この世界の状態は?
「どうぞ、そちらへお座りください」
そして、会議室のような部屋に案内され、向かい合うように席に座る。
会議室と言ったが、床は石畳で壁もレンガ位のサイズにカットされた石を積んで作ってあり、ここに来るまでの廊下と言い、詳しくは分からないが、映画で見るような古い西洋風の作りだ。
「先に自己紹介をさせていただきます。私はエリーザ・ライヒシュタイン。王国の騎士です。
それと、先程は失礼しました。お許しください」
「お気になさらずとも構いません。先程も言いましたが、こちらにこそ非はあります。私は…」
「存じ上げております。タケル殿。それと私に敬語は不要です。私は17歳とタケル殿より年少ですから、タケル殿に敬語を使われると、居心地が悪くなります」
17歳か。ババァだな。
「しかし、私は教わる立場ですが」
「それでもです。タケル殿は、今から聞くことだけでなく、これからも疑問に思われることが在るかと思います。
そして、私はタケル殿を補佐するよう指示を受けています。それなら今の内に慣れた方が良いと思いますが?」
気の強そうな女性の優しい笑顔。ロリコンで無かったら、惚れるかもしれないな。
まあ、言葉に甘えさせて貰うか。
「分かった。そうさせて貰う。それと、俺は自分を私ではなく俺と言うが良いか?」
「はい。その方がお似合いです。改めて、これからよろしくお願いします」
そう言うと、嬉しそうな笑顔を見せる。
「では、説明を始めますが、そうですね。まずは、かつて勇者が現れた1000年前……」
そうして、いきなり1000年前という大きなスケールで話が始まってしまった。
まさか、1000年分の歴史が語られるのだろうか。覚えきれる自信が全くないのだが。
何でも、この世界には昔、それなりに発展した文明があったらしい。だが、その文明は滅んでしまった。
かつて、世界を支配した魔王の手によって。
魔王を崇拝する魔族は、角が生えており、人間より大きく強靭な肉体を持ち、そして人肉を好む。
翼は生えていないようだし、西洋の悪魔より、日本の鬼を連想させる生物である。
その世界を支配した魔王は、人間から文明を奪い、家畜として支配した。
この支配体制が何年続いたかは不明だが、少なくとも家畜として育った人間が、文字どころかほとんどの言語さえを失い、多くの技術を無くすくらいには続いた。
わずかでも伝承されたのは、農業くらいで、服を作る技術さえ滅び1000年前の人々は全裸生活だったらしい。
何故、農業が残ったかと言うと、家畜に作物を作らせ、家畜は農作物を食って成長し、魔族の餌になるシステムだったからだ。その農業も生産性が重視で味は無視である。
餌を与えなくてはならない養豚より、上手いシステムだと思ったが、口には出さない。言ったら顰蹙を買うくらい予想できる。
そんな時、彼らは現れた。男も女も、若い者も老いた者も居たという。
何故、来たのか、どうやって来たのかさえ分からない。
失われたはずの服を着、若い男は、その上には色鮮やかな鎧を纏っていた。その腰には長く反りのある剣。
その姿を聞いて、日本人なら誰だって思うはずだ。
「武士? それも一族を引き連れた」
「知っているのですか?」
「いや。確証は無いから、話の続きを頼む」
祖父の影響で、バカな俺だが歴史には詳しいところがあった。1000年前と言えば、鬼退治で有名な源頼光が生きていた頃か。それに源氏から足利や新田が分家として起こったのも、それ位。つまり、武士が地方開発をしたり、縄張り争いをしていた頃だ。だが、確証はないし、必要な情報かも不明。それより情報を聞いた方が良いだろう。
話の続きを促すと、いきなり彼ら武士らしき者と魔族との争いが起こった事を知らされる。
そして、魔族を倒して目出度しかと思ったが、そうは甘くない。
武士らしき集団は敗北し逃走。何人かは家畜として捕らえられてしまったそうだ。
だが、当然ながら、それで終わるわけがない。
逃走した武士ら……もう、勇者で良いや。勇者は魔族の力を調べる。
そして、魔族が人を食う理由、魔族の力の源ともいう力を見つける。
魔力と名付けられた力は、人が有し、力をコントロールすることで、その身に強大な力を宿せることに気づいた。
そうして手に入れた技術、戦闘法とも言うべきそれは、人間を魔族とも戦える武神にする技術だった。
更に、捕らえられた勇者も、家畜として育ってきた人間に言葉を教え、戦う意思を植え付けることに成功する。意志だけで勝てるほど甘くは無いが、武神となり救出しにきた勇者と合流すると、その地の人々に戦う術を教え、魔族との戦争が始まった。
幸い、海を渡り目視で見える島に行ったところ、魔王の支配から逃げ延びていた人の子孫と合流する。
魔族は海を渡る技術を有していなかったため、多くの島に生き残った人間が見つかり、勇者の指揮下に入る。
彼らは、島であるため農耕は出来なかったが、主に狩猟と漁で飢えを凌いで生き延び、失われた建築や鍛冶の技術を伝え続けていた。
特に鍛冶の技術が復活したのは、装備の面で大きな戦力となった。
戦いは長きに渡り、老いた勇者は死んでいったが、最も若い勇者、この世界に来た頃は子供だった勇者が先頭に立ち、彼が老いたころ、ついに決着が訪れる。
魔王を討ち果たし、王を討たれた魔族は混乱し、狩られる立場に転落した。
多くの勇者が、この世界の人と結ばれ子供を作っていた。ちなみに重婚ありの子沢山。
彼らは、それぞれに仲間を引き連れ魔族の残党狩りを開始する。
そして、それぞれの土地で国を立ち上げ、王となった。
この国も、その1つで、ロムニア王国という。
なるほど、もしかすると、この世界の無くした文化に異世界から来た日本人、おそらく平安時代の武士の文化で補足され、この和洋折衷のような文化が成立したのかもしれない。
まあ、そんな考察は今はいい。
何といっても、今ので終わりなら、それこそ目出度し目出度しで終了で、今の状況には繋がらない。
予想は付くが、黙って話を聞く。
そして、予想通りの展開が待っていた。
かつて、追われ偶に人里に現れては狩られる立場になった魔族だが、時々見られることから分かるように絶滅したわけでは無かった。
魔族は、このネノカタスと呼ばれる大陸の中央に位置する大山脈に生息していたようだ。人間が生存するには困難どころか不可能と言っても差し支えない土地だが、魔族は生き残り、1000年時を超えて新たな魔王が誕生した。
「ヘルヴィス。それが新しい魔王の名前です」
新たな魔王ヘルヴィスは大陸南にあるサイプラス王国を攻略すると、足場を固めて山脈の南の諸国の攻略が開始される。
山脈の西部、東部の諸国も黙って見ていたわけでは無く、軍勢を送り南部諸国を援助したが、足並みが揃っているとは言い難く、5年の時かけて南部を全て制圧された。
ざっと聞いた感じだが、この戦争はかなり不利だと思う。
まず、地理的な問題が大きい。敵の本拠地と言える山脈は大陸中央に位置し、東西南北の何処からでも侵攻が可能。一方で、人間が攻めるには山脈の気候は厳しすぎて不可能。
各国が同盟関係にあり、救援をしようにも、自国の防御を疎かにするわけにはいかないので、敵の大軍を確認してから山脈を迂回しての参戦になる。間に合うわけがない。
口には出せないが、南部は敵に与えてしまった方が、まだ戦いやすい。
予想通り、南部は制圧されたが、その後の攻撃では最初の圧倒的な侵攻が嘘だったかのように勢いが落ちたようだ。
元々、魔族は数は多くない。最近まで追われて山脈で隠れ住んでいたのだから当然だ。
さらに、生命力が強くて長寿。普通に考えれば繁殖能力は低い。急激な増加は望めないはずだ。
制圧した南部は手放したくないだろう。その結果、主力を2分して制圧した南方の東西に配置し、東方諸国と西方諸国へ対峙させ、少数の部隊がゲリラ的に山脈から降りてくる戦略を取っている。
対する人類側は北方諸国は支援体制に徹し、東西の諸国が、近隣の国と連携を取りながら防衛体制を取ることにした。
ちなみに、ここロムニア王国は東方諸国に位置し、南東ににある大きな半島部分だ。
南と東は海で、西は海峡がある。魔族は海を渡る技術は無いので、北西に位置するマグルド王国に援軍を出すのが役目だった。
そう。だった。過去形だ。
マグルド王国が5年前に陥落したのだ。北にあるカザーク王国と同時に、北西を魔族と直接領土を接することになった。
カザーク王国の方が、魔属領と接する国境が長いが、あちらは北からの援軍が望めるのに対し、ロムニアは孤立している。
何故、数に劣る魔族軍が優勢になったか。確かに個の戦力では魔族が上だが、数でカバー出来る。
実際に“ある条件”が無ければ戦闘は互角だった。
机上の戦略では、攻め込むのは難しいが、無理ではない。奪還も夢ではない。まして、向こうから攻撃した場合は、追い返すことは確実と言っても良かったのだ。
だが、その計算を狂わす存在があった。互角になるのは、魔王ヘルヴィスが居ない戦場でのこと。
ヘルヴィスは容易く、その計算を打ち壊した。
ヘルヴィスが率いる部隊は、わずか500騎程度の騎竜と言われる、有名な恐竜映画で人気になったラプトルみたいなトカゲに騎乗した集団らしい。
で、こいつが洒落にならないくらい強いようだ。
以前に、人類側が10万。魔族側が1万足らずで、人類側が優勢な状態で行われた戦闘で、散々に人類が打ち破られ敗北したのは魔王率いる騎竜隊の存在のせいらしい。
まず、魔王本人の強さが凄い。だが、個人の強さなど高が知れている。戦争において個人の武勇は、兵士の士気を上げるが、1人で軍勢を相手には出来ない。それを成そうとする者が居れば、対策はいくらでも取れる。
だが、魔王の騎竜隊は全員が精鋭な上に、良いところで突っ込んでくるらしい。
上手く敵将を包囲し討とうとする瞬間や、疲労した部隊を下げる瞬間など、こちらが来て欲しくない時に限ってやってくる。
しかも、騎竜隊を警戒している時には来ないし、来たから慌てて討とうにも、凄まじい速さで駆け抜ける騎竜隊は、とっくに過ぎ去っているという。
つまり、魔王ヘルヴィスは魔族を統一しただけあって統率力に優れた戦上手。しかも、軍略を立てて棋譜のように戦を進める知将タイプではなく、その場の判断で咄嗟に動く猛将タイプらしい。
結果的に、ヘルヴィスにしてやられた人類側は苦戦というより、滅亡を引き延ばしている状況。
西方の戦線は、最大のグロース王国が奮闘。中でも王太子は戦上手でヘルヴィスも攻めあぐねているようだ。
だが、英雄のいない東方はヘルヴィスに翻弄され続けている。ロムニア王国は、1年前の時点で、王は弟妹と王太子以外の子供を全て。アーヴァング氏も妻に先立たれた。
「私も既に家族は弟しか残っていません。ですが、そんな絶望的な状況の中、かつての勇者が生まれた世界へ扉を開き勇者を招き入れる魔法が完成しました」
そして、勇者が最初に現れた地、カザーク王国で最初の召喚が行われ、その後は1か月の間隔で勇者が呼び出された。
途中、カザークの勇者召喚に立ち会ったという、エリーザの怨念じみた愚痴を聞かされたが。ちなみに俺は12番目に呼び出された勇者らしい。
だが、4か月前に勇者の出現を待ちわびつつも、再びヘルヴィスの侵攻を受ける。その戦いでは、王太子とアーヴァング氏の前の元帥で王太子の奥方の父親が戦死。アーヴァング氏は、この戦いで妹を失っている。
ちなみに謁見の間で自己紹介をしなかった女性が、その亡くなった王太子の奥方。非常に聡明で、現在も国王を補佐しているそうだ。自己紹介をしなかった非礼をエリーザに詫びられたが、仕方のない事だと思う。
王の補佐と言っても、正式な役職は無いし裏方。王妃でも無い。現状では次期女王候補の母親で未亡人。謁見の間で喋ることは、本来は無いのだそうだ。
こうして、一通りの説明を受けたのだが、頭の中を整理しきれない。
「済まないが、少し時間が欲しい。頭の中を整理したい。だが1つだけ……」
我ながら狂った思考だと思う。世界の危機や家族を失った者の嘆きより、俺の興味を引いて抑えきれない情報があった。
「……1つだけ教えてほしい。武神の力とは何だ?」
強くなるための技術がある。それを見過ごすことは出来ない。
この狂った質問に目の前の女は嬉しそうにほほ笑んだ。
まるで、肉食獣のような微笑で。