王様の目がヤバい
アーヴァング氏に案内されるまま進むと、そこには大きな扉。
「この先が謁見の間です」
そう言って、扉を開くと、中は多くの騎士が左右に並び、その後ろにローブの男女。
何だか男女比がおかしいような……こういう場所って普通は男が多いような気がするのだが、騎士風の連中まで女性の方が多い気がする。
その間を進んだ先には、椅子……って、あれが玉座ってやつだよね。本当に王様と会うらしい。
「どうぞ。前へお進みください」
促されるままに前へと進むと、周囲からヒソヒソと声が聞こえてくる。
聞こえないように喋っているつもりなのだろうが、生憎と耳は非常にいいぞ。
「おい、誰だよ勇者が戦いの素人なんて言ってた奴」
「おかしいだろ。あの手」
「手も凄いけど、歩き方でしょ」
「軸の安定が異常よね」
うむ。早速騎士風の連中から品定めを受けているようだ。
それに歩法で判断とは、ここの連中は見る目があるな。いや、それなりに訓練を受けてるってことか。
現状では警戒心を解きたいので、その評価は困ったものなのだが。
「ここで、お待ちください。すぐに陛下が参ります」
玉座から、かなり近いが大丈夫なのか? この国の防衛意識は。
まあ、俺としては敵意が無いように周囲に見せるためには都合が良いかも。
「あの、立ったままで良いのですか?」
「よろしければ、左の膝を付いていただけると」
「分かりました」
言われた通りに片膝を付いて王様を待つ姿勢を取ると、一気に周囲がざわつき出した。
「ウソ! 勇者が礼儀を知ってる!?」
「聞いていた話と違うぞ」
おい、今までの勇者は何をしたんだ? いや、冷静に考えれば、ここまで礼儀を知らないとなると、外国人か、俺とは別の世界から来たってことか。多分、礼儀とか無い世界の住人なんだろう。
「静まれ! 陛下がお見えになる!」
その一喝とともに全員が、一斉に静まり片膝を付く。
随分と統率されているな。おっと、感心していないで俺も頭を下げる。許可が出るまで、見るのは不敬だろう。
そして、待つという程の間もなく、玉座に向かい椅子に座る気配があった。
「面を上げられよ。勇者殿」
重く渋みのある声。顔を上げると玉座には50歳くらいの男性が座っていた。
端正な顔立ちだが、その表情は何処か追い詰められたような、目に炎が灯った狂気の一歩手前のような雰囲気がある。
「余が、このロムニア王国の国王でフェインである。勇者殿の名を聞かせて貰えるか」
「はい。菊池武尊といいます。此度は拝謁の栄誉を賜り感謝します。何分、貴人にお目通りする機会などない人生を歩んできましたので、ご無礼があれば寛容な心でお許し願います」
ダメだ。時代劇でこんな感じで話してたと思って言ってみたが、変な気がする。
怒られないだろうか?
「……聞いていた勇者の言動とは随分と異なるな。タケル殿か。そう固くなる必要はない。こちらが頼む立場である。非礼は気にせんよ」
おお、これまでの勇者に感謝だ。ハードルが凄く下がっている。
しかし、だからと言って礼節の心を忘れてはいけない。祖父が言っていた。礼節とは決まりを守ることではなく、相手への敬意を持つ事が重要だと。
「王の寛大なお言葉に感謝します」
「いや、タケル殿には、本当に申し訳ないことをしているのだと恥じているのだ。この世界のこと、本来は其方には関係のない事である。
しかし、我等には其方の力に縋るしかないのだ」
「私の力と申されますが、魔王の討伐と聞きましたが?」
正直、魔王と言われてもピンと来ない。ゲーム好きの友人や空手道場に通っていた子供が何か言ってた気がするが、生憎と覚えていない。
そもそもゲームの知識が役に立つとも思えないがな。
だが、俺が知る魔王の知識なんて、キリスト教のサタンとか仏教の第六天魔王くらいだ。両方とも腕力が通じる相手ではない。もっと精神的なもののはずだ。
「うむ。我が国は現在魔王の軍勢に迫られ、危機に瀕しておる。これは我が国のみならず、この世界全てと言って相違ない」
軍勢ね。まさか、魔王と言うのは人間で、魔王と言う綽名なのだろうか。
まあ、そっちの方ならイメージしやすいな。正直、オカルト的な方向だったら、どうしようもない。念仏でも唱えるか…って、お経なんて覚えてないぞ。
いや、人間だったとしても、戦争になるんだよな。大丈夫か?
戦国時代で戦に参加する妄想をしたことはある。正直に言えば参加したい。
だが、俺は戦争に参加した事なんかない童貞だ。ちなみに童貞と言うのは人を殺したことが無いと言う意味だからな。女性の経験? ノーコメントです。
兎に角、童貞かつ現実の戦争を知らない俺が、ここで参戦したからと言って飛躍的に戦力が増強することは無い。
何だか俺が出来ることは無い気がしてきた。上手く断る方向で行きたいのだが……
「勇者の召喚を待ち望んでいた長男が4か月前の戦で戦死し、我が子は全て死んでしまった」
……嫌とは言えない雰囲気ですね。はい。
何だか、重い雰囲気で、重すぎる事実を告げられても困ります。
「この30年に及ぶ戦争で、息子たちだけでなく、弟も、妹も、この老骨を残して逝ってしまいよった。
いや、王家だけでは無い。多くの武家が絶えておる」
ちょっと勘弁してください。何か追い詰められた雰囲気があるとは思っていたが、まさか、ここまでとは。
溺れる者は藁をもつかむと言うが、俺が藁ですね。
いや、王家、終わってるじゃん。
「もはや、我が王家も、幼い孫娘が残るのみ」
「陛下、お気を強くお持ちください!」
あ! つい、幼い孫娘って単語に反応してしまった。流石は国の指導者。巧みな話術で俺のやる気を刺激するとは……ちなみにお幾つでしょうか?
「おお……タケル殿」
ヤベェ、アホなことを考えてる内に、王様が感動したような目で見ていた。
あまり期待されても困るんだが、何も出来ませんなんて言えない雰囲気だ。
「正直申し上げて、私に何が出来るかわかりません。ここに居られる方々も、決して脆弱とは言えない、戦う者の気配を感じています」
実際に、ここに居る騎士風の集団は強い。アーヴァング氏程では無いだろうが、抜刀女は平均と言ったところだろう。集団で襲われたら、勝つどころか逃げることも不可能だろう。
おまけに、あの“妙な変化”が、彼女以外も出来るとなれば、1対1でも勝てる自信はない。
そして、この世界は、ここに居る騎士が対処出来ない危機に瀕しているのだ。俺が何かを出来る可能性は低い。
何とか期待値を下げよう。任せておけば大丈夫から、何かの役に立てば儲けのレベルまで。
「ここに居られる方々に比べれば、私1人の力など脆弱と言えましょう。おまけに頭も良くありません。
とても過分な期待に応えられるとは思えません」
少しざわつきが聞こえる。断る前振りと思われているかもしれない。
「しかし、私のような者に、拝謁の栄誉を与えて下さった事、その栄誉に少しでも応えたい気持ちもウソではありません。すぐに何が出来ると約束は出来ませんが、可能なことを探させて頂きたいと願います」
そう。可能なことを探す。やるとは言ってない。
「ふむ。これまでの勇者は、魔王討伐の方法を知っているようだが」
マジか? 俺の世界に魔王なんて居ないし、今までの勇者は異世界人で合ってるようだ。
「申し訳ありません。私の世界で魔王とは、架空の存在です。過去に存在が確認された事もありません」
「架空の存在!?」
驚きの声を上げたのは王では無かったが、王も驚いてるのは明白だった。
それは王だけではない。謁見の間に居る者の全員が同様の反応をし、騒がしくなった。
「静まれ! 陛下の御前である!」
その騒ぎをアーヴァング氏の一喝が鎮める。
「で、ですが閣下」
「静まれと言った」
反論しようとする騎士の元に瞬時に移動したアーヴァング氏が、鞘に納めたままの剣を振りぬき、その騎士を打ち据える。ちょっと待て! 動きが速すぎる。
「まして、軍人が上官である私の命に逆らうとはな。陛下の御前でなければ、その首無かったものと思え」
「も、申し訳ありません!」
反論しようとしていた騎士が、直立して謝罪する。同時に辺りは静まり返っていた。
凄い統率力だな。とても俺に真似出来るとは思えない。
「陛下、私に勇者殿へ質問することをお許し願えますでしょうか?」
そう言って、国王の一番近くにいた50歳くらいの男性が前へ出てくる。
「うむ、タケル殿、この者の質問に答えてもらえるか?」
「はい。私に答えられる事であれば」
「宰相の任に当たっているダランベールと申します。以後、お見知りおきを。
早速ですが、タケル殿は魔王を架空の存在と言われる。しかしながら魔王と言う言葉を知っておられる。
では、魔王とは、どのような存在とされますかな?」
「かつて、人の知識で解明されていなかったもの、人に益をもたらす太陽や雨を神の御業とされ、逆に流行り病、落雷、地震、台風、そういった災害や疫病などで、人に害のあるものを魔による仕業と考えられてきました。
そのような、人に害のある現象、あるいは人を精神的に堕落させ、悪しき行いをするように誘惑する欲望を擬人化した存在、それらの王が魔王と言っても差し支えないと考えます」
「なるほど、それは、人が抗えるものではありませんな」
「おっしゃる通りです。故に魔王を討てと言われても、私の持つ知識では役に立たぬと思います」
「ですが、他国の勇者は、魔王を討つ方法を知っているようだったのですが?」
「おそらく、私とは別の世界から来たと思います」
「否。それは無いと思います。此度の召喚は、かつての勇者のいた世界から呼び寄せた者。
同じのはずなのです」
ん? どういう事だ? 他の勇者にかつての勇者? 勇者の大安売りだな。
「これまで、呼び出された勇者は、11名。全てが日本という国から来ています」
「恐れながら、私の故郷は礼節の国と呼ばれるほど、礼儀には厳しい国です。
今までにも他国の勇者の事は聞いてはいます。とても同じ日本人とは思えませんが」
確かに日本人の中にも礼儀を知らない人間は居る。だからと言って、11人も呼ばれて、殆どが無礼な振舞いをするとは思えない。
まあ、確かに最近の若い者は……なんて言われるし、礼儀知らずが増えてるのかも知れないけど……まさか、バカばっかりを選んで呼び出したなんてことは無いよな? その中に俺も……って、俺もバカだった。
「これは申し訳ありません。決してタケル殿を不愉快にさせたかったわけでは無いのです」
「いえ、こちらこそ口調が強くなりました。申し訳ありません」
気まずくなりかけた空気を払うようにアーヴァング氏が進み出る。
「国王陛下、宰相閣下。タケル殿は召喚されたばかりで、この世界の事は何も知らない状況です。
先ほど説明しようとしていたのですが、王への謁見を先にしてしまったので、何も伝えていません。
今からでも場所を変えて話をしたいのですが」
「それは済まない事をした。気が急いていたとは言え、タケル殿には悪いことをした。許されよ」
「いえ、お気になさらずとも」
「それでは……」
「テオフィル元帥。勇者様への説明は他の者へ任せては?」
そう口を挿んできたのは、20代の女性。かなりの美人で頭が良さそうである。
俺と目が合うと優しく微笑んできた。自己紹介はしないが、敵意は感じない。多分、軽率に自己紹介出来ない立場なのだろう。
それにしても、俺への説明をアーヴァング氏がすることに反対のようだが、何の意図だろうか?
「それでしたら、私が」
そう言って、進み出てきたのは、俺の後ろにいた抜刀女。
いや、俺が先に攻撃しようとしたんだし、気にはしてないが、ずっと俺の後ろにいて視線を感じていたので、少し鬱陶しかったのは事実だ。
「エリーザか」
「そうですね。貴女は元々、勇者様への手伝いを命じられています。この世界の事を説明するのも任務の内でしょう」
「いや、確かにその通りですが……分かりました。エリーザに任せる。決して無礼の無い様にな」
「お任せください」
何だか、俺への教育係がアーヴァング氏から抜刀女改めエリーザへとチェンジするらしい。
それを確認すると国王が玉座から立ち上がった。
「タケル殿、其方とは、また話がしたい。落ち着いたら改めて時間を作ってもらいたい」
「はい。陛下がお望みとあれば」
「最後に皆の者に言い渡す。ここで行われた会話は許可が出るまで、他言してはならん。良いな」
俺に魔王討伐は困難だと知られたくないのだろう。申し訳ないが俺にはどうにも出来ない。
謁見の間にいる騎士は、国内でも一握りの身分が高い人達ばかりです。
つまり、実力がある人達が多く、国全体で見ると、エリーザは上の中の実力者になります。
続きは、日付が変わった後になります。