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根之堅洲戦記  作者: 征止長
幕間 希望の年明け
51/112

赤備え

剣を構えて向き合う。相手をするエレナは薙刀だ。

エレナがゆっくりと、進みながら薙刀を上下させる。対するリヴルスは右に身体の軸を動かしながら、回避と同時に有利な間合いを取る。


タケルに教わった訓練方法で、動作の確認を主眼に置いて、ゆっくりと動く訓練は、防具を付けないでも出来るので、少しでも時間が有れば、こうしてエレナと向き合う事が増えていた。

自分の動きに無駄が無いか? あれば矯正して最適な動作を身に付ける。同時に相手の隙を見つけては、そこを狙う。そうする事で、自身の隙に気付いて動作の修正を促す。


「そう来るんだ」


そして、リヴルスの剣先がエレナの左脇に当てられ勝負が決まった。

悔しそうに、エレナは呟くが、次の対峙では修正してくるだろう。

リヴルスも、いくつか自分の修正点を見出していた。この訓練を始めてから、格段に技量が上がったと思う。


「少し休憩しよう。正直、意識が持たない」


「そうだね。体力は大丈夫な気がするけど、妙に疲れる」


この訓練は、激しく動く訳でも無いのに、まるで机の前で難問を解き続けたような疲労感が残る。タケルに言わせれば集中力を維持している証拠だと言い、疲労しない者は、この訓練に向かないと言っている。

実際に、イグニス辺りは、この訓練は向いていない。


結果的に、エレナと一緒にいる時間が増え、エレナの癖や持ち味については気付くことが多かった。

そして、同時に別の事にも気付いてしまった。隊の最年少で、身長も一番低く幼い顔をしている。それなのに、胸は大きいのだ。今も襟が開いて、双丘の谷間が覗いていた。

嫌でも彼女が女だと意識してしまうし、そんな彼女を気にしている自分にも気付いてしまう。


「エレナ、胸元」


「ん? 別に他の男の子はチラチラ見てるから慣れてるけど?」


そいつの名前を教えろと言いかけて留まる。

意識しているのは自分だけだと思うと悲しくなるが、エレナが胸より身長が欲しいと呟いているのを聞くと、少なくとも、他の男性を意識している事は無いだろうと安堵してしまう。


「じゃあ、もう一回しようか?」


「そうだな……いや、時間切れだな。隊長たちが到着し…」


「アリエラ様!」


隊長たちが近づいて来ているのに気付き、訓練の中止を申し入れようとしたら、自分には決して見せない満面の笑みを浮かべて、隊長の馬に乗っているアリエラを目指して走り去った。

やるせない気持ちになりながらも、それでも、エレナの笑顔に目を離せないでいた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





ないわー、いや、エレナの奴、不愛想と言う欠点を克服したかと思えば、巨乳と言う新たな欠点が見つかった。

まあ、見た目は明らかにロリなのに、俺のセンサーが全く反応しなかったのも、その欠点を本能が察していたのかもしれない。

幸いにも、目の保養には不足していないので、早速、アリエラの平らな胸元を見て、心を癒す。


「いやあ、話には聞いていたけど、すっかり逞しくなったね」


ルウルがマイヤを見て楽しそうに話しかける。

何でも、年末の内に一度、マイヤの様子を見にダニエラはライヒシュタイン家の屋敷に行ったらしいが、そこで見たのは、ロディアとファルモスに混ざって訓練しているマイヤだった。

まあ、軽くショックを受けて帰ったらしいが、ルウル達に慰められていたようだ。


だが、悪い事では無いので文句は言えないし、前みたいな心を閉ざしているより良い。ただ、子離れできない母親みたいな心境なのだろう。


「じゃあ、早速始めよう。昨日連絡があったと思うが、今日の議題は我が隊の名前と旗の意匠についてだ。何か希望がある者はいるか?」


気持ちを切り替えて、兵舎の食堂に全員を集めて会議を始める。

黒板もホワイトボートも無いので、今一締まらないが、エリーザが書記として案を書き留める準備はしてある。


「何もなしか?」


予想はしていたが、誰一人発言をしない。

まあ、逆の立場なら俺だって何も言えないだろう。

だが、このままでは進まない。先ずは安定の真面目コンビに案を出させよう。


「トウルグ、何かないか?」


「キクチで良いのではないでしょうか?」


「後ろを見てみろ」


トウルグが後ろを振り向くと嫌そうにしている顔が多く見られる。

まあ、あれだ。お前だって、言い辛そうだったしな。


「パペルは?」


「勇者隊と言うのは?」


「う~ん、それ位しか無いか」


ちなみに嫌そうまでは行かないが、全員が微妙そうな表情をしている。

まあ、確かにしっくりはしない。

特に、ここの連中は、俺を勇者と思う事に違和感を持ちまくっているからな。日頃の行いと言う奴である。


「タケル様、質問!」


「はい、イオネラ。何でも聞いて良いぞ」


ここでイオネラから質問。こういった件は、ある意味、部外者の方が見えているかもしれない。


「ここって精鋭部隊って印象があるんだけど、タケル様の元の世界で、精鋭部隊って何かある?」


精鋭部隊? アルファベットを3つ4つ並べるのは特殊部隊だし、トップガンは精鋭と言うより教導隊だし、何があるかな?

ああ、アレクサンドロス大王の騎兵隊があったな。でも、あれの名前が思い出せない。どちらにしても言い難い名前だったはず。他には……


「赤備え……は隊になるのか?」


「アカゾナエ? どんなの?」


「ああ、俺の世界では甲冑が錆びないように塗料を塗るんだが、基本は黒で、他に茶色があった位なんだな。

 それで、昔は赤色の塗料って材料が高価だから貴重なんだが、それを塗った部隊があった。

 軍勢って、基本は黒く見えるんだけど、そこに赤色があると目立つんで、武勇に優れた人間が率いることが多いし、活躍が派手に見えるんだよな」


武田家の山県昌景。徳川家の井伊直政。そして、真田信繁。

赤備えを率いるのは、戦国時代屈指の名将たちだ。


「まあ、俺の世界では甲冑は基本的に黒だから、その部隊を切り裂く、赤い部隊は絵になるが、この世界は、鎧に色は塗らないからな」


鈍い銀色と言うか、金属色のまんまだ。表面を磨けば光が反射して凄い事になるだろう。

そう思っていると、ヴィクトルが真剣な顔で呟く。


人間(俺達)は塗らない。だが、魔族は革鎧だから濃い茶色だよな。それに……」


「アイツは黒い。髪の毛は白髪というか、銀髪ですが、角も革鎧も、何より騎乗している騎竜が黒い。奴の攻撃は黒い塊が押し寄せてくる」


「ああ、奴の印象は黒だよな。それに対して、俺達は銀色だ。何時もは俺たちの銀色が黒に切り裂かれている」


ヴィクトルの言葉を引き継ぐように、リヴルスとイグニスが呟く。こいつ等が言う、アイツと奴は、ヘルヴィスの事だな。

そうか、奴の部隊は黒で統一された印象なんだな。

黒に対抗するには白ってイメージなんだが、それだと普段の銀とあまり変わらない。

それに赤くすると3倍速くなるとか聞いたことがある。


「だったら、お返しに俺たちの赤が、奴らの黒や茶色を切り裂くか」


悪くないじゃ無いか。俺達の隊としての任務は、魔族の大軍を切り裂くことに主眼を置いている。

全員が、その光景を想像しているのだろう。好戦的な笑みを浮かべ始めた。


「ロムニア王国の赤備え。その色を見たら、魔族が怯えて逃げ出すくらいになりたいものだ」


「何か、カッコイイ」


イオネラの呟き。ゲストの美少女たちとチビッ子たちも目を輝かせている。

決まりだな。

後は、技術的やルール的な問題を確認しなければならない。ヴィクトルなら知っているだろう。


「それで、甲冑に色を塗るのは問題ないのか?」


「技術的には問題ないな。全体を塗る者は居ないが、家紋を書き込む者は少なくない。

 色が落ちる可能性もあるが、そこは技術者と相談だな」


「良し、隊名は赤備え。次は隊旗なんだが……もう、赤の無地で良くね?」


「何だか、いい加減すぎないか?」


もう少し考えろと言わんばかりの冷たい視線に晒される。

まあ、確かに源氏の白旗、平氏の赤旗。そう言われていたな。何か負けた方ってイメージがある。

でも、他にピンとくるものが無い。


「でも、無地なら閲兵式に間に合うかもしれませんね」


エリーザの一言で流れが決まった。今回の閲兵式は旗もなしで参加する予定だったが、どうせなら、有った方が良い。

間に合うかどうかは微妙だが。


「まあ、今後の戦果次第で、何か意匠を書き込むこともあるかもしれないが、今回は無地で行こうか。

 ところで、隊旗って、どう持つんだ?」


そう言えば、旗の保持方法を知らなかった。まさか、俺の背中に旗指物みたいに刺すって事は無いよな?


「普通は隊員から一人、旗手を選ぶ。まあ、結構な抵抗がある旗を持ったまま、お前の後ろをピッタリと付いて行かなくてはならないから、高い乗馬技術がいるな」


旗持が要るのか。旗を持ったままだと空気抵抗とか凄そうだな。高い乗馬技術となると、ヴィクトルやエリーザが思い浮かぶが、コイツ等は武器を持って敵を攻撃するのに外せない。

となると……うん。全員の視線がダニエラに集中している。


「よし、決まりだな。頼んだぞ」


「ちょっと! 荷が重いです!」


「お前なら出来る。マイヤだと思って、しっかり持てよ」


反対意見は出ないようなので、これにて会議をお開きにする事になった。

ダニエラが落ち込んでいるようだったが、マイヤが喜んでいるようなので、気を取り直したようだ。


「ああ、ついでに長柄の武器の改造なんだが、何か良い案は出たか?」


薙刀では、短いという意見が出たので、俺の槍を貸したままになっていた。

あれから何か話し合ったのだろうか?


「それなんだけど、隊長の武器は私達には合わない。よくも、あんな物を振り回すと呆れただけです」


「エレナ、アリエラが聞いているよ」


何時もの不愛想全開で毒舌を吐いたが、今日の俺にはアリエラが付いている。

あまり、ふざけた態度を取ると、真面目なアリエラの怒りに触れると思ったか、慌ててしおらしい態度になる。


「でも、実際に俺達では、使いこなせません。もう少し短かくして、一丈(約3m)くらいならと思ったのですが、突くか振り回す武器なので、隊の武器としては不向きだと思います。

 俺個人としては、未練がありますが」


イグニスが、後を継いで槍を使った感想を述べる。

槍は剣以上に、素手での打撃能力が槍の威力向上に直結している。

突きは当然で、振り回すのも実際は回すのではなく、持ち手を真っ直ぐに突く。

穂先側の手、基本は右手を真っ直ぐに突いて、反対側を引く。空手の基本練習である左右の正拳突きを、槍を持ったまますると、槍の先端は勝手に回ってくれる。


そして、イグニスは素手での戦闘能力は隊の中でもリヴルスを抑えてトップになる。

トウルグが投げや関節を得意とするグラップル系を得意とするのに対し、イグニスは打撃一本のストライカーだ。実際に槍を扱うのに最適な才能を持っている。


そのため、個人としては槍に自分が強くなる可能性を感じているが、隊として扱うには不向きな武器と割り切ったようだ。


俺の武器は、大身槍で、振り回して先端の重量を生かした遠心力で破壊力を上げる武器だ。

この遠心力と言うのが曲者で、武神の力を使えば強い力を生み出せるが、その分、止める力も必要になる。


穂先が小さければ問題は無いが、根本的な問題として、威力を出すのに遠心力を活かせるだけの大きな空間が必要になる。

ウチの騎兵は狭い範囲で攻撃を繰り出すことを目的としているため、槍は先頭の者以外は使うべきでは無いという意見だった。


「それと、根本的な問題が見つかりました」


イグニスが、困ったような表情で、周囲を見ながら言う。

イグニスだけでは無い。全員が微妙な表情を浮かべている。


「どうした?」


「それが、弓騎兵からの意見なのですが」


視線をアルマに移し、アルマはルウルを見る。ルウルは仕方がないという表情で立ち上がると、一言だけ発言する。


「柄が邪魔です」


あまりにもシンプルな発言で、残念ながら俺には理解できない。

柄が邪魔? 弓騎兵には関係が無いだろ?

ルウルに任せた事を後悔する発言をした後、アルマが改めて説明する。


「あの、エレナは2列目の際に薙刀では届かないので、長い武器を希望していましたよね?」


「ああ、それで、イグニス達も同様の意見だったな」


「ですが、1列目の際は短く持ちます。それだと、柄が弓騎兵には邪魔になるんです」


「実際に邪魔だった」


ルウルが追加で発言。お前はマトモに説明もしないで何を言ってるんだ?

だが、言いたいことは分かった。今の状態でさえ、薙刀組が一番外側で戦えば、短く持ってる分、柄は内側に来る。その内側を駆けるのが弓騎兵だ。確かに密集状態だと邪魔になるな。

それが、更に長くする相談を始めたら抗議したくなるのも無理はない。


イグニス達は、最初は食堂に槍掛けみたいなものを作って色々試そうと思っていたらしいが、弓騎兵に長いのが邪魔と言われて、計画は頓挫したようだ。ちなみに俺の槍は空き部屋に保管されているらしい。


「隊長は、何か考えてきました?」


イグニスが縋るような表情で、聞いてくる。

期待に応えてやりたいが、非常に申し訳ない。


「ゴメン。年末はトウルグから聞いてると思うが、あんな生活だったし、何も考えてない」


露骨にがっかりするイグニス達。本当に悪いとは思うが、長さの変わる武器なんて難しいだろうな。

一応、元帥にも相談してみるか。


「まあ、気を落とすな。今度こそ俺も考えておくし、お前等も考えろ。考えるのを止めて良いことは無いぞ」


何となく、良い事を言った体にして、この場をお開きにする。

俺の槍は不要になっただろうから、回収するために空き部屋へ向かう。


「何だ。広い部屋が空いてるじゃないか。俺の部屋にしても良いんじゃないか」


「ダメです。隊長は王宮に戻ってください」


俺が王宮に戻らなくて済む計画は、アルマに却下された。






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