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根之堅洲戦記  作者: 征止長
戦闘狂が率いる部隊
39/112

合流と交流

夕方には森でのキャンプをたたみ、平地での訓練に移行する。

カラファト城近くに設定した、ヴィクトルとの合流地点までは密着した状態で進み、矢は番えずに弓を引くだけで、騎射のイメージトレーニングをさせながら休まずに移動。到着は深夜だったので、そのまま寝て、翌朝から訓練を開始する。


3列縦陣の隊列を組み、駆けながら左右に設置した的を狙って射る。

初日は、これだけを繰り返しやらせたが、結果は予想以上に悪く、命中率は3割以下。

的は魔族サイズの木を立てた奴なので、致命傷どころかかすり傷さえ与えられない者が殆どと言うことだ。

森では、動く動物を射てたのに、酷い有様である。多分、平地で疾駆すると馬の振動が狙いの邪魔をするのだろう。


細かく見ると、特に左側を狙った際の命中率が全体的に悪い。

それと、左側の的を狙う際の3列縦陣の右側、又は、その逆。つまり、列の後方から射ると、やはり命中率が下がる。だが、弓騎兵は基本的に列の中央に位置する予定なので、騎兵の後方から敵を狙い撃つことが出来なければ、存在価値が激減する。


まあ、初日は簡単に出来ない事を全員が認識すれば、それで良い。

現に訓練終了後は、干し肉を食いながら、全員で、ああだこうだと、命中率を上げるにはどうすれば良いか、俺を無視して話し合っている。

別に寂しくなんかないぞ。


翌日は、トウルグの提案で、全員が一斉に射るのではなく、縦の前後をコンビとし、射る奴と見る奴にして、訓練を始める。

見る奴側は、前の射る奴の射を見て、命中した時としなかった時を確認し、その違いをチェック。

互いに参考にしながら、射方を修正していく。

この日の後半は、全体で5割以上の命中率まで上がった。


翌日には6割越えになったが、次の日は進展が無かった。そこで、全体の命中率について、悪い原因をまとめてみた。

一番目に騎馬の疾駆による上下の揺れ。これは、疾駆の際に、地面に足を着いた瞬間は振動が激しいが、浮いている間に射れば命中しやすいと気付いている。困難に思えるが、直ぐに慣れるだろう。アイツらが乗っているのは、単なる動物では無い。半身とも呼ばれる心が通じ合った軍馬だからだ。


二番目に左手で矢を放つ。

これに関しては、手の能力以上に、利き目の差があるようだ。

右利きの人間は、利き目も右が多く、弓を構えた際に右手は、右目の直ぐ近くに位置する。

これが、左手で射ると、利き目の右と離れてしまうため、実際の目標と少しズレたところを見ているらしい。ものは試しと左目を閉じて射たら、何人かは命中率が向上した。

これは、それぞれに合った方法を探させるしかない。


三番目に味方の直ぐ後ろから放つという心理的な重圧。

間違っても味方に当てる訳には行かないので、どうしても狙いにくい。

まあ、開き直って射たら味方に当たりましたじゃ困る。これに関しては駆けるスピードを合わせることで感覚を磨くしか無いだろう。


結論として、弓騎兵は実現できそうだが、使えるようになるには、もう少し時間がかかるって事だな。

こればっかりは慌てても仕方がない。

明日はヴィクトル達と合流する。半月の間、根を詰めて訓練をしてきたのだ。

明日一日は、美味いものでも一緒に食って、英気を養おう。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





馬蹄を轟かせながら、60騎が一丸となって進んでくる。

ヴィクトルを先頭に、極限まで密集して進む姿は、騎馬の群れと言うより、一匹の異様な怪物のようにも見える。


「随分と無茶をさせたみたいだな」


目の前で整列した姿を見て、思わず呟いてしまう。

全員の鎧の(いた)みが、訓練の激しさを物語っていた。


「逆だ。無茶をさせないように、手綱を引くのに苦労した」


ヴィクトルが、軍馬を降りながら苦笑する。

一週間は、ひたすら移動させ、残り期間は、隊を半分に分け、模擬戦闘をやらせていたらしい。

そうしてからは、ただ移動させた時よりも、密集するようになり、すれ違う際は、ほんの一瞬の間の混戦になっていたらしい。


「死人は出なかったか?」


「そこは、大丈夫だ。俺が言うまでもなく、防御を優先していた」


この集団突撃では、味方の損失は即座に戦力の低下に繋がる。

第一に、当たる人数の減少は敵への攻撃でなく嫌がらせに陥る。第二に先頭の俺が後方から攻撃を受ける。

極端に言えば、敵を倒さなくても、俺を後ろから攻撃されないように守れば及第点。その為には、無理に攻撃しなくても良いから、人数による圧力を加え続けることを重視している。


この辺りが、変に腕に自信がある奴を、隊に入れたくない理由だ。

仲間に任せず、自分が討つことを優先すると、そこから崩壊が始まってしまう。

だが、新しく入ってきた連中は、その辺りの自覚が十分にあるようだ。


「よし、その辺りを早く見てみたい気はするが、今日は自重しよう」


「助かるな。実は、ここに来てから良い匂いがしていて、落ち着かない」


「まあな、歓迎会の準備は万全だ」


ヴィクトルが笑いながら言うが、コイツ以上に、後ろにいる新入り達は、そわそわしている。

昨夜から骨を煮込んでスープを作り、今日は朝から罠にかかっていた獲物を解体し、腸詰めを作っていた。

匂いの元はスープと、腸詰めを燻製している匂いである。

おまけに串に刺した肉まで見えるので、この半月の間、兵糧の雑穀とチーズしか口にしていなかった食べ盛りの少年少女は、落ち着きを無くしていた。


「さて、お前等も楽にしていいいぞ。アルマ、コイツ等を頼む」


今や隊員たちのお姉さんと化しているアルマに新入りの世話を任せる。

別に乾杯の音頭を取ることは無いが、一緒に笑いながらメシを食えば、隊の結束も良くなるだろう。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「美味いな、コレ」


先程食った肝を茹でたモノも美味かったが、この腸詰めも(たま)らなく美味い。

齧ると弾力のある腸が破れ、肉汁が口の中で飛び散る。

その後は肉と香草の味が口の中に広がり、何時までも噛んでいたくなる。


普通の腸詰めだと、腸の食感は悪いし、中の肉もまとまっていない。たまに肉がまとまっていても、歯ごたえが悪い。それに、この肉汁だ。何をすれば、こうなるのかイグニスには分からない。

今まで喰ったことが無いし、変わった調理法で作ったのだろう。

どんなやり方か知りたくなって、ヤニスに聞いてみる。


「これ、どうやって作るんだ? 作ったの隊長?」


「いや、エリーザ副長」


「は? エリーザ様?」


異世界の料理方法だと思っていたら、まさかの主家筋の御令嬢の手料理だった。

アハロンは友人だったし、ゲオルゲは訓練所の後輩でもあったので、様の敬称は付けないが、エリーザは親しくは無い、純然たる主家の人間だ。

畏れ多い気がして、チラリとエリーザを盗み見ると、追加の腸詰を作っている最中だった。

手を使えないからか、隊長から肉や腸詰を食べさせてもらっている。


「え~と……そういう関係?」


やっている事は恋人同士に見えなくもない。

だと言うのに、何かが違う気がする。何かは分からないが、何か違う。


「動物にエサをやってるように見えるでしょ?」


それだ! と、思わず声を出しそうになった。だが、エリーザは、主家の人間。動物扱いは拙い。

危険な発言をしそうになった事もあり、答えた人間を睨む。

答えたのはヤニスではなく、ルウルだった。


「何でだろうね。エリーザ副長って、超美人で、名門のお姫様で、おまけに料理上手の栄誉まで手にしたのに。何か残念な感じになるんだよね。

 高見には行くんだけど、同時に墓穴まで深く掘ってる気がしない?」


「俺は、何も言わんぞ」


「作ったのはエリーザさんだけど、作り方を指示したのは隊長だけどな。

 肉の繋ぎになるって言ってウサギ使ったり、腸は一度塩漬けにしたりしてたぞ」


ルウルとの危険な会話から、どうにかして逃げたいと思っていたところに、ヤニスが作り方の説明をしてくれた。ヤニスも危険を察したのだろう。そこに全力で乗る。


「じゃあ、お前も作れんの?」


「いや無理。あの詰める作業で冷やす必要があるって。エリーザさん、魔術で冷やしながらやってる。

 俺には、あんなマネはできない。

 それに、先に食った肝だけど、あれも沸騰する前の温度で温めるんだけど、あれも無理」


イグニスも枯れ葉や枯れ枝に火を点けるくらいは出来るが、エリーザは騎士としての最低限の技量を超えた魔術も使えるらしい。

素直に凄いと思うが、ここで下手に称賛すると、ルウルに火を付けかねない。

もう、その話題には触れない。別の方向を走らせてもらう。


「でもさ、お前等、ずっとこんなの食ってたのか。羨ましいな」


「まあな。楽しかったぞ」


平然と答えるヤニスを、ルウルの他数名が睨みつける。


「そりゃあ、ヤニスはね。毎日毎日、隊長と楽しそうにしてたよね」


「ねえ、イグニス、あんたタヌキって食べたことある? もうね、我慢して食べたとして後が辛いのよ。知ってた? 暫くは口の中からタヌキの匂いがするのよ」


「何だよタヌキの匂いって?」


「コイツ等、最初は上手くいかなくて、食うもんが無くて、何でも食ってた。

 冬眠している蛇を取ってきた奴もいるぞ」


「それは、災難だったな」


「災難? 言っておくけどね。ただの空腹状態じゃ無いの。目の前では美味しそうに食べてる奴も居るのよ。 隊長とか副長とか、ヤニスとか爺様とか!」


結局、絡まれてしまった。爺様とは、もしかしてバルトーク殿の事かと聞きたかったが、興奮状態のルウルを止める術を知らない。

慣れてしまったのか、ヤニスは無視を決め込んでいるし、矛先がイグニスに向かってしまった。

もうヤニスには頼れない。リヴルスに助けを求めようと、視線を送る。


「この白い汁物も美味いな。凄く濃厚な味」


「イノシシの骨を、一晩以上、強火で煮込んで、骨が砕けるとそうなる。脳まで溶けてるぞ」


リヴルスは料理に夢中だった。救援は得られそうにない。


「へえ、じゃあ、この肉の表面に付いてるの何だ?」


「ああ、それな。イノシシの肉なんだけど、皮を剥がさずに毛を抜いたんだよ。その皮が煮込むとプルプルになる」


「毛を抜く? 千切れないか? まさか、一本一本?」


「いや、それも、先の肝を温めたくらいのお湯に、内臓を抜いたイノシシを入れるんだよ。

 すると、毛穴ってのが広がるらしい。そうしたら、ズルっと抜けるようになる。

 素手でずっと続けると熱いからシカの毛皮で手袋作って作業した」


「もう、お前、猟師になった方が良いんじゃね?」


「元々、そっちが志望だ」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「ふ~ん、獲物を仕留める精神性ね」


ヴィクトルがソーセージを齧りながら、俺の言葉に首を傾げる。

楽し気に騒いでいる隊員たちから少し離れて、俺はヴィクトルに、生き物を殺すのに向いてる奴と、向いてない奴の話をしていた。


ウチの隊員で言えば、ヴィクトルは全く躊躇が無いが、コイツは特別。抵抗の有無どころか、気にもしてない。エリーザもそれに近い。多分だが、上級貴族って奴の精神性なのだろう。

物心ついた時から、自分は特別だと教育されている。一歩間違えば、傲慢な精神性を発揮するが、コイツ等の場合は、見事に高潔さに昇華されている。


だが、下級貴族は違う。見習いになるまで多くが生き物を殺す教育を受けていない。

狩りをやっていたヤニスは別格として、殺すのに向いている者は多くない。アルマとルウルが、少しはマシなくらいだろう。

逆に向いていない者がダニエラとナディア。特にダニエラは酷い。気にしていなければ、本人も含め、誰も気付かないだろうが、生き物を仕留める際に一瞬だが躊躇(ちゅうちょ)している。


「俺は気付かなかったが、戦闘で一瞬とは言え、躊躇するのは良くないな」


「気付かなくても無理はないさ。一緒に実戦をしたのは、この前の一度だけだ。

 俺だって、この前は後ろから見ていたから、違和感が残ってただけだし」


そこに来て、今回の狩りをやらせた事で気付いた。それも、ダニエラが絞める姿を見ていなかったら気付いていなかっただろう。

或いは、ダニエラを前の遭遇戦でマイヤを救出させずに、戦っていたら気付いたかもしれないが、今となっては、考えても無駄だ。


「だから、問題がある奴は早めに見つけて、慣れさせたい。明日の朝は、新しく入ってきた奴に、鳥を殺させる」


山に、俺の世界では禁止になった、かすみ網の罠を設置した。

明日は鳥が捕まっているだろうから、それを新入り達に絞めさせる。

その様子を見て、抵抗が強い奴は、積極的に獲物を殺させて抵抗を削る。


「それって、慣れるものなのか?」


「多分だが慣れる。どうしても無理な奴は脱落だが、そこまで大袈裟な話の奴はいないだろうし」


俺の居た時代では、多くの日本人は生き物を殺すのが苦手だ。

だが、畜産関係の仕事をしている者は、屠殺しない者でも平気な奴が多い。

また、大人になって魚釣りを趣味にした者は、魚を絞めるのに、最初は躊躇するが、慣れると平気で大型の魚にも一気にナイフを入れて、綺麗に絞めるようになる。

要は慣れだ。


俺の祖父が若い頃は、最近の子供は意気地がない奴が多いと言う大人が居たそうだ。

だが、その台詞は江戸時代でも言われていたらしい。

生類憐みの令によって、生き物を殺さなくなったことにより、それまでの戦国の気風が消えた時代である。


その直前の代表的人物に水戸黄門で知られる徳川光圀が居る。彼は若い頃、友人に辻斬りをしようと誘われ、斬るのは可愛そうだが、臆病者と呼ばれるよりは良いと、辻斬りを行っている。もう、ドラマの好々爺の面影など微塵もない人物である。

だが、それが、この時代の人間のスタンダードだったのだ。


生類憐みの令によって、強制的に生き物を殺さなくなると、法令が無くなった後も殺さなくなり、古い時代を知る者に、意気地が無いと言われるようになった。

これが、戦争経験者と、戦後生まれの人間の違いらしい。


この世界では、現在、戦中生まれの若者たちだが、敵である魔族が問題で、奴らは数が少なく死に難い。

そのため、殺しに慣れている人間が驚くほど少ないのだ。

実際に、ウチの隊員100名以上いるが、魔族の命を絶った経験があるのは、先の遭遇戦を除くと10名もいない。

正確には、ヴィクトル、エリーザ、ジジィ、パペル、リヴルス、イグニス、エレナ、ルクサーラの8名。


ちなみにパペルは、現在、弓騎兵に転向中の一人で、決して強くは無い。

本人も、夢中で剣を振っていたら、知らない内に敵を討った扱いになっていたらしい。

他の面子も、あまり実感は無いと言っている。それだけ、魔族の生命力は異常と言われていた。

まあ、実際は気のバリアーを張っていたのだが。


「まあ、それも明日からだ。今日は気楽に行こう」


「そうだな。一日くらいは楽に過ごさせよう。どうせ、明日から地獄を見せるんだろ?」


いや、期待しているところ悪いんだが、どうやるか悩んでいる最中なんだよな。

最初は、厳しくすればと思ってたが、コイツ等って妙に順応性が高くて、苦しそうにしない。

まあ、取りあえず、明日は、俺が(なま)らないように、軽く相手をしてもらおうと思ってるくらいで、効果的な訓練方法が思い浮かばず困ってる。



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