ウインターキャンプ
森に移動後、キャンプベースとする地点を確保。そこそこ大きい川が流れており、その河原をベースに決めた。大量の小石があるが、鎧を着けたまま寝ている俺たちにとって、小石など何の問題もない。
平坦な場所で水も近いのだ。文句はあるまい。早速行動開始だ。
初日に罠を作って、翌朝シカを6頭、イノシシが3頭。ついでに何故かタヌキが1頭ゲット。楽勝過ぎる。ここの動物は、随分と警戒心が薄いようだ。
俺の作る罠は、ある程度に重量がある動物で無いと作動しないのだが、何かタヌキがデカい。まあ、正確にはアライグマとかタヌキっぽい動物なんだろう。
食えるのかとヤニスに聞いてみたところ、無理すれば食えるらしい。おまけに食った後が辛いとの事。でも、凄く美味いという奴も居るらしい。
つまりサイズが大きくても元の世界のタヌキと一緒って事だな。凄く美味いって言うのはアナグマの事じゃね? まあ、無理してまで喰う気は無いが、毛皮は貴重らしいので生かして確保。
それからは、イノシシを1頭、シカを1頭、生かして置き、残りでハムと燻製を作る。
毛皮を剥いで、解体を始める。毛皮は川に流されない様に縛って、流水にさらす。
シカは脂が少ないから、解体してしまえば問題ないが、イノシシは脂が多いので、上手く処理しないと長期保存は難しい。
塩を多くして、全部を食塩水にぶち込もうと思ったが、入りきれない奴は、小さめにカットして地道に塩を塗り込む。まあ、これはエリーザがほとんとやった。
「これ肉の臭みを消せる奴ッス」
途中で、ヤニスが、何種類かの香草を摘んできた。ローリエっぽいのもあるな。実際に良い香りがする。
遠慮なく使わせてもらう。
朝から始めたが、解体やハムづくりは時間がかかる。もう、日が落ち始めてきた。
「お、エリーザ、そろそろ良いぞ。取り出せ」
途中から、お湯に漬けていたレバーとハツを、エリーザが取り出し、まな板に載せる。
内臓は保存には向かないので食ってしまうしかない。
「それ、本当に大丈夫ッスか?」
「エリーザが温度管理をヘマしてなければ大丈夫だ」
「い、言われた温度を保ってましたよ」
ヤニスが心配そうな顔をする。普通は煮るのだが、俺がやったのは70度くらいの温度で長時間温める方法だった。
だが、これが美味いのだ。レバーもハツも生だと腹を壊すし、火を通しすぎるとボソボソとした触感になる。焼く場合は絶妙な焼き加減を要求され難しく、煮てしまえば必ずボソボソになる。
「お、良い感じじゃ無いか……うん。美味い」
まずは、塩だけ付けて自分で実食。プリプリの食感。完璧な仕上がりだ。
エリーザは魔法で、温度の変化ならある程度使えると言っていたが、便利な奴だな。
褒美に次はエリーザに食わせてやろう。
「ほれ、エリーザ」
一切れスライスしてエリーザの口元へ持って行くと、やたらと動揺しだした。そんなに食中りが心配なのだろうか。
暫く躊躇った後、ようやく口を開けたので、中に放り込む。
「ん? ん~!」
相変わらず、美味いものを食うと幸せそうな表情になる奴だ。
その表情を見てヤニスも一切れ口に入れる。
「美味いッス! これ、本当に美味い」
「だろ。この温度、覚えておけ」
レバーとハツを食い続ける。エリーザが横で口を開けて待っているので、タイミングを見て放り込む。
って、コイツは犬か?
つーか、量が多すぎて食いきれない。
「何だか幸せそうだよね」
「自分達だけ美味しいもの食べてさ」
そうしている内に、訓練に出ていた連中が戻ってきた。
その表情や態度から察するに成功者は無いか。まあ、最初から上手くいくはずも無い。
だが、出来て当然と思わなければならない。ここは煽ってやろう。
「何だ? お前らは食い物なしか? おかしいな。この森は獲物が豊富だぞ。現に俺たちは食いきれない程ある」
「だったら分けて下さいよ」
ハングリー精神を育てようとは思っているが、正直捨てるのはアレだし、初日くらいは大目に見よう。
それに、狩った獲物が美味いと思える方が、やる気も上がるだろう。
コイツ等も朝から食わずに頑張ってたみたいだし、残りのレバーとハツは食わせてやろう。
「仕方がない。まあ、全員で分ければ大した量では無いから、味わって食え」
獣のように食いつき始めた連中を無視して、俺たちは、残った骨を煮込み、朝食用のスープを作り始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「随分と優雅な生活じゃな」
朝食のスープを食っていたら、ジジィがやってきた。文句を言いながら、勝手にスープを注いで食い始めた。まあ、骨には肉が残っているし、ヤニスが掘った芋も入っていて中々豪勢なスープである。
「王都で何か問題は?」
「何もない。気にするな。そっちは? 他の連中は見えんが」
「朝から狩りに出かけた。ちなみに昨夜は収穫無し」
「まあ、そう簡単にはいかんじゃろ。冬は動物たちも動こうとはせん」
「何だ? まるで狩りを知ってる口ぶりだな」
「戦争前はな」
戦争が無い頃は、魔物を狩りに森に入っていたことがあったらしい。
そんな時は、猟師を案内に付けるので、話を聞くこともあったそうだ。
魔物か、少し戦ってみたいな。
「この森には、結構な魔物が出るのか?」
「居るには居るが、魔物とてバカでは無い。お前さんみたいな化け物が居るのに、近付く魔物など居らんよ。魔物という奴は普通の動物以上に危険な相手には鼻が利く。
かと言って、動物がバカという訳では無いぞ。狩りに出とる小僧共の手伝いをしたいと思うなら、貴様は動くな。貴様が近づけば動物共は怯えて隠れる。狩りの邪魔にしかならん」
「散々な言いようだな」
「事実じゃ。いい加減自覚せい。さて、代わりにワシが小僧共に助言してくる」
「ああ、行くなら、これを持って行け。毛皮屋に渡してやれ」
どうせ途中でバックレるだろうから、毛皮とタヌキを押し付ける。
ジジィが去った後は、ヤニスが単独でシカを狩りに出かけた。俺とエリーザは、黙々と胃と腸の洗浄。
これを捨てるとヤニスが五月蠅い。何かもつ煮込みを食いたくなったが味噌が……
らしきものはあるんだが、なんか違う。兵糧でたまに支給されえるが、そのまま食える豆の保存食って感じだ。あと少し、何か手を加えれば味噌になりそうな気はするが、そこまでして食いたいとも思わん。
そうして、ヤニスが狩ってきたシカを、解体して肉を薄切りにして干し肉を作る。
ハムなんかと違って、こちらは手間が少ない。どんどん作ろう。
そんな生活を続けながら、一週間も経つと、獲物を狩ってくるチームが現れ始めた。
最近は、ヤニスも必要以上にシカを狩らないので、分け前も無くなって空腹状態になっていたのが効いたのか、ウサギがメインだが、小動物を射てくるようになった。
どうやら、ジジィがウサギの巣穴の見つけ方を教えたらしい。そこを刺激して飛び出したところを狙っているようだ。
「お? それアナグマじゃないか」
「え? タヌキじゃ無いんですか?」
「ああ、見た目はそっくりだが、タヌキと違って美味いぞ」
暗い表情をしてるトウルグとナディア達のチームを見るとアナグマを狩っていた。どうやら、タヌキと思っていたようだ。それでも空腹に耐えかね、狩ったらしい。
まあ、タヌキとアナグマは似ている。アナグマはムジナとも言われ、同じ穴のムジナとは、タヌキとアナグマが同じ穴で生活する似ている動物と言うのが語源である。
実際にアナグマは美味い。タヌキ汁が美味いと言われたり不味いと言われたりするのは、ムジナ(アナグマ)をタヌキと誤認して作った場合は美味いという身も蓋もない落ちである。
いや、現在ではムジナはアナグマの別名として認識されているが、昔はタヌキもムジナの一種であったり、ややこしい。
ヤニスに確認すると、ヤニスも区別が付いてなかったようだ。まあ、写真もないし、この世界では、狩りでのみ生活しているレベルの猟師で無いと、違いが分からんのだろう。
「本当ですか? もう無理して食べようと思ってたけど」
「まあ、脂が多すぎるが、タヌキみたいな臭みは無い。シカやイノシシより好きだって奴もいる」
大喜びで解体を始めたが、あまりの脂の多さに引いているようだ。
脂身の少ないウサギを狩ってきたチームに分けていた。
……シカも脂少ないよな。それとウサギって挽肉にすると粘りが強くなるし、よし、ハンバーグを作ってみよう。
そんな事を考えながら、最初に罠で狩った肉の塩漬け期間が来たので、乾燥させる。
明日は燻製や湯煎の熱処理だな。
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「最近、ワシが王都で何と呼ばれているか知っておるか?」
キャンプ生活11日目。今日もジジィが来たら、いきなり変なことを言い出した。
「知るか。それより、言われたものを出せ」
「ふん。毛皮の運び屋だ。全く」
「感謝しろ。今日もその名声を落とさないだけのブツは用意してある」
ヤニスの奴、シカを狩る必要が無いと言われると、今度はテンを狩ってきた。
肉はまあまあだが、毛皮は高級品だ。別に金を稼いでる訳ではないのだが、軍費の足しにと言ってジジィに渡している。
切っ掛けは、片手剣を配給された辺りからか。この時は流石にジジィも一人ではなく、運び手として何人か連れてきたので、隊員たちも驚いていた。
支給された片手剣は、従来の太刀と基本は同じ形だが、短くした分、幅を広くし、すっぽ抜けないようナックルガードを付けてある。完全な特別仕様だ。
ヤニスは剣だけでなく、自分の弓が特別仕様なのも、少しは気にしだしたようだ。
同時に他の連中も、自分たちの部隊が、如何に優遇されているか、考えだしてる。
「それで、収穫は?」
俺が依頼していた腸詰め用の金属の漏斗を渡しながら、ジジィが聞いてくる。
俺は無言で、指を差し、それを見て、溜息を吐いた。そこには、イノシシとシカの毛皮が大量に積まれている。
「あ奴等、獲りすぎであろう」
「流石に自重をするように言った。アイツ等の慣れもあるが、軍馬が慣れだした。シカやイノシシが通る道を進むようになった。それで、追い立てる役割が下手な猟犬より優秀になったみたいだな」
「戦争は平地でするもんじゃぞ」
「だよな……だが、平地で動物を狩るには南に行かなきゃならないし」
この世界はヒツジの仲間は生息していないが、南には野生の馬や牛の仲間が生息してるようだ。
そいつらを相手した方が訓練にはなるが、騎射には十分慣れてきているので、わざわざ南まで行く意義が無い。
「まあ、そろそろヴィクトルと合流だし、何とかなったと思えばいいさ。別に悪い結果では無い。
いい加減に森での狩りは止めて、平地で訓練を始めようと思う」
「それが良かろう。これ以上やると変な癖が付きかねん。今日にでも切り上げろ」
「分かった。そうするよ。今日は少しゆっくりして行け。美味いもんを食わせてやる」
ちょうど良い。ジジィが持ってきた漏斗があれば、腸詰めが出来る。最後の食事に全員に振舞ってやろう。
材料はシカの腸にシカの肉とアナグマの脂、繋ぎに粘着性が高いウサギの肉を念入りにミンチにする。
イノシシでも出来るが、そっちは、ヴィクトル達が合流してから、全員で食おう。
「エリーザ、俺が刻んだ肉を、冷やしながら混ぜてくれ」
「この前、作ったハンバーグを作るんですか?」
「いや、腸詰め作るぞ」
「腸詰めを作っているところは見たことがありませんが、冷やすのですか?」
「まあ、お前って貴族だし、普通は作らんよな。だが、冷やしながらの方が美味くなるから、お前がやった方が良いはずだぞ」
俺の指示に従い、エリーザは温度変化で冷やしながら材料を捏ねる。
その間に、腸を漏斗の先端に通して、準備が終わった段階でエリーザが捏ねていた肉を腸に詰めていく。
1メートル程になったところで切り、エリーザと交代。
その切った腸詰めを途中で何か所か捩じり、フランクフルトサイズにしてからボイルする。
俺が前に作った時は、アナグマではなくイノシシの脂だったし、香草も胡椒なんかが入った向こうの調味料だ。まあ、調味料は手に入らないので、味見をして薄ければ塩を足すか、濃ければ肉を入れるかぐらいしか出来ない。幸い、エリーザは腸詰め作業に苦戦しているので、今なら味の調整は間に合う。
火が通ったところで、一本切り取って味見をする。
「ん、少し薄い気がするが、大丈夫か。エリーザ」
俺が出来たソーセージを差し出すと口を開けたので、咀嚼できるくらいの量を口に入れると、噛み切って味わい始める。
うん。その表情は満足な表情。成功らしい。飲み込んだ後、再び口を開けたので同じように入れる。
「よし、ジジィも食うか?……って、どうしたんだ?」
何か変な表情だ。俺とエリーザを交互に見ながら不思議そうにしている。
良くわからんが、エリーザが、まだ口を開けているので、ソーセージを突っ込んだ。
周りから見ればイチャイチャしているように見えるが何かが違う。




