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根之堅洲戦記  作者: 征止長
戦闘狂が率いる部隊
46/112

想いの確認

「ここが、皆さんの兵舎で~す」


「新しい兵舎だな」


イオネラに案内された兵舎は、建てられて10年も経過していない建物だった。

改めて自分たちの部隊が優遇されていると、イグニスは思い直す。

自分たちは、普通に考えれば若造の集まりだ。通例なら与えられる兵舎は古いものになるはずだった。


「一応、先に私がイオネラと一緒に中に入る。皆はここで待っていてくれ」


アルマがそう言って、兵舎に入ると中からは驚いたような声が聞こえてきた。

やはり、ヴィクトルの予想通り、急な帰還は何の準備も出来ていないため、召使を恐縮させてしまったようだ。

やがて、召使いが出てきて、出迎えるように頭を垂れる。


「ようこそ。お帰りなさいませ。お待ち申し上げていました」


そう言ってるが、表情は優れない。何も準備できていないのだろうが、それは仕方がない事だと思う。

途中で、ルウルが親しく声をかけて緊張を解してやっていた。

この辺りは、見事なものだと思う。ヴィクトルに、次いでリヴルスに怒られた直後は落ち込んでいたようだが、道中にイオネラに揶揄われている内に何時もの態度を取り戻していた。


そう考えれば、凄いのはイオネラかもしれない。彼女の態度は、下手をすれば気安過ぎて嫌われかねないものだが、何故か、そういった不快さを感じたことが無い。

親しみやすく、ともすれば助けてやりたくなるような妙な人望がある。

シュミット家の当主になる予定らしいが、配下になる人物が羨ましいとすら思ってしまう程だ。


「ねえイグニス、その隊長の武器どうするの? 長すぎて部屋には入らないと思うけど?」


途中でエレナに言われて、持っていた武器を見つめる。

最初は、普段使用している薙刀と両方持っていたので、実は動きにくかった。

途中からリヴルスが気を利かせて薙刀を持ってくれたが、それでも、この槍は本当に扱いにくい。


「食堂に置かせてもらうしかないよな。だが、どう置くか、壁に立たせるくらいしか」


「一階の部屋なら置けるだろうから、一階を希望するか?」


「いえ、一階は年長組でお願いしますよ」


パペルが聞いてくるが、部屋が広い一階は、年長組が使うべきだと思っていた。

おそらく自分だけでなく、全員が思っているだろう。


「それより食堂に、長柄の武器を置けるよう武器掛を作った方が良いのでは?

 隊長も言ってたけど、どれくらいの長さが良いのか、これから考える必要があるし、最初は木材を切って試したら良いだろ?」


リヴルスの意見で、食堂に何種類かの長さの棒が並ぶ光景を想像する。誰だって仕えるし、研究するには、それが良いかもしれない。


「そうだな荷物の整理が終わったら、薙刀掛けを要領で出来ないか考える。それまでは部屋の隅に立てかけておくしか……高さも足りないか」


「取りあえず、今日は一階の部屋に入れよう。一部屋潰れるが良いだろう?」


反対意見は無かった。年長組より部屋は多いし、自分だけ一階が良いという年少組もいない。

槍の件は、それで良しとして、先ずは部屋決めをアルマの主導の下で進めていった。

今までも兵舎の移動は経験があるが、今回は既に実践まで経験した間柄だ。部屋決めに限らず、当番決めや、協力しての荷物の移動など、その一つ一つが、何となく楽しく思えてしまう。

そして、これからの生活を楽しみにしている自分に気付いていた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「それでは、私達は戻るぞ。ダニエラも時間が出来れば、マイヤに会いに屋敷に来て欲しい。事前に連絡は要らないから」


そう言って、エリーザは兵舎を離れて、イオネラと一緒に来た道を戻る。

これと言った問題も無く、引っ越しはひと段落したし、兵舎で働く召使いも次ぐに打ち解けてくれた。

どうやら、勇者の直属部隊という事で、緊張していたそうだが、あの面子だ。直ぐに過度な気遣いは無用だと悟ったらしい。


戻りながら、何処となく寂しい気持ちが湧いてくる。理由は分かっている。タケルは、これから魔族の性質を調べるのに、そこに自分は呼ばれていない。何時ものようにヴィクトルだけが側に居るのだ。

今までは、常に隊の誰かが側にいたし、別の任務を持っていたりしたので、悩む暇も無かったが、こうなるとモヤモヤした気持ちになる。


「良いねぇ、タケル様の部隊。あの空気、私も入りたいなぁ」


イオネラが機嫌が良さそうに呟く。確かにイオネラの性格に合っているだろう。

その直後、意地悪な表情を浮かべる。危険な空気を察した。


「でも、エリーザちゃんは大変だねぇ。あの人と同じ立場だと比較されて……」


「何が言いたい?」


先程まで考えていたことを指摘され、心が震える。

否定したくても出来ない事を言おうとしている気がした。


「いやぁ、あの人がパドゥレアス家の当主だなんて、ミレスちゃんから聞いてたのと、全然違うからビックリしたよ」


だが、想像していたような鋭い言葉は無く、全く関係が無い方向で進みそうな会話だった。

おまけに聞いたことが無い名前が出てきて若干困惑する。


「ミレス? 誰だ?」


「私の一つ歳上の見習い。一応は、パドゥレアス家の下級騎士になるんだけど、副長さんの従妹になるから、アリエラちゃん所のエレナちゃんみたいな感じかな。

 お父様が先代の弟で、騎士にはなれなかったけど、政務が優秀だからパドゥレアス領を実質取り仕切ってるらしいよ」


「ああ、カレアから聞いたことがあるな。叔父がいなかったら、家が潰れると」


「カレア?」


「ヴィクトル殿の妹よ。同じ歳の同期で、騎士になったのも同じ年。

 誇り高く、生真面目な性格でな。訓練所では互いに切磋琢磨した友人だったの」


懐かしい思い出だった。剣技や馬術、色んな分野で互いに競ったものだ。

勝負を終えた後の、あの泣きそうな顔を忘れたことは無い……何故、何時も泣きそうだったのだろう?


(いや切磋琢磨した友人って思っているのエリーザちゃんだけだと思うよ。エリーザちゃんって訓練所で一位だったらしいし、その人から見たらポンコツなエリーザちゃんに負けた屈辱の思い出だと思うよ)


「何か言ったか?」


「いや、何も」


暗い表情で、何か呟いていると思ったが気のせいらしい。


「それでね。そのミレスちゃんが言うには、従兄のお兄様は、心を閉ざしていて感情を表にあらわさなくなった。って、言ってたのに、普通に怒ってるし、何か聞いてたのと違うなぁって思った」


「ああ、実際に、ほんの少し前までは、そんな感じだったな。何をするにしても投げやりな印象だった」


「そうなの? 心を閉ざした理由とかは教えてくれなかったけど、何かあったのかな?」


「私も捻くれた理由は知らない。だが、今のようになったのはタケル殿の力だ」


「え? なになに? 何があったの?」


「本人に言わせれば、一度殺されたが、今は新しい人生だそうだ。

 バルトーク殿に言わせれば、元に戻るのを期待していたら、タケル殿に似て性質(タチ)が悪くなったという事だな」


「なにそれ?」


訓練で殺されかけた後、何だか知らない内に、積極的になって、おまけに仲良くなったらしい。

聞いてみても、同じ苦しみを抱いた仲間だとしか教えてくれないそうだ。


「ふ~ん、でも、タケル様の副長としては、エリーザちゃんより、向いている気がするなぁ。

 と言うより、エリーザちゃんって、副長向きじゃ無いしね」


「そ、そんなことは無いぞ。私だって」


これまでの活躍を必死に伝えるが、イオネラには上手く伝わらなかったようだ。何故か呆れた目で見られる。


「いや、腸詰め作りの技術を自慢されても反応に困るよ」


「いや、温度管理が、意外と難しくてだな」


凍らせてはいけないのだ。その上で冷やす。その技術の難しさを何故、分かってくれないのだろう?


「私はエリーザちゃんが隊長だったら、全力で補佐するけど、私が隊長ならエリーザちゃんは副長にしないな。エリーザちゃんって支えるより引っ張る人だもの」


その言葉に胸を貫かれた気がした。これまで、タケルを支えようと全力を尽くしてきたつもりだった。

だが、本当に正しかったのか? ヴィクトルと役割を交代した方が良い事が何度も無かったか?


弓騎兵の訓練はヴィクトルの方が意見を出せただろう。逆に新隊員の訓練は自分の方が適任だったのでは無いか? 全員が厳しい訓練を乗り切ることが出来たが、続けていたら脱落者が少ないのは自分の方だろう。

士気を高めるのはヴィクトルより上手い自信が有る。

何もヴィクトルと張り合うのではなく、自分の方が得意だと思える事をやるべきだ。


「あ、アリエラちゃんが訓練してる」


悩んでいたせいで、もう訓練所に到着していた。

そこでは、何人かが騎射で、魔族に見立てた円柱の的に向かって射ていたが、思うように命中せずに苦戦している。

そんな中、アリエラのみが一矢も外すことなく的中を続けていた。


「凄いな。ヤニスでさえ、騎乗したままだと、ああはいかないのに」

 

「でしょ~、でも、アリエラちゃんとしては、これで良いのかって悩みもあるみたい」


今までにない兵種だ。どのように運用するのか、タケルの頭の中にはあるようだが、それが完全に伝わることは無い。それぞれが考えながら高めている段階だった。

アリエラが悩むのも当然と言えるだろう。


「エリーザ様? お戻りになられたのですね」


やがて、こちらに気付いたアリエラが、嬉しそうに寄って来る。


「ああ、久しぶり。随分と弓騎兵が合っていたようだな。みんなが絶賛している」


「ありがとうございます。ですが、これで良いのかと、考えることも多いです」


「そうだな。まあ、我々も悩んでいる状況だが……」


訓練を始めて、ある程度の命中率になった後に、タケルがやらせた訓練を思い出していた。

これをやらせて良いのかとも思うが、アリエラに身に付けて欲しい気持ちは大きい。


「タケル殿が言う、弓騎兵の及第点だが、逃げながら後ろ向きに射ることが出来る事だと言っていた」


「に、逃げるのですか?」


「そうだ。ただ逃げるだけではない。通常の騎兵を先行で逃がし、その後ろを弓騎兵が牽制しながら逃げる。それが、最初に取り組んだ訓練だったな。正直、私達も戸惑ったよ」


「でも、逃げたら負けだよ? それじゃあ勝てないよね?」


イオネラも驚いたように口をはさんでくる。その気持ちは分かる。実際に自分達も大いに戸惑ったものだ。

だが、タケルの言葉で認識を改めることが出来た。


「逃げるのは負けでは無い。死なない限りは負けていないんだ。

 私も、いや私だけでは無い。隊の全員が勘違いしていたが、タケル殿は違うと言われた。

 逃げは負けでは無い。死が負けだ。故に負けないために逃げる。それの何処が悪いと」


「死ぬのは負けで、負けないために逃げる……それって死なないために逃げるって事でしょうか?」


「そう取られても仕方がないな」


そう言葉にされると、言い返しにくい。死ぬのが怖くて逃げているのと、何ら変わらないような気がする。

イオネラも不満なようだ。だが、アリエラは少し違った反応を見せる。


「もし、もっと早くに私が弓騎兵の戦い方が出来ていれば、叔母上は死なずに済んだのでしょうか?

 それにゲオルゲ様も?」


イオネラの母、5年前に母親を失ったアリエラにとって母親のような人だった。

それにゲオルゲ。弟がアリエラに恋心を抱いていると聞いていた。その想いにアリエラは気付いておらず、それどころか、ゲオルゲが騎士になってから様付けで呼ぶようになったので、ゲオルゲが落ち込んでいたと聞いて笑った思い出が蘇る。


「そうだな。多くを救えただろうな」


「叔母上が居なくなって、イオネラは傷つきました。凄く泣きました。

 ゲオルゲ様が死んだと聞いた時は信じられませんでした。あのように強い方が居なくなるはずが無いと思いました。

 それに、思います。ゲオルゲ様がタケル様と出会っていたらと」


そうだ。タケルに本当の意味で付いていけるのは、ゲオルゲだけだったような気がする。

今の部隊に必要なのは、あの子だった。


そして、何より死んでほしくなかった。ゲオルゲにも、アハロンにも。

あの二人が産まれる前に祖父と叔父が死んでいた。その死を前に父の言葉は、ライヒシュタインの男子の生き様だと言っていた。

子供心に、このままでは弟が死んでしまうと、思い、ライヒシュタイン家から逃がそうと思った。

思い返せば愚かな行動だった。女の子なら死ななくて済むと勘違いをし、弟たちを取り替えようとした。


「そうだな。ゲオルゲがタケル殿と出会っていたらと思うと、頼もしいのやら恐ろしいのやら」


過去を思い出し、泣きたくなる気持ちに活を入れて笑って見せる。

同時にゲオルゲに、お前の想いには気付いていなかったが、お前の事を忘れるような娘でも無かったと伝えたくなった。


「ゲオルゲ君がタケル様と会ってたらって、面倒な事になるのしか思い浮かばないけど」


「そんな事は無いですよ。凄く気が合うと思います」


「どうだろうな」


笑いながら、己を振り返る。先程までイオネラに揶揄われていたが、確かに人には向き不向きがある。

ゲオルゲなら、タケルと面白い関係を築けるだろう。自分には決して出来ない。

そう考えると、ヴィクトルへ対抗意識を持っていたことが馬鹿らしくなる。自分に出来ることで、得意な事で力を尽くして役に立てばいいのだ。

そうだ。イオネラは、それに気付いて自分を揶揄っていたのだ。


そして、アリエラは強くなったと言われながら、弓騎兵で敵を倒すことに固執していない。

大切な人たちが死ななくて済んだ可能性に思いを馳せている。

弓騎兵の本質は、通常の騎兵の補佐だ。言われずともそれをやろうとしている。


「凄いな、お前たちは」


小さい声で呟く。

ゲオルゲ、お前と仲が良かった従妹は、本当に凄いぞ。よく人を見ていて、上手く導こうとする。

それにお前が好きになった少女は、本当に優しいな。お前の女を見る目は確かだ。

弟にとって、大事な二人の少女の事が誇らしく、今の姿を見せたかった。






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