海軍の提案
「悪いな。あんな性格だ」
「いや、面白いと思うぞ。楽しみになってきた」
汚れを洗い落とし、湯船に浸かりながらヴィクトルと会話をする。
ヴィクトルの母親は、かなり良い性格のようだが、ある意味、海軍の親玉ともなれば、ああでなくてはならない気もする。
少なくとも貴族の令嬢的なキャラより、余程やりやすい。
「この後は食事を用意してある。先ず、腹に入れてから、隊長だけ訓練の打ち合わせを希望している」
「俺だけ? 理由は?」
「詳しくは言わないが、あの部隊を見て注文が出来たと言っている」
「ふむ、まあ、構わないが、その間は、他の連中はどうする?」
「城下を案内させる者を用意すると言っていた。暫くは、ここで生活するからな。
10人単位で別れて、案内をさせようと思うが?」
ここで、ダメだ自主訓練だと言えば反乱が起きそうなほど、こっちを見ている連中が多い。
気持ちは分かる。正門から館に来るまで通った道も、何だか楽しそうな雰囲気の町だったからな。
港町であり、交易都市の観光か。俺も見たいが、仕方がない。
「その言葉に甘えよう。聞いての通りだ。お前等は食事の後は観光を楽しんで来い」
喜ぶ声を聞きながら、何故、俺だけが呼ばれたのか、その理由が気になってきた。
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「タケル殿は、自分がどれ程の部隊を作ったか理解していないのでは?」
酷い言い草ではあるが、一応は褒めているらしい。
食事の後、俺とヴィクトルはアドミナに呼ばれ、執務室で話し合いの場を設けていた。
エリーザも参加したがったが、何時も俺の心配ばかりしているので、ここは観光を楽しむよう言って、他の隊員たちと行動を共にしている。
先ずは、アドミナ達は、俺達がどのような状況を考えて火矢を求めているのか質問された。
まあ、当然だ。それが分からなければ訓練のスケジュールも立てられない。
そこで、俺の計画、火矢を使って相手の火薬を吹き飛ばす作戦を改めて説明したが、アドミナに言わせれば、そんな事は他の部隊にさせるべきだという意見だ。
「俺も同意見ですね。悪いが勇者様、聞く限り銃と言う武器を前には、火を付けることは可能でも、損害が大きい。あの部隊を使うには惜しいな」
同席しているアドミナの部下も追従する。
他にもいるが、全員が赤備えの能力を高く評価し、だからこそ、使い方に不満があるようだ。
アドミナを含めて騎士はいない。なれなかった者も、あえて、ならなかった者もいる。
だが、間違いなく全員が軍人だった。
「しかし、誰かが火を付ける必要がある。そして、最も早く点火が可能なのが、赤備えの弓騎兵だ」
銃の装填速度を考えれば、最初の射撃から次弾を準備するまでには、こちらの火矢が届く。
しかも、例の油を撒く矢があれば、銃を無効化できる。
最初の銃撃の犠牲さえ目をつぶれば、いや、どう考えても最も犠牲が少ないのが俺達だ。歩兵では射程に届く前に全滅する。
「先ずは、戦力を確認してはいかがかな?
タケル殿は火矢に関しての知識が不足しているでしょうし、義姉上等も銃という武器に関して理解が足りているとは言い難い。これで訓練の予定を立てるのは無理と言うものです」
そこで意見を出してきたのが、ヴィクトルが頭が上がらないと言っていた叔父の、ロストゥムだ。
線は細いが知的な眼差しをした、俺の世界だったら上司にしたい男と言われそうなタイプ。
確かに彼の言う通り、どう使うかをいきなり話し合うより、武器の性能や使い方を知りたい。
「そうですね。では、銃に関して俺から話します」
銃の射程、長所や欠点を話していく。説明を進めるうちに険しい表情をする者が増えていく。
特に練度が低くても扱いやすく、女子供でも屈強な兵士と差が出ないと言った辺りでは溜息を吐く連中まで居た。
「魔族は、これまで飛び道具を使っていなかったから、狙いは悪いと踏んでいたが、期待は出来ないか」
「俺の世界では、腕の良い狙撃手は1郷(約1㎞)先の標的の頭部を正確に狙うらしいが、そこまでは無くても弓より遥かに命中率は高いと考えて良い」
多分、弓道を3年やった者と、的を狙った勝負をしたら、ライフル銃は一日の訓練で勝てるようになるだろう。
「では、私どもが使っている火矢に関してですが、射程は征矢よりは劣ります。ですが、殺傷する威力を求めないので届くだけでも十分です。それでも4荘(約400m)に届くか否か。5荘で十分な殺傷力を誇る銃と比べるべくもありません。
これは、弓を強化しても大して変わりません。理由は分かりますか?」
首を縦に振り肯定の意を表す。
油を入れる容器で作られた矢。ロケットみたいに、細長い円筒で先端も尖っている。
空気抵抗を考慮しているが、それでも影響は大きい。弓を強化しても、それに比例して空気の壁は厚くなる。
「高所を陣取る事が出来れば、勝負になるかもしれませんが、互いの武器の性能差を比べるに、野戦でそのような場所は限られるでしょうね」
「それなら、火矢でなく罠を張れる場所を探した方が見つかりやすい位だな」
「確かに。それをする手もありますぜ?」
「いや、難しいな。これは大きな声では話せないんだが……」
そう言って、アドミナを見ると首を縦に振る。ここにいる者で、秘密を守れないような者はいないという事だ。
それなら問題無いだろう。
「魔族が銃を所持している事を予想したのは、ディアヴィナ王国の勇者、結城鮮花という人だ。
彼女は、先のカザーク軍との戦闘で魔族が撤退したのは、カザーク軍に銃を増産させ、無力な兵士を増やし、軍を弱体化させるのが狙いだと判断した」
「なるほど。必要以上に民兵が増えれば足手まといか。
おまけに最前線に民兵を配置するみたいだし、そこで銃が通じないと分かれば、敗走する民兵を盾に騎士と戦える。おまけに騎士が銃を持てば更に良いが、流石に高望みかな」
流石にアドミナは読みが良い。
だが、結城鮮花の予想は、更に上を行く。いや、最悪の予想値が激しいのは性格の問題か。
「確かに騎士は銃を持たないだろう。だが、騎士と言う生き物は民兵を置き去りにして撤退が出来る奴はいない。踏み止まり、決死の覚悟で突撃する」
「なるほど、格好の餌食だね」
舌打ちしながら吐き捨てる。
魔族が用意した銃に、無力ながらも立ち向かう騎士の姿を想像したのだろう。
実際に魔族が銃を前面に出すとしたら、そこが最も効果的な場面だ。
「幸い、ヘルヴィスはグロース王国が引き付けてくれている。先の戦いでは一応の勝利を収めたらしい。
よって、東は従来通り指揮官はグラールスになるが、予想は二つ。
一つ目はカザークの戦力低下を待つ間に、別の国を攻撃する。つまり、ロムニアを銃無しで攻撃。
二つ目はカザークの戦力低下を大人しく待つ」
「待つだろうね。グラールスは案外と真っ当な軍人だ。
戦場での行動はヘルヴィスに似た所があって、勢いで行動しているように見えるけど、いや、だからこそか、事前に準備を万全に整えてから来る奴だ。
簡単にカザークを獲れる機が目の前にある。そこで、ロムニアには来ないだろう。例の件もあるしね」
そう言って、皮肉気な視線を送る。
昨年の俺の行動は、ロムニア軍を死兵としたと思わせた可能性が高い。
つまり、奴にとって今は待つ時期だ。待てばカザークは銃を増やし、ロムニアは死兵の魔法が解ける。
「ロムニア軍が死兵と化したと思っているかは、決めつけるのは危険だと思う。
だが、仮に来たとしても、その際は銃を持ってこない可能性が高い。
つまり、銃を使用しての戦闘は、ロムニアでは起きない」
「じゃあ、まさかカザークなんかを救うために、あそこで戦う気ですかい?」
察しが良いな。不満を湛えた表情で、アドミナの配下が聞いてくる。
気持ちは分かるが、こればかりは仕方がない。
「流石にカザークの全土が魔族に獲られるのは避けたい。これはダランベール宰相の依頼だ」
「同感ですな。そうなれば、民衆の動揺は抑えきれないでしょう」
即座にロストゥムが口を挟む。不満の捌け口が宰相に向かうのを避けるため、何より、その結論に至った理由を全員に徹底させる必要があると考えたのだろう。
魔族にすれば、南北から挟撃を受ける形になるが、ロムニアにとっては、陸路での完全な孤立を意味する。
心理的な圧迫が強く、船を身近に感じれる身分の者はマシだろうが、多くの民は不安が大きくなり、些細な事で暴発しかねない。
「宰相と元帥が相談し合った結果、カザーク軍は諦める。壊滅もありえるが、損害が少ない事を祈るだけだ」
カザークが動員できる民兵の数は、およそ10万と言われている。
一方の騎士の数は、およそ8万で一度の戦争に参加できる数は最大で5万くらいらしい。
ロムニアの倍近い数字だ。これが全滅は無いと思うが、軍として機能しなければ壊滅となる。
「どのような予想を?」
もっとも有り得そうなケースが、来年あたりに銃を装備した民兵を前面に押し出したカザーク軍と、銃を装備した魔族軍の戦闘が、先日と同じくらいの場所、もしくは、魔族の領土よりで行われる。
結果は、民兵が突撃する魔族に蹂躙され敗走。それを援護する騎士団は銃によって蹂躙される。
「その場合は撤退戦になる。どこまで押し込まれるか不明だが、王都に到着する前に止める必要がある」
「あまりの惨敗だと、勝った側も引き際が難しいからね。特に魔族にとっては、そこそこに上等なエサが捕まえ放題だ。止まるのは難しいね」
民兵は強くは無いが魔力持ちだ。今後は、そうでない兵も増えるだろうが、訓練を全く受けていないという問題がある。
おそらく、来年くらいは、先の戦勝に気を大きくした民兵がこぞって参加して敗走、魔族の皆さんの掴み取りの景品になるだろう。
もうアレだ。小さいプールに鰻を放流して摑み取り大会をやるようなものだ。プールから鰻が無くなるまで参加者は止まらないだろう。
マナーの良い客なら、終了のブザーが鳴れば止まるが、それでも、目の前に鰻が泳いでいたら捕まえたくなるはず。
そして、魔族の一般兵にマナーを求めるのは無理と思って良い。
「その切っ掛けとなる奇襲、それが今の我が軍に求められている戦力。やはり適任は俺達だ」
「魔族に撤退の機会を与えるための奇襲ね。やはり、納得は出来ないね」
「代案があるなら聞くが?」
否定するだけなら誰だってできる。不満を覚えながらも、俺達は彼女らに教えを請わなばならない。
怒りを面に出さずに、無理な事を言う。他に手が見当たらないから言ってるんだ。
だが、アドミナは、出ないと思っていた代案を平然と口にした。
「その任、私等が請け負うよ。火矢の扱いに関しては慣れている」
「いや、先程も説明したが、歩兵では射程に届く前に…」
「盾を準備しよう。銃の弾を防げる奴を数人で持って前を行く。少なくとも騎士が携帯できるような盾より安全性が高い大きな盾が持てるだろうさ。ティビスコス将軍に伝えると良い。歩兵用の盾を作れってね」
「確かにそれなら前へは進める。だが、相手が騎士で無いのなら、銃を持たない奴が前に出てくるだろう」
「そん時は逃げるさ。足の速さには自信が有る。少なくとも魔族共に追い付かれる心配は無い。
まあ、騎竜が来れば無理だから、その時は頼むよ。
でも、それで任務は達成だろ?」
そう。奴らの進軍を止めれば良い。
アドミナたちが気を引いて、追ってくればカザークで行われる可能性が高い蹂躙戦の足が止まる。
一度、止めることが出来れば戦果は十分だと撤退をしてくれるはず。
「まあ、そう何もかも上手くはいかないだろうけどね。
ただ、向こうの銃を持った連中には私等が当たる。それが良いと思うよ」
「良いのか?」
海岸の防衛もあるし、何より危険な任務だ。
逃げると言ったが、撤退こそが戦争で最も困難な動きの代表だ。
上手な撤退とは犠牲が少ない事。犠牲が出ない撤退など最初から論外。つまり、必ず犠牲が出る前提で考えている。
魔王ヘルヴィスは、去年グロース王国を相手に、その犠牲無しの撤退戦をやったが、アレは内容から言って異常だ。ヘルヴィスの非常識さを色々と思い知らされた。
それを軍人であるアドミナとその配下が分からないはずが無い。
だが、それを聞いたアドミナとその部下は不敵な笑みを浮かべていた。
「そりゃあ、魔王のマネなんて出来やしない。犠牲は出るでしょうがね」
「だが、魔族を倒したいのは、何も騎士だけじゃあ無いですぜ」
「俺たち全員の悲願だ」
「言っとくけど、海の防御なら心配はいらないよ。向こうだって陸で勝てると思ってるんだ。何も危険を冒して海には来ないさ。
それに海戦は甘くない。いくら飛び道具を手に入れたって一年や二年で勝てるようにはならないさ。
ついでに言うけど、仮に奴らが船で出てきても直ぐに分かる。海の上は私達が把握している。異常があれば直ぐに知らせが来る。ここに来た時、良い経験が出来たろ?」
「それはもう」
俺達の接近を逸早く察知して、迎撃態勢を整えていた手並み。
あれを海の上、広範囲でやってるって事らしい。頼もしい事、この上なしだ。
「じゃあ、頼めるか?」
「任されよう。だが、勇者殿には別の仕事があるよ。銃を持った連中は私らが相手するとして、後方まで行くのは無理だ。
正直、そこをお願いしたいが、勇者に頼んで良いか、いや、やって良いのか、私も躊躇うね」
「大丈夫だ」
アドミナが言いたいことは分かっている。この火矢を使った作戦での第一目標は、本当は銃を持った魔族では無い。ただ、そこを素通りする手が無いから相手にしなければならなかっただけだ。
本当に狙う場所と、そこで起きる出来事を考えれば、勇者には相応しくない任務だろう。
だが、俺は心優しい勇者では無い。
「敵の補給隊、そこにあるだろう火薬は俺達が吹き飛ばす。一緒に捕虜がいようがな。
だから、俺達に火矢の扱いを教えて欲しい」
魔族と言っても軍の編成は、人間と同じ部分が多い。当たり前だが、補給の物資が後方にあるというのは一緒だ。
魔族にとっての補給物資は、火薬、弾丸、そして食糧だ。それらは後方にまとめられているだろう。
つまり、大量の火薬が付近で爆発すれば食糧となる捕虜も一緒に吹き飛ぶ。
それでも、持ち込んだ火薬は吹き飛ばす。勇者失格だと言われようが構わない。
「了解した。勇者殿の覚悟も疑わない。と言う訳で、指導は厳しいよ」




