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根之堅洲戦記  作者: 征止長
幕間 希望の年明け
53/112

鮮花の悩み

「で、騎兵隊は上手くいきそうなの?」


「残念ながら、難しいな。正直に言わせて貰えば、ロムニアの勇者が動かしているという騎兵隊が、本当に存在するか怪しいとすら思っている」


「随分な評価ね」


ロムニアの勇者が結成したという、超密集状態での突撃戦法をディアヴィナ王国でも試してみたが、ジュリアが言うには、未だに上手くはいっていないようだ。

周辺の国でも半信半疑と言ったところで、試してもいないところが多い。それも、勇者に対する信用が落ちている現状では仕方がない事だろう。


「でも、あの絵を見る限り、見栄や冗談の類では無いと思うわよ」


それが鮮花の感想だった。例の気というバリアの存在は疑問だが、少なくとも殺した魔族を解体するという発想は、この世界の住人には無い。

それは、ロムニアの勇者が、主導している証だと思える。


「そうは言うが、実際に見てみないと模倣も難しいな」


「それは同感ね」


「そう言えば、例の武器はロムニアに届いた頃か」


「そうね。年始の挨拶に間に合うと言っていたから、予定通りなら今頃は。

 あれを見て、どのような反応をするか」


例の武器とは、本当に密集状態での突撃をするなら、長さの異なる武器が必要になると考えて、太刀の(つば)から、拳一つ分を残して、柄を抜けるようにし、そこに長い柄を同様に取り付けることが出来るようにした物だ。柄の付け替えを簡易にして、太刀と長巻と言われる薙刀に似た武器を、状況によって使い分けが出来る。


固定方法は元の世界での銃剣の取り付け方に酷似しており、Tの字の溝に通す。追加として、レバー式の固定具を緩める時は柄からはみ出させ、固定した時は柄に埋め込んだ状態で固定する。

同時に近代の銃に付いているピカティニーレールのように横にも溝を掘って、その溝に固定させることで、刃の方が抜け落ちる危険を回避している。


「どんな反応をするかしら」


その武器を必要と思って作ったことは嘘では無いが、同時にロムニアの勇者が見た時の反応が気になった。

ロムニアの勇者であるタケルは、聞く限り武人気質だ。しかも戦争に憧れている狂った思考の持ち主である。そこは間違いが無いだろう。


だが問題として、どの時代の戦争に興味を抱いているかだ。

戦国時代以前なら、それほど危険は無いと思える。武人同士で武勇や知略を競う争いを求める人物だとすれば、今後の不安に対して手を結ぶことが出来る。

つまり、あの武器を見て、この発想は無かったと思うような人物なら安心だと思える。

逆に銃剣の取り付け方やピカティニーレールの存在を知っている戦闘狂なら、近代戦に興味がある可能性が高い。そうなると話は変わる。


もし、戦国時代以降の、銃を使用するような状況を望んでいるような者なら、決して相容れることは無い。

鮮花が知る限り、転生者や転移者と呼ばれる者の物語では、平気で自分が知る限りの知識を使用する。そこに、使ったことによる影響を気にする者はいない。

そして、この世界に召喚された勇者の一人は、その知識を振るおうとしている可能性が高いと思っていた。


「カザークの件、どうなっているか、追加の情報は?」


「変わらんな。依然として硝石と言うのを集めている」


ロムニアの勇者からの情報を聞いて、思い留まってくれればと期待したが、残念ながら儚い期待だったようだ。いや、逆に対抗意識を持って、いわゆる技術チートで己を認めさせようと思っているかもしれない。


「なあ、前々から聞きたかったのだが、その硝石と言うのは、そんなに危険なのか?」


「他言無用、約束できる?」


「その前提で質問している。私とて、お前が陛下を始めとした数人にしか話していない事は知っているんだ。危険な話だと自覚した上で、それでも知りたいと思った。お前が無理をしているのも気付いているしな」


「そうね。ありがとう」


おそらく、思い悩んでいる自分を見かねて、あえて苦痛を減らせるようにと、秘密を分かち合おうと思っているのだろう。その優しさに感謝し、同時に甘えたいと思った。


「じゃあ、教えるけど、前に火は何かって事については話したよね?」


「ああ、確か可燃物が空気中の酸素と結びつく現象だったな。お前に聞いたし、王女殿下にも教えられたよ」


与えられた知識を自慢げに話す王女を思い浮かべて笑みを漏らす。


「そう。それで、燃えるには可燃物、つまり炭素と酸素が必要なんだけど、酸素は空気中にあるから、少しずつ炭素の表面と結合するのよ。でも、硝石って言うのは、簡単に言えば酸素の塊。

 少しずつじゃなく、一気に酸素と炭素の結合が起こせるの」


「そうすると、どうなるんだ?」


「一瞬で燃える。爆発って反応になるわね。例えば、本来なら呼吸100回する間に燃え尽きる量の燃料が、1回の間で燃えるとしたら、100倍の炎が発生するって言えば分かるかな?」


「何となく」


「おそらく、カザークの勇者が作ろうとしているのは、火薬ってものなんだけど、材料は硝石の他に炭と硫黄。カザークでは硫黄が採掘されるはずだから、硝石を他国から集めていると思う」


カザーク王国は、勇者が最初に国を建国した地だ。

そして、勇者が温泉好きだったことは広く知られている。そうカザーク王国には火山があるのだ。ならば、硫黄も採掘されるはずである。

一方、雨が多い地域でもある。よって硝石は自然には採掘できる状態で発掘はされない。


「その火薬を利用して、作ろうとしているのは爆弾か銃。どちらか、或いは両方ね。これが広まると拙い事になる」


「どう拙い?」


「先ずは二つある内の、一つ目、比較的幸せな結末。仮に魔族を滅ぼせたとしても、魔力を持たない人間、それも女子供でも騎士を殺せるようになる秩序の崩壊した世界で生きていくことになる」


「なあ、それの何処が幸せな結末なんだ?」


「私達の世界では、貴族より衆愚の方が賢いって考える人もいるのよ。私から言えば、マスコミにコントロールされた衆愚政治が2つの大戦を引き起こしたと断言できるけど、権力者は悪だって思想は根強いし、完全に間違っているとも言えない」


貴族による政治は、貴族の腐敗によって悲劇を招くが、逆に言えば優秀な貴族が運営すれば、その問題は発生せず、理性的な判断を下すことが出来る。

一方の民主主義は、民衆の感情的な行動に動かされる政治と言える。


どちらが正しいなどと論ずる気は無いし、鮮花自身は政治に労力を使いたいとは思わない。だからこそ、自分のような民衆が力を持つ民主主義に疑問がある。


その最たる例が日露戦争後の日本だ。日露戦争は、日本の勝利に終わったが、これ以上はロシアが攻めないと国際法の元に約束させた、ある意味では停戦協定に過ぎない。

だが、当時の両国の戦力を比較すれば、その約束を取り付けただけでも奇跡的な事だったし、考えられる限り、日本としては理想的な結末だった。


だが、国民は納得しなかった。勝ったのに何の恩恵も無いと不満を持ち、それを煽ったのがマスコミだ。それは、大正デモクラシーと呼ばれる運動に発展し、日露戦争まで国を牛耳っていた貴族と言える、明治維新で国を奪った者から、民衆の声を聴く政治家へと変っていく。


全ての貴族が公正な人物では無いように、民衆もまた、決して頭が良い者ばかりではない。感情は理性を凌駕し、勝てない戦争でも、無理に戦い続ける原動力となる。

それは、日本だけでなく、総力戦と言われる2つの大戦が、民衆とマスコミによって始められた戦争が、過去に類を見ない悲劇をもたらした事でも証明される。


貴族の場合は、そこで冷静に負けを認める能力がある。

腐敗しており、自分だけが助かる道を選ぶ場合もあるが、ある意味、その無様さも負けの認め方だと言えるだろう。


「お前の話は、よく分からん。それと異世界の言葉は控えてくれると助かる。

 それで、もう一つの結末は?」


「こちらは簡単な話。魔族が今以上に戦力を持ち、その圧倒的な戦力に人類が負ける」


「どうしてそうなる?」


「現状では魔族は飛び道具、つまりは弓矢を使えない。どうして?」


「武神の力を使えない。厳密には、弓を柔らかくする魔術や、元に戻す魔術を使えない」


「そう。そして、この世界には合成弓は無い。単なる丸木で作った弓では威力が低すぎて、騎士には通じない。まあ、ロムニアの勇者が調べたところ、弓を射るのには適していない身体をしている事も判明したしね」


合成弓を作る技術を持つ不安があったが、魔族を解体した情報を見る限り、指の筋力が掴むには適していても、素早く放すのは難しいらしい。

ワニが噛む力は強いのに、口を開く力が弱いというのに似ているのかもしれない。


「でも、魔族が銃を手にしたら話は変わる。私の予想では銃は魔族には通じない。

 でも、人間にとっては脅威になる」


「なあ、その銃と言うのは何だ?」


「ああ、ゴメン。言ってなかった。つまりは弓のように遠くから攻撃出来る武器。

 そうね。射程は2荘から10荘(200mから1㎞)くらいかな。

 多分、この世界の製鉄技術ならライフリングも可能だし、褐色火薬でも、それ位は飛ぶと思う。ちなみに矢と違って、銃で飛ばすのは指先くらいの小さい弾丸だから、避けるのは無理だと思って良い。

 そして、多分だけど魔族にも使用可能。嫌だよね。魔族が遠距離から攻撃してきたら」


「何で、そんなの作ってるんだ? カザークの勇者はバカなのか?」


「さあ? まあ、全部は私の予想だし、心配し過ぎの可能性も期待してるんだ。

でも、情報だとパーティメンバーに嫌われたって話だし、コミュニケーション能力が低いのは間違いないと思う」


カザークの勇者が、カザーク王国に戻ったのは、その傲慢な性格や、一向にレベルが上がらない事に苛立っていた結果、メンバーに強制的に連れ戻されたからだと言う。

一緒にいたメンバーと上手くやっていけているのなら、この世界の騎士の戦力を正しく把握も出来るだろうが、その可能性は低い。あくまで、大して魔法も使えない中世の騎士と考えるだろう。


その事から、以後の行動を分析するに、この世界はRPGではなく、シミュレーションゲームだと考えたと予想した。

つまり、個人のレベルアップでは無く、国力を上げて戦力を整えてから戦争すると考えを変えたのだ。

その一つが火器の開発で、本人は将軍か軍師気取りになっているようだ。


「なあ、どう考えても魔族との争いに勝利しようと、考えているように思えないのだが?」


「だよね。普通なら戦う相手の事を調べるのが先決だけど、やってる事を聞いた限りでは、単純に強い国作りを目指してるって感じかな? 内政チートを目指してるっぽい」


しかし、その大半は失敗している。そもそも技術と言うのは、生まれるために需要や、必要とされる技術の土台が不可欠なのだ。ただ便利そうだから作るでは上手くいかない。

例えば、乾電池を生み出した屋井先蔵は、乾電池王と呼ばれる知る人ぞ知る存在だが、結局のところ当時は乾電池が必要となる状況自体が少なかったため、戦争で使用する軍部からの発注くらいしか需要が無く、後継者も育たなかったので、歴史に埋もれてしまっている。


確かに、千歯扱きのような着眼点の変更による画期的な発明もあるにはあるが、そういったものは稀だと思って良い。いや、千歯扱きも、結局は労力を減らすことしか出来ないので、他に仕事がある状況で無ければ価値は低く、鉄という重要な資源を使用するに値するかと言えば疑問である。


「カザークの勇者は、自分の思い通りにならない事は我慢できない我が儘な子供だと思った方が良いわね」


「全力で迷走しているな。その内、魔族以外にケンカを仕掛けてきそうだ」


「可能性はあるわね。カザークの王とその周囲が賢明である事を祈りましょう。

 まあ、最悪は私に100人の騎士を与えてくれたら、カザーク一国くらいは潰して見せる」


硝石を集めている時点で、相手のレベルはお察しだ。火薬を望むのなら、そこら中にある酸素と炭素を魔術で結合を組み替えて無煙火薬を作れば良いのに、その事にすら気付いていない。

それにカザーク王国内でも、自国の勇者の行動に対して疑問や不信を抱いている者が多いと聞く。

内部分裂も容易だろう。


「お前の方が危険だったか。勇者って碌な奴がいないのか?」


「使いどころは弁えているつもりよ。少なくとも噛みついてこない限り作らないから。それにグロースの王太子に勝てるとは思うほど自惚れてもいないわ」


いくら優秀な兵器を作ったところで、それを使うもの次第だ。最新の兵器で武装した軍が、現地のゲリラ戦に敗れた例などいくらでもある。

例えディアヴィナ王国軍を鮮花が出来る可能な範囲で強化したところで、歴戦のグロース王国に勝てる自信はない。

それに、ロムニア王国。ただでさえ最前線で戦慣れしている上に、あの勇者の存在だ。何をしてくるか分からない。


「そう言えば、他の国の勇者の情報が入ってこないのも気になるのよね」


すでに、短くても半年くらいは、この世界で過ごしているのだ。レベルアップも無いと気付いているだろうし、何時までも森や山に入っているのは不自然だった。

カザークの勇者より言動が酷くて、仲間に殺された可能性もあるが、この世界の騎士が、そこまでするか疑問である。


まあ、ハーレムを目指しているのに、一向に靡いてこない結果、レイプしようとして殺されたとすれば納得だが、自分以外にも女性の勇者が一人いたはずだ。その一人は殺されたとは考えにくい。


「一応、魔物に殺された可能性や、山脈まで行って魔族に食われた可能性もあるがな」


「そうね。その場合、可愛そうだけど自業自得かな」


そこまで言って、自分が無駄話をしていると自覚する。

だが、現状では方向性が見えずに、完全に待ちの体勢になっている事も事実だ。

カザークの勇者の思惑。ロムニアの勇者が手を組める人物か否か。今後の戦略を決める上での重要な要素だ。その情報を得ない限りは先に進みようが無い。


「ねえ、そう言えば、勇者の騎兵隊を見ないと、模倣も出来ないって言ったよね」


「ああ。言った。撤回する気は無いぞ。正直、信じられん」


「じゃあ、見に行かない? 私と一緒に」


そうだ。ただ、情報を待つより、自分が直接行って、この目で見て話せば良いのだ。

会うなら敵対する可能性を考えているカザークより、手を組むことを考えているロムニアだろう。


「なるほどな。だが、行くならお前は要らない。邪魔だ」


「何でよ?」


「馬にも乗れんだろうが。乗馬が出来ても片道で一月(ひとつき)かかるのに、お前が一緒なら倍では済まん。海路を使うにも、二月(ふたつき)近くかかる上に、お前は船酔いに弱そうだ」


反論の余地がない事を言われた。自慢では無いが生粋のインドア派である鮮花は、乗り物には強くない。

だが、ロムニアに単なる諜報員では無い、自身の考えを知り、代理の行動が出来る人物が行くのは悪い考えでは無いと思う。


「陛下に伺いを立てよう。正直、私だけでは荷が重い」


「そうね。何と言っても、魔族との生存戦争をしている最中に、他国と戦端を開きかねない状況なんですもの。

 幸い、ロムニアに少数の騎士団を送る名目はある。後は、廷臣と技術開発を行える魔導士もいた方が良いわね」


早速とばかりに、王へ面会の申し込みをすると、その日の内に面会することが出来た。

鮮花からの提案に、それほど悩むことも無く、ジュリアを始めとする騎士団と、随伴する廷臣が4名、そして、魔術士に鮮花の意向を良く知るペニッラがメンバーに選ばれ、ロムニアへと出発する事になった。





幕間終了。次回から新章になります。


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