閲兵式
「これまでの身勝手な行動にも関わらず、こうして鎧を揃えていただいただき、誠に感謝いたします。同時に、無断での郷の襲撃を始め、これまでの行動、申し訳ありませんでした」
俺は、王の前で片膝を付いたまま、深々と頭を下げる。全力で反省しているポーズだ。
苦労させた文官の方々には、本気で申し訳ないと思っている。
それなのに、この日までに本当にウチの隊の全員分の赤く染めた鎧を用意してくれた。
感謝を超えて、ひたすらに申し訳ない気持ちで一杯だ。
ただ、この赤く塗装した鎧なんだが、想像していたより恥ずかしい。絶対に浮いている。
「まったく、アーヴァングに聞いているだろう? 気にするでない。
文官や他の者も誰も怒ってはいない」
王様の柔らかい声が、慰めてくれる。同時に周囲からも笑い声が漏れていた。
どうやら、本当に怒ってはいないようだ。助かった。
「むしろ、例の武器を模擬専用に調整が遅れた。その事を許してやって欲しい」
「とんでもありません。逆に礼を言わせていただきたい。あのような武器を用意して頂いただけでも大助かりです」
俺が無理だと思っていた、柄の長さを変えられる武器。
開発したのは、何と他国の勇者だった。
ディアヴィナ王国という国の勇者は女性だそうで、多くの魔術を使用できるらしい。
彼女が開発したものは、太刀の柄頭に開けた穴にレバーの先端があり、そのレバーを上に跳ね上げるように、剣先の方へ180度回すように上げるとロックが外れ、柄が鍔拳一つ分くらいを残して、するりと抜けるようになる。
柄の穴は縦に太いT時で、剣の方はその穴に対応する形の形状の上に、溝が三か所ほど掘られている。
穴に差し込んだ時点で、ぐらつきがほとんど無く、レバーを下げれば、締め付ける機能が加わるようで、更に剣の方に付いた溝による固定が加わり、完全にロックされる。
長柄に付ける際も、長柄に埋まったレバーを跳ね上げた後に、同じように差し込み、レバーを閉めると同時にロックがかかる。
また、レバー部分を保護するように、槍で言う、槍穂と長柄の取り付け部分を補強する物打ちと呼ばれる部分に、金属製の筒をスライドさせてレバー部分を保護すると同時に、補強も行われている。
正直、他国の勇者が開発したという事で、軽い嫉妬心も合わさり、粗を探し出そうと、色々と試してみたが、柄の装着による不具合は一度も見られることは無く、イグニスとエレナたちが大歓びしていた。
く、悔しくなんかないぞ。
「タケル殿は、あのような装着技術を知らなかったのかな? 単なる線や四角い穴より固定がしやすいとの事だが?」
あの、太いTの字型の断面の穴の事だろう。あんなの知らんわ。普通に見たことが無いけど、何かに使われていたっけ?
「はい。恥ずかしながら、見たことも無い形状でした」
「そうか、そうだったか」
何だか嬉しそうじゃない?
俺がバカだと知って笑いを堪えているとか?
何だか、ダランベール宰相とかも笑いそうな表情をしてるし……
「喜んでもらえたなら、こちらとしても嬉しく思う。
それと、これまでの事を気にすると言うなら、今日の試し合戦での活躍で、見ている者を喜ばせてくれ。それこそが後ろで支える者たちの喜びとなる」
上手いプレッシャーをかけてくれる。だが、怯む気は無い。むしろ存分に暴れさせてもらおう。
今回の対戦は二つに軍を分けての戦いだ。
元帥とティビスコス将軍が、それぞれの大将を務め、俺は元帥側でクルージュ将軍を始めとした、各地の将軍の寄り合い集団。
一方のティビスコス将軍が率いるのは、猛将ブライノフ将軍と武器開発で一緒だったアルツール将軍がいる王都の主力メンバー。相手にとって不足はない。
「必ずや、ご期待に応えてみせます」
模擬戦とは言え、赤備えのお披露目だ。
これまでの投資が無駄では無かったと知らしめると同時に、先程、笑われたことに対しても汚名挽回と行かせてもらう!
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「ちっ、想像以上に厄介だな。クルージュ将軍の情報以上だ」
ブライノフはタケルの騎馬隊の想像を超える圧力に驚嘆していた。
ただでさえ高い突破力を持っているのに、鎧を赤く染めた軍勢は、接近するだけで他とは違うという視覚効果を表し、対峙する部隊の腰が引けている。
「前列に伝令。赤備えの進路を開けろ。こちらに引き込む」
「本気ですか?」
「本気だ。何なら正気と言っても良いぞ。あの部隊を野放しにしては、遠くない内に崩壊する。それなら今の内に勝負をかけるべきだ」
相手は寄せ集めと言っても良い軍だ。まとまっているのは元帥の直属部隊5千と、最前線を受け持つクルージュ将軍が他所より多いので5千規模の大軍だが、他は千や二千の軍でしかない。
それに対し、自軍はティビスコスが1万で、自分とアルツールは、それぞれ5千。
普段から共に訓練しているので、連携も取れている。
それなのに、タケルの騎馬隊が陣形を崩しまわっているので、こちらの連携が阻害され、相手の寄せ集めの小部隊でも活躍しやすい戦況になっている。
1千、2千の軍がいくつも対峙する状況が各方面で生み出され、その上、そこにタケルが側面や後方から突撃する事で、更なる混乱を自軍に与えている。
「アレを抑えれば何とかなる。無理にタケル殿を討てとは言わん。たかが100騎余りだ。横から襲い、部下を倒せばいい。その身を削れば、あの脅威は薄くなる」
そこまで言って、あの部隊が来年には10倍に数を増やす計画がある事を思い出し、肌が泡立つのを感じた。
「全く、恐ろしいのやら頼もしいのやら」
伝令が向かうのを見ながら、そっと呟く。同時に闘争心が湧き上がってくる。あの男と直接剣を合わせてみたい誘惑に耐えられない。
やがて、正面が薄くなる。これを見逃す男では無いはずだ。
そして、長い間待つ必要も無く、赤い怪物が駆けてくる。本当にそう錯覚してしまう勢いだ。
正面に立つ2本の剣を持った男。模擬戦ゆえに本来の槍と言う武器では無いが、それを慢心だと思う気は無い。それだけの圧力が襲ってきた。
「迎え撃て!」
檄を飛ばし、部隊の気合を入れる。
周囲から雄叫びが上がり、真っ向から受け止めようと構えたところで、突然、タケルが方向を変えた。
「なっ!」
こちらの勢いが逸らされ、気合が空回りしてしまった。
横から削られていく。矢が放たれる。覚悟していた強烈な突撃では無く、消耗させていく攻撃のしかただ。
苛立ちから強引な反撃をしたい誘惑に駆られる。しかし、今は耐える時だ。
「耐えろ! 大した攻撃では無い!」
やがて、通り雨のような中途半端な攻撃が終わった。
ほんの一瞬の気の緩みがあった。それを自覚したのは、反対方向から凄まじい圧力が来たからだ。
そちらを見ると、軍馬に太刀が描かれた軍旗が見えた。
「アーヴァング?」
瞬く間に蹴散らされる部下達を押しのけて現れたのは、自らが先頭に立ち、剣を振るいながら迫ってくる、最高司令官の姿だった。
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「たまらんなアレは」
ティビスコスは、崩壊していくブライノフの軍を見ながら、呆然と呟く。
懸命に立て直しを図っているが、まとまるための中核になりそうな部隊を、次々とタケルが砕いていく。その間もアーヴァングの勢いは止まらずに、遂にはブライノフを捉えていた。
「もう、逃げられんな」
その言葉が終わらない内にブライノフが討たれ、更に崩壊が広まる。
アルツールはクルージュの部隊と一進一退の攻防、いや、クルージュに抑え込まれていると言った方が正しいだろう。クルージュは明らかに時間稼ぎの戦い方だ。
という事は、次にタケルとアーヴァングの矛先が向かうのは自分だろう。
「勇者殿の部隊、あれほど激しく動いているのに、何時、元帥と連絡を取ったのでしょうか?」
「連絡? 何のことだ?」
ティビスコスは自分の副官の疑問に検討が付いていながら、あえて分からないふりをして質問する。
「先程の元帥の突撃。その前の赤備えの急激な方向転換は、元帥の指示のはずです。
ですが、その指示を何時受け取ったのか」
「アーヴァングは指示など出しておらん」
やはり、そう思ったか。そう言いたかったが、それより副官の疑問に答える。
「あれは、どちらかが指示を出したわけでは無い。逆に指示を出していたら、ああも上手くいかんさ。
ただ、タケル殿はブライノフが作った正面の隙に向かった。そこで、同じくブライノフが作った隙にタケル殿が向かうと考えて、アーヴァングは右から攻めようと軍を動かした。
そのアーヴァングの動きに気付いたタケル殿は、ブライノフの意識を引き付けるため左に方向を変えた。
タケル殿の考えを察したアーヴァングは、ブライノフの意識がタケル殿に集中し、左に向かうのを待ってから、突撃した。
まあ、言って見ればそれだけだな」
「そんなバカな。個人戦なら兎も角、軍を率いているのに、事前に何の打ち合わせも無く、あれ程の連携が…」
「それが出来るのが、あの二人だな。クルージュは同類だと言っておったし、前々から相性が良さそうだとは思っていたが、ここまでとはな。案外、一番驚いているのは、当の本人たちかもしれん。さて、そんな考察は後だ。次は我らの所に来るぞ。
ここは勇ましく、奴らを返り討ちにしてやると言いたいところだが、正直、どうやっても止められる気はせんな。ここいらで試し合戦を止めてくれると助かるのだが」
城壁の上、王が居る辺りに視線を送る。
既に今回のお目当てである赤備えと名付けられたタケルの部隊の力量は示したと言って良い。これ以上やっても、負けた部隊の精神的な傷が増えるだけだ。今ならブライノフ等を自分が慰めることが出来るが、負けた後ならキズの舐め合いになってしまう。
「流石だな。武人の心が分かっておる」
アナスタシアが王に耳打ちをした後、戦闘中止の太鼓が打ち鳴らされる。
ちゃんとした騎士に嫁いでいれば、良い妻になったであろう。そう思いながら、タケルの側にいるヴィクトルに視線を送る。
だが、同時に王太子の妻になったからこそ、王国は救われている部分が決して少なくないことも確かな事だと思う。
「さて、ブライノフの所に行ってくる。軍をまとめておけ」
そう副官に伝え、単騎でブライノフの元へ向かった。
到着した時は、ブライノフは、軍をまとめていた。
その表情には疲れが見えるが、我を失ってはいないようで安心する。
だが、周囲の騎士たちは、大敗に呆然としているので、早めに気を取り直させる必要がありそうだ。
「よく、あの攻撃をあれだけ耐えたな」
周りにも聞こえるように声を大きくして、ブライノフに話しかけた。
ブライノフも、こちらの意を察したのだろう。少し距離を置いて、声を大きくして会話を始めた。
「何の。俺としては、もう少しくらい耐えられると思ったがな。勇者も元帥も俺の想像を上回ったよ。頑張ってくれた部下に申し訳が無いが、俺の判断が悪かったな。完敗だ」
「いや、あの二人の連携は、判断がどうこうで太刀打ちは出来んぞ。遠くから見ていたが、アイツ等、何の打ち合わせもなしに、互いの行動を読みあっての動きだったぞ」
「は? まさか……」
やはり、自分の副官が勘違いしたように、ブライノフも、そう思っていたようだ。
もっとも、ティビスコス自身、離れたところから見ていなかったら、同じように思っただろう。
「一応は、確認しに行くが間違い無いだろうな。あのタケル殿の動きでは、指示が追い着かん。元帥も前に隙は変動するから、タケル殿は好きに動かさせると言ってはいたが」
「あの時、ティビスコス将軍は、良い組み合わせになるかもしれないと言っていたが、こうなると読んでいたのか?」
「バカを言え。ここまでやるとは誰も予想出来んぞ」
「確かにな。それにしても、あれが敵で無くて良かったぞ。それどころか味方だ。心強い事この上ない」
こちらから、言おうと思っていたことをブライノフが言ってくれた。
そう言った瞬間に、うつむき気味だった騎士が顔を上げる。敗北の傷みがあるだろうが、所詮は訓練だ。
実戦では、その敗北を与えた者達が心強い味方になるのだ。
「ああ、そうだな。さて、今夜は元帥に酒を奢らせるぞ。さっさと整列して終わらせるぞ」
「何だ、勝った方に奢らせるのか?」
「別に構わんだろう。負けた方が奢る等と約束したわけではないからな」
「どちらかが奢ると言う約束もしてないがな」
「なんだ? お前は不参加か?」
「冗談では無い。今夜は元帥とタケル殿に絡んでやる。愚痴の十や二十は聞いてもらうさ」
「一つや二つでは無くか?」
「それだけで済むか。さあ、行こうか」
ブライノフが、気を取り戻した部下に声をかけながら、隊をまとめていく。
元来より、負けず嫌いで気性が激しい性格だ。おそらく、本当は泣くか叫ぶか、したいだろうが、将軍と言う地位は、そんな甘えを許さない。
負けを笑い飛ばしながら歩く背中を見て、安堵するとともに頼もしく思う。
「良いはずだ。何もかも上手くいっているではないか」
最高司令官と凄まじい力を持つ勇者の相性の良さ。
それを支える将軍も、足を引くような慮外者も無く、決して見劣るするものではない。
「何を不安に思っているのだ」
これまで、大丈夫と思った矢先に、何かがあった。
今回は大丈夫だ、そう自分に言い聞かせても、何故か不安が消え去ることは無かった。




