殺戮は我慢しよう
外で戦っていた連中が合流してきたんだが、随分と興奮状態にあるようだ。コイツ等大丈夫か?
外に出ていた魔族を見事に殲滅し終えたが、まだ殺し足りないとでも言いたそうな目をしているぞ。
特にエレナ。普段無口なチビッ子のくせに、一番の過激派だと見た。
「落ち着けよ。これから遭遇した魔族は、殺さずに捕獲するんだぞ」
「わ、わかってます」
「いや、分かって無かったろ。そうだったって表情してるぞ」
エレナに注意していると、他にも心当たりがありそうな奴等が、目を逸らす。
うん。素直な連中だ。
だが、より確実に捕獲作業を進めるためにも、エレナには犠牲になってもらう。
「これより、隊を三つに分けて捜索を開始するが、エレナはジジィと交代だ。お前は危なっかしい」
エレナはエリーザの隊の予定だったが、ただ、引き抜くだけだと、戦力のダウンが大きいので、ジジィと交代させる。
不貞腐れた表情をするが、可愛いと思いはしても、指示の変更は無いからな。
「よし、行くぞ」
そう言って、俺達は一番、人が捕らえられている可能性が高い、役所へと向かう。
捕らえられている人が多いと言うことは、見張りの魔族が残っている可能性が高い。
役所の前で馬を降りると、槍を鞍に付けて、素手で中へと入る。
俺以外の連中も、室内での戦闘に備え、弓騎兵は当然で、薙刀や大太刀使いも、使用していた武器を馬に預けて、普通の太刀を手にする。
「隊長、私が先頭を行きます」
幼少時は、郷で暮らしていたパペルが先頭を志望してきたが却下だ。不意打ちを喰らう可能性を考えて、盾になろうと言う魂胆が見え見えだ。
パペルは19歳だが、コイツだけで無く、年長組は自分を犠牲にしたがる傾向が強い。
まあ、この国の方針と言うか、心意気みたいなもので、男は女を。年上は年下を。身を盾にして守ろうとする。
おまけに、ウチの隊は、後から来た連中が、若い上に強いので、最初にヴィクトルが集めた10人…じゃなく、一人死んだので9人だが、自己犠牲精神が強すぎる。
その考えは、嫌いでは無いが、上手く修正しないと早死にしそうで怖い。後でジジィに相談しよう。
「不意を突かれるような、ヘマはしない。行き先だけ教えてくれ」
「ですが、」
「どっちだ?」
言い募ろうとするのは遮り、行く先を聞く。目の前には上へと向かう階段があった。
「……おそらく、三階には広間があるので、そこに多くが詰め込まれていると思います。
あと、上物は地下の牢獄だと思います。魔族が残っているとしたら、そこが一番多いかと」
上物とは、魔力を持った人間の事で、基本的に貴族のことだが、それに匹敵する魔力を持った平民も含まれる。
魔族が、魔力が大きい人間を好むので、魔族視点で美味しい素材って意味だ。
随分と品の無い例えであり、この世界の騎士に合わない言いようだ。
それもこれも、俺がヴィクトルと話している時に使っていたのを、ヴィクトルまで使いだしたからだ。
そして、ヴィクトルが他の奴の前でも言い出した結果、全員が使うようになった。つまり、全てヴィクトルのせいである。
いや、マジで、王都とかで使ったらドン引きされそうだ。
「両方にいる可能性があるな。どちらから攻めるべきと思う?」
普段ならヴィクトルかジジィに相談するが、今は二人ともいない。
自然と年長組であるパペルが相談相手になっていた。
「上に魔族が居る可能性は低いと考えます。上は周囲が見渡せますから、残っていたら既に異変に気付いている筈です。
ですが、迎撃や逃走をしようとしている形跡はありません」
確かに最上階に見張りが残っていたとして、中のエサを見張るより、外が気になるだろう。
それなら、郷から出た部隊の壊滅や、見張り台の連中が倒れた事にも気付いていないと不自然だ。
「なるほどね。じゃあ、地下に行くか」
パペルの指示に従って進むと、地下への階段があった。
音で気付かれないように静かに階段を降りると、次第に知っているものに近い匂いが漂ってきた。
動物を解体する時の匂い。糞尿、血、脂、それらが入り混じった匂い。
だが、野性味が無い。獣臭さとも言える、あの匂いが無い。
俺の知らない匂いだ。だが、予想は付く。
中で人間を解体したのだ。
それだけでは無い。生きている人間の気配を感じるし、それ以外の気配、おそらく魔族もいる。
階段の終わり、床が見える。
パペルの話では、階段は見張りが待機する部屋に通じていて、牢屋はその先になる。
まあ、出入り口を看守が見守るので、当然と言えば当然の位置。
一気に跳躍し、階段を飛ばして床へ降り立つ。
背中は壁。視線の先には驚いたような三体の魔族と、呆然とする一人の少女。
少女は全裸で、壁を背に体育座りをしているせいで、大事なところが丸見えである。
「ダメだろ、それじゃあ無理」
思わず、小声で呟く。
13歳くらいか、顔立ちは良いし、貴族の娘だろう。大きな怪我も無いし、種族が違うのだ。性的暴行を受けた気配もない。
そんな少女が全裸で居るのだ。普通なら興奮する事、間違いない。
だが、無理だ。その表情がいけない。
死を覚悟した目。いや、生を諦めた目。彼女の周囲は血と排泄物が渇いた跡がある。
おそらく、そこで何度も解体が行われた。次は自分の番だと知り、心を閉ざした。
少し前なら泣いていたかもしれない。だが、泣くのを超えた絶望に包まれている。
そんな表情の少女には興奮しない。
俺が好きなのは、無垢な笑顔だ。例えばアリエラの感動したような笑顔や、イオネラの心底楽しそうな笑顔が良いんだ。
それを、こんな風にして、この馬鹿どもは……
俺を捕らえようとしてるのか、一体の魔族が掴みかかるように向かってきた。
その鳩尾に向かって、前蹴りを叩き込む。
「グルゥ……」
「ぐるう、じゃねえよ」
呻きながら膝を付いた魔族の側頭部に、気を込めた足で回し蹴りを叩き込んだ。
角が砕け散り、頭蓋が砕ける感触。
「やべえ」
「やべえ、じゃ無いですよ!」
後ろからエレナの興奮した声が聞こえる。
無視したかったが、そうはいかないようだ。
「隊長、何て言って、私を連れてきました? お前は危なっかしいって言ってたと記憶していますが?」
「お前の記憶など当てにならん」
「引くわぁ、流石は隊長、ドン引きです。この砕けた角、貰いますね。みんなに見せびらかします」
エレナ相手だし強引に話をぶった切ろうと思っていたら、ルウルまで参戦してきやがった。コイツは手強い。口で勝てる気がせん。
さらに、降りてきた連中の冷たい視線に晒される。もう良いさ。どんな罵倒でも受けて立つ。
「隊長、捕獲すると聞いていたのですが?」
申し訳ありません。真面目なリアクションが一番辛いです。
パペル君、そんな作戦変更ですか? みたいな表情は止めて。
「ほ、捕獲を続ける」
「いや、捕獲してなかったですよね」
エレナの突っ込みを無視して、残った魔族の内の一体に襲い掛かる。
どう見ても獣並みの頭脳だ。俺が強いと分かると威嚇の唸り声を上げるが、腰が引けている。
「おら、逃げんじゃねえよ。産まれたことを後悔させてやっから」
「やだ、この人、本当に勇者?」
「黙れ。早く拘束具寄こせ」
魔族の拘束を終え、残りの一体を見ると、立ち向かうどころか背中を向けて逃げ出していた。
だが、唯一の出入り口である階段は、俺達が下りて来たばかりで、ある意味占拠済みだ。
愚かにも、その反対側に向かっているが、両側に牢屋がある狭い通路の先は壁しかない。
「おいおい、逃げるなよ」
言っておくが、少女を死んだ魚のような目にした罪は消えることは無い。
死か、それ以上の苦痛を持って購うしかないのだ。
ゆっくりと歩みを進めると、牢屋にいる人間から、戸惑った視線が向けられ、力のない声が聞こえる。
って、コイツ等も全裸じゃねえか。ロリっ子を探したい気がするが、老若男女問わず全裸だ。あまり見たくはない。
牢屋の中へ目を逸らして、真っ直ぐに魔族を睨みつけながら進んだ。
既に行き止まりの壁に辿り着いている魔族は、振り向いて怯えた表情を見せる。
俺は変わらず、ゆったりと歩み寄ると、魔族の間合いに入る。
もう逃げられないんだ。何時までも怯えてないで、かかって来い。少し実験だ。
ようやく、やけになって殴りかかってくる。力任せの大振りは武術のカモ。
合気の技を使い、相手の力を利用して投げる。そして、床や牢屋の格子に叩きつける。
それを何度か繰り返す内に、投げ続けられた傷みか、殴り疲れたのか、ぐったりとして動かなくなった。
「貴方は?」
その声に、つい視線を送る。声を発したのは10代半ばの少年だった。もちろん全裸である。
ただ、その目に強い意志を感じた。
同時に、その牢屋の中には、同じくらいの歳の、10代半ばから後半の少年と、10代後半から20代半ば、30歳手前くらいの女性が集められている。
改めて周囲を見ると、他の牢屋より詰め込み方が緩やかと言うか、動く余裕がある。
年齢層から考えて、性欲の強い時期の男性と、出産に適した女性が集められている。
これを家畜としてみれば分かる。つまり繁殖部屋だ。
だが、そうした行為が行われた形跡はない。俺なんかと違い、普通の趣味の多感な少年が、目の前に適齢の全裸の女性が居る状況は、性欲を抑えるのは大変だろう。
この世界の貴族連中は、高潔な人格が多いし、この少年たちも貴族なのだろう。俺に声をかけてきた少年を始め、身体も鍛えられているし、騎士なのかもしれない。
「少し待ってろ。服を取ってきてやる」
俺の言葉に、自分たちが全裸でいることを自覚したようで、少年だけでなく、牢に居る者が、局部や胸を手で隠す。
うずくまる魔族を拘束し、待機している連中に、服を探す指示をしようとしたら、ふざけた会話が耳に入った。
「ねえ、エレナ。私達が何者って聞かれたら何て答えれば良いの?」
「部隊名は無いし、勇者隊?」
「勇者? あれが? 新種の魔王って言った方が説得力あるよね」
取りあえず、ふざけた事を言ったルウルの頭を叩くと、エレナと二人で、牢屋のカギを開けて、見張りをするよう命じ、残りで、拘束した魔族を運びながら、階段を上がる。
「俺は、魔族が残っていないか探す。パペルは俺と来い」
残りの連中に、服の捜索と最上階で捕らえられていた民間人の保護を手分けして行わせている内に、ヴィクトルとエリーザの隊から、民間人の保護の連絡と、魔族を一体ずつ、ボコったから拘束してくれと連絡が来た。
どうやら、今回の任務も被害なしに切り抜けることが出来たようだ。
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地下牢に捕らえられていた者は、やはり貴族だったらしい。
脱出の計画は、エリーザと、その騎士に任せ、俺はジジィとヴィクトルと一緒に拘束した魔族を前にしていた。
「なるほど、確かに何かあるな。空気の壁みたいな感じだ。それにゆっくり触ると反応しないで直に皮膚に届く」
ヴィクトルが魔族を触りながら、トウルグが見つけた気の特性を確認していた。
時々、俺が教えた痛みを与えるツボを押して、悲鳴を上げさせたり、意外とサディストっぷりを発揮している。
「で、今回の戦いで、どう思った?」
「まだまだ足りないな。正直、お前がいなければ、この隊は機能しない。
それに、お前が本当にやりたい戦いをするには明らかに力不足だ。途中で潰れる」
俺の抽象的な質問に、その意図を正確に読み取って返答する。
現段階での、この部隊の戦闘能力。俺が目指している戦い。
「ヘルヴィスは、数万の大軍を無傷で突き抜ける。だが、この隊は千でも無理だろう。
お前が悪いって訳では無い。隊員の戦闘能力が奴の配下に比べ低すぎる」
「先頭のお主が、頑張って突き破ったとしても、振り返ったら誰もおらん事になるじゃろうな」
「後ろが無くなった時点で、俺も袋叩きだ。つまり全滅だな」
俺が目指しているものは、魔王ヘルヴィスの部隊に匹敵する騎馬隊。
最初から狙っていた訳では無いが、俺が目指す部隊の理想を、既に敵が作っていた。
それなら、その部隊を超える隊を作る。そう思っていたのだが理想は遠いようだ。
「それに、正直に言うが、お前でもヘルヴィスと一騎打ちしたら負けると思うぞ」
「戦場で一騎打ちに洒落込むつもりはないさ。まあ、いずれ奴より強くなるつもりだが、現状では一騎打ちできるまでにも届かないんだろ?」
「そうだな。だが、どう鍛えればいいか、方向性は見えてきている。
何より全員が、自分が何をすれば良いか見えたと思う。冷静に考えれば、俺達は急造部隊だ。
これから、自力と連携、いくらでも成長するはずだ」
そうだ。簡単に勝てるなら苦労はしない。
だが、これから訓練で強くなればいい。これまでは、ほぼ単独で訓練してきたが、今後は元帥たちと合同での訓練も視野に入れ、鍛え上げよう。
「まず、元帥が率いる本隊と連携…」
「タケル殿、少しよろしいでしょうか」
今後の方針を相談しようとしたところで、エリーザがやってきた。
脱出の方針が決まったらしい。
「じゃあ、俺達は手を貸さなくても良いのか?」
「はい。少し無理をしてる感じはしますが、十分に可能です。逆に私達が居るから有利になるという事も無さそうです」
この郷には、約3000人の人間が捕らえられていたが、脱出の足手まといになる老人はいなかった。
どうも、環境の変化に弱い老人は死ぬ前に食われるか、食われる前に衰弱死したそうだ。
逆に言えば、死ぬ前に出来るだけ食ったらしい。死にやすいから先に食ってしまう。理に適った行動だ。
あの、繁殖用のスペースといい、魔族は人間の飼い方を心得ているらしい。
家畜として残されている人間は、要するに健康体。食事も美味しくは無いが栄養は十分に与えられていたため、行動に問題は無い。おまけに備蓄もあったので、移動中の食糧も確保できる。
欠点としては、幼児が何人かいるが、抱き上げての移動も可能。まあ、俺がいた世界より、子供の体力は高い。言ってみれば、全員が田舎の元気な餓鬼んちょ共だ。ぶっちゃげタフ。
更に、集められた村人の中に、結構な数の漁師がいて、船の操作も問題ないので、西へまっすぐ向かって船がある所まで辿り着けば、一気に移動できるようだ。
しかも、今の時期の海流は南の移動に適している。船に乗れば数刻で魔属領から離脱できる。
「まだ、日が高いので、今から移動すれば目立ちますから、日没とともに移動を開始するそうです。
そうすれば、徒歩でも翌朝には海岸に辿り着けるそうです」
「なら、俺達は翌朝まで、ここに居よう。魔族の偵察や連絡があるかもしれない。
少数なら撃破。大軍ならかき回して離脱する。そう伝えておけ」
「あの、直接、言ってもらえますか。タケル殿に改めて礼を言いたいと」
今回の救出に加え、前回の戦闘でマイヤを保護したことに、えらく感謝された。
ここに集められた人間は全員がモルゲンス領の住民だったのだが、モルゲンス家は善政を敷いていたようで、貴族だけでなく領民の人気も高い。
実際、モルゲンス家は領民を南に疎開させていたのだが、ここに残っているのは、モルゲンスのために死んでも付いていくと決めた連中だった。
本来なら、今回のように救出をしたところで、今後の生活など、先行きに不安を感じるだろうに、マイヤがいると聞いた途端に元気になった。
結果として、自分達だけで移動して姫様の元へ行くんだと、ハイテンションである。
「分かった。だが、あまりチヤホヤされるのは好きじゃないから、お前が上手く口を聞いてくれ」
「はい。お任せください」
エリーザに付き添って、捕らえられていた貴族や住民に挨拶をし、戦闘より疲れる羽目になったが、無事に戦いを終え、年内には王都へ戻れることになった。
年が明けるまでは隊員たちには休みを与えて、俺は元帥たちと、捕らえた魔族で実験や、訓練の計画を相談するか。




