わたし達でも
「無傷とはいかないか」
「流石にな。ブライノフ将軍の部隊は、攻撃力だけなら元帥以上だ。
そんな連中相手に攻撃を優先させれば、手痛い反撃も喰らうさ」
周囲には聞こえないよう、ヴィクトルと会話する。
今回の模擬戦で13騎が討たれた。弓騎兵からも2騎が討たれたので、表面を削られただけでは無く、内部までしっかりと食い荒らされたという事だろう。
その100倍以上は討っているが、1割の損害と言うのは決して低いものでは無い。
その時点で撤退を考えるべき損害だ。
無傷での勝利に慣れたせいか、今は、討たれた連中だけでなく、討たれはしなかった者も勝ちを喜ぶか損害を反省するかで、微妙な空気になっている。
「今回は、勝ちと思っての油断があったかな?」
損害の半数以上が、ブライノフ将軍を討った後だ。
本来なら追撃戦で一方的に優位になる展開なのだが、そこは相手が悪かった。
本当によく鍛えられている兵だ。小隊単位では崩れることが無かった。
「油断が無かったとは言わないが、調子に乗った、と言うより、自分で自分の勢いを止められなかった気がする。狂奔していた者が討たれた」
「あ~、俺の影響かな?」
「自覚してくれているなら助かるよ」
ジジィに指摘されたが、俺が指揮していると、全員に俺の狂気が伝染するそうだ。
戦いを楽しむような行動が見られると言っていた。これには、ヴィクトルも同意見で、それが強さに繋がると思っていたようだが、思わぬ落とし穴が見つかったって事か。
「だが、お前の狂気に率いられることが、この部隊の強さであることは間違いない。
俺やエリーザが抑え役を出来るとも思えんし、慣れさせるしかないだろう」
「そうか、まあ、改善するべき課題が見つかった事を喜ぶべきか」
「そうだな。戦果は上々で、先を見据えた分の、この模擬戦の義務は果たした。今いる隊員の課題も見つかった。良い事尽くめだと思おう」
「今いる隊員の課題はてんこ盛りなんだがな」
「お前も含めてな。だが、お前も元帥の配下なら指揮しやすいのではないか?」
来年には隊を1000人に増強するための課題として、今いる隊員は最低でも10騎の指揮を取れるようにし、何人かは100騎の指揮を出来るようにする。
これらは、個人の技量を上げるのと同時にやっていくので、簡単ではない。
そして、俺、ヴィクトル、エリーザの3人は、1000人の指揮ができる能力を身に付けなくてはならない。ヴィクトルは既に可能だが、エリーザは数百が限界だと自分で言っているし、俺自身は未知数だ。
この訓練には元帥の配下を使わせてもらう予定だが、今日の模擬戦を見る限り、俺と元帥の相性は非常に良い。あの人がやりたいことが何となく分かるので、マジで戦いやすかった。
その元帥の直属の配下なら指揮もしやすい気がする。
「お前の負担が増えると思うが、連中の事は頼む」
しかし、指揮がしやすそうと言っても、訓練に時間がかかるのは間違い無いだろう。
おそらく、俺とエリーザは、元帥の元にいる時間が増える。その間の隊員の訓練はヴィクトルに頼ることになるだろう。
「気にするな。最初から、お前は当てにならない分野だ」
「何も言い返せねえ」
10騎の指揮のコツなんかを隊員に教えろと言われても、俺には無理だ。何と言っても基本は俺に付いて来い、くらいしか指示をしてない気がする。
「だが、お前は良い見本になったよ。アイツ等も小部隊の指揮で大事なものは何か、良く分かっていると思う」
「俺が何の見本になるんだ?」
「全員と親しくなった。たまに暴言を吐く奴もいるが、それもお前を慕っての事だ。無茶を言いながらも、一緒に笑って、美味いものを食って。その大切さを俺も教わったよ。
前の俺は、部下の出身地や昔話を聞くどころか、名前すら正確には憶えていなかった」
いや、一緒に戦う奴と親しくするのなんか普通じゃね? 自分の名前も憶えていない上司とか絶対に嫌だぞ。それが戦場だったら最悪だ。
しかし、美味いものか。あんなもので良かったのか。正直、元の世界で出したら、あんまり美味しくないとか言われるレベルなんだが、粗食な生活に慣れた奴等で良かった。
「そんなに喜んでくれるなら、またやるか」
「ああ、きっと喜ぶ。弓騎兵の腕が上がったら、試すとか言って連れ出すのも良いな」
「それ良いな。それで訓練に身が入るならエサにしても良いぞ」
「ああ、そうしよう。だが、先ずは今の連中の微妙な心境をどうするかだが」
「今は放置。自分で考えさせよう」
基本的に、どの様な事でも自分で考えた方が良い。特に今回の件はバランスの問題だ。どうしたって個人差が出る。間違った方向に進みそうなときに修正するだけの方が良いだろう。
「馬上で弓を射る技術だって、アイツ等は自分達で相談し合って腕を磨いた。今回だって、良い方法を探し出すさ」
「そうだな。ん?」
ヴィクトルが何かに反応したので、その視線を追うと、元帥が指で合図を出していた。
ヴィクトルは分からないようだが、俺には分かってしまう。
凄く気付きたく無いのだが、前へ出ろと言っている。
「何なのだ?」
「前へ出ろだ。最前列で整列しなくちゃならんらしい」
「よく通じるな」
「まあ、今日まで世話になってたしな」
元帥宅での居候生活は一週間になった。その間、毎日のように飲み会だ。ある種の阿吽の呼吸が出来上がっている。
ちなみに、毎晩イオネラの添い寝が付いてくるという、天国のような地獄を味わってきた。
褒めてくれ同志よ。俺は、あの魅力的なイオネラの柔らかさや匂いに耐えきったぞ。
「整列だ。続け」
隊員にそう言って、馬を進める。俺が最前列、国王の正面へと向かうに従い、隊員たちの顔色が悪くなってきたが、気にしない。
俺と一緒に、この緊張に耐えて貰おう。
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模擬戦後の整列があり、王の言葉が終わった後も、動悸が中々収まらなかった。隣にいるイオネラも興奮した表情を隠せない。
年始の閲兵式を城壁の上から見るのは、去年も経験している。あの時は将軍として部隊を率いる父を一生懸命探していた。
その父は、今年は元帥として、軍の中心にいる。
アリエラは、誇らしい気持ちと共に、父の姿から目を逸らすまいとしていたが、当初の目的は簡単に外れてしまった。
約三万の大軍が衝突する中では、点に過ぎないはずの、わずか100騎あまりの赤い鎧を身に付けた隊に目が釘付けになった。
全員を知っている隊だった。訓練所に在籍していた頃に知り合った者がほとんどで、残りの11人中9人は先日、彼等が居る兵舎に行った時に紹介された、隊の年長組と言われる人たちだ。
その一日前に知り合った副長のヴィクトルは、友人のミレスの兄で、弟のファルモスが随分と尊敬しだしたようだ。
そして、隊長のタケル。三か月前に初めて出会い、何度か会話をした。彼が槍と言う武器を注文する時と、半身と出会う場にも同席させてもらった。
同時に、この一週間は屋敷に滞在し、父と楽しそうに酒を飲み、戦い方について語り合っていた人だ。
そんな身近と言える人達は、次々と対峙する部隊を蹴散らしていった。
鈍い銀色を纏う騎士隊の中にあって、その銀を切り裂いていく赤い獣。
赤備えと名付けられた部隊は、自分だけでなく、周囲にいる者の目を、いや、心を奪ってしまった。
アリエラが父の姿を見たのは、赤備えがお膳立てしたと思える場に突撃してきて、右翼を壊滅させた瞬間だけだった。
尊敬する父に申し訳ないと思いながらも、その後も視線はタケルの姿を追い続けた。
「絶対に、赤備えに入る」
イオネラの呟きが耳に入った。
その気持ちは分かるが、流石に難しいだろう。赤備えは想像以上に強い部隊だ。
以前から知っている人達が多いから、勘違いしそうになるが、まだ見習いでしかない自分たちが入れるほど敷居の低い部隊ではない。
「それでは、このまま講堂まで移動しなさい」
教官のヨランダの指示に従い、講堂へと向かう。
講堂は、訓練所にある200人位が入る建物だ。訓練生の全員が入ることは出来ないが、屋内にあるので特殊な訓練や特別な講義で使用される場所だ。
そこに向かう理由とは、閲兵式での王の言葉が理由だろう。重大な発表があるから、それぞれの責任者から心して聞くようにという内容だった。
重大な発表というのが、心に引っかかった。思えば、父とタケルが話している最中も、自分達がいると、言葉を濁す時が多くあった。
講堂へ到着すると、城壁の上から閲兵式を見た20名以外にも100人近くが集合する。成績優秀と言われている者たちだが、年下は居ない。
何か普通では無いと全員が感じ取っていた。先の模擬戦の興奮も冷めぬままに、異様な雰囲気がある。
「さて、検討は付いていると思いますが、これから話すことは王が重大な発表と言われた内容の事です」
指揮台に立ったヨランダ教官が、ゆっくりと見渡しながら間を取った。
「皆さんの中にも薄々気付いている者もいると思いますが、魔族は授業で話していた以上に強力な生物です。現役の騎士と言えども、一騎打ちで戦えば、相手が一兵士であろうと勝てる者は、ほんの一握りしかいません」
驚きもあったが、それ以上に、やはりという思いが強かった。
母が、叔父が死んだ。叔母とゲオルゲが死んだ。
そして何より、父はウソを吐いている。なんとなくだが、そう思っていた。
教官の説明では、国民や若い自分達が絶望しないようにとの配慮らしい。
納得できる気はするが、やはり気分は良くない。何より父に気を使わせていた事実が不満だった。
講堂が重い空気に包まれる中、ヨランダは不思議そうに、同時に何処か不服そうに、イオネラに話しかける。
「イオネラは、全く驚かないのですね?」
「え? 私ですか? まあ、教官が言う様に検討は付いていましたよ。あのゲオルゲくんが死んだって時点で、私が勝てるなんて思いません。
それに、私は年末に魔族を見ましたから、魔族が強いって確信しました。でも、それだけじゃ無い事も。もったいぶらずに言ってください」
「困った子ですね。これからが重大発表だと言うのに。
驚いている貴方たちに、これを伝えるのを去年の内から楽しみにしていたのですよ」
「私なんか、教官より知っているはずの、伯父さまとタケル様と一緒に暮らしていたのに、聞くのを、ずっと我慢していました。
ちなみに去年見たのは魔族だけではありません。魔族を踏みつけるトウルグ君とか、赤備えの人達の魔族への対応も一緒に見ました。どういうことか、ずっと気になっていたんですよ」
ヨランダの顔に笑みが浮かぶ。同時に何度も頷いた。
「それは、気になるでしょうね。では、話を進めますが、先程も言ったように、これまで魔族を討つことは困難であり、現に多くの方々が犠牲になりました。
一体の魔族を討つだけで、数人の騎士が犠牲になる。それが現実でした」
そうだ。母は帰ってこなかった。母の代わりをしてくれた叔母も帰ってこなかった。
ゲオルゲを始めとする、親しくなった人たちも戦死して、それをよくある事だと思うようになっていた。
だからこそ、魔族が強いと薄々気付いていた。一体の魔族を討つのに数人の騎士が犠牲になると聞いても、驚きより納得の想いが強い。
「ですが、その困難な現実を覆す方が現れました。
脱走してきたモルゲンスの姫を救出し、それを追ってきた魔族を蹴散らす。それだけでなく、この前は実戦訓練にと、郷を襲撃し、そこを守る魔族を殲滅した」
王宮に帰り辛いと困った顔で言う青年の顔が浮かんだ。
ここ数日、同じ屋根の下で過ごしていた。弟だけでなく、自分達にも武芸を教えてくれた。
父や、父と親しい人達と毎晩のように酒を飲んでいた。
世間が言う英雄像と違い、親しみやすい人物像に好感を覚えると同時に、その距離の近さを嬉しく思っていた人物。
「そう。我が国に来た勇者、タケル殿です。
あの方は、自身がその強力な武勇で魔族を討つだけでなく、何故、私達が魔族を討つのが困難であるか、その謎を解き明かしました。その謎を今から話します」
それからの話は、驚きであり、希望でもあった。
魔族の身体を覆う、気と命名されたものが、騎士の攻撃を防いでいる。
気は空気の壁のようなもので、一定の速度を超えると反応するが、ゆっくりと触れるとすり抜ける。
魔族に劣るが、人間にも気がある。気は魔力の強さと比例する。
その気を当てることで、魔族の気を削ることが出来る。
気を武器に込めるには、武器に魔力を注ぐような感覚である。
気を込めやすい材質で武器を作るのは無理だが、現状でも武器に塗布する事で気を増加する事が可能である。これは、今後の研究で、より大きな気を込めることが出来るかもしれない。
以上の前提を知った上で戦えば、ほとんどの騎士が魔族と一騎打ちでも互角になる見込みである。
言って見れば、魔族は頑丈なだけで、攻撃自体は雑なため、避けるのは難しくはない。
隊長格になると、それも困難だが、こちらにも父のような優れた騎士がいるので、戦力的に引けは取らない。
「これが、勇者殿が解き明かした謎です。単純に言って、魔族の現状の兵力は、ロムニア王国より少し上回るくらいだと予想されます。
つまり、他国と連携すれば、勝てるはずです」
兵の質が互角なら、問題は量だ。それなら、今すぐにでも勝てる気がする。
だが、本当にそうか? そんな簡単な事なのか?
「しかし、残念ながら、その計算にはある要素が入っていません。
それは、魔王ヘルヴィスの戦闘能力。あの者は計算できる存在では無い」
魔王と、その率いる竜騎兵に関しては、先程の説明は当てはまらない。
全員が隊長格以上の武勇を持ち、対峙すれば、一瞬の内に一刀のもとに斬られる騎士が殆どである。
「故に、その計算外の戦力には、こちらも計算外の戦力を当てる必要があります」
「赤備え」
誰かが呟いた。アリエラも同じことを思っていた。
あの赤い部隊なら、竜騎兵と互角に戦える気がする。
そもそも、赤備えと言う名前が決まった時に聞いたでは無いか。
魔王の竜騎兵は黒だ。それに対抗して、赤い色の部隊になった。
あの人たちは、あの時から既に、自分達が魔王の竜騎兵を討つと決めていたのだ。
「そう、勇者が率いる赤備えの部隊。皆さんも見たはずです。丘の上から、城壁の上から、彼等の圧倒的な戦力を目にしたはずです。
ですが、今の彼等は100騎余りで、竜騎兵と対峙するには、兵力が足りません」
そうだ。相手は500騎で、あの人たちは100人余りしかいない。
あの鮮やかな赤の疾走が目に浮かぶが、5倍の兵力を持つ魔王と戦うには難しいと思う。
「ですから、来年度は赤備えを1000騎にします。
しかし、増員するにも質が落ちるようでは困ります。よって、新たに選ばれる者には、ある条件が必要です」
新しい戦法に対応できる柔軟性、強いに越したことは無いが、自分を強いと思う人間は却下される。
言って見れば、赤備えは一個の怪物だと思って良い。タケルと言う怪物の一部になり切ることが重要。
それなら、自分でもなれるのではないか? いや、やはり傲慢な考えだろう。
「いま、自分でも入れると思いませんでしたか?
間違っていません。何故なら、貴方たちは、赤備えの増員の候補に選ばれたのです」
耳を疑った。あの精鋭に自分が入れるなんて思ってもいなかった。
「ですが、あくまでも候補に過ぎません。そこは勘違いしてはいけませんよ。今頃は、他にも適していると思われる、しかも、実戦を経験した騎士にも話がいっています。
あなた方は、彼等と競争する事になるのです。
それでも、あの部隊に入ることを目標に、今後の訓練には取り組んでもらいます」
どんな訓練になるか、緊張するが逃げたい気持ちにはならなかった。
緊張以上に高揚した気持ちがある。
そして、何よりも次の言葉がアリエラのやる気に火をつけた。
「よって、本来は騎士になってから手に入れるのが通常の手順ですが、およそ二か月後には半身を選ぶ事になるでしょう。心しなさい」
ずっと待たせていた己の半身。純白の軍馬に、やっと名前を呼んであげることが出来る。




