けも流しもしていない。


「互いに、やってくれるな」


「特にイオネラは押されているのに頑固ですね」


「勝敗は関係ないと伝えているが」


「かと言って、この状況なら受けるか流すか、したくなるぞ」


お互いに全ての攻撃を弾いていた。集団突撃で行える技しか互いに使っていない。

勝利も諦めていないが、赤備えに入る意思が強い故だろう。

イオネラの流麗な技も冴えるが、ゼムフェルクの剣も見事だった。


繰り出す剣技は愚直さを思わせ、真面目な性格のようだ。

いや、少し違うな。不安や怯えが隠せていない。それも悪い方向で無くだ。

怖いもの知らずの剣では無い。恐怖を抱いてはいるが、それを勇気で乗り越えている。


ゼムフェルクは間違いなく天才だ。それもリヴルスに引けを取らない程の。

それなのに、才を表面に見せていない。どうすればこうなる?

何処か自信が無い。不安が残っている。それを乗り越えようとしている。


「アイツ、何処かで……」


ゼムフェルクをずっと見ていたが、何処かで会った事がある気がする。

見覚えがある顔だ。まあ、閲兵式あたりで戦っているかもしれない。するとエリーザが不思議そうな顔で言ってきた。


「タケル殿はゼムフェルクに会っていますよ。声もかけています」


……マジで? その瞬間、イオネラが落馬して勝負が決した。





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