表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
根之堅洲戦記  作者: 征止長
戦闘狂が率いる部隊
45/112

将来の職場見学?

タケルは、やはりタケルだった。

最初に出会った時のまま、気楽で話しやすい人。決して遠くに行った訳ではないのだ。


「ねえねえ、伯父様が言ってたことって何? 3000人がどうとか。言えない事?」


イオネラは、新しい兵舎へ案内する最中に、タケルとアーヴァングとの会話の内容を聞いてみた。

何やら、凄い事をしたらしいが、会話から内容を察することは出来ない。

流石に軍務中の伯父に、気軽に質問するほど馬鹿ではないが、ルウルなら知ってるかと聞いてみた。

ルウルなら言ってはならない事なら、言えないと断るし、ルウルが知らないなら、それも知らない方が良い事だと判断できる。


「ああ、あれね。郷を襲撃して魔族を100体ほど殲滅したついでに、捕まっていた人たちを助けたの。その捕まっていた人が3000人」


「へ? それって、前のより凄くなってない? 前は20体殲滅で、マイヤちゃんと20人と少しを救出だよね?」


「まあねぇ、派手な事したはずなのに、隊長が一緒だと緊迫感が、変な方向へ行っちゃうんだよ」


「ん? タケル様だと何がダメなの?」


「はっきりとは言わないけどさ、目標が高いところにあって、私達が追いついてないって事が、何となく分かっちゃうんだ。こんな凄い事なのに、この程度でって思ってしまう。変な感じだけどね。

 見てよ。あの辺の連中は、やり足りないって顔を、ずっとしてるんだから」


ルウルが指さす方を見ると、確かに偉業を達成した兵士の顔では無かった。

まるで、任務に失敗したかのような表情だ。いや、少し違う。十分に働けなくて後悔してる。そんな気がした。

こういう時は、気持ちを切り替えた方が良いのだ。だったら揶揄ってやろう。


「……エレナちゃん、目が怖い。アリエラちゃんに言いつけてやる」


「何で!」


そう言うと同時に、緊張が和らいだ気がする。それで良い。

悩むにしても前向きに悩むべきだ。


「そう言えば、アリエラは?」


「年末年始の警備について、教官と一緒」


それで察してくれた。年末年始の市中の警備は、酔って暴れる人間が毎年出てくるが、平民が相手なので、見習いでも余裕で取り押さえることが出来る。

この時期は誰も働きたがらないので、正規の騎士は休ませて、見習いに仕事が回ってくるのだ。


平民からなる警備団と協力して、見習いから交代で人員を出すので、その打ち合わせが大詰めになっている。見習隊長のアリエラは、今頃は自警団の人達と話し合っているだろう。いや、もう終わってる頃だから、その内、馬場の方へ戻ってくるはずだ。


「去年もやったから、話し合いも長くはならないし、もう少し待ってれば会えたかも」


「だそうで、エレナ“様”」


エレナがアリエラに忠誠を誓っている事は周知の事実だ。

だと言うのにアリエラは、その性分から見習の立場だという事で正規の騎士には様付けをして、エレナにまで様付けで呼ぼうとする。


当然、エレナはアリエラに様付けされるのを酷く嫌った。何とか、頼み込んで呼ばないようにしてもらっているが、硬い雰囲気の時はアリエラの生真面目さが発揮され、様付けが復活する。

今の状態で会うと間違いなくエレナ様と言いだすだろう。


「そんなアリエラちゃん大好きなエレナちゃんに、重大発表をしようかなぁ~、でも、今のエレナちゃん怖いしぃ~」


「お、教えて、アリエラ様の事だよね? 何?」


予想通り食いついてきた。

別に隠す事では無いし、聞いた時の反応にも興味があるので、素直に話す。


「今のアリエラちゃんは、見習の中で一番強いよ」


「へ? アリエラ様が?」


予想通りの反応に笑みが浮かぶ。

アリエラの事を知ってる者にとって、当然の反応だろう。

だが、同時に少し考えれば、間違っていないことに気付く。


「弓騎兵。そう言えば分かる?」


タケルが今の部隊にやらせ始めている兵種は、別に秘密と言う訳ではない。

先の活躍もあり、何人もの騎士や、将軍まで興味を持っていた。更に使用する弓が生産性に優れながら、質に関しては向上中なので、試作品が訓練所に持ち込まれ試し打ちをする事が多い。


訓練所でも騎乗しながらの弓の扱いという技術に挑戦してみることになった。

結論としては、正規の騎士、見習い、共に共通して言えることだが、射るのは難しくないが命中率が極端に悪い。

イオネラもやってみたが、まともに的に当たらなくなる。


だが、一人だけ例外がいた。

元から卓越した弓の腕を持ち、馬と一体になれる。

弓騎兵は正にアリエラのためにあるような兵種だと思った。


「いや、凄いよぉ。馬で疾駆しながら2荘(約200メートル)先の的に的中させるし、射の間隔も短いし、的が動いていても当てるし……もうね。近づけないの。近づく前に討ち落とされ……」


話してる最中に頭を掴まれた。掴んだ当人であるルウルは、先程までのエレナのような表情で、此方を見ている。


「ル、ルウルちゃん?」


「アリエラは何処? どうやったら、それだけ上手くなれるか聞きたいんだけど?」


「だ、だから、今頃は馬場に戻ってるかなぁ~」


ルウルまでエレナと同類になっていた。

よく見るとルウルだけではない。何人かが目が怖くなっている。


「ルウル、いくら何でも頭を掴むなど、イオネラ様に非礼だぞ」


そう言いつつ、ルウルがイオネラにしてるように、トウルグがルウルの頭を掴む。

言ってる事は、何時ものトウルグらしく真面目なことだが、やってる事は何時もと違う。


「ト、トウルグくん……助けてくれるのは嬉しいけど、トウルグくんの目も怖いよ」


「申し訳ありません。ですが、アリエラという方の射に興味があるのは事実ですので……」


どうやら、馬場に戻らなくてはならない。そう思った時、こちらに向かって騎馬が一騎駆けてきた。

知っている顔だ。先程、タケルと親しく話していた、この部隊の人だ。


「済まないトウルグ、楽しそうなところ悪いが、隊長が伝え忘れた事があるそうだ」


この状況を見て楽しそうの一言で済ます辺り、この部隊の雰囲気が何となく分かった気がする。

ただ、部隊内で偉い人らしく、トウルグもルウルも手を放して直立で聞く姿勢になっている。


「何でしょうか?」


「全員に休暇を与えると言いながら悪いんだが、お前は明日からの研究に参加して欲しい。

 お前の観察力を隊長は大きく評価しているし、俺も同意見だ。正直、俺がいるより、お前がいてくれた方が役に立つと思う。頼めるか?」


「了解です。正直、光栄に思います」


「そうか、助かる。場所に関しては明日に迎えを出す。大丈夫だと思うが、今日中に引っ越しを済ませてくれ。他の者もトウルグを優先させるよう頼む」


「了解」


「それと、管理をするアルマを補佐するように命じていたが、流石に負担が大きいと思う。

 パペルに代わってはどうだ?」


「パペルが良いなら、その方が助かります」


「パペルは?」


「問題ありません」


「ならば、隊長にはそう伝えておく。それと疑問なんだが、何で全員が揃って歩いている?

 一人も抜けが無いのは、どういう事だ?」


どういうこと? 何か問題があるのか、イオネラには分からないが、全員が一斉に首を傾げている。


「あのな、兵舎にはカギがかかってはいない。何故だ? お前等の荷は、何日も前に運ばれているんだぞ」


それは、兵舎の管理をする、召使さんが居るからだ。交代で住み込みで働く人もいる。

そうでないと掃除や洗濯、食事などを作る人がいなければ、自分たちでやれなければならない。

下級とは言え、仮にも貴族。基本は自分でやらない。


「確かに、このような形でも引っ越しは経験したことが無いだろう。

 今までの野営暮らしに慣れたお前らが、気が回らないのは、分からんでも無い。

 また、隊長の急な行動を考えれば、予定が立たずに事前の連絡無しでの、行き当たりばったりな行動が普通になっているのも分かる。

 だがな、住み込みの召使に気を使うのも、貴族の嗜みだ。事前の連絡無しに、いきなり全員が帰って来たら、どう思うか考えろ」


凄くビックリする。そして慌てる。

全員が、あっ、という表情をした。誰一人、そこまで思い至らなかったのだ。

本当は、自分が先に連絡を入れるべきだった。


「も、申し訳ありません。直ぐにでも、イオネラに案内させ、一騎向かわせます」


「今更だ。この際、逆にこのような連中の集まりだと知らせておくのも手だろう。

 ただ、受け入れの準備が出来ていない事には、決して文句を言うな。まあ、その辺は大丈夫か」


「はい。屋根のある部屋で休めるだけ幸いです」


「ならば良し。急な帰還に慌てるだろうが、上手くやれ。全く、エリーザが居ながら……いや、良い」


「何ですか! 言いたいことがあるならハッキリとどうぞ!」


「お前に、少しでも期待しようとした俺が悪かった」


「ハッキリ言わないで下さい!」


どっちだ? 突っ込みたくなったが大人しくしておこう。

ただ、悪いのは自分だ。ここで逃げるのは良くない。


「申し訳ありませんでした。案内を命じられながら、そこに気が回らなかった私に責任があります」


「いや、先程も言ったが、ウチは行き当たりばったりの行動が多い。だからこそ臨機応変に立ち回れる能力を持たせたくて言った事だ。気にするな。

 それと、責任を取るのは上官の役目だ。間違っても見習いには無い」


「も、申し訳ありません」


「だが、人の所為にしないのは良い事だ。励むといい」


「はい!」


「では、俺は戻る。この後は任せるぞ」


「副長、お待ちください」


そうアルマに言って、この場を去ろうとするのをリヴルスが呼び止める。


「先程、そこにいるイオネラから聞いたのですが、元帥の娘は2荘(約200m)先の的に、騎射で的中させるそうです。興味があるのですが」


「是非、見たいんです。今から見に行っても良いですか?」


続けてルウルが声を出すと、リヴルスが顔を顰める。

同じように何人かが失敗したような表情をし、中には天を仰いでいる者もいる。


「ほう……なるほど。弓騎兵の連中の雰囲気が少しおかしいと思ったが、そういう事か。

 残念だったなリヴルス。お前の気遣いは馬鹿どもには通じなかったようだぞ」


その鋭い視線に貫かれ、全員がびくりと震える。

先程までの厳しくも優しいお兄さんの雰囲気は無い。鬼がいる。教官よりも怖い。

その視線は動き、ルウルを始め、何人かを前へ出させる。前へ出たのは、特にアリエラに騎射を習いたいと言っていた者たちだ。


「お前等は、相手の都合もお構いなしに、この人数で押しかけようとしていたのか?

 自らの立場を笠に着て、立場の低いものに、何かを強要すると? そのつもりが無くても、見習の者にとって、お前たちの存在は軽くない。軽い頼みでも強制になると知れ!」


最初はゆっくりとだが、次第に熱を帯びて怒りを(あら)わにする。

最初は前へ出した者にだったが、続いて視線を全員へ巡らせる。


「おそらく、元帥の娘とは顔見知りなのだろう。だから気安く頼めると考えた気持ちも分からんでもない。

 だがな、それ程の相手に習いたいと考える者が、お前たちだけだと思うな」


何故か、イオネラも巻き込まれている気がしないでも無いが、ここで変な行動をする勇気は無い。

これでも空気を読める子だと自認している。


「同時に、お前たちの実力を見たいと思っている者も、この王都には多くいる。いや、見たくないと思っている騎士など居ないと思って良い。

 そんな連中が、それぞれの伝手で、勝手に挑んできたらどうなる? リヴルス等は分かっているようだから、後で馬鹿どもに教授しておけ!」


「了解です!」


イオネラも、その言葉の意味を考える。相手にもよるだろうが、この隊は若い騎士ばかりだから、頼むのは立場が上の人になり、断り辛い。

そして、アリエラなら、ルウル達からの頼みを快く承諾し、訓練にも付き合うだろう。

その結果、どうなるか想像した。


タケルの隊以外も弓騎兵に興味を持っている者はいる。剣での戦いに自信が無い者にとって、弓騎兵は光明にもなっている。

それは、アリエラ自身がそうだった。タケルの隊が試験を始めた弓騎兵の存在を知った時のアリエラの反応は忘れようもない。これなら戦えると、役に立てると、歓喜に震えていた。


弓騎兵に光明を持った騎士が次々にアリエラの元を訪れたらどうなるか。

自分と同じような境遇にいる人を、放っておくはずが無い。

ただでさえ、見習いをまとめる仕事を抱えているのだ。その上、普段の訓練量を減らすことを、よしとする性格では無いし、限界まで耐えるだろう。


そうなったら、毎日、疲れ切って寝床に入るアリエラを見なくてはならない。

最悪、潰れてしまうかもしれない。

全員が同じような想像をしているのだろう。空気が重くなる。

そんな空気を破ったのも説教をしているヴィクトルだった。


「だが、お前達の、見習いが相手でも良い技術を学びたいと思う姿勢は間違ってはいない。

 元帥には、共同での訓練に、見習いとも出来るよう依頼しておく。それまで勝手なマネはしないように」


そう言って、今度こそ去って行く。

去った後に、リヴルスの冷たい視線がルウルを貫いた。


「で、言い訳はあるか?」


「い、いやあ、てっきりアリエラんとこに今から行くねぇって、副長に伝えるのかなぁって思っただけで」


「アホか! 副長が言ったことくらい、冷静に考えれば分かるだろ! 

 俺達もお前らが、モルゲンスの姫を助けた時は、どうやって戦ったんだって驚いたし、直ぐにでも見たいと思ったさ。あの時も勝手に見たいとか言って頼んだりすれば迷惑だからって我慢したの。

 俺達は、こうして同じ隊に合流で来たけど、今もお前等の戦い方に興味はあるけど、実際には見れていない連中がゴロゴロいるんだよ! そこを少しは分かれ! 

 だから、見学一つでも、上を通さなくちゃならないんだよ。それが決まり事。勇者の部隊なら尚更、決まりを守る必要があるの! そこを考えて、これから元帥のところに行く副長に頼んでいたのに、お前が余計な事を言わなければ、穏便に合同訓練の予定を組めたんだよ!」


「あ~、ゴメンね。私も冷静じゃなかったよ」


ルウルより先に謝ったのはアルマだった。彼女もアリエラの騎射を見たいと思っていたのか、普段の冷静さを失っていたらしい。


「いえ、アルマさんは、この馬鹿と違って余計な事は言っていませんから」


「だが、実際に我々も行こうとしていたからな」


今度はトウルグが、恥ずかしそうに呟くが、そこに返答したのはイグニスだった。


「でも、トウルグさんだって、行こうとした時に、今のリヴルスが言ったことを聞けば、そうかって思い留まるでしょう?」


「まあ、そうだが、イグニス達も最初に隊長の活躍を聞いた時は、我慢したのだろ?」


「いやあ、恥ずかしながら興奮して、戻ってきたら見に行こうって思ってましたよ。

 幸いにも、直ぐには戻ってこなかったので、王都の騎士の興奮状態に気付いた元帥たちが布告を出しました。勝手に訓練を申し込まないようにって」


「でも、これって聞いてましたよね?」


「それがな。言い訳に聞こえるかもしれないが、戻って最初に宮殿で、上の身分の方から、お世辞を聞きまくっていたからな。それの延長にしか聞こえなかった」


「ああ~、そういうもんか。でも、これって自分たちに立ち位置を改めて確認して自覚しないと拙いですね」


「同感だね。まずは隊舎に行って、部屋の整理だけでなく、自分たちの状況の確認と整理、そこから起こりえる状況に対する振る舞いを相談しようか」


「そうしましょう。イオネラ、足止めして悪かったな。案内を頼む」


「は~い。ルウルちゃんも落ち込まないで行こうか。私から罰として腕立て伏せ1000回で許してあげるから」


「何でよ! 何でイオネラから罰が?」


少し空気が重くなってると思ったので、冗談を飛ばして軽くする。

この際、ルウルが犠牲になっても、仕方がないだろう。何よりルウルが落ち込んでいると調子が狂う。

兵舎に到着するまで、揶揄い続けてやろう。

そして、この部隊が本気で好きになっている。騎士になったら、ここに入りたいと、その思いを強くしていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ