久々の王都
ダニエラだけを連れて、メトジティア城から王都へと向かう。
道中は麦の収穫途中の光景が見られた。
予想通り、今年は静かに過ぎ去りそうだ。
「悪いな。何時も、お前だけ付き合わせて」
「構いませんよ。それに私は隊長ほど、魚が好きではありませんから」
メトジティア城での生活は訓練がメインだが、毎日やる訳では無い。
ちゃんと休日も与えており、休みの日には船に乗ったり、泳ぎをしたりもした。
全員が、それなりに楽しんでいたと言える。
その訓練も基礎は十分に出来ているため、それほどの苦労もなく、指導に当たる海軍の連中との関係も上手くいっている。
あの、最初の歓迎が効いているらしく、赤備えの連中は相手を勝者と見なして頭を低くしているし、海軍の連中は、圧倒的に優位な状況で戦いながら、この若い連中が全ての矢を払い除けつつ、反撃で自分達を倒していったことを経験している。
互いの力を認め合い、更に次の作戦では共同で戦うとあって、休みの日には町を案内してもらったり、海に連れて行ってもらったりしている。
そして、俺個人としては魚が美味い。
塩焼き以外にも色んな料理があり、何と刺身が食えた。
もちろん醤油は無いが、魚醬があり、塩に辛みのある香辛料を加えた奴で食べるのも美味い。
白身魚は塩の方が良い。もう醤油はいらない。
だが、残念ながら隊の訓練だけをやっているわけにはいかない。
月に一度は王都へ戻って会議をする必要があった。
今回はそれに合わせての事だ。ダニエラは俺の副官を兼務している上に、騎乗スキルが高いので、日の出前の薄暗い時間に出発すれば、暗くなる前に到着することが出来る。
こうして、時々会話をしながら馬を駆けさせ、予定より少し早く王都へ到着した。
だが、寄り道を出来るほどの余裕は無い。
真っ直ぐに元帥の執務室へ向かった。
「早かったな」
「道に慣れたからだろう。取りあえず帰還の挨拶に寄っただけだが?」
急ぎの用件があるか、先に伝えた方が良い事があるか確認したが、特には無く、明日の会議で状況の確認という事になった。
会議の時間を確認して執務室を出ると、ダニエラはライヒシュタインの屋敷へと向かった。
ダニエラは、帰還の間は隊舎ではなく、エリーザの屋敷で寝泊まりしている。
広い隊舎では、一人は寂しすぎるらしい。それにエリーザの家にはマイヤがいる。
ロディも一緒に土産話を楽しみにしいるらしい。
一方の俺は王宮に用意されている客室へ向かった。
今まではエリーザがいたのだが、一人になるとやる事が無い。
見習いの訓練している場所へ行くにも、前に行った時は訓練生の興奮度が半端では無かった。
尊敬の眼差しが熱すぎて、訓練に集中する事も、アリエラやイオネラとの会話を楽しむことも出来ない。
この世界に来て一年が経っている。その間、大きく立場が変わったと実感させられた。
その意味でもメトジティア城は、今の俺が気楽に過ごせる場所だ。
海軍の連中は、気安い性格で、俺を相手に硬くならないし、外に出ても大らかな民衆が多い。
何だか、メトジティア城に帰りたいという気持ちになってくるが、今回は長期滞在である。俺が戻るのではなく、赤備えが三日後には王都に戻る。
「やはり、訓練生を見に行くか」
三日後に、赤備えの追加隊員の最後の選抜試験が行われる。そこを俺と副長二人は見ることになっている。ついでに他の連中には手伝わせようという魂胆だ。ちょうど良いから、リヴルスに指揮をさせる。
既に騎馬での集団移動を含めた一次と二次試験は終わっている。
だが、俺は結果を聞いていない。来たところで俺が知っている名前は少ないから聞かされていないのだ。
ただ、その少ない顔見知りは見習いで、今頃は訓練をしているだろう。
「やっぱり、止めた」
結果も知らないのに、どんな顔をして会えば良いか分からん。聞く限り馬術において、あの二人が落ちるとも思えないが、万が一があるし、下手に親しくしているところを見られて贔屓と思われるのも良くはない。
ああでもない、こうでもないと、慣れない一人の時間を、無益に過ごすのだった。
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「外は概ね変化なしか。予想通りに進んでいるな」
「あまり、良い予想はしていないがな」
情報の共有で、依然としてカザークの銃の量産が進んでいる事が確認された。
一応は魔族に銃が通用していないと、全ての国に伝えはした。
だが、予想通りカザークは一蹴。他の国も様子見で、火薬の材料は集めているらしい。
グロースだけは、ロートルイとジュリアが同行して説明した事で、こちらの言い分に耳を貸してくれた。
まあ、その為に、説明のために持っていった銃と望遠鏡はグロースにある。
こちらで訓練に使うより、グロースで使った方が良いと判断したためだ。
その礼と言っては何だが、ロートルイとジュリアは、そのままグロースで訓練に参加させてもらっている。
レベルの高い訓練をやっているらしい。
俺達が火縄を確認する際は、どうするんだと思ったが、幸い、ジュリアが連絡をしたので、結城鮮花は銃と望遠鏡を追加で送ってくれた。
一緒に入っていた手紙には、協力関係を築こうという提案が書いてあり、一応は俺と結城は同盟を結ぶことになった。非常に恐ろしい事が書いていたが、別に脅された訳では無い。
「それでは、次に互いの進捗だが」
最初にブライノフが、訓練成果を言うが、魔族の銃の装填速度が分からないので、そろそろ訓練に弛みが生じているらしい。
ちなみに魔族の装填速度だが早合当たりの技術も知ってそうだから、20秒はかからないだろう。軍馬の全力疾走は時速100km近いが、それでも、500メートルを進む間に2発は銃撃を喰らう計算だ。
そもそも、この部隊は混乱させるなどして、直ぐに装填できない状況で使うべきだろう。
次のアルツールは盾の量産に入った。
量産する盾は馬上での使用を考慮しない、大型の物。
盾と言っても、缶コーヒー位の太さの金属パイプで作った簾だ。
俺が竹を巻いた竹束が銃の防御に効果的だったと話したのだが、竹が無いので金属でパイプを作ってしまい。しかも、竹より衝撃に強いので束ねる必要もなくなった。
その結果、移動時は巻いて運び、戦闘時は広げると、横1メートル弱、縦1.5メートル強の盾になる優れものが完成した。
銃弾は確実に弾き、パイプとパイプの間に5ミリくらいの隙間が出来るため、のぞき窓になる。
これを海軍の連中に見せたら大喜びだ。船の防御にも使えるので、引き続きの量産を頼まれてしまった。
「随分と走る体力は付いてきた。そろそろメトジティア城に行こうと思っている」
そして、ティビスコス将軍が歩兵の訓練の成果を告げる。
歩兵と言っても普段は騎士だ。ただ、今回の作戦に合わせて軍馬を降り、盾を構えるつもりだ。
走る体力と言ったが、言葉通りの意味ではなく、馬に乗らずに戦うための身体に作り替えている。
元々、アドミナが海軍の歩兵が使用する盾を依頼したのだが、ティビスコス将軍は、その計画の修正を提案した。
一つ目は、海軍はあくまで火矢の使用に専念させ、盾の所持は自分の部下を当てる。
二つ目が、盾を所持する騎士は馬を降りるが、半身を連れて行く。
ティビスコス将軍の案にアドミナは大喜びで賛成した。
アドミナの元の計画の欠点を克服する提案だったからだ。
元の案では、接近する魔族に対し逃げるしかなかったが、騎士が同行するのなら抵抗も出来るし、逃げるにしても安心感が違う。
そして、軍馬を同行させるというのが大きい。油が入った矢は重いので大量には運べない。
それを知ったティビスコス将軍は、軍馬に油が入った矢を積み、更に通常の矢も携帯できれば、通常戦の支援も出来ると提案し、更に動きやすいよう合同の訓練を提案した。
しかし、急には無理な話で、一番のネックが騎士が軍馬に騎乗しないで魔族と戦闘する事に慣れていない事だ。
この問題をクリアするために、ティビスコス将軍は旗下の中から、海軍の兵士と一緒に戦って問題が無い性格の者を優先して選出し、訓練を実施していた。
「それで、槍も使えそうなのか?」
「ああ、気に入った者も多い。このまま戦闘時は軍馬を降りて戦うという者も出てきておる。
向こうではお前の技も見せてやってくれ」
「承知した」
このティビスコス将軍の部隊は、槍を装備する事にしていた。
騎乗できない以上、遠い間合いから攻撃できるようにと考えてのことだが、存外に気に入っている者が多いようだ。
それに1000年前の勇者と共に戦った連中は、鉾を使用していた可能性が高い。
その事を知ると、下馬して槍を振り回すという行為にも積極的になったそうだ。
向こうで訓練すれば、新たな問題も見つかるだろうが、それを少しずつ潰していけば、強力な歩兵部隊が出来るだろう。
最後に俺からだな。
「最初にアドミナ殿からの伝言。『任務は達成した。最後はグロース王国の海軍と合流して盛大にやったぞ』
ほぼ、無人の船と村を焼くだけで済んだそうだ。凄く楽しそうだったな」
その言葉に全員が苦笑する。
今回の魔族が海戦能力を所有する疑惑が出た後、王宮でも相談が行われていたが、面白い提案がアナスタシアから出された。
現在、魔属領にある船を拿捕、又は破壊と同時に、造船所の焼き討ちである。
何も、魔族が海軍を持つのを座して待っている必要は無い。
元の所有者、国、個人問わずに恨まれるかもしれないが、生きてるか不明だし、生きてたとしても文句は言えない。
早速、国王の指示で海軍に支援物資が送られ、作戦が実行された。
危険の優先度が高いのは、既にある船を改造しての使用だから、優先的にこれを破壊する。ただ、壊すだけでは惜しいので、可能なら拿捕し、こちらで有効利用する。
次に造船所の破壊。中型船以上を作るには、それなりの場所と設備が必要になるが、これを先んじて破壊する。設備を徹底して焼き討ちして廃墟にしてしまえば、今後は造船所を再建しているか否かを偵察するだけで、魔族の海軍の準備が把握できる。
まあ、やった事は海賊である。提案した方も実行する方も、生まれは良いところのお嬢様のはずだが気にしてはいけない。
一応は帆を張れない小舟なら作れるが、その程度の相手なら大砲は積めないし、銃弾に対する弾除けを付けた中型船で一方的に蹂躙できると、アドミナは豪語している。
実行前にグロースに連絡すると、向こうも乗ってきた。東西から南の海岸線を進み、途中にある船は拿捕、造船所がある村々を焼きながら、つい先日、目出度く合流したそうだ。
「これで、いきなり西から襲われることは無くなったか」
「ああ、アドミナ殿が留守を守ることになったから、防御も万全だ」
最初はアドミナが火矢の部隊を指揮するつもりだったが、ティビスコス将軍が面倒を見るなら、任せた方が良いと言って、自身は海の防御に専念するそうだ。
「赤備えに関しては、今いる連中に関しては問題ない。すでに火矢の取り扱いは任せられる」
「では、三日後の増員次第だな」
その試験後に俺の隊が増員される。
準備期間を考えれば、半月はかかるだろう。本格的な訓練は、その後からになる。
「騎射が出来るようになった者は、全員が試験を受けに行ったが、落ちた奴は俺が貰って良いのだろ?」
「ああ、ブライノフの突撃の援護に回せる」
騎射が出来るようになった者は、全員が赤備えを希望したため倍率が高くなってしまい、多くが落選することになる。
実際に一次審査で落選したものが続出しているが、この者達をブライノフ将軍が使いたがっている。
例の突撃の援護をさせるためで、赤備えの弓騎兵を騎兵で包む編成ではなく、隊を分けて弓騎兵は機動部隊として動かそうとしている。ある意味で、モンゴル騎兵に近い編成になりそうだ。
「それにしても、元帥の娘は圧倒的らしいな。弓騎兵としては対抗できるものが見当たらないそうだ」
ティビスコス将軍が、先日、教官のヨランダに聞いたそうだ。
軍馬の集団移動は元より、馬上で強弓を射るのも難なくこなすそうだ。その上で、信じられないくらいの命中精度を誇るらしい。どうやら、かなりの怪物に仕上がっているらしい。少し怖いぞ。
「そうらしい。剣は全くと思っていたが、弾くのは意外といけるようだ」
増員の選考試験は元帥の配下に任せていが、基準は俺が決めさせてもらった。
赤備えの選定基準は、密集移動が最初の一歩で、これが出来ないと話にならない。
最も大事なのは馬の扱い。特に今年の頭に発覚した馬のスタミナ切れの問題もあり、ここは厳しくなっている。
騎兵だと剣の扱い。これが非常に高いなら、それだけで良い。
だが、非常に高いとは、それこそエレナ並みの事で、それより落ちるようだと候補には残っても、合格になるかは、他の能力次第になる
その他の能力として、剣の次に長巻だが、薙刀しか使えない者は不合格になる。
ある程度は剣も使えなくてはならない。結城鮮花が作った柄の長さを変えられる武器を扱う能力が必要になる。
ある意味、騎兵は剣と長巻の合計能力が点数になる。
弓騎兵だと当然騎射の能力が求められるが、これだけでは不合格になるようにした。
剣で相手を倒せなくても、攻撃を弾いて、自分の身を守るのは必要な能力だ。
その結果では無いが、弓騎兵と騎兵の双方の能力を持つ者も欲しいとなった。
今いる連中は完全に分けた専門職になっているが、兵数が増えるとあらば、戦況によっては必要となる数が変わる。
出来れば、全体の半数以上は両方が出来る者が良い。
俺の直属は専門職で固めるが、後方を予定しているヴィクトルの中隊は、大半を両方が出来る者で固めたいと思っている。
エリーザの中隊も半数は、両方できる隊員の方が望ましい。
そんな依頼を出しているのだが、どれだけの者が集まるかは、当日になってみないと分からない。
最終試験は実戦形式になるそうだが、そこは高望みしないが良いだろう。
既に今いる連中は、騎兵に関してはゲオルゲ・ライヒシュタインの影響を受けた中で、特に優秀だとヴィクトルが選んだメンバーだ。
言ってみれば、既に一番美味しいところは取っているのだ。
弓騎兵にしたって、古参の上に経験が多い。そう簡単に超える人間が出てくるとは思えないからな。
聞く限り、アリエラが別格なだけで、弓騎兵の中にこれと言って凄い人間がいるとも聞いていない。
会議の内容が雑談に代わっていくのを見ながら、エリーザが来るのは明日からだし、今夜は誰を飲みの誘うかを考え始めた。




