王様と会うって作法とか知らないですよ
現在、薄暗い石畳の部屋で、俺は中年男と正座で向かい合っていた。
何故、こうなっているかと言うと、年長、しかも風格のある人に頭を下げられるプレッシャーに耐え切れず、立ち上がるように促した結果だった。
それが、何故、互いに正座で向かい合っているかって? 考えの相違というやつだろう。バンドだったら解散するな。
前に座る中年男性の主張
勇者は偉い。しかも、魔王討伐を依頼するには誠意が必要。
俺の主張
明らかに俺が年少。魔王討伐がどのような行為か分かってない。無知だ。つまり教わる側だ。分からない奴が教わる相手にデカい態度を取れるわけがない。
どう考えても俺の主張に分があると思うのだが、先方は引く気が無いらしい。
それならばと、対抗して俺も座り、頭を低くしあった結果、このような状態になった。
周りから見ればバカと思われそうだが、周囲の目は呆れる様子はなく、戸惑いと驚きの気配。
助かった。バカと思われるのは慣れているが、だからと言って気分の良いものではない。
「まず、自己紹介をします。菊池武尊です。武尊が名前で菊池がファミリーネームです。年齢は21歳になります」
「あっ、そうですな。私はアーヴァング・テオフィル。年齢は35歳です。アーヴァングとお呼びください」
何だろう、お見合いじゃないんだから、もう少し気の利いたことを言えなかったのだろうか?
何を聞く? いきなり呼び出した理由を聞くより、もう少し打ち解けてから聞いた方が良い気がするのだが、何を質問するか、職業? 趣味? いや、どれもお見合いっぽくて変だ。
「あの、説明の前に聞きたいのですが」
ん? 悩んでいると向こうから質問が来るようだ。助かる。ある程度のことは答えよう。まあ、女性の趣味を聞かれたら正直答え辛いのだが。
何しろ発育の良い小学生か、発育の悪い中学生だ。答えたら即座にお巡りさんを呼ばれるだろう。
「これまで召喚された勇者は、皆が戦闘の素人だと聞いています。しかし、タケル殿は明らかに戦闘に従事する者と見受けられます。どういった経緯でそのような?」
勇者は俺以外にも召喚されているのか? 気にはなるが、先に質問に答えるのが礼儀だろう。質問に質問で返すのはダメ。
「空手という武術と実家に伝わる総合格闘術である古武術を嗜んでいます」
「カラテ? 総合格闘術? 他の勇者と違い、勇者様の世界で戦争は起きているのでしょうか?」
「いえ、少なくとも私の周囲では戦争はありません」
「それでは何故?」
何故、空手をやっているか? 困った質問だ。切っ掛けは祖父に教えられたからなんだが、あれほど夢中になった理由と言うと……
「強くありたいから。その思いが普通より強いのだと思います」
それしかないだろう。競技のように競い合う訳では無い。単に自分が思い描く強さを追求し、折れそうになっても、今まで折れなかっただけ。
その返答に、アーヴァングは笑った。
「なるほど、納得できる理由です」
「それで、こちらからも質問ですが」
「はい。何なりと御質問ください。可能な限り答えましょう」
さて、そう言われたものの何から質問しよう。勇者、魔王、この場所、今の状況、分からないこ事だらけ。
しかし、これはアレですよ。授業なんかで分からないことがあったら質問するようにって言われている時に似ている。
要するに、何も分からないから、何を質問すれば良いか分からない状態だ。
「正直、何も分からないのです。ですから、ある程度の説明をそちらからしてもらえると助かります。その後、質問させてくれますか」
「なるほど、確かにそうでしょう。では……」
「勇者殿。申し訳ありません」
説明を始めようかとした時、話に割り込む非礼をわびた後、ローブの男が、アーヴァングに何事かを耳打ちする。
ひょっとすると、場所を変えようと提案するのかな。まあ、それは俺の願望なんだが。ずっと正座で話を聞くのも辛い。
「お待ちいただく訳にはいかんか?」
「ですが、陛下はこの日を待つ望んでおられました」
「そうではあるが……」
何だ? 何処か不安そうな表情で俺を見る。
悩んでいるようだが、むしろ、俺の方が不安なんだがな。やがて、決断したのか俺に声をかける。
「タケル殿。実は、この後は国王陛下が直接勇者殿に依頼する手はずになっていたのだが、謁見の間にお付き合いいただけるだろうか」
「はい? 国王? 謁見?」
何だか不穏な響きが聞こえたのだが、聞き違いと思いたい。
「はい。我が国の国王陛下が、謁見の間で勇者殿をお待ちです」
「あの、申し訳ありません。私の認識では国王とは、国で一番偉い人なんですが?」
「はい? ええ、その認識で間違いありませんが」
待とう。いきなり一国のトップに、俺みたいな不審者を会わせるなんて、正気とは思えないのだが。
見ろよ。ローブの連中は当然の表情をしているが、太刀を佩いている連中は警戒心を隠しきれてないぞ。
そっちの方が正しいと思うぞ。
「その、私は何か成したわけでは無いのですが」
自慢では無いが、俺は一国の王に会ったことがない。
まあ、当然だ。王から言葉を賜るというのは、古くは名誉なことであり、現在においても外交等に利用している。
日本で言えば、天皇陛下が国内で偉業を達した人に声をかけるというのは、その偉業に対して最大限の祝福を意味し、海外の来賓に声をかけるのは、その相手の国や個人に最大限の礼を持って接していると宣言しているようなものだ。
俺の立場は外国人のようなものだろう。つまり、かなりの礼節を持って迎えられているらしい。
俺に何が出来るか知らないが、期待が重すぎる。
「それに王様に会う作法とか知らないので、出来れば遠慮したいのですが……」
「さ、作法ですと?」
何だか周囲がざわつきだした。
いや、普通に考えて、それ大事ですよね? さっき、アーヴァング氏に声をかけたローブの人も、話の途中だから、最初に俺に謝罪をしてからアーヴァング氏に耳打ちをした。
これが、俺を無視して声をかけていたら、俺は不快になっただろう。礼儀は大切。
そして、相手が一国の王ともなれば、もっと大変だ。
現状、この国は非常に困っていると予測できる。その対策に俺が呼び出されたわけだが、それを例えると、日本で困ったことがあって、国内の者では対処できないから外国人を呼んで、天皇陛下が直接依頼するようなものだ。
あるいは、某半島の独裁国家に拉致され、書記長に何かを強要されるようなものかもしれない。
どちらにせよ、妙な態度を取って相手を変に刺激するのは避けたい。
前者だったら多くの国民を敵に回し、後者だったら殺されかねない。
少なくとも、この変な場所に呼び寄せるという謎の力を有する相手に、いきなり戦おうとするほど俺だってバカではない……いや、最初にヤル気満々だったけどね。アレは訓練中の変なテンションだったという事でお許し願いたい。
ただでさえ、騎士風の面々に警戒されている現在の状況。これ以上、警戒されても何も良いことは無いだろう。
ここで、礼儀の面でも失敗したら目も当てられない。
現状で優先するのは、第一に情報の収集。第二に周囲の警戒心を解くだ。警戒されたままだと、協力する場合も、敵対して逃げ出す場合でもマイナスにしかならない。
「そ、そうお気になさらずとも大丈夫です。勇者に礼儀は期待はしていませんから」
「え?」
何だか随分な言い草ではある。俺だって礼儀くらいは知ってるし。むしろ、見た目が怖い分礼儀は大事にしろと教育されてきた。
「誤解無きように。実は、これまで召喚された勇者は礼儀を知らない者が殆どだったので……」
そう言って、これまで召喚された勇者の言動をいくつか聞いたのだが……バカか?
一国の王にタメ口の上に、いきなり要求だと? 死にたいのだろうか? 俺の知り合いで、そんな態度をしそうなバカは、それこそ低偏差値で有名だった俺の通っていた農業高校を中途退学して、ヤの付く仕事になったDQNくらいだろう。アイツ生きてるんだろうか。
「そう言う訳ですので、礼儀を気にするだけでも十分かと」
しまった。高校の頃の同級生を思い出していたら、何だか王様に会う方向にまとまってしまっていた。
あのバカの所為だ。
だが、こうなったら腹を括るしかないか。
「分かりました。それと、申し訳ないのですが靴を貸していただけないでしょうか?」
そう。今の俺は裸足なのだ。何しろ空手の訓練中だったから当然と言えば当然だが、服は空手着で素足。
礼儀を気にしないと言っても、王様に会うのに、この格好は無いだろう。
大丈夫な気もするが、ここから逃走する事態なんかを考えると、裸足より靴を履いていた方が良いだろう。油断は禁物だ。
「これは、申し訳ありません。エリーザ、勇者様に履物の用意を……」
そういった後、俺の足を見て、困った表情。何か問題でも?
「と、兎に角、一番大きいものを用意しろ」
「りょ、了解です」
ふむ。俺の靴のサイズで悩んだらしい。まあ、俺の足は大きい。靴を買うときには、デザインは気にしないでサイズが合えばOKな主義だ。まあ、それでも合うサイズが中々無いのだが。
何といっても、長さは兎も角、幅と厚みが人より並外れて大きい。基本的に靴を買うときはアメリカ製の物になる。
だが、ここは海外っぽいし、大きなサイズがあるだろうと思ったところで気付いた。目の前のアーヴァング氏なんだが、身長は170cm程度なのだ。もう1人の男性、騎士風のイケメンも、同じくらい。
ローブを着た男は複数いるが、160cmあるかないか。
女性に至っては、先ほど靴を取りに行った、抜刀した女が160cmに届かないくらいで、他は軒並み150cm前後だろう。
全員小さい。そこで気付いたのだが、昔は平均身長が小さかったのだ。
日本では江戸時代の平均で、男性が150cm台だったと聞く。食の欧米化で身長が伸びたと言われるが、そのヨーロッパでも中世では平民の平均身長は160cmあるかないかだったと聞いたことがある。
日本の戦国時代も平均身長は150cmくらいと言われているが、残っている武将の鎧で身長を調べると180cmになる武将もいるらしい。そんな中、チビで有名な豊臣秀吉だが、彼は幼少期は貧しかったと聞く。一方で大きい武将は、それなりに名門が多い。つまり成長期に十分な栄養を摂れたか否かが大きいそうだ。
そう考えると、この世界の食糧事情は、あまり良くないのかもしれない。まあ、出会った人数が少ないので、これから会う人たちによっては、この予想は変わるかもしれないのだが。
「こ、これが一番大きいのです」
そんな感じで、食糧事情を考察している内に、抜刀女がブーツを一足持ってきた。
よりによって、ブーツか。入るかな。
礼を言って受け取り、履いてみようとチャレンジするのだが……
「も、申し訳ありません。少し小さいようです」
入らなかった。正直言って、少しでなく、かなり小さい。おまけにブーツみたいに頑丈だと、無理やり入れることも出来ない。どうやら、これから会う人を探すまでもなく、ここの世界の人は小さいらしい。
「こちらこそ申し訳ありません。早急に作らせますので、大きさを測らせてもらってよろしいでしょうか。それと、替えの服も必要でしょうから、合わせて測らせて貰いたいのですが」
ことわる理由は無い。了承し、採寸を行う。ローブを着た集団に紐で寸法を測っている間、周囲の観察をしていると、服装が何となく和服っぽい事に気づいた。
ローブの下は和服のような前を重ねる着こなしで、帯で腰を締めている。
更に鎧の方は西洋っぽいデザインだが、その下に除く衣装は、袖のだぶつきが大きく、帯の代わりに革製のベルトだが、全体のデザインが俺が来ている空手着と似ている。
その一方で髪は金髪、赤髪、茶髪とカラフルで、顔立ちは西洋人ほど彫が深くないが東洋人ほど平坦ではない。何となく西洋と東洋人のハーフなら、これ位かと思える顔立ちだった。
その内に、採寸が終わり、部屋を出る。
部屋の外は階段になっており、そこを昇ると長い廊下。だが、それ以上に俺の目を引くものがあった。
「夕日?」
廊下の窓、というか、ガラスはなく、開け放しの隙間から注ぐ光。その先を見ると夕焼けが見えた。
先程まで、というか、ここに来る前は夜だった。
まだ、1時間も経過していないはずだが、夜から夕方になっている事で、これが異常な状況だと改めて思い直す。
何も分からない状況で王様に謁見。正直言った気が重いが、何があっても大丈夫なように心は平静を保つようにしよう。
感想書けるほど話は進んでいませんが、誤字脱字や突っ込みがあれば、お願いします。