郷
本文中に入れたかったのですが、これまでの話に上手く入らなかったため、この世界の行政区分についての説明を入れます。
興味が無ければ流し読み推奨。
荘
10世帯から20世帯が暮らす集落。住民は基本的に農民で、狩りや漁をする者もいるが、農業の合間に行うことが多く、専門の猟師は少ない。
外敵(魔物や肉食動物、盗賊など)から守るため、一辺が約100メートルの正方形で、土で盛った壁や柵で囲まれている。出入りは南に広い門があり、他に人が出入りする程度の狭い出入り口が一か所。
農民が寝食をする住居の他に、共有財産として、荷車や馬車があり、それを引いたり、農業で使用する牛馬を1~2頭飼育している。
中央には、井戸と集会所がある。集会所は文字通り集まって話し合いをするだけでなく、住民が共有で使う、風呂と調理場があり、パンは住民が交代で全員分を作って、コストの削減をしている。
トイレも共有で、南西と南東の両端にあり、定期的に集めて肥料の材料にしている。
その集会所と南門の間に、荘を管理する下級騎士の住まいがあり、駐在所兼、村役場の役割を持つ。
そこで暮らす下級騎士は、その地を預かる中貴族以上の者が任命する。在任期間は、代々続くケースと、一代限り、または、期限を設けるケースと様々である。
例えば、ヤニスの家は、何代にも渡り、同じ荘の守護を請け負う下級貴族。
村と言うこともあるが、正確に言うと村は、壁で囲まれていない、荘になる前の状態。また、海の周辺にある漁村は、荘とはならない。
タケルは荘=村と認識しているため、村と言うことが多い。
郷
荘が複数集まったら、その中心に作られる大きな集落。荘から必要なものを買い物にくる住民が居る事で成り立つ仕事が多い。また、徴税は荘から、この郷へ集められる。
一辺が約250メートル、一周が約1キロメートルの正方形で、石で作られた壁で囲まれている。
出入りは四方に門があるが、一番大きいのが南門なのは共通。
荘で生産が不可能なものを作っていて、畜産家や鍛冶屋も暮らしており、布や衣服も作っている。
また、建築業者もあり、荘の住民で修理不可能な損傷を受けた住居の修理や新築したい場合も、郷にいる業者に依頼する事になっている。
郷を管理する下級騎士は、中央にある役所で勤務するが、荘と違い、住居は別になっている。
在任期間は、荘と同じくケースバイケースだが、荘のように何代も続くケースは見られない。
地域や、問題が発生したりで、在任する下級騎士の数は決まっていないが、おおよそ、10前後が通常時で、郷や周辺の荘に問題がある場合は、20人位が駐在する。
行政的には区や市に近いが、田舎者のタケルは、街と認識している。
ちなみに、タケルの元の世界での住所は○○郡□□村で、コンビニも無い田舎である。買い物に行く際は、街に行ってくる。と言って、軽トラで、数十キロ離れた街まで行っていた。
城
複数の郷を含めた地域を“領”と呼び、その中心にある都市を城と呼んでいる。
都市の形成は、城壁に囲まれていたり、川や海、山のような天然の地形を利用した防壁で覆われている。
城の中心に領主の住む屋敷や行政所がある。
その周囲に下級貴族が住む屋敷があり、周囲を一般人が生活する城下町で形成される。
ほとんど、江戸時代の城と城下町と同じと思って良い。
規模は、領主によって様々で、5キロメートル四方が平均で、王都ロシオヴィは東西10キロ、南北は20キロメートルある。
タケルの感覚では、最初は大きすぎて現実感が無かったが、平城京や平安京のモデルとなった、唐の長安城は、約10キロメートルの城壁で覆われた都市で、江戸時代の城も城下町まで含めれば、数キロ四方の規模は普通。
この世界は、封建制度に近い体制がとられており、ロムニア王国で言えば、王都を中心にした周辺が王家の直轄領となり、周囲の領土を貴族が支配することを容認する体制になっている。
その領主の家系が断絶した場合は、新しい領主が任命されるまでは、領地は城ごと王家の預かりになる。
~~ここから本編~~
「どうしたもんかな」
合流して5日間の訓練をしてきたが、今まで経験したことが無い戦い方なので、実戦になった時に、この動きで良いのか、自信をもって出来ていないようだ。
それに対して、効果的な訓練方法を、俺も経験豊富なジジィでさえ思いつかない。
「実戦を経験するしかないだろう」
ヴィクトルは実戦を経験しなければ、これ以上の成長は困難だという意見だ。
戦う事で、足りないものを自覚すれば、今後の訓練の質が上がる。
「しかし、訓練のために実戦をするのは本末転倒な気がします」
一方のエリーザは慎重な意見。実戦のために訓練が必要なのであって、逆ではないと言う、まあ当然な意見だ。
「だが、このままの訓練を続けても、進歩が見られないと思うぞ。多少の冒険は仕方がない」
「それは分かりますが、前回のように脱走者を追っている部隊を発見できたなら兎も角、手頃な相手がいません」
そして、話は平行線のまま、互いに主張を譲らずヒートアップ……とは、ならない。
何故なら、互いに自分の意見が、絶対に正しいとは思ってない。ヴィクトルは、現状ではダメだから、取りあえずの打開策を言ってみただけで、危険は百も承知。
エリーザはエリーザで、こういった場合は、視野狭窄になって部隊ごと暴走しないように、反対意見を出した方が良いから出しただけだ。
実は、両者の意見は一致している。戦闘経験を積ませたいが、犠牲は出したくない。
要は俺に判断して欲しい。多少の無茶は付き合うけど、あまりドン引きする事言うなよ。って感じだ。
「郷を攻める。別に郷の中に攻め入る訳じゃあない。郷の周囲を回って挑発する」
この世界の行政区画だが、中貴族以上が治める都市には城があり、江戸時代の大名の城下町を含めた規模だ。この城は魔族に支配されて以降は、1000体越えの軍勢が駐留しているか、完全に破壊され棄却されるかのどちらか。
その下に、郷という呼称の市や郡のようなものがあり、市役所クラスの建物を中心にした町がある。
この郷も、魔族支配下では、棄却されるか、100体くらいの軍が治めるようになる。
更に、下には荘という呼称の村がある。ここは人が連れ去られて廃墟になるだけだ。
つまり、100体規模の魔族が駐留する町の周囲を、暴走族のように回る。
魔族にとっては、同数の人間は十分に勝てる相手だ。上等なエサを確保するためにも出てくると思う。
ちなみに、城は日本の城と同様で、治める貴族の力によって規模が変わるが、郷と荘は、それほど大きさは変わらない。
何故なら荘は農地を中心にした集落のため、荘の規模を大きくするより、離れた場所に新しい荘を作った方が良いからだ。
更に郷は、複数の荘に囲まれた、荘の管理と、郷では手に入りにくい物を売買している商店の設置を目的にしているため、新しい荘が増えれば、その荘を中心に郷を作った方が良い。
そのため、荘と郷は何処も同じくらいの大きさで、距離の単位にもなっている。
1荘が約100mで1郷が約1km。
城は大きさが異なるので、単位として用いられず、距離の単位は最大が郷になる。
今回の作戦は、街の周囲をグルグルと中から魔族が出てくるまで回り続けて、出てきたら、そいつ等が陣形を組むまで待機。
その後、戦闘を開始する。理想は敵を殲滅して、その後、郷に入って、残る魔族を可能ならば捕獲。
中で食糧として捕らえられている人間については、開放はするけど、無理に護衛はしない。基本的に自分で逃げて貰う。
「まあ、そんな感じだ」
「犠牲は、どれくらい考慮する?」
ヴィクトルはブレない。作戦の突っ込みは無視して、根本的な問題が気になるようだ。
「犠牲は出さない。狙うは無傷で敵の殲滅。そこは変わらない」
これからも、戦い続ければ犠牲は出る。それは当たり前の事だが、だからと言って最初から、それを考慮する怠慢な奴にはなりたくない。
犠牲を無しに勝つ方法を模索する。それは指揮を執る者の当然の義務だ。
「同数の陣を組んだ相手だと、無傷での勝利は、流石に無茶だ」
「そうかな? 敵は100体なら、縦は多くて20体だろ? 防御に徹すれば、突き抜けることは出来ると思う。縦に突き抜けるのが無理なら、斜めに削る方法だってある。
その間に、どう攻撃すれば良いか考えさせる」
「攻撃しないで突っ込む気か? いくら何でも…」
「俺だけは攻撃する。前回の感じで言うが、魔族があの程度の強さなら、20、いや、50体程度なら、大して抵抗もなく、蹴散らしながら突き抜ける自信はある。
と言うより、それくらい出来んと話にならんと思うぞ。ついでに、100体程度の魔族を無傷で殲滅するってのも、無理なら先が思いやられるだろ?」
「どういうことだ?」
「お前が言ったろ。魔王ヘルヴィスって奴は、半端なく強いって。で、奴を倒すのと、今言っている事、どっちが無茶だ?」
ヘルヴィスの情報は、今まで何人かから聞いている。その感想を簡単に言うなら、本物の化け物だ。
率直に言って、そんな化け物を倒すことに比べれば、1人で100体の魔族を倒せと言われる方が、まだマシだと思ってしまう。
そう思う最大の原因が、ヴィクトルだけではなく、元帥を始めとした親しくなった将軍たちも、ヘルヴィスの事を話すときは、努めて冷静に喋ろうとしている事だ。
それは、心に刻まれた恐怖と戦っている所為だと俺は思っている。勇敢なはずのヴィクトル達が、その名を口にするだけで、落ち着きを失うのだ。
更に、厄介な相手だと思ったのが、王都に戻っている間に聞いた、西の戦争でのグロース王国の勝利内容。
グロース王国の作戦の人道的な問題も、もう一つのエルザス王国の王女の醜態も、はっきり言ってどうでも良い。
問題はさっさと尻尾を巻いて逃げ出したことだ。夜襲をかけたようだが、それも大きな問題では無い。
重要なのは、勝てないと判断したら、素早く逃げる。変に粘って自軍の損害を出すような指揮官では無いという事だ。
勇猛な奴だと思っていたが、それだけでは無い。下らないプライドを持たない柔軟性は、敵に回すには困った性質だ。
「……ヘルヴィスを倒す事に比べれば、何の無茶でもない。簡単な作業だな」
「ほらな。じゃあ、その簡単な作業をしようぜ。そんで、編成なんだが、ヴィクトルとエリーザは最後方。ジジィはド真ん中。隊員たちを見張れ」
「俺たちを最後方に配置する理由は? 見張れって」
「居ないと信じたいが、命令を無視して攻撃するバカが居たら殺せ。今後の邪魔になる」
「そう言うことか。分かった。まあ、アイツ等なら大丈夫だと思うぞ」
俺も、そう信じている。それに、配下に犠牲を出さないと言いながら、配下を殺せと言う命令も、すんなりと受け入れてくれて助かった。いや、これは、ヴィクトル達をバカにした考えか。
俺が言う、配下の犠牲を出さないという考えは、断じて突拍子もない考えではないし、命令を無視した配下を殺せと言う考えも矛盾した指示では無い。
目標を実現不可能な理想値に設定しているが、この考えは普遍的な、色んな事でやっている事だ。
例えば、交通事故による死亡だ。人の尊い命を守るため、ゼロを目指しているが実現していない。実現には様々な障害があるからだ。
どうしようもない不運な出来事もあれば、飲酒運転などをする悪質なドライバーの存在もある。
さて、悪質なドライバーによる交通事故で、人が死んだ場合の悪質なドライバーの処遇は、どうすれば良いだろうか。身勝手すぎるドライバーの行動は殺人に等しく、死刑が相応しいという考えもある。
だが、人の命を尊重してるのだから、どのような悪質なドライバーの命でも尊重しなければならない。実に正しい考えだ。善人が支配する日本の現状はそれだろう。
命は尊く平等だ。結果、命を尊重して、別の命を蔑ろにしている気がするが、命を尊いと言っている善人の判断だ。否定はしない。
だが、俺は命を尊いと思えない、歪んだ性根の持ち主だ。
別に配下を死なせたく無いのも、命を尊重しているからではない。
俺にとって重要なのは戦争での勝利。今、配下の命を失いたくないのも、戦争の勝利に必要だからだ。
俺の命令を無視した配下を殺せと言う指示は、交通事故ゼロを目指しているから、悪質なドライバーは、その場で殺せと言っているに過ぎない。
何を重視しているかで、判断は変わるだろう。そして、幸いなことに、俺の価値観は、ここに居る者と、そう剥離は無いようだ。
「住民の保護は、全くしないのでしょうか?」
エリーザは、そっちの方が気になるようだ。何処か不満そうな表情。
まあ、エリーザは意外と騎士としての正しさを重視している。そして、騎士としての正しい道とは、救助した人間は、全員を無事に帰す事だろう。
「住民の人数が分からん。それこそ、残っているのが10人程度なら、軍馬に乗せて連れ帰れるが、何千、何万といたらどうする?」
「それは、我々が先導すれば」
「戦えない大量の人数を率いて、城の前を通り過ぎると?」
郷に人が捕らえられている理由は、ある種の家畜小屋みたいなものだ。基本的に安全な場所で飼っている。
そして、外敵に対する壁として、占拠した城に拠っている部隊が対応しているし、まともな街道は、全て城を起点に広がっている。
つまり、俺たちが攻めようと考えている郷に行くには、夜間に敵に発見されないよう、城を迂回しなければならない。帰りも当然だ。俺達だけなら軍馬で駆ければ逃げられるが、民間人はそうではない。
「基本的に、ウチの若い連中もエリーザと同じ気質だろう。だから、最初に助けない前提だと伝える。
まあ、助けられる状況であれば救うが、期待はするな」
不満そうではあるが、納得したようだ。変に色気を出して助けようとすれば、俺達も危険だし、救助対象も危険な事に変わりはない。むしろ、食糧を分け与えて、昼間は山中に潜伏して、夜間を狙って移動した方が良い。
エリーザは、悔しそうに俯くが、気まずい空気にならないよう気を使ったのか、ヴィクトルが話題を変える。
「一応、もう一つ質問だ。魔族捕獲の目的は?」
「元帥への土産。まあ、どちらかと言えば、アルツール将軍が欲しがっていたが」
「ああ、実験材料か」
「そう」
アルツール将軍の現在の最大の研究目的は、魔族の気に対応する材質の研究。
その成果によっては、俺たちや一部の部隊が、どれだけ強くなろうと届かない、有益な戦力になる。
そのためには、サンプルがあった方が良い。
「じゃあ、野戦でも、出来るだけ生かしておいた方が良くないか?」
「いや、下手な手加減をして、損害を受けたくはない。野戦では殲滅を目的にして、そこで生き残れば捕獲で良い。まあ、殲滅を目的にして仕留めきれない場合は、後でお仕置きだがな」
「了解した。お仕置きを受けないように気合を入れよう」
ヴィクトルが、今後の行動の説明をしに隊員たちの元に向かうと、俯いているエリーザの頭を叩く。
本当は郷に囚われている人々を助け出したいが、それが出来ない力の無さにへこんでいるらしい。
まったく、コイツは俺以上に脳筋で、力押ししか考えていないのだろうか?
「ボーっとするな。簡易な地図を作るから、準備しておけ」
「ち、地図ですか?」
「俺達が襲撃する郷から、魔族に見つからずに、カラファト城まで退避する進路を調べておく」
クルージュ将軍がいるカラファト城が、現在のロムニア王国の最前線だが、そこから、100kmほど北西にあり、モルゲンス家が有していたヴァラディヌス城が、魔族側の最前線になる。
攻撃する郷は、そのヴァラディヌス城の奥になるが、出来るだけ近くを狙うつもりだ。
そこから、馬車が進めるような整備された街道は、ヴァラディヌス城を通らないと進めないが、周囲には、馬や人の足でなら進める所はいくらでもあるはずだ。
少なくとも、ヴァラディヌス城からカラファト城までは、地形を調べつくしていて、敵に気付かれずに往復することが可能な複数のルートは分かっている。仮にカラファト城が敵地だとして、そこにいる敵に見つからずに、ヴァラディヌス城から王都ロシオヴィまで、多数の住民を連れて行けと言われたら、やれる自信がある。
それを少し広げてやるだけだ。
「ヴァラディヌス城を超えて、攻撃する郷を決めたら、弓騎兵を一日だけ与える。
捕らえられている人の中にいるはずの、指揮が出来る騎士に渡せば、安全に逃走できる地図を作れ。もし、指揮できる者がいなかったら、お前に避難の指揮をさせるから、準備をしておけ」
弓騎兵には、未熟ながらも、逃げながら後方へ射るパルティアンショットを身に付けさせている。
逃げる前提の戦い方に抵抗を示す者もいたが、逃げの重要性を教えて、優先的に訓練させた。
こういった任務では弓騎兵の方が役に立つだろう。
「はい。お任せください。タケル殿」
俺が言いたい事を理解したのか、満面の笑顔を浮かべて返事をする。
別に救出は目的では無いが、救出する事で士気が上がる上に、敵の食糧を奪えるのだ。
やらない理由は無いからやる。エリーザの機嫌を取るためではない。




