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根之堅洲戦記  作者: 征止長
幕間 希望の年明け
52/112

今日も飲み会

「赤備えか。良いじゃないか。目に浮かぶようだ」


クルージュ将軍がほろ酔いで、目を閉じたまま言う。

今日も元帥の屋敷で飲み会。三日連続である。しかも今日はクルージュ将軍が遊びに来ていた。


「経験者は語るか」


「おう、今度こそ止めると、気合を入れて構えても、何度も切り裂かれたからな。

 あれが赤色で統一された鎧を纏っているとなると、それは鮮やかな光景だろうよ」


「そんなに凄かったんですか?」


クルージュ将軍の盃に、葡萄酒を注ぎながらイオネラが質問する。

ちなみに、葡萄酒を飲んでいるのはクルージュ将軍だけで、俺達はクルージュ将軍が土産に持ってきたリンゴで作った酒だ。葡萄酒より、こっちの方が好みだ。


だが、そんな事よりアリエラとイオネラに酌をしてもらって飲むという、昨日から幸せな状況が続いている。つい、飲み過ぎてしまう。


「ああ、凄まじいぞ。直ぐに元帥たちも目の当たりにするだろうよ。イオネラたちも見られるかもな」


「伯父様、近くで見たい!」


「ヨランダ教官に言え。城壁に登れる者は限られている」


閲兵式では城壁に王族や文官が並び、城壁の外で全軍が集結した後に、東西に分かれて模擬戦を一度だけ行う。それを見るには、邪魔にならない範囲まで離れた外の高地からか、城壁の上から見るしかない。当然城壁の方が良い席なのだが、場所は限られている。


「イオネラなら城壁の上から見られるだろう? アリエラも大丈夫なのではないか?

 まさか、今年はサボってたなど言わないよな?」


「アリエラちゃんは総合評価で一位でしたよ。私が二位だけど、戦闘評価は一位です。

 でも、弓騎兵が出来たら、戦闘評価でもアリエラちゃんが一位になると思う」


「ほう、流石だな。いや、アーヴァングもスムルダンも良い娘を持ったな。これなら大丈夫だな」


スムルダンと言うのは、戦死したイオネラの父親だ。

イオネラの両親はアーヴァング殿と変らない年齢で、クルージュ将軍たちの一回り下になる。

また、イオネラの祖父がクルージュ将軍たちを戦争初期に面倒を見ていたので、イオネラはクルージュ将軍だけでなく、マイヤを連れ帰った時に宮殿で紹介された王都を守る三将軍に可愛がられているそうだ。


「城壁の上から見学ができる者は、当日に発表されるので、誰が選ばれるかは分かりません」


アリエラは慎重な意見を出す。通常、訓練生は成績優秀者から優先して、20名くらいが城壁の上から見る権利を与えられるそうだ。アリエラは誰が選ばれるか分からないというが、クルージュ将軍に言わせれば、アリエラとイオネラは間違いなく選ばれるだろうとの事。まあ、成績が優秀な方から選ぶとなれば、そう思うのも無理はない。


「お前等が選ばれなかったら、どうなるかヨランダも分かっているさ。アイツだって命は惜しいだろう」


「そういうのは、いけないと思います」


恐ろしい事を言いそうなクルージュ将軍をアリエラが嗜める。

だが、クルージュ将軍に言わせれば、成績が良いなら選ばない理由が無いし、逆に選ばなかったら、元帥や今は亡きイオネラの両親たちに含むところがあると見られても仕方がない。


特にイオネラの祖父と仲が良く、孫のようにかわいがっているティビスコス将軍の逆鱗に触れる。

最年長の、あの方を怒らせたら元帥であるアーヴァング殿も止めるのは難しいらしい。

意外だ。前に会った時は温厚な相談役と言ったイメージだったんだが。


「ティビスコス将軍って、そんなに恐ろしいのですか?」


「ああ。今はアーヴァングを立てるために押さえているが、本来の気性は激しい。

 それに、相手が誰でも遠慮しない。実際に亡き王太子殿下に邪魔だと言ったのは、あの方くらいだ」


「クルージュ」


「すまん。失言だった」


うん。子供の前で言って良い事ではないな。

だが、死んだ王太子が、大して軍才も無いのに前へ出たがって指揮系統を乱したのは事実だ。

俺も、ハッキリと聞いたわけでは無いが、周囲の話を聞く限り、王太子の評価は、良い人なんだけど戦争は下手。である。


まあ、良い人って言うのは戦争が下手で当たり前だ。

戦争って言うのは相手を騙すのが上手くて、痛めつけるのが大好きな人間が輝く世界だ。

悪人に任せた方が良い。


「それにしても、シュミット家は安泰だな。良くぞ約束を取り付けた」


話を変えるためだろうが、嫌な話題を持ってきやがった。


「頑張って元気な子を産みますよぉ」


イオネラの奴、大きくなったら子供を作るって約束を、周囲に吹聴して回っているので、退路が日増しに無くなっている。

本当に大きくなったら興奮できるか自信が無いんだが、もう、今の内に……


「だが、婿入りは難しいだろうからな」


「流石にタケル様を、お婿さんにして独占する勇気はありませんよ。出来るとしたら王女様くらいになるんじゃ?」


「まあ、そうだな。案外とそれを考える者も出てきているかもな。

 そんな話は出ていないのか?」


「いや、流石にそこまでは聞かないな」


「そうか。だが、10年もしたら、相手を探すだろうし、そうなるとタケル殿は間違いなく候補になるだろう」


10年もしたら30歳過ぎてるんですが? 王女様は10年後で10代前半……何も問題は無いな。


「だとしたら、タケル殿を自由に出来るのは今の内かもしれんな。そうだな。この際、アリエラも頼めばどうだ?」


「テオフィル家はファルモスと言う世継ぎがいますから、私が慌てて世継ぎを産む必要はありません。ですから私の輿入れは父上にお任せしています」


イオネラが俺と一緒に寝ていても冷静だったが、アリエラって本当に色事に冷淡である。

羞恥心が無いわけでは無いが、恋愛や結婚に憧れたりはしないのだろうか?

聞いてみたいが、ただでさえ話がヤバい方向に行きかけているのは間違いない。アーヴァング殿のこめかみがピクピクしている。全力で話を変えよう。


「それで、鎧を塗装しても、大丈夫ですかね? 上手く着色するでしょうか?」


実際に疑問だったので、アーヴァング殿に話を振ってみると安堵した表情で乗ってきた。

やはり、嫌な流れだったんだな。


「ああ、大丈夫だと思うが、別の心配があるな」


鎧の塗装の件を元帥に質問したら、苦笑しながら不安になるようなことを言う。


「何か問題が?」


「今の廷臣たちは、気分が妙に高揚していてな。タケル殿が鎧を塗りたいなどと言ったら、その日の内に手筈を済ませて、翌日には塗装済みの鎧を持ってくるかもしれんぞ」


「ああ、分かる。分かるぞ。アーヴァング。私もあれだけ王宮が活気付いているのを見るのは初めてだからな。

 タケル殿が救出したブルラドの者たちが、ああも早く行き先が決まるとは思ってもいなかった。後方が優秀だと助かるなぁ」


優秀を通り越していると思う。どう考えてもブラック社員の巣窟である。


「で、では、鎧を塗りたいって事は、今は言わない方が良いでしょうね」


「いや、隊名と旗に関しては早く決めさせろと言われていてな。隊名が赤備えに、旗は赤の無地であろう?

 理由を問われれば、鎧を赤に染める気だと言わぬわけにもいくまい」


「それに、どの道、鎧を染めるにも廷臣どもに頼まねばならんだろう。甘えられるときは甘えておけ。まあ、その内、回収してくるから覚悟は必要だがな」


クルージュ将軍が笑いながら、恐ろしい事を言う。

ヴィクトルも廷臣には貸しを作れるときは作っておけと言っていたし、この国の武官と文官は対立してはいないが、競い合っているような所がある。


武官からしたら、文官がこれだけ用意したんだから、無様なマネは出来ないと考える。

逆に文官は、自分たちの準備不足で負けたなんて言わせないと思って働いている。


「まあ、俺も文官とはケンカにならないよう気を付けます。

 それにしても、この国の武官と文官は良い関係ですよね」


俺が知る限り、歴史上、武官と文官の対立は良く聞く事だ。

戦時中は武官が幅をきかせて、戦乱が終わると文官が上になる。今は戦時中だから武官が文官に無理を言うのが当たり前の状況なのだろうが、この世界ではそんな感じはしない。


「でも、小さい頃は仲が悪かったって記憶があるんだけど?」


イオネラが言うには子供の頃は、父親から文官への愚痴を聞かされたことがあったらしい。

アリエラも同様の事を言っている。ここ近年で何かあったのだろうか?


「まあ、何時の間にかそうなったな。アナスタシア様の仕業らしいが」


「実に巧妙だったな。最初は負傷して戦場に立てなくなった騎士を廷臣に取り立てる所から始めた。

 まあ、元々は剣を振るうしか能がない者が多かったし、大して役には立たなかったみたいだが、戦場を知るものの意見は貴重だと言ってな。

 その者たちの意見を参考にして、後方の支援を充実させるとともに、現場の騎士との打ち合わせでも彼らを使う事で、意思の疎通を計りやすくなった」


「なるほど、後方に現場の空気を伝える事を重視したんですね」


「それだけじゃあない。負傷した騎士にとっては、慣れない後方勤務だ。自分が一つの仕事を、ようやく終わらせたと思ったら、最初から文官だった連中は三つも四つも仕事を終わらせている。自然と頭も下がるし、文官の優秀さを周囲に吹聴する。

 私達も今まで知らなかった、知ろうともしなかった後方勤務の大変さを聞かされる。そうなると今までと見方も変わるさ」


「王太子妃殿下は最初から計算してたのでしょうか。エリーザから頭が良い方だと聞いていましたが」


「そうだろうな。昔から恐ろしいほどに聡明だった。それが惚れた男を守ろうと、己を捨てて、唯一の夢まで捨てて必死になったのだ。何だってするさ」


「惚れた男?」


王太子妃だから、惚れた相手って王太子じゃないのか?


「何も聞いていないのか?」


驚いたような顔で俺を見てくる。元帥を見るが、何のことだか分からないという表情だ。

当然ながらアリエラとイオネラも。


「いや悪かった。聞かなかったことにしてくれ」


どうやら聞いてはいけなかった話らしい。まあ、王太子妃が王太子以外に惚れた男がいるなんて、どう考えても聞いてはいけない話だ。

全力で聞かなかったことにする。


だが、この気まずい空気を何とかしなくてはならない。

話を変えよう。何かないかな? そうだ、武器の改良について聞いてみるか。

そう思ったら、同じように空気を変えようと思ったのかイオネラが手を上げる。


「あ、あの、私たちお魚を食べた事って、あまり無いんだけどクルージュ様はありますか?」


良いぞイオネラ。そう言えば今日、隊の名前も決まったので、ヴィクトルの里帰りが決まった。今夜のうちに出発して、戻るのは閲兵式の前日になる。

前から、アイツの領地が海沿いで、領地に戻ると魚を食べることが多いと聞いていたので、お土産に魚が欲しいと頼んだのだ。どんな魚か楽しみだ。


「魚? 私も少ししか食べた事が無いな。どうかしたのか?」


「ハイ。ヴィクトル様の領地は海沿いにあるのですが、帰るならお土産に魚が欲しいとタケル様が…って、クルージュ様」


イオネラの説明中に何故かクルージュ将軍が、飲んでいた酒を吹き出した。

咳き込む将軍に、アリエラが慌てて手拭いを渡す。


「な、何だ。お前達もヴィクトルの事を知っていたのか?」


「え? ヴィクトル様なら、今日、隊の名前を決める場にいたので……あっ、さっき言ってた話って?」


「え?」


場の空気がさらに重くなった。何てこった。イオネラの奴、話を変えようと出した話題がピンポイントで地雷を踏みぬいたらしい。

どうやら先程まで話が出ていた王太子妃が惚れた男と言うのはヴィクトルだったようだ。


「き、聞かなかったことにしてくれ」


「は、はい。私達は何も聞いていません」


イオネラだけでなく、元帥親娘も困った顔で俯く。実に聞きたくなかった事実である。アリエラなんか顔色が悪くなっているぞ。

まあ、確かにアイツはイケメンだし、頭は良いし、武芸にも優れている。何処かで会ったことがあるとすれば、惚れたとしても無理はない。

だが、残念ながら奴は、俺と同類(ロリコン)だ。その想いは叶わなかっただろう。


何てこった。今日は王太子妃の株が最大値まで上がったと思ったら、最低値まで急降下だ。

王国を支える聡明な未亡人が、ロリコンに片思いする残念な喪女にランクダウンだよ。今度から会った時は優しくしてやろう。


「そ、そうだ。アーヴァング殿に相談があったんです」


「お、おう、何だ?」


嬉しそうに食いついてくる。そうだよな。この空気は嫌だよな。

アーヴァング殿だけでなく、他のメンバーも俺の話題に期待している。


「いや、武器の事なんですが、薙刀を主に使っている連中が、もう少し長い武器が良いと思ってるようなのですが、長すぎると邪魔だという意見も出てきて」


騎兵組の武器。理想は長さを変えられる事だが、それは無理だろうというのが、あの場にいた全員の一致した意見だった。


「流石に難しいな。柄の長さを変えるとなれば、強度に問題が出る」


「そうですよねぇ。色んな案は出たんですけど、結局は頼りない武器になるって結論になるんですよ」


クルージュ将軍が否定し、あの場にいたイオネラも、それに追従する。

いくつか案は出たが、柄を伸縮式や折り畳み式にすると、強度に問題が出て壊れそう。

剣の柄から、刃を取り外して、長柄に取り付ける案も出たが、移動中に付け替えは困難で、無理に出来るようにしても、すっぽ抜けそうで危険だ。

まあ、自分でも無理だと思っている。だが、話題を変えられただけでも、よしとするか。


「あるぞ。柄を簡単に付け替えが出来て、しかも、頑丈に固定できる方法が」


だが、アーヴァング殿の口からは、予想外の言葉が出て来た。


「え? 出来るんですか?」


「正確には、それが可能な方法を今朝知らされた。前のタケル殿の遭遇戦の後に、魔族の気についての情報を各国に伝えたのだが、その礼らしい。

同時に、タケル殿の騎馬隊の事も伝えてはいたが、もしかすると必要になると読んでいたのかな?」


「武器の改良と言うと、グロース王国ですか?」


「いや、ディアヴィナ王国だ。あの国の勇者が開発したものらしい」






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