未来の騎士
家訓に関しては嫌いだった。今となっては死ぬべき男子もいない。
祖父も叔父も、父も兄も、そして二人の弟も戦死した。弟の死を切っ掛けに、母も心労で死んだ。
残っているのは女子である自分と、最後の男子であり、年が明けて8歳になる、目の前に居る弟のロディアだけだ。この子が騎士になるまで自分が生きていられる保証もない。
「良いか、騎士にとって、いや、人にとって最も大事なものは何だか分かるか?」
だから、今の内に出来るだけの事をしてやりたい。
家訓には納得できないが、父が残した言葉で正しいと思える言葉が確かにある。
それは、エリーザの中で、今や真理となっていた。
「それは筋肉だ! 騎士として、人として、筋肉こそが最も大事なものであり、磨き上げるべきもの…痛っ!」
この世の真理を弟に告げている最中に、手の平で頭を殴られる感触。この感覚には覚えがある。こう、頭がポワーンと弾かれるようで、良い音がする割には痛くない。
結構な頻度で殴られることを、アルマから心配されたが、殴られ仲間であるルウルと一緒に何故か痛くないと感心し合った感覚。むしろ少し気持ち良いと言ったらドン引きされた。
このような殴り方をする人物はエリーザが知る限り、ただ一人。
「タケル殿!?」
後ろを振り向くと、父が言う通り、筋肉が大事だという事を証明した、筋肉の化身でもある人物が、何故か呆れた顔で立っていた。
「お前は子供に何を教えているんだ?」
追加とばかりにもう一発殴られた。
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隊名と隊旗に付いてヴィクトルに相談したところ、急に良い案も出ないし、いっそのこと隊員たちのいる所で話し合った方が良いという結論に達した。
おそらく、アイツ等から何か言い出す可能性は低いが、変な名前を付けようものなら態度で分かるし、そういった決め事を全員の前でやれば、隊の結束も高まるだろうと考えての事だ。
そのため、翌日に隊員がいる兵舎で相談することにして、エリーザとジジィ、兵舎に連絡を出した。
ヴィクトルの帰省は、相談が終わってから決めるとの事。この元旦の収穫は、ヴィクトルの従妹のミレスがアリエラとイオネラと仲良しで、ウチの隊に入りたいと希望しているそうだ。ちなみに妹のカレアもアピールしてきたが、ヴィクトルから駄目だしされていた。
そんな訳で、ついでに英雄部隊に興味津々の三人の美少女も連れて行き、職場見学をさせることになった。ガッカリする可能性の方が高いと思ったのだが、ヴィクトルの予想では年末に行われる予定の選抜試験に、この三人は合格する可能性が高いので、先に現実を見せた方が良いとのこと。
ちなみに選抜試験の事は閲兵式の後の発表になるので、そこは内緒話である。
それと、この三人だけだと、依怙贔屓だと後で問題になりかねないので、お目付け役という役目を与えた。
誰を見張るかと言えば、マイヤ、ロディア、ファルモスの三人だ。
マイヤの事はダニエラとエリーザから聞いてはいるが、あれから会ってはいないし、何よりファルモスとロディアに一抹の不安を俺が抱いたという事もある。
ファルモスの鍛えっぷりや、性格からして、仲良しと言うロディア共々、どう考えてもバトルマニアだ。おそらく話に聞くゲオルゲの系譜である。女の子に容赦するとは思えない。
マイヤが上手くやっているか、一度顔を見たい、同時に隊員たちにも見せてやろうと考え、エリーザの家に連絡を取った所OKの返事が出た。ついでに兵舎に向かう前の合流先をライヒシュタイン家の屋敷にする。
ちなみにジジィは、勝手に決めろと欠席の通知。隊名が決まらなかったらバルトークと愉快な仲間たちにしてやる。
こうして、翌日に先ずはエリーザの住むライヒシュタインの屋敷に迎えに行き、エリーザの元まで召使さんに案内され付いて行ったら、何やら子供の前に訓示を垂れている最中だった。
その内容たるや筋肉を信奉する宗教みたいだったので、思わず突っ込みで手が出てしまった。
仕える主を殴ったことでライヒシュタイン家の召使いが驚いている。幸いにも俺の方が、立場が上なので咎められることも無かったが少し気不味い。誤魔化すため、じゃなく、俺としても間違った知識を子供に教えたくないので、少し真面目に訓練の優先度に付いて話すことにした。
「あのな、筋肉を鍛えるのは後だ。もう少し成長してからで良い。今は別の訓練に力を入れろ」
だが、突然乱入してきた男が姉を殴ったせいか、目の前のチビッ子はポカンとしている。
いやあ、随分と整った顔立ちだ。将来イケメン間違いなしだな。どっから見てもエリーザの弟で間違いない。
その空気を破ったのは、後ろにいる少女だった。
「お久しぶりです。勇者様。その節は助けていただき、改めて礼を申し上げます」
「い、いや、当然の事をしたまでだ」
そう言って頭を下げる少女に何とか返事をする。うん。実は見ないようにしていた。見なかったことにしたかったが、そうも行かないようだ。
最初に出会った時は全裸。その後はドレスを纏っていた儚げな少女は、どっから見ても騎士を目指している逞しい少女へと進化を遂げていた。
空手着に似た騎士服を着て、手には木刀を持っている。前に見た時の儚げな雰囲気はなく、強い意志を感じさせる眼差しは、怯えなど微塵も感じさせない。
何故こうなった? 数か月で、こうも人は変わるのか?
「み、見たかファル。今の勇者殿の攻撃。あれだけの音がしながら、姉上は大して痛みを感じていない。これ、訓練に取り入れたら良いのでは?」
「ごめん。後ろからでは見えなかった。でも、音は聞こえたし、この要領で攻撃出来れば訓練で怪我をさせずに相手を殴れるな」
ああ、お前等の所為だな。想像以上にバトルマニアの子供だった。
ポカンとしていたのは、姉を殴ったからでは無く、俺の張り手に関心が行っていたからか。
考えてみれば、勇者が来るって事は聞いているだろうし、マイヤを連れて帰った凱旋行進も見ている可能性も高いから、知らない人でも無かったんだな。
更にマイヤも加わって、どう攻撃したかで盛り上がっている。マイヤ、お前もか。
朱に交われば赤くなるというが、儚げな少女がバトルマニアに変化するなんて、かなり密度の濃い朱のようだ。
可哀想だが、その盛り上がりの炎を鎮火してやろう。
「ああ、盛り上げっているところ悪いが、訓練では使えんぞ。諦めろ」
露骨にがっかりするチビッ子たち。将来が頼もしいような恐ろしいような。
そんな複雑な気持ちを抑え、ヴィクトルが来るまでは、基本の教授をしておこう。
「まあ、落ち着け。取りあえず鍛錬において、今の段階で筋肉を付ける必要は無い。下手に付けると身長が伸びなくなる。身長が伸びないと筋肉の体積が減るから逆効果だぞ」
そう言って、筋肉への信仰をなくさせる。
それより、子供の内に手に入れた方が良い基礎能力として、バランス感覚と柔軟性、そしてスタミナの重要性を説いていく。
この三つは、子供の内から始めても逆効果になることは無い。
「先ず、馬上などの不安定な場所や、防御、又は攻撃を空振りして体制を崩しても、直ぐに戻せるようになる。その為に三半規管を鍛える」
「サンハンキカン?」
「耳の裏にあるんだよ。そういうのが。そうだな。試しに今から前転を10回して、その直後に片足で立ってみようか」
言われた通りに、俺と一緒に前転を始めるチビッ子たち。傍から見ればシュールな光景だろうが気にしてはいけない。
前転の後は片足で立つだけだが、物の見事にフラついている。俺は微動だにしないが、マイヤは片足で立つことすら儘ならず、ロディアとファルモスも5秒と持たない。
「頭の裏がくるくる回っているように感じないか? そこを鍛えるんだ。そうすれば、落馬の際にも受け身を取りやすい、と言うより、落馬する前に鞍を掴んだりして姿勢を戻せるようになる」
ついでに、何種類かの回り方と、その後にダッシュさせたりして、姿勢を整えることを意識させる。
これは、一朝一夕に出来る事では無いので継続することを言い含める。
「次に柔軟性。身体の稼働範囲を広げる。同時に硬い奴は、柔らかい奴に比べて窮屈な服を着ているような状態と思って良い。つまり身体を柔らかくするって事は、窮屈な服を脱ぎ捨てて動けるようになると思って良い」
柔軟の基礎を一通り教えておく。これの指導は簡単だ。180度開脚したりして、俺の柔軟性を見せつければ、何処まで人が柔らかくなるか分かるし、勝手にやってくれる。
「最後に持久力。これも内臓を鍛えると思って良い。訓練を続けていると息が切れるが何故だか分かるか?」
「え~と、疲れるから?」
「う~ん、正しくはあるが」
普通に運動を続けると経験則として、息が切れる、筋肉が痙攣を起こす、それを疲れると言うのだろうし、スポーツ医学の概念を持ち込まない限り、深い理由は追求しないだろう。
「そうだな。少し難しいが、人間が動くには酸素と言う物を取り込む必要がある。空気中にあるものだから珍しいものでは無い。これを吸って体中に行き渡らせる。
動かなければ大量に取り込む必要は無いが、逆に動けば大量に必要になる。ファルモス、そこまで走っていき、直ぐに戻って来い」
そう言うと、素直にファルモスは今の場所と屋敷の壁までの往復を全力ダッシュ。
そこをすかさず、待機させていたロディアと同時に鼻と口を押えて息を出来なくした。
当然ながら、ファルモスの方が先に苦しんで暴れる。
「今までは当然の事として行っていたと思うが、呼吸って奴は奥が深い。
息を吸った際に、体内に必要な物質を取り込むつもりでゆっくりと吸い、体中に行き渡らせろ。次いで疲れの原因となるモノを思い浮かべて吐き出せ」
言われた通りにゆっくりと深呼吸をする。今一ピンと来ないようだが仕方が無いだろう。
落ち着いたところで、呼吸の仕組みを説明する。血管に行き渡らせる酸素や、疲労時の心拍数の増加を、頸動脈を触らせて説明する。
「まあ、基本は走る事だ。走って疲れて、呼吸をして回復する。それを繰り返せば持久力は上がり、訓練時間が延ばせるし、実戦でも長く戦える。
今の内に持久力を付ければ、これから先の訓練を他の奴より多く出来て得だぞ」
そう言うと分かりやすかったのか、今から走ってくると出て行こうとしたので慌てて止める。素直なのは良いが、元気すぎる。
この後は予定があるので、訓練は帰ってからだと言い含めていると、何時の間にかヴィクトルも到着していて、面白そうに俺達を見ていた。
「お前、何時の間に来てたんだ? お前を待つ間のつもりだったんだが?」
「いや、楽しそうだったのでな。それにしても教えるのが板に付いている。
案外と教官に向いているぞ。俺も教わりたかったくらいだ」
「お前の剣の相手はしているだろうが。中々代わってくれないってエレナが文句言ってたぞ」
「今じゃなく、子供の頃って話だ。お前が教官だったら面白かったろうな」
俺が教官に? ヤバいな教え子に手を出して捕まる光景が目に浮かぶ。
ダメだろう。それなのにチビッ子たちは賛同している。まあ、悪い気はしない。
考えてみれば、空手を教えていた頃は、それなりに楽しかった気がする。
「そうだな。ヘルヴィスを倒したら、次の職場として頭に入れておく。今日のところは兵舎へ移動だ。
ロディアとマイヤを誰が乗せるか、エリーザと決めてくれ」
兵舎までは、徒歩で行くには遠いので、軍馬か馬を使用するが、チビッ子たちは乗馬を始めたばかりで安全な場所でしか乗馬させられない。
ファルモスはイオネラが乗せるが、俺はアリエラを乗せる必要があるのだ。
本来、この中で一番乗馬スキルが高いアリエラが、どうして自分で乗らないかと言うと、弓騎兵としてのアリエラは、隊員の前では解禁になっていないので、騎射はやらせない宣言として、昨日に引き続き和服を着用している。
そのため、誰かの馬にお姫様のように横座りで乗るのだが、流石は我が愛馬である安綱。
アリエラに自分に乗るよう求めてきた。
ちなみに、安綱の威容に感動したファルモスが乗りたがったが、断固拒否の姿勢である。
噂には聞いていたが、本気で気難しい性格らしい。
だが、その性格のお蔭で、こうしてアリエラと密着できるのでお手柄と言えよう。
以前の乗馬デート以上の親密さで、兵舎までの移動を楽しむとしよう。




