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根之堅洲戦記  作者: 征止長
戦闘狂が率いる部隊
42/112

変化

心外だ。隊長は自分たちが、身の程知らずに魔族に飛び掛かると思っているようだが、それは過大評価と言うものだ。


「エレナ、緊張してる?」


「してる」


隣を駆けるルウルの問い掛けに、不貞腐れながら返事する。

ブルラドの郷を回りながら、魔族が出てくるのを待つ。そんな正気を疑う作戦に参加しながら、緊張しない方がおかしい。


「平気な顔をしているルウルの方が変」


「いやいや。平気じゃないよ。エレナほど難しく考えてないだけで」


「難しく?」


こんな無茶な作戦に参加して、考え方に簡単や難しいがあるとは思えないが、少しでも気が紛れるなら参考にしたかった。


「あれこれ考えたって、出来ることは多くないよ。私だったら、ここで撃てる。ここで撃っちゃダメだって事を確認するだけ。エレナの場合は、とにかく敵の攻撃を弾く事。もしかして魔族の攻撃を弾く自信が無い?」


「そんな事は無い。私はコーナート家の一族だから。魔族の攻撃の一度や二度、どうって事は無い」


エレナ・コーナート、そうフルネームで名乗る時は誇らしい気持ちになる。

コーナート家は、テオフィル家に仕える家系で、主の護衛任務を務め、時には剣術の指南を務める。

もし、魔族との戦争が起きていなければ、領地にて姫君の護衛に当たっていただろう。


更に、叔母は主であるアーヴァング・テオフィルに嫁いだソフィア・コーナート。

女性ながら当代一の剣士と呼ばれ、アーヴァングは、彼女に求婚するため、強くなったと言われている。


「流石はエレナ。あのゲオルゲに対抗意識を燃やしていただけはあるね」


「だって……」


姫様を取られたくなかった。その言葉を飲み込む。

エレナが仕えるはずだったテオフィル家の姫君であるアリエラの事を、ゲオルゲは好きだったようだ。

その事に文句を言う気は無いが、二人で楽しそうにしているのを見ると、何となく不満だった。


「……別に誰が相手でも、何時か勝つ。そう思わないと強くなれないって教わっている」


だが、嫉妬と揶揄われたくないので、そう取り繕う。

それに、そう教わってきたのは事実だ。あのゲオルゲにだって、何時かは勝つと思って訓練してきた。


「いや、アリエラと仲が良いからって嫉妬してただけじゃない。嫉妬心で、あのゲオルゲに対抗意識を持てたんだから凄いとは思うけど。まあ、今は隊長に言われた通りに、やれば良いよ」


「……敵、集まってるみたい」


南門を通る際に、敵が集まっているのを感じた。殺気が漏れている。

更にヴィクトルが下がって、最後方へと向かう。命令が出る前に攻撃したら、斬られると聞かされているので、擦れ違う時は緊張した。


「さて、怖い副長に斬られないよう、落ち着いて防御することだけ考えなさい」


気を使われて、感謝する気持ちはあるが、嫉妬心を指摘されては、少しばかり意趣返しはしたくなる。


「分かってる。ルウルこそ、味方を射ないようにね」


ルウルが何か言い返しているが、それを聞き流して、気持ちを戦闘へと向ける。

二週回った後、南門の外には魔族が隊列を組んで待ち構えていた。

緊張に包まれる中、先頭の隊長は涼し気な雰囲気で魔族を睥睨している。

一度止まり、左手が掲げられる。手の合図は4列縦陣。薙刀を装備するエレナは一番外側になる。


「突撃!」


号令の下、魔族の部隊に中心に向かって、真っ直ぐに突撃していく。

恐怖に鳥肌が立ってきた。以前は心を静めて冷静になるように努めるようにしていた。

今は、恐怖を抑え込むため、この隊に入って聞かされた、激情のままに魔族を憎む。

その上で、激情を制御し、自らの命を守ることを優先する。


だが、そんな感情の制御を吹き飛ばす光景が目に映った。

隊長の槍の一振りで数体の魔族が吹き飛び、次の瞬間には、魔族の隊長と思われる相手が首を無くした状態で、槍に刺されて掲げられていた。


「え?」


その呟きは自分の者なのか、周囲の者なのか、判別は出来ない。

何をやったのか、周囲の魔族に意識を向けていたから、ジッとは見ていなかった。だが、見つめ続けていたとして、その動きが分かる自信は無かった。


その衝撃が冷めぬまま、再度の突撃が始まる。魔族が刺さったままの武器を鈍器のように振り回し、ぼろ布のように魔族が飛んで行った後も、隊長が槍を振り回す度に魔族が散っていく。

その光景に呆然としていると、叱責が聞こえた。


「小童ども! 敵を見んか! (おの)がやる事だけを考えい!」


バルトークの声。その言葉に意識を敵に向ける。

だが、敵の攻撃を防ぐも何も、魔族は怯えて逃げるだけで、攻撃をする気配はない。

その姿に、エレナの心に怒りの炎が灯る。


好き勝手に人間を蹂躙し、これまで友人を殺してきた。

父は重症を負い、戦場に立つことは不可能な身体になり領地に戻った。

敬愛する叔母であるソフィアも殺された。今更、逃げられると思うな。


一番外側にいれば、飛び出してしまったかもしれない。

だが、まだ命令は出ていない。擦れ違っていく魔族を見ながら、頭の中で切り刻む。

首を斬った、腕を斬り落とした、腹を切り裂いた。


6列縦陣に陣形が変更の指示が出た。薙刀を持った者は2列目になる。

もっと、長い武器が良い。隊長の武器は切れないから性に合わない。何か良いものが無いか、隊長に聞いてみよう。あの弓や槍を教えてくれた。薙刀も、もっと良いものがあるかもしれない。


今は無い物ねだりをしても意味は無い。目の前の敵に意識を向けろ。

頭の中で殺し続ける。でも、いい加減に本当に斬りたい。我慢するのが辛い。まだか?


「全騎、攻撃を許可する!」


その言葉を待っていた。腹の底から叫びを上げて、敵陣に突撃する。

頭の中では無い。本当に魔族を攻撃する。何か妙な壁に弾かれる感触。これが気か。

前に魔族を攻撃した時は、何て硬い皮膚だと衝撃を受けた。


だが、その仕組みを聞いた後だと、確かに皮膚では無い、不思議な感触だと分かる。

何体の魔族を叩いただろう、気が減っているかどうか、判断は付かないが、減っていると信じて届く敵には確実に攻撃を加えて行った。


その内、一体の魔族の首を攻撃した際に、妙な壁の感触は無かった。明らかに生物を斬る感覚。

そして、血が噴き出した。斬った、斬ったんだ。魔族を斬った。全身を歓喜が包む。

だが、足りない。もっと、もっと、切り刻んでやりたい。

それなのに魔族が逃げていく。今のように切り裂くような隊列での突撃では、逃げる魔族を討つのは難しい。


「追撃編成。これより残敵の殲滅開始」


こちらの意図を察してくれたかのような命令が出た。

当初の指示に従い、ヴィクトル副長の指揮下に入って、魔族を追い立てる。

逃がさない。まだ、斬り足りない。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




狂気が広がっていく。隊員たちは、命令通りに魔族を攻撃しているが、その内の狂気をバルトークは感じ取っていた。

その狂気の大本とも言える男を見る。


「やはり目覚めたか」


一度でも実戦を経験すれば化けるとは予想していた。

身体能力、精神性、戦いに向いた異常なまでの素質。唯一足りなかった実戦を経験した今、怪物は完全に目覚めたのだろう。


戦いの恐怖も高揚も無いまま、恐怖の存在とされた隊長格の魔族を、つまらなそうに殺した。

そのまま、戦いとも言えない蹂躙を続けたかと思うと、戦意を失った残敵を二人の副長に任せて、郷の中へ突撃していく。


「ジジィ、全員を率いて南西の見張り台の奴を討て」


「貴様は?」


「残り全部」


そう言い捨てて去ったかと思えば、バルトークたちが南西の見張り台の敵を攻撃している最中に戻ってきて、素手で制圧してしまった。

更に悪態を吐きつつ、北門に残した魔族の回収を命じてくる。あの短い間に見張り台と北門を制圧したかと思うと頭を抱えたくなる。

命令に従い、北門へ向かうと、そこには気を失った魔族が二体転がっていた。


「あそこにいます。拘束は私がしますから、他の者は動いた場合の攻撃をお願いして良いですか?」


「それで良い」


トウルグが、気を失った魔族が二体の内、一体を素早く拘束し、もう一体の魔族を拘束しようとした瞬間に、目が覚めた魔族が動く気配があった。


「逃げよ!」


「大丈夫なはずです……問題ありません。ここを抑えれば動けない」


うつ伏せになった魔族が動こうとしているが、トウルグが背中を踏んでいるだけで動けなくなっていた。

隊員たちが、タケルに戦い方を習っている事は知っていたし、トウルグが体術に才があるとタケルが言っているのも聞いていた。

それにしても、目の前で見ると、現実離れした光景に見えてしまう。


「トウルグさん、このままでは拘束は無理です。隊長を呼びますか?」


「そうだな。バルトーク殿。ダニエラに隊長を呼びに行ってもらいますが、良いでしょうか?」


「ああ、そうすると良い」


ダニエラが離れると、トウルグが魔族を踏みつけたまま、拳で軽く叩いているのに気付いた。

攻撃する意図があるとは思えない程度の力で、何度も叩いている。

その間、魔族は不快そうに悶えているが、抵抗が出来ないようだ。

何をやっているか聞こうとしたが、その前にタケルがやってきた。


「おう、目が覚めたんだって」


「はい。こうなると隊長でなくては拘束できないのでお願いします。それと面白いことに気付きました。有益な情報とは言えないかもしれませんが」


「何だ?」


「殴ると弾かれるんですよ。その感触が隊長が言う気だと思います。

 ですが、魔族の皮膚に(さわ)れます。ゆっくりだと気を通り抜けるようです」


「ほう」


「加減を変えて何度か殴ってるんですが、ある一定の速さから気は反応するようです。隊長も試しますか?」


「おう。取りあえず先に拘束してから、試すぞ」


そう言って、素早く拘束し終えると、力を変えて殴り始める。

更に、他の者にも試させ、気の感触と言うのを味わう。


「面白いな。ジジィはどう思った?」


「この歳で、初めて味わう新鮮な感じじゃな。気と言う物に実感は無かったが、これを知っていると、消すという感触も掴みやすかろう」


「だよな。トウルグ、お手柄だ」


「ありがとうございます」


気と言う物はタケル以外は見えないので、掴みどころのない存在だったが、感触で分かるとなれば、想像しやすい。

だが、口には出さなかったが、驚きなのはトウルグの変化だ。いやトウルグだけでは無い。

隊員の中に、明らかにタケルの影響を受け、今までにない行動をする者が表れ始めていると感じた。

それが、良い変化か悪い変化かは今は分からない。それでも、何かが動き始めているのは間違い無かった。












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