カザークの戦闘
「グラールス様、カザークの軍勢と接敵まで、残り15郷(約15km)です」
「よし、進軍停止。兵糧は一片だけ口にすること」
斥候からの報告に、進軍の停止を命じる。すでに日は落ちており、薄暗くなっている。このまま前進して人間と戦闘を開始したとして、勝っても逃がす可能性が増える。出来れば生かした人間は捕らえるか、その場で食いたいと思う。
冬が明けて最初の出撃だ。出来れば食糧を確保したいし、魔力持ちなら更に良い。
野営の準備を終えた頃に、後方から悲鳴が聞こえ始めた。食事前は何時もの事なので気にしない。ただ、兵糧が暴れているだけなのだ。
与える量はわずかなもので、それはグラールスも変わらない。逆に戦闘前は取らない方が戦意が高揚するが、兵はそうもいかない。
ここで食事を与えなければ空腹から命令を聞かなくなる。
かと言って、逆に取らせ過ぎれば、戦意が下がるので、匙加減が難しい。
「カザークは何時まで持つでしょうか?」
「さあな、別に慌てることもあるまい」
部下の質問を軽く受け流す。別に本気で質問している訳でもなさそうだ。単なる興味本位だろう。
グラールスの感触としては、カザークは国としては裕福だし、騎士の数は多いが、質の面ではロムニアの方を評価していた。
ロムニア王国は全体的に優秀な騎士が多いが、特に思い出深い相手が、6年前の侵攻で戦った女騎士だった。傷つき気を失った夫を庇って立ち向かってきた。
美しい黒髪をした女だった。あのような敵は、そうそう出会えるものでは無い。食った肉の味も格別だった。
そして、その時、妻によって逃がされた夫は、去年の戦いで剣を合わせた。復讐に燃える剣は、グラールスの心を激しく震わせた。
残念ながら、決着を付ける前にロムニア軍は崩壊し、グラールスは逃げる王太子を待ち伏せする場所へ移動したので、あの騎士を食う事は叶わなかった。
夫婦諸共喰らう。それが今のグラールスの悲願だった。
「私としては、このままカザークを落とせば、南北に敵を見るので先にロムニアを落とすべきと思いますが」
「俺も同感です。確かに死兵は厄介ですが、むしろ例の武器が配備されれば、死兵はやりやすい位だと思います」
配下もロムニアの打倒に積極的だった。これまで戦ってきて、多くの敵を倒し、国を滅ぼしてきた。
だが、ロムニアだけはヘルヴィスがいなければ完勝していない。勝っても僅かな前進だけ。
今度こそ自分達で勝利を掴みたいと思っているのだろう。
「安心しろ。そう遠くない内にロムニアとは戦う。だが、強いぞ。死兵だと思うな」
昨年の暮れに郷が落とされた。状況からロムニアの騎士は死兵と化したと思われたが、違和感が付きまとっていた。
何処か不自然だと思っていたが、違和感の正体が分からないままだ。
だが、主であるヘルヴィスの態度で分かることがある。
何処か楽しそうな態度。何かを楽しみにしている。主は何かを感じているのだ。
そして、魔王ヘルヴィスが楽しみにすることなど、強敵との闘争以外ありえない。
間違いなくロムニアで何かが起きている。
「そのためにも、ここら辺りでカザークの戦力を削っておきたい。そのつもりで戦え」
そう指示をすると、交代で休ませる。人間の戦い方は連携を重視するので夜襲は不得手だ。おそらく戦いは明日の朝からになるだろうが、夜襲の警戒を怠る理由にはならない。
指示を終えるとグラールス自身も、目を閉じるが、やはりロムニアの騎士が浮かんできた。
相手はカザークなのだと自分に言い聞かせるが、やはり、カザークとの戦いに乗り気になれないでいた。
夜明け前に目が覚めると、出撃の指示を出す。
今から移動すれば、明るくなる頃に敵と接触するだろう。
「グラールス様、敵の陣形が妙です」
斥候からの報告に、最前列に移動する。
確かに陣形もだが、カザーク軍は陣形だけでなく、戦場も奇妙な事になっていた。
「何のつもりだ?」
戦場のいたるところに進軍の障害となる穴や障害物が置かれ、陣形の最前列には柵が作られていた。
その奥には騎士では無く、民兵らしき集団が前列に配置され、肝心の騎士は後方に位置している。
そして、注目すべきは、その民兵が所持している物だった。
「あれは……銃だと?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
魔族が近づいてきた。進路を邪魔する障害に苦労しているようだが、確実に近づいている。
緊張する手で握る物体に視線を送った。普段使用している弓より射程は長いようだが、本当に魔族に通用するのか?
今まで弓兵として戦場に出て来たことはあったが、何時もは後方にいた。だが今は、目の前にあった頼もしい騎士の背中は見えない。代わりにあるのは木で組んだ柵のみ。
「構え」
その声に、訓練通り構える。魔族までの距離は5荘(約500m)位だ。
正確に狙う必要は無い。自分が担うのは面の一部に過ぎないと自分に言い聞かせる。
ゆっくりと呼吸を繰り返し、引き金に指をかける。
「撃て」
引き金を引くと同時に、轟音が鳴り響いた。
周囲が煙に包まれ何も見えなくなる。
「何も見えないぞ!」
「どうなってるんだ」
周囲が騒がしい。この間にも魔族が近づいているかもしれない。そう思うと、ここから逃げ出したくなる。
やがて、煙が晴れてくると、周囲は静寂に包まれた。
「倒れてる」
隣にいる少女の声が聞こえた。自分と同じく、少ないが魔力があると言う理由で弓兵として参加した少女だ。別の荘だが、同じ郷だから会う事もあるかもしれないと話していた。
だが、少女の顔を見る余裕は無かった。ただ、目の前に広がる倒れ伏した魔族の群れに目を奪われる。
「効いている。効いているぞ!」
前列の魔族が倒れ伏し、目の前の倒れた魔族を見て硬直している魔族の群。
何が起きたか分かっていないようだ。
「次の弾を込めろ!」
その指示に我を取り戻し、慌てて立ち上がり次弾の準備を始める。
火種の部分を引き銃を立てると、その先端の穴に火薬と言われる粉を注ぐ。次いで指の大きさ程の細長い金属を落とし、棒で軽く押し込む。
再び水平にすると、火蓋にも火薬を注いでから構える。
「逃げようとしている?」
呆然としているように見えた魔族は、目の前の倒れた魔族を抱え、後方に下がろうとしている。
魔族が仲間を助けようとしている姿を不思議に思いながらも、次の指示を待った。
「撃て!」
再度の発射命令に引き金を引いた。
先程と同じく、轟音と共に視界がふさがれる。
緊張の中、晴れた煙の先には、逃げ出す魔族が見えた。
動かなくなった魔族を抱えている者が見える。
「に、逃げるぞ! 次の弾を込めろ!」
「いや、良い。残念だが魔族と言うのは想像以上に臆病だったようだ」
弾を込める作業に入ろうとしたところで、それを止める声が聞こえた。
馬に乗っている。軍馬では無い、普通の馬だ。
「勇者様」
隣の少女が声を出すと、こちらを見て笑顔を見せる。
少女よりは年上だろうが、自分より若い。20歳くらいだろう。
「勝てたのですか?」
「まあな。今回は銃の数が少なかったので逃がしてしまった」
「し、信じられないです。騎士様でもない、私達の攻撃だけで魔族が逃げ出すなんて」
「騎士など、時代遅れの兵だ。俺の世界では、とっくに銃によって淘汰されている」
「そ、そうなんですか?」
「ああ、特権階級に胡坐をかいた無能な連中など不要だろう」
吐き捨てるような言葉に、騎士への嫌悪を感じた。
自分にとって騎士とは、領民を守る頼れる存在だった。だが、今回の戦闘では、騎士の力に頼ることなく勝利をしている。もしかすると、勇者の言う様に騎士とは不要な存在なのかも知れない。
「サダユキ殿」
騎士が近づいて来て、遠慮がちに声をかけてくる。
その騎士を面倒そうに見る。
「何だ?」
「魔族が撤退します。追撃はどうしますか?」
「無しだ。今回の戦闘は撃退が目的だ。それ以外の事はするな。そんなの基本だろ」
「そ、そうでしょうか? 撃退でも追撃は普通に行いますし、状況によって臨機応変に動くと思いますが?」
「臨機応変? それは行き当たりばったりと言うんだよ。戦略と戦術のレベルも低いのか」
吐き捨てるような言葉に、侮蔑が滲んでいた。
「戦争で勝敗というのは戦う前に決まっている。俺は必ず勝てる準備をしてから戦う。だが、俺の予定外の事をされては勝てるものも勝てなくなる。余計なマネはするな」
「も、申し訳ありません」
「し、失礼します。ロムニア王国から援軍と称して、応援に駆け付けたようです。
現在、本隊5000騎が、南に布陣しているとの事です。対応はこちらでして宜しいでしょうか?」
その会話に、思わず南を見る。
戦場は窪地で、南に1郷も行かない位に丘があるので、その先は見えないが、ロムニアの援軍が何処かに居るのだろう。
「……ロムニアから来た使者は、どんな奴だ?」
「ロートルイ・コーナートという青年です」
「……一応、会ってみるか。話は任せる」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「どう見る?」
「訳が分からん。普通に考えれば、銃で撃たれて前列の兵が戦死した。後方の兵は謎の攻撃に怯えて、仲間の死体を担いで逃げた……って、なるよな」
「死んだ? 本気で言ってるか?」
「いや、倒れ方もアレだったしな」
ヴィクトルと丘の上から戦場を見ながら、妙な戦い方を振り返っていた。
魔族は全軍を一郷ほどの距離で停止させると、陣形はそのままに、兵の入れ替えを行っていた。
やがて、前進を開始すると、銃の一斉射撃が始まり、前列の兵が倒れ、整然と前進を停止した。
「俺の勘だと、前に出て来たのは、グラールスの供回りの奴だな。丁度、千体くらいだし、倒れたのと担いだので数が合う。」
「ブライノフ将軍の見覚えのある奴でもいたのか?」
隣にいたブライノフ将軍の推測に、興味が湧いた。
この中で、一番経験があるのがブライノフ殿だ。その意見は貴重だし、他の将軍に言わせれば、妙に勘が鋭いそうだ。
ちなみに、その情報元は二月前の閲兵式の戦闘後の宴会中である。将軍格と俺の全員が酔っ払った挙句に、敬語を使わなくなったが、そのまま継続している。
「まさか、ここから顔など見えんさ。だが、動きや雰囲気でそう思った。最初に勘だと言ったろ」
「グラールスの供回りが討たれた……信じがたいですね。第一、損傷を受けたように見えない」
ヴィクトルが頭を抑えながら言うが、俺も同感である。
最前列が銃で撃たれた際に倒れたが、正直、何か当たったから寝た。そんな感じだ。
それなのに、ピクリとも動かなくなり、後ろの連中が担ぎ始めた。
「それにしても、カザークからは一切、追撃の兵を出さんな。何か理由があるのか?」
「向こうでも魔族の倒れ方に違和感を抱いたか……タケルなら、どうする?」
「当然、追撃する。罠って感じはしないが、違和感の正体も分からんし、無理はしないが、それを確認したい」
カザークの動きも変だ。ここは追撃する場面なのに、追撃の気配が無い。
対魔族戦の基本は、相手の数を減らす事だ。それなのに最も数を減らす機会である追撃戦を怠るなんて、カザーク軍が戦いの基本も知らない訳はないだろうし、何を考えているか不明だ。
「まあ、ロートルイの帰りを待とう。出来るだけ情報を拾ってくるように元帥が付けてくれたんだ。期待しよう」
「エリーザが行けば、もっと口が軽くなったんじゃないかな。ご執心だったと聞いたぞ」
「勘弁してください。それに、交渉事はヴィクトル殿の担当でしょうに。
それで、ジュリア殿は、どう思われる?」
全員の視線が、一斉に向かう。
この丘に居るのは、俺とヴィクトル、エリーザの赤備えのトップと、ブライノフの隊からブライノフ本人と副官2名、それに客将とも言うべき、ディアヴィナ王国から派遣されたジュリアだ。
そもそも、何故、今年は可能な限り出兵しないようにしていたのに、わざわざ援軍としてカザークまで出向いたかと言うと、彼女の依頼だった。
彼女の考えは、魔族に銃が渡ると拙い。何としても防がなくてはならないというものだ。
半月ほど前から、俺達の部隊を見物させて欲しいと言う名目で来た彼女だったが、もう一つの目的として俺の観察があった。
彼女に指示を出した結城鮮花という、ディアヴィナ王国の女勇者は、俺が手を組める相手か気になっていたそうだ。
俺が元の世界の技術を不用意に持ちこむ危険人物か否かの確認。彼女から提供された武器も、本来は銃剣に使用される接続方法を改造したものらしい。
それを明かされたのが一週間前。
どうやら俺は合格したらしい。いや、申し訳ないが、元の世界の技術を持ち込むなと言われても、弓は作ってしまった。
ただ、大したことは知らないだけだ。何か、火薬の作り方を知っている前提で話をされて、正直、困ったくらいである。断言してやるが火薬の材料なんか知らなくても生きていける。負け惜しみでは無い!
まあ、それは兎も角、俺としても魔族に銃が渡る危険は排除したかったし、赤備えが半壊してでも阻止しようと意気込んで出兵したと言うのに、この奇妙な戦闘結果である。
もう、何が何だか、誰か分かる人がいれば是非とも解説して欲しい。
「私にも、分かりません。アザカなら、何か思いつくかもしれませんが……このまま、私だけでも一度、ディアヴィナに戻ろうと思います」
「まあ、ロートルイの帰還と、カザークが撤退するのを待とう。判断はそれからでも遅くはない」
「カザークの撤退も待つのか?」
「ああ、話次第ではブライノフ殿の本隊は先に戻ってもらう」
「赤備えだけで何をする気だ?」
「あの場所を調べたい。魔族が銃で撃たれた地点」
だが、分かる人は見当たらない以上は、自分で情報を探すしかない。
本当に魔族にダメージがあったのなら、血痕がある筈だし、あの場所を徹底的に洗うとしよう。




