リア充(真)の年明け
「では、行ってくる。タケル殿が暫く、我が家で生活することは伝えておく」
「お願いします」
「父上、お気を付けて」
「いってらっしゃーい」
朝食後、アーヴァング殿は王宮へ年始の挨拶に向かった。
俺も誘われたが、強制では無いそうなので、丁重に断らせてもらった。
失礼かとも思ったが、今の俺が行くと話題が集中してしまい、最悪、王族より主役になりかねない危険があるので、今回は見送った方が良いだろうとの事。
年始は、色んな人が王族に挨拶をする儀式があるようなのだが、俺が行くと変な目立ち方をして、王族を蔑ろにするような行動をする者が出る可能性が無くはない。
よって、俺が王宮へ行くのは、一月七日の閲兵式に合わせることにした。
閲兵式は全軍が集結して、王族や王都の民に軍の威容を見せる儀式なのだが、そこに当然ながら、俺たちの隊も参加する。
将軍クラスや、上級将校と言った身分の者は事前に王様に挨拶をするので、そこで勝手に郷を襲撃した事や、帰らなかった事を謝ろう。
問題の先送りとも言えるが、期限が決まっているのだ。問題無いだろう。
それより、隊の名前と旗のデザインを決めるように言われた。そんな新たな悩みの種が増えた件が問題だ。
隊の名前は、通常なら大部隊は部隊長の家名を使い、小部隊なら何番隊と数字を振る。
そして、隊旗は家紋を使用するそうだが、俺の場合は家名という程の家柄も無ければ、当然ながら家紋も無い。
苗字を使う手もあるが、キクチという苗字は、この世界では馴染みのない発音なので、そう呼ばれる際は、みんな言い難そうにしているのだ。ちなみにタケルの方はそうでもないらしい。
まあ、良い案が出なければ、それで行くしか無いが、問題は旗のデザインだ。
家紋なんか我が家には無い。何か授かるという手もあるが、この世界の家紋は、西洋の紋章学のように、動物や魔物を中心に添えて、家の歴史を表すような衣装が施されている。
テオフィル家で言えば、軍人の家系を表現する、軍馬に太刀、そして領土の特徴である大河が描かれ、ライヒシュタイン家では、強者を表すため、この世界で最強と言われているトラ系の魔物に、領土の特徴の巨大な山に特産品と言うか採掘される黄金が描かれている。
俺の場合は、例えられる動物も領土も無いので、槍くらいしか特徴が無いと言える。
菊池と言えば、俺の世界ではマイナーになるが、元寇から南北朝時代に武名を轟かせた菊池家の並び鷹羽の家紋があるが、同じ苗字でも関係は無いのでパクリは拙い。
まあ、鷹や鷲のような猛禽を意匠に取り入れるのは悪くない気がするが。
「なあ、新年早々に人の家を訪ねるのは有りなのか?」
どうも一人で悩んでいても良い案が出そうにない。ここは同志ヴィクトルに相談する方が良いだろうが、問題は今から会いに行くのは有りか無しかだ。
「はい。使いを出して許可を貰った後に行くのなら問題はありません」
アリエラに確認を取ると、そのような回答だった。
家の召使に頼んで行かせようかと聞かれたので、少し悩んだが使いを出してもらう事にした。
もし、OKが出ればアリエラとイオネラも一緒に連れて行くか。
何と言っても、今日の二人は和装の大和撫子バージョンだ。最高の目の保養になる。
同志にも見せびらかしてやろう。
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朝、目が覚めると腕に違和感があった。視線を動かすと自分の腕を枕にして眠っている少女が安らかな寝息を立てている。
ヴィクトルは冷静に、その少女の鼻を摘まんだ。
直ぐに息苦しくなって目を覚ます少女。やがて目が合うと嬉しそうに微笑んできた。
「お早うございます。ヴィクトル兄さま」
「ああ、おはよう。ミレス。昨夜は帰りが遅かったようだが、一番、警備が大変な順番だったらしいな」
「いえ、仲が良い子が多い班だったので、大変でも楽しかったです」
「どちらにせよ、異性の寝室に潜り込むのは感心しないな。いくら従兄妹とは言えどだ」
起き上がりながら、そう注意すると、何故か嬉しそうな顔をされた。
「本当に戻っています。前と同じ。少し違う気もするけど、それでも」
ミレスは、そこまで言うと、涙ぐんで言葉に詰まる。
昨夜は、妹のカレアにも驚かれたが、思えばミレスにも心配をかけ続けてきた。
全てに投げやりになり、死に場所を求め続けていた気がする。
「今まで済まなかったな。まずは起きて朝食にしよう」
ミレスの頭を撫でながら、起きるように促す。
カレアも起きて待っているかもしれない。今まで心配をさせた分くらいは、優しくしても悪くないだろう。
新年という事で、食卓には白い麦餅を中心にした食事が出されていた。
母はパドゥレアス領で新年を迎えているので、卓に付いているのはヴィクトルと妹のカレア、従妹のミレスの三人だった。
「母上から、何か連絡は?」
「いえ、万が一の可能性を考え、海岸線の警備は続けていますが、問題があったなどの連絡は受けていません。叔父上からも領内に何か起きたという報告や相談もありません」
母が領内にいる理由は、海岸線の警備だ。
パドゥレアス家の領地は王都の真西の海沿いにある。ロムニア王国自体がネノカタス大陸の南西部にある半島にあり、周辺国は陸路で言えば北西と北部で接しているが、海路を使えば西で海峡を挟んだ南部諸国とが最も近い。その南部諸国は、既に魔属領である。
つまり、魔族が海を越える技術を手に入れれば、最大の激戦区になる恐れがあった。
母は騎士になれるほどの技量は持ち合わせてはいないが、弓兵としては働けるし、何より指揮官としての能力はあった。
海軍を指揮するべく、父の生前から領地にいることが多かった。
「閲兵式まで時間はあるし、顔を見に行くくらいはするか」
ヴィクトルとしても、アナスタシアの件以来、心配をかけているであろう母親と叔父に挨拶くらいはしておきたい。
軍馬なら片道で半日の距離だ。新年の挨拶を理由に領地に行く計画を立てる。
「ところで兄上、私も勇者様の部隊に入れてはいただけないでしょうか?」
「お前が?」
妹の唐突な申し入れに戸惑ってしまう。
だが、冷静に考えれば、今や英雄部隊と言っても差し支えの無い状態だ。向上心の高いカレアが入りたいと考えても不思議はない。
しかし、だからこそ無理だと言える。
「却下だ。お前には無理だな」
「何故です? 私はエリーザさんと比べても、そう劣るものではありません」
「だからだ。エリーザに対抗意識を抱いている時点で、ウチでは通用しない」
あの部隊で上手くやっていくコツは、言ってみればタケルと言う怪物の一部になり切る事だと思っている。自我を抑え、怪物の頑丈な毛皮となって攻撃を防ぎ、爪となって敵を切り裂く。毛皮や爪が互いに争う事が無いように、そこに仲間内での競争心は不要だ。
カレアが、昔から気が強い性格だとは知っていた。訓練中に死んだオイゲン程では無いが、自分の実力を鼻にかけることがある。訓練所でエリーザに劣っていたようなので、そこで謙虚になってくれれば良かったのだが、下手に競い合っていたために鼻っ柱を折られることも無かったようだ。今でもエリーザより強い弱いと言っている時点で、論外だと判断する。
「では、私は尚更のこと無理ですね」
「ミレスも入りたいのか?」
残念そうに呟くミレスの言葉が耳に入ったので、振ってみると、見習の間でも憧れの部隊であり、その一員になりたいと考える者は、ミレスを含めて少なからずいるらしい。
「質問だが、見習の中で推薦するなら誰だ。自信が有るなら自分でも構わないぞ」
「ん~、私と言いたいところですが、残念ながら私よりイオネラさんの方が上です。それに弓騎兵としてアリエラさんに勝る人はいないと思います。
ですから、通常の騎兵ならイオネラさんで、弓騎兵ならアリエラさんを推薦します。二人に比べると私は器用貧乏ですから」
聞き覚えのある名前だった。どのような者か聞いてみると、やはり王都に戻った際にタケルに抱きついていた少女と、噂になった元帥の娘だった。
ついでにミレスは、通常の騎兵としてはイオネラに劣るが見習の中では彼女に次いで優秀であり、弓騎兵としてもアリエラに次いで高い能力を持っているらしい。
「ついでに聞くが、お前が知っている中で、最も勧めるのは誰だ? 生死年齢は問わない」
「それは、もうゲオルゲさんです。伯父上と言いたいところですが、やはりあの子は別格です。それはもう、凄まじい方でした」
やはり、その名前が出て来た。隣のカレアが父以上という評価に抗議しているが、ミレスも譲らない。如何にゲオルゲと言う少年が怪物めいていたか力説していた。
内心で合格だと告げるが、今は言わない。
「まあ、残念ながら今のところは隊員の増加は予定していない。だが、腕を磨いていれば訓練所の卒業後に入隊できるかもしれないから、怠るな」
「はい。頑張ります。ついでにヴィクトル兄さまの妻になれるようにも努力します」
「そこは努力しなくて良い」
慕ってくれるのは嬉しいが、妻を娶る気はしなかった。まして、従妹だと結婚は不可能では無いが、あまり良くないとも言われている。
何かカレアまで対抗意識を燃やして騒ぎ始めたが、妹相手は論外である。
思えば、カレアは昔から、何かとアナスタシアにも対抗意識を抱いて突っかかっていた。
アナスタシアは、そんなカレアを気に入っていたようで、何だかんだと一緒にいることが多かったように思う。それもアナスタシアの婚姻後は変わってしまった。
カレアの彼女を見る目は、怒りでも嫉妬でもない、憐れみだった。
昔の思い出に浸りかけるのを振り切り、気持ちを切り替える。
言い争っているカレアとミレスを無視して、早めに領地へ行こうと考え始めた。
今のところ閲兵式までは、隊の予定は無いが、王都から離れる場合は隊長であるタケルに連絡を入れなければならない。
今は元帥の家にいる予定なので、使いを出そうかと思っていたら、屋敷の召使が使者の伝言を携えてきた。
「御屋形様、お寛ぎのところ申し訳ありません。テオフィル家より使者が参って、タケルという方が御屋形様との面会を希望しているとの事です」
「タケル? 奇妙な名前ですね。誰ですの?」
カレアの呟きにミレスが唖然とした表情を浮かべながら勇者の名前だと告げる。
どうやら、タケルと言う名は、見習の間では常識で、他は勇者殿となっているらしい。
何故、普通の騎士より、見習いの方と関係が深いのだと突っ込みたくなったが、それもアイツらしいと笑ってしまう。
「ちょうど良かった。俺からも話がある。こちらは何時でも構わないと、そう伝えてくれ」
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い、妹だと! しかも、7歳も年下! おまけに18歳になっているとは言え、かなりの美貌だ。
つまりは、ヴィクトルが10代の間に、3歳から13歳。性欲漲る時期に、すくすくと成長する少女と一緒に過ごしてきたというのか!?
更に追い打ちをかけるように、その5歳年下の従妹だと! こちらも可愛い!
今更ながら、同志の苦悩が理解できた気がする。この環境下で手を出さずに堪えて来たのだ。
俺なら耐えられるのか? 正直言って自信が持てない。
「本当に大した漢だ」
素直に驚嘆の言葉を吐き出す。今日は慰労に目の保養をさせてやろうと、アリエラとイオネラを連れてきているが、奴は二人の誘惑に耐え、一緒にいる少年、ファルモスに親しく声をかける余裕まで見せる。流石だな。
「なるほど、良い経験が出来たか?」
「はい。短い時間ではありますが、勇者様と剣を交わせるなんて、新年から夢みたいでした」
何で元帥の息子のファルモスも一緒かと言うと、ヴィクトルの家に使いをやっている間、時間を潰すのにファルモス少年の訓練の相手をしていた流れである。
待っている間、ずっとアリエラとイオネラの和装を見て楽しむという手もあったが、流石にずっと見られていると困るだろうし、ファルモスが新年早々に一人で訓練を始めたので興味を引かれたというのもある。
昨夜の挨拶の際に、武術を教えると約束したこともあり、現状の確認がてら剣を交えてみたのだ。
正直な感想だが、コイツもヤバい。年が明けて8歳になったばかりだというのに、ある程度は武神の力も使いこなして、鋭い剣を放ってくる。
おまけにエリーザの弟のロディアは、互いに競い合う友人でありライバルらしい。
確か、ソイツって救助された姫君であるはずのマイヤが、王都での生活に馴染めるように一緒に居るのに適していると思われた子供だったはずだ。あの子、大丈夫なのか?
一度、見に行こうと決意をしたところで、使いが戻ってきて訓練は中断となった。
ここで放置するのもあれなので、一緒に行動しようと誘ったのだ。
騎士になるには武芸以外にも、ヴィクトルのような頭脳もあった方が良いに決まっている。
俺以上に手本となるような人物を見ておくのも良い経験だと思って連れてきた。
「それで、話って言うのは? 長くなるような話か?」
客を迎える部屋に案内され、テーブルを挟んで向かい合う。
別に内緒にするような話では無いので、全員揃っている。
正直、隊の名前や旗のデザインの話なので、簡単に決まるとも思えないし、ヴィクトルの用件と言うのを先に聞いてしまおう。
「長くなるか、下手すれば結論も出ないな。お前の方は?」
「ああ、領地に一度、顔を出しておきたいと思ってな。三日ほど時間が欲しい」
「そう言う事か。確かに大事な事だな。それなら何時でも構わないぞ。閲兵式に間に合えば、本格的な行動は何もしない予定だ」
そう言って、今後の予定を話しておく。
現状できる事として、最後に相談された武器の改良は、鍛冶屋が動くのが一月四日からなので、それまでに軽い草案を出すことくらいだ。
後は、閲兵式の後は元帥の手配で、複数の部隊と合同訓練になるので、そこで恥をかかないように、自主的に訓練をするくらいしか無い。
「それで、今日、相談に来た理由なんだが、元帥に隊の名前と旗の意匠を決めろと言われた。
何か良い案が無いか?」




