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根之堅洲戦記  作者: 征止長
戦闘狂が率いる部隊
47/112

護国の鬼

「それで、タケル殿は相変わらず、元帥のところにいると?」


「はい。自分では魔族を見張ると言っていますが、単に戻り難いだけですな。あれは」


「気にせずとも良いのに。むしろ宮中の者も会いたがっているがな」


笑いだすダランベール宰相に、苦笑で答える。

実際に王宮では、今年最後になる今日も、廷臣が忙しく走り回っており、召使の者も巻き込まれている状況だから、タケルが帰ってきても十分な対応は出来ると言い難い。


「忙しいと言っても、文句を言いつつ笑っておる。そこが今までとは違う」


「それを言ったところ、宮殿がブラック社員の巣窟になったと頭を抱えてましたよ」


聞きなれぬ単語に、首を傾げるダランベールに、自分もそうだったと前置きして説明する。

部下に過酷な仕事を押し付けるのがブラック企業と言われていて、タケルの世界で問題視されている。

だが、仕事が楽しくて仕方がない人間は、それで平気だという。

趣味ならば、時間を気にしないで続けられるように、仕事が生き甲斐の人間は、いくら働いても平気なブラック社員と化すようだ。何しろ仕事で、大きな精神的な負荷(ストレス)を感じない。


問題は、そのブラック社員に巻き込まれる、そうでない社員だ。

彼等は普通に精神的な負荷(ストレス)を受けるので体調を崩し、最悪死に至る。

殆どのブラック企業の実態など、創始者を始め、ブラック社員の集団が運営しているので、自分たちの価値基準で働かせるから問題になるそうだ。


「実際に、どうでしょう? 今回の件、宰相閣下にとっては楽しい仕事になるでしょうが、そうでない廷臣もおられるのでは?」


「ふむ。確かに道理よな。途中で倒れられては問題があるか。注視しておこう。

 それで、タケル殿が戻らぬ言い訳に使われている、残った魔族はどうだ?」


「かなり衰弱しています。実験の負荷以上に空腹でしょう。ですが奴らにエサを与える訳にもいきません」


「他の魔物の肉は、どうなった?」


「まだ手に入っていません。現在、狩りの技能に優れた者で動いていますが」


「騎士が近づけば逃げるか……残念だが仕方がないな。グロースへの借りを少しでも返したかったが」


魔族が人間以外を食するか試したかった。それが出来れば生かしたままグロース王国へ運べる可能性がある。

グロース王国には、武具の開発や戦術の効果の教授で、全ての国家が借りがあると認識していた。

魔族を生かしたまま運べば、借りを返せる上に、あの国での実験結果が反映されるかもしれない。


「先の解体の件では、随分と感謝されたが、現状ではアルスフォルト殿下こそが対魔族戦の中心よ。

 あの国には、出来るだけの情報を送りたい」


「最悪の場合も考えねばなりませんからね。悔しながら、今の我々ではヘルヴィスの攻撃に耐えられません。今は少しでも恩を売らねば」


現状、最も恐れられているのが、魔王ヘルヴィスを刺激したのではないかという疑念だった。

そして、その場合の対策は、王命にて決定された。


「うむ、タケル殿だけでもという陛下の心意気は良いが、我々まで、それに乗る訳にもいかん。

 アナスタシア様と御二方も一緒に逃がす」


王命は、万が一の時はタケルをグロース王国へ脱出させること。あの男をグロース王国は拒絶しないだろう。

タケルがアルスフォルトの元で戦えば、自分より上手く使う気がする。

そのタケルと一緒ならば、王家の人間も大事にされるだろう。残されたロムニア王家の血統である二人の姫殿下を保護させる。

二人の姫殿下と後見になるアナスタシアがいれば、何とかなる。


「まあ、そうならない事を祈りましょう。我々とて死にたくはない」


「そうだな。それと、タケル殿の隊の増員は?」


「現状では、今の人数の質を上げたいとの希望です。

 来年は一年間、現在いる100騎を磨き上げ核とし、翌年には数を増やします」


来年は隊員の練度向上と、タケルの指揮能力の向上を目指す。

副長のヴィクトルは、ヘルヴィスに対抗するには1000騎が理想としているようだ。

それ以下ではヘルヴィスの竜騎兵に対抗できず、それ以上だとヘルヴィスの動きに付いていけない。


「その翌年に向けて候補者は、独自に訓練をさせようとは思います。そして、年の暮れに選抜試験を行います。騎士になる事が決まった見習いも含めて」


来年を乗り切り、冬になれば大規模な選抜試験を行おうと考えていた。

現在いる隊員を中核に、予定では残り900騎を選び出す。


「そして、年明けと共に、魔族の頑丈さの秘密を公表します。すでに指揮官格の者には、トウルグが見つけた気の感触を、素手で叩かせて教えています。

 それを見習いに至るまで公表します。そこから対魔族戦の戦術の見直しと、年末に選抜試験を行う事を伝えます」


これまで、見習いには絶望しないよう、あえて魔族の強さを教えては来なかった。だが、その強さの秘密が分かった今なら、隠さずに対策を教える方が良い。

そう思える根拠が、自分を含めた、魔族の気を触った者の感想だ。

これがあると分かっていれば、今までと心構えが全く違う。無理な大振りは避けて、確実に削るつもりで戦えば、例え一騎打ちでも、そう易々とは負けないと多くの騎士が発言した。

実験場は狂気と言うより、狂喜の場と化していた。


「なるほど、やはり候補者は、ライヒシュタインの神童の影響を受けた者か?」


「はい。ゲオルゲの残した者が、我が国を守る。私はそう信じています」


「見習いも含めてという事だが、良いのか?」


「当然でしょう」


ダランベールが何を言いたいかは察している。本音を吐露すれば拒絶したい。

翌年には流石に選ばれるだろう。(アリエラ)(イオネラ)。妻に、妹に、託された、アーヴァングにとっての宝だ。

だが、最もゲオルゲの影響を受けているのは、あの二人なのだ。


アーヴァングを含めた多くの者が、ゲオルゲの影響を痛感していた。

タケルの隊を構成する隊員たちの独特の空気は、あの少年が残したものだった。

タケル(勇者)の戦術に適応し、何よりタケル(怪物)を前にして臆さない。そうでなくては、その下で戦えない。


そして、皮肉にもタケルの登場は娘を変えた。

戦いに向かない筈だったアリエラは、弓騎兵と言う兵種の登場により、教官のヨランダに、新たな怪物が産まれたと称される存在になった。


「来年を乗り切れば、反撃を開始します」


そう静かに宣言した。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





訓練が好きな子供と言われているが、本当に好きだと思っていた訳ではない。

ただ、強くなりたかった。死なない力が欲しいと思い続けた。

弟を死なせたくない。そんな姉の苦しみを払ってやりたかった。自分は死なないと安心させたかった。


それが産まれて間もない頃に刻まれた自分の記憶だった。

何故、そんな事を憶えているかは知らない。ただ、姉が自分を救いたいと願っている事を知っていた。

勘違いだろうと思おうとしても、まだ幼い泣いている姉の顔を知っていた。


そして、ライヒシュタイン家の男子は率先して死ねと言う家訓と、その家訓を嫌う姉。同じ歳の従妹。勘違いかもしれないが、自分がそう思ったのだ。なら、それで良いではないか。


姉が自分と従妹を取り替えようとしたのは、死なせたくないからだと。


兄のアハロンも同じ考えだった。その兄は取り替えようとされた少女に恋をしていた。

自分はどうだ? イオネラにそんな感情は抱かなかった。

惹かれた少女は、馬が好きで、戦いに向いてない少女だった。


同時に、王国最強の剣士と言われる人物の娘。

自分も恋という感情を理解しきれなかったが、彼女の方は、そんな感情は抱いていないようだった。

それでも構わない。ただ、戦いに向いてないので、彼女が騎士になる前に魔族を滅ぼしたいと願った。


だが、そんな願いは直ぐに夢物語だったと思い知らされた。

想像を超える魔族の強さに打ちのめされた。

だが、このままでは大好きな少女が騎士になる。アリエラが戦場で死ぬかもしれないと思うと、震えが止まらなくなる。


だから耐える。苦しくとも、戦い続ける。

それでも、そんな決意を吹き飛ばす存在が表れた。

父と兄の仇。そして、祖父や叔父の仇でもあり、姉がライヒシュタインの家訓を憎んだ元凶。


逃げ出したくなるが耐えた。アレを野放しにすれば、この戦場にいる姉が死ぬ。いずれはアリエラとイオネラをも殺す。

奴が王太子の元へ向かっていた。側に元帥もいる。

追った。王太子も元帥もどうでも良い。本気で守りたいと思わない。


だから、追いつつも機を窺う。隙を見つけろ。

奴の剣が、元帥の首を刎ねた。続けて王太子の首を狙う。今だ。

渾身の一撃は確かに、奴の首に当たった。だが、剣が弾かれる。次の瞬間、右腕が無くなっていた。


逃げる王太子に興味は失せていた。

期待外れの凡俗の逃げようとする先には、東部戦線を受け持つグラールスが待ち構えている。凡俗は配下が討つだろう。

それよりも、この小僧だ。久しぶりの傷みに身体が震えた。久しく忘れていた感触を思い出させたのは、年端もいかない小僧だった。

右腕を斬り落としたが目が死んでいない。歓喜が身を包んだ。


右腕と一緒に太刀を無くした。だが、左腕はある。何より命がある。ならば戦える。

左手で短刀を抜く。済まない、直ぐに追うから死んでくれるか。

半身に語り掛ける。お前と出会った時、アリエラが一緒だったな。お前の事を良い軍馬だと褒めてくれた。

アリエラを守りたい。その意思に快く承諾する我が半身。奴の目の前で飛び上がり、身体で押しつぶすように動く。


軍馬が飛び掛かってきた。背に乗っていた小僧が見えなくなった。

一瞬、驚いたが、残念ながら分かる。

軍馬の影から飛び出してきた小僧を、馬と一緒に切り伏せる。


駄目だった。今度は当たりもしない。その上、攻撃を避けるのに盾にした左腕も失った。

無様に地面に倒れる。動け。まだ死ぬわけにはいかない。


殺す気で振った剣は、小僧の左腕を斬り落としただけで、その命に届かなかった。

この戦場に来て良かった。お前と会えた。それだけで、ここに来た甲斐がある。

凡俗は無様だったが、お前は違う。素晴らしい小僧だ。

両腕を無くし、虫のように這いずっているが、お前は諦めていない。

ああ、そこへ行きたいのか。隣で無様だと笑う奴がいた。気付いた時には剣を振ってソイツの首を斬り落としていた。アレを侮辱する事は許さない。アレは俺のものだ。アレは俺になる。


嘲笑が聞こえたが、直ぐに止んだ。どうでも良い。それより武器だ。

斬り落とされた右腕は太刀を掴んだままだった。


這いずり、その先にあった右腕から太刀を咥え取り、膝立ちで構える。

その目は死んでいない。その視線は隙を伺っている。

どうするか。隙を見せてやれば飛び掛かってくるだろう。その姿を見たい。

だが、それこそ侮辱だろう。一切の手加減はしない。騎竜を降り、小僧の元へ向かう。


隙を見つけろ。渾身の一撃を叩き込め。攻撃が通じないなど思うな。迷わずに行け。

奴が剣を構える。その一撃が首筋に向かってくる。奴の隙は何処だ……


斬り落とした小僧の首を抱いた。力を込めて骨を砕き、脳を口に入れる。これまでにない強い想いが心を支配する。知識だけでは無い。心まで一体となるような、今までに経験したことがない感覚。

優しかった姉。面白かった従妹。愛しい少女。守りたかった人々。

悲しい事だが、彼女らを殺す。それが魔王となった自分が成す事だ。


我が名はヘルヴィス。同時にゲオルゲ・ライヒシュタインでもある。

愛しい者たちを殺し尽くそう。


「ヘルヴィス様」


バーゼルの声に現実に戻る。

昔の事を思い出していた。ゲオルゲだった頃の記憶か、それともゲオルゲを食った記憶か。

今までにない一つとなった感覚は、自分がどちらなのか時々分からなくなる。


「バーゼルか、どうした?」


「申し訳ありません。ロムニア方面で、郷が襲撃された上、守備していた部隊が全滅したようです」


「ロムニア?」


そこを故郷だと思ってしまう、不思議な響きがある。

そこで、部隊が全滅したというのは信じ難い。

あそこにはアルスフォルトのような強敵はいない。アーヴァングでは、剣が強いだけでは、魔族には勝てないはずだ。


「妙だな。まさか大軍を見逃したか?」


郷の守備隊が全滅となれば、それなりの大軍が必要になる。

そんな大軍を見逃したとは、普通なら思えない。


「グラールスとも話しましたが、襲撃された郷に行くには、大軍だとヴァラディヌス城を通る必要があります。よって、少数の部隊と思われます」


「となると……死兵と化したか」


自分で言って違和感を感じた。違うと何かが訴えかける。

死兵とは、逃げ道を失い、後がなくなった国の騎士に発生する。

己の命を厭わぬ特攻は、こちらの犠牲が大きくなるので戦うのを避けたい相手だ。

だが、何かが違う。


「私も、死兵と化したと思います。ロムニアは、まだ領地的に余裕はありますが、地理的に見れば、後がなく追い詰められています。

 更に王太子の死で、王族の生き残りも僅かとなりました」


それでも違う。死兵では無い。もっと危険なものが発生したのだ。

だが、今なら育っていない。今なら余裕を持って勝てる。


「それで、どうすると言うのだ?」


「死兵は強力ですが、その状態が長く続くことはありません。時が経てば命が惜しくなるもの。

 よって、暫くはロムニアへの侵攻を控えるべきと思います。その間はカザークへ兵力を集中させます」


却下だ。今すぐにでも出陣するべきだが、この気温では兵糧が死ぬ。

だから、気温が上がり次第、自ら軍を率いてロムニアへ出撃する方向で準備をさせよう。


「分かった。ロムニアへの侵攻は止めておけ」


「了解しました。その様に進めま……ヘルヴィス様?」


思っていた事と違う言葉が出た。

そんな事は初めてだし、命令を変更すべきだと本能が訴える。

今の反応にバーゼルも首を傾げているし、ちゃんとした指示を出そうと思ったが、同時に面白くもなってきた。


「いや、何でもない。下がって良いぞ」


「承知しました」


危険だと分かっている。間違いなく何かが起きている。

だが、それでも構わない。あの小僧が一矢報いたと思えば、喝采を叫びたくなる。


「何が生まれてる? それは俺に届くのか、お前の期待に応えられるのか?」


嬉しくなって、己自身でもあるゲオルゲ・ライヒシュタインに問いかけた。









書きだめに投稿が完全に追い付いてしまいました。

何とか区切りの良いところまでは毎日投稿できたのですが、今後は不定期な投稿になります。

一応、週一回は投稿できるよう頑張ります。

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