海の守護者
火矢の訓練をしたいから、ヴィクトルの実家に教授を頼みたいと隊舎で伝える。
ヴィクトルは自分が直接行って依頼すると請け負うと、隊員の事は俺に任せ、翌朝には出発した。
事の重大性は説明するまでもなく理解していた。俺達が話しているのを周りで聞いていた隊員たちにも緊張感が走る。
特にヴィクトルの実家は、西の海岸線の防衛も担っているのだ。
おまけに、アイツの母親が直々にその任を担っている。
相手が飛び道具を手にした事実を早く伝えたいという気持ちもあるのだろう。
幸い、長々と説明する必要は無かったようで、直ぐに受け入れ態勢を整えるとの返事を携えてヴィクトルが戻ってきたのは、3日後だった。
そして、俺達も出発の準備を整え、ヴィクトルの実家であるパドゥレアス家が治めるメトジティア城に向け出発した。
「エリーザは海を見たことが無いのか? 確か、お前の実家の領地は海に面していなかったか?」
ヴィクトルは実家まで一日で到着するのだが、アイツのペースで行くと殆どの馬が潰れてしまうので、途中で野営を入れた。
あと少しらしいが、このまま進んでも到着は深夜になるので、今日は野営である。
改めて、アイツの半身が別格だという事が証明された。まあ、俺の安綱も平然としているが、他の馬は疲労が隠せない。その辺りを分かる感覚を磨かなくてはだ。
まあ、それはそれとして、今は寝る前の時間つぶしでエリーザと雑談中。
事の重大性は忘れていないが、緊張しっぱなしでも心身が持たない。
適度に肩の力を抜くように、全員に伝えているし、俺も実践するようにしている。
多くの者が初めて海に行くので、ヴィクトルは質問攻めにあっている。
俺は、何時もの流れでヴィクトルが離れた時はエリーザと話をしていたが、エリーザも海を見たことが無いと聞いて意外に思った。
ライヒシュタイン家の領土は、王国内で王家の直轄領に次ぐ広さだ。東は海に面してもいる。
おまけに地図上では北からの船がロムニア王国に来るには、真っ先に接する地のはずだ。
「東は海ですが、ライヒシュタイン領の海岸は、岩礁になっていまして、港に出来る場所が無いのですよ。
海路で北の国から来れば、ウチの領地を通り過ぎて、ザーフィル家があった領地に船を付けることになります」
エリーザの話では、海岸に行っても崖がほとんどで、高さが無い場所でも波が激しくて泳ぎには向かないそうだ。
海に行くのは磯釣りを趣味にする地元民くらいらしい。
「タケル殿は海には何度か行ったのですか?」
「ああ、夏は海で泳いだな。夏に限らず、海に行って釣りをしたりしていた」
「泳げるのですか?」
「得意では無いがな」
どうも、俺の身体は比重が重いようで、水中で力を抜くと沈んでいく。
その所為で、泳ぐ際は浮くための力を加えなくては行けないが、海水だと多少は楽になるので、プールより海で泳ぐ方が好きだった。
エリーザは泳げないらしい。まあ、この世界では水着も無いしな。泳げる人間の方が少ないそうだ。
ただ、釣りは兄がやってたらしく興味があるようだ。
もっとも川釣りだから、海の魚は食べた事さえ無いそうだ。
「川の魚と違って骨が硬い。身も引き締まっているし美味いぞ」
だが、これから行くところは海に面した城だ。新鮮な魚も食えると思うと嬉しくなってきた。
前にヴィクトルに買ってきてもらった奴は、保存の効く干物だったからな。
刺身は無理にしても塩焼きは食えるだろう。
そんな雑談を交わしながら、眠りにつき、日の出とともに出発。
ヴィクトルが直ぐだと言ったように、2時間ほどで城が見えてきた。
同時に、潮の香りがしてきた。前は、この匂いがすると大物を釣るぞとテンションが上がってきたが、今回の目的は釣りでは無い。真面目な態度を貫こう。
「先行する。そのままの速度で向かってくれ」
到着を伝えるため、ヴィクトルが馬を疾駆させた。
本来なら、何時頃に到着すると数日前に伝えるのだが、ここはパドゥレアス家の風習とでも言うか、海に出れば、いつ戻ってこれるか事前に連絡しようにも、数か月単位で前の連絡になる。
もう、数日の誤差なんか気にしない。下手すれば一か月くらいは誤差が出るので、一度、来る。迎える。と言った以上は、何時来ても大丈夫だと言う。
だが、事前の連絡は礼儀として当然だし、これから世話になる相手には、少しでも心証を良くしておきたい。
通常に比べれば、遥かに遅い事前連絡だが、やらないよりはマシと思い、ヴィクトルに先行を頼んだ。
まあ、仮にも公式では領主であるヴィクトルに使いをさせるのも変な話だがな。
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「事前の通達とは、勇者殿は聞いた通り律儀な性格なようで」
「おや、しかも、伝令役がヴィクトルですか」
メトジティア城の中心、パドゥレアスの館にある廻縁(最上階ある外周を囲んだベランダ)に立ち、パドゥレアス家の海軍を仕切る、アドミナ・パドゥレアスは城の外周にある物見櫓からの旗を使った手信号を見ながら、ロムニアの勇者の行動を評していた。
隣にいる、義弟で、領内の政務を仕切るロストゥムが、伝令役が誰かを呟くと、律義さの方向が変わっていると苦笑してしまう。
タケルから城の存在を視認したように、城の方でも接近する騎馬隊の存在を把握していた。
西の防衛線を自負し、伝令を使えない海戦で指示を徹底させるために用いている信号は、その詳細を素早く中心にある館へと伝える。
「さて、噂の勇者殿が教えを請いたいと言ってきたのだ。多少のハッタリは見せなければならないでしょう」
「義姉上は穏便と言う言葉を御存知か?」
「知ってはいますとも。ただ、嫌いな言葉ですね」
ただ、お互いを知るのに、最も適した方法を用いる。
噂は耳にしているし、姪からの手紙でも、その人なりを想像させた。何より、息子のヴィクトルから話を聞いていたし、無気力で死にたがっていた息子に力を取り戻させた男、興味が湧かないはずが無かった。
「迎撃準備、相手は我が国が誇る最強の部隊だ。歓迎せよ」
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水堀? 東から西へ流れる大きな川が城の縄張りの北面で、東側の正門と思える場所の周囲も水に覆われていた。
どうやら、メトジティア城は日本の城で言う海城になるようで、城下町と思われる都市の規模の外周を囲むように城壁があり、その周囲は堀になっている。
しかも、堀はかなりの広さで、小舟なら十分に行き来できるようで、チラホラと見える。
自然の地形を生かした城は、クルージュ将軍のカラファト城も同じだが、向こうは川と山を利用しているのに対し、メトジティア城は平地のため、水のみを使っている。
ただ、その規模が段違いだ。港湾都市として交易も担っているから東側にある正門は広く、何台も荷車や馬車が行き来出来そうだが、そこ以外からの出入りは船を使わないと難しそうだ。
「南の堀も広そうだな。橋は無いか」
「いえ、普段は船を使った浮き橋があります。ただ、荷は無理ですね」
ヴィクトルの副官にしたパペルは、パドゥレアス領の地元民なのでガイドをしてくれている。
何でも小舟を並べて、手摺の付いた板を乗せただけの橋が有るらしい。
それは何時でも移動可能とのこと。何しろ満潮時と干潮時の水量が大きく違うので、城側と対岸側は石で出来た階段を設置し、水位に合わせた場所に板を設置するのだが、階段の高さが違えば当然幅も変わる。
大潮の日は、満潮時に対し、干潮時は小舟を二艘抜いてしまうらしい。
「物見櫓も多いし、万全の防御だな」
城壁の四方はもちろん、途中にも塔のような建物があり兵が詰めているようだ。
それに、もう、正門が建物と言っても過言ではない重厚さがある。門と言うよりビルの一階部分を駐車場の代わりに通路にした三階建ての建物って感じだ。
その威容に感動を覚えながら進んでいると、何か違和感を感じた。
「武器構え!」
とっさに大声を出し、進路を左に90度変えて疾駆を始めると同時に、相手が弓を構えるのが見えた。
距離は100mほど、城壁の上から矢を射てきた。
「訓練用の矢?」
飛来してきた矢を掴むと、鏃には征矢(一般的な敵を殺傷する鏃)ではなく、衝撃を吸収する素材が付けられている。
なるほどね。ヴィクトルに聞いてはいたが、随分と勇ましいママさんのようだ。
「当たった奴は?」
「掴むなんて馬鹿な真似は出来ませんが払い除けるだけなら!」
「ルウル、お前は後で殴る」
冗談を飛ばし合うが、流石は俺とヴィクトルで徹底して鍛え上げた部隊。全員が矢を払い除けている。
折角だ。このまま続けよう。俺達を知ってもらうのに都合が良い。
「当たった奴は離脱! 正直にな。弓騎兵は訓練用の矢で応戦!」
払い除けながら訓練用だと気付いた奴も、気付いていない奴もいるだろうが、一斉に肯定の返事が返ってくる。
そのまま北から南へ移動しながら、弓騎兵が右腰に付けた矢筒を訓練用の物に付け替えるのを待つ。
その間も、城壁には兵が増えていた。
「反転するぞ。騎兵は矢を防御! 弓騎兵は狙い撃て!」
今度は南から北へ向かう。城側にいる騎兵は左側を敵に見せるので矢を払い除けにくいが、この程度で根を上げるほど柔な訓練をしていない。弓騎兵を庇いながらも確実に相手から飛んでくる矢を落としている。
そして、弓騎兵は右で矢を持てるので狙いやすい。高さ的に不利だが、相手の射手を狙い当てていく。
その相手側も訓練用の矢が当たると、武器を落として座った。
やはり、いきなりの訓練らしい。面白いじゃないか。
それに正門は開いたまま。ここまで来いと言うお誘いだろう。
ならば、その誘いに乗ってやる。
「正門から突入する」
距離を縮めながら正門がある北へ向かう。
正門までは300メートル、城壁との距離は既に堀を挟んだだけの距離で、50メートル弱。
この距離でも相手の矢が当たる事は無い。
その時、払い除けた矢が割れ、液体が飛び散るのが見えた。
今までと違う矢だと気付いたが、これまでと同じ動作をしてしまった。
走りながらだったので、割れた中身は先頭の俺にはかからなかったが、後方の奴は被っただろう。
それに俺以外にも割ってしまったのが音で分かる。
進路を右寄りに換えて、城と距離を取る。
後ろを振り向くと、濡れた連中が大半で、その匂いを嗅いでいた。
何の匂いか分からないのだろう。首を捻っている。
だが、俺には見当がついていた。
「油か?」
「あ、そんな感じです。匂いは酷くないのですが」
「う~ヌルヌルする」
「濡れた奴、いや、濡れていない奴は挙手」
やられたな。殆どの手が上がってこない。
おまけに匂いが少ないって事は獣油や魚油では無い。それに植物性でも絞っただけのやつは匂いがあるから、何らかの精製をして可燃性を高めている可能性がある。
どちらにせよ、向こうがその気なら、離脱までに火矢を放つ機会はあった。
油まみれでは、火矢を払ったところで引火して終わりだ。
これが戦争なら、俺達は完敗していた。
改めて城を見ると、正門の外に整列している兵士がいた。
その中に頭を抱えているヴィクトルが見える。
「行くぞ。完敗だ。負け犬らしく振舞えよ」
そう言って、整列した状態で城へ進む。
正門の橋を渡る時点で馬を降り手綱を引きながら歩いて近付いた。
ヴィクトルの隣にいる革鎧を着けた女性、日に焼けているがヴィクトルの面影がある。
パッと見では若いが、俺に若作りは通じない。どうやら40代だ。彼女がヴィクトルの母親で、海軍の大将で間違い無いだろう。
「お初にお目にかかります。ロムニア王国軍特別部隊、赤備えを率いるタケル・キクチと言います」
「初めまして勇者殿、メトジティア城、海軍総督のアドミナ・パドゥレアスと申します。
いや、素晴らしいものが見れました。まさか、全ての矢を払い除けるとは、ロムニアに誕生した最強の部隊。想像以上でした」
よく言うよ。あの戦いの組み立てから言って、こっちが矢を払い除ける前提じゃないか。
確かに予想よりは上だったかもしれないが、それでも想定内だったはず。完全に手玉に取られた気分だ。
だが、周囲の兵士の目に蔑みは無い。素直に俺達の力を称賛していると思っても良いだろう。
「それで、最後に放った矢は、簡単に割れましたが、油が入っていたのですか?」
「御明察。火矢はそれだけでは、中々、燃えるものではありません。故に先ずは油をかけるのですが。
まあ、それは後程、説明する時間を設けましょう。それより、遠路、王都から来られたので、旅の汚れもあるでしょう。
湯を用意しております。先ずは入浴して旅の汚れを落とされると良いでしょう」
いや、汚れの最大の原因はアンタだから! 大半の連中が油でベトベトだから!
そうツッコミを入れたいのを我慢しながら、何とか平静を保ちつつ礼を言って、風呂へと案内してもらう。
「湯に入っている間に食事の準備もさせましょう。腹が膨れれば、心も穏やかになります。
……その後は、遠慮せずに話せる関係を願いたいものだ」
「……了解した。食事が楽しみだよ」
どうやら想像以上に食わせ者らしい。むしろ、完全に海賊の女棟梁じゃねえか。だが、教えを乞う相手としては頼もしいと言って良いだろう。




