新隊員
模擬刀を手放すと、リヴルスは笑いそうになるのを堪えた。
だが、周囲からは我慢できずに漏れた笑い声が聞こえている。その一人であるイグニスに話しかける。
「いや、酷い死に方したな」
「ああ、本気で攻撃を続けられたら、身体の原型も残らなかっただろうな」
話には聞いていた。過密状態での突撃。連続攻撃が一斉攻撃に限りなく近づく。
想像はしていたし、予測と大きくは変わらなかった。
だが、いくら頭の中で想像はしていても、その重圧は実際に経験してみないと分からない。
リヴルスのいる新規参入の60騎が、エリーザの率いる50騎と模擬戦闘。
結果は、ものの見事に蹴散らされた。わずかな時間で全滅。もう笑うしかない程の惨敗だ。
「よう、お前等、揃って楽しそうだな」
戦闘が終了した、エリーザの隊が近づき、そこにいるヤニスが声をかける。
周囲でも感想や雑談が交わされている。
「凄かったよ。実際に経験すると圧力が凄まじいな。ゲオルゲにでも勝てるぞ」
「いや、そうなったら後が怖い。何度も再戦を要求してくるぞ」
確かに、ゲオルゲなら、どちらかが倒れるまで要求するだろう。それを想像して笑みが零れる。
だが、そう考えるのが、ゲオルゲだけだと思うのがヤニスの甘いところだろう。
「エリーザ様、模擬戦闘は一回だけでしょうか?」
「いや、決められてはいないが、何だ? まだやりたいのか」
「はい。もう少し経験したいと思います」
イグニスがエリーザに模擬戦の継続を願い出る。新規参入側に反対意見は無い。
許可を得るため、イグニスとダニエラが戦闘を見守っていた隊長の元へと馬を走らせる。
「なあ、どれだけ続けるつもりなんだ?」
「俺は、続けられるだけ続けたい」
「正気かよ」
何人かが、うんざりした表情をするが、新隊員側は一人も拒否するものはいなかった。
そう、待つまでもなく、イグニスとダニエラが戻ってきた。
「気の済むまでやれとさ。ただ、ムキにってバカはやるなとの仰せだ」
「了解した。よろしいですかエリーザ副長」
「ああ、一旦離れる。攻める合図はこちらから出すぞ」
「はい。ですが、少しだけ、作戦と言うか、こちらの方針を決める時間をください」
「分かった。話し合いが終わったら陣を組め」
「了解です」
エリーザの隊が離れた後、意見を聞こうかとも思ったが、先に自分の考えを告げる。
「流石に両側から攻められては無理だし、“今後”の事を考えても意味は無いと思う。
だから、二列の縦陣で迎撃したいと思う」
「何。勝つの?」
エレナが、不敵に、だが、何処か不機嫌そうな声で問いかける。
彼女は14歳とリヴルスより一つ年下で、背も平均より低いので実年齢より幼く見える。
だが、この中にいる女性では一番の使い手だろう。既に勝ち方を分かってる。
「まさか。勝てる見込みはあるが、アイツ等を倒して意味があると?」
「じゃあ、アイツ等みたいに間合いを詰めるわけじゃ無いんだね?」
「ああ、密集しての迎撃なんて、したいとは思わんさ」
あの部隊の強さの秘訣は、超密集状態での移動だ。よく、あれだけ密集した状態で駆けることが出来ると、素直に感心する。
その動きが最初の一人を迎撃している間に、次の者が攻撃を出すことを可能としている。
だが、駆けさえしなければ、向こうと同じ間合い、いや、それ以上に密集して迎え撃つことが出来る。
相手の先頭はエリーザだろう。そのエリーザが先頭のリヴルスと剣を交わした直後、向こうの二段目がリヴルスを攻撃したと同時に、こちらの二段目もエリーザを攻撃できる。
つまりは条件は全く一緒になるのだ。
「二列縦陣で縦の幅は大きく開ける。二列目以降も相手の体勢が十分に整った状態で迎撃だ。いや、2騎が順番に、横陣で突撃した方が良いな。
向こうも二列で来たとして、全員が1人で25人の攻撃を受けきるぞ」
「無茶言うね。最悪、一列縦陣で来たら50騎だよ。それに片方がやられた時点で両側から攻撃を受ける」
エレナの笑いながらの呟きに、全員が笑顔を浮かべる。
「それにさ、リヴルスなら分かってるよね? アイツ等の強さは、もう一つある。
あの剣さばき。短く、鋭く、最小限の動きで攻撃も防御もやっている。あの速さで動くと、大きく振っていたら隙だらけで次の敵と御対面だからね」
「もちろん分かってるさ。だからこそ、その技術をここで習得する。アイツら以上に使いこなす。
ここでの勝利に意味は無い。俺たちにとっての勝利とは、魔族のクソ野郎どもを切り刻むことだ。
それを念頭に入れ、先ずは高速で駆けながら、魔族の攻撃を全て打ち払う訓練だと思おう」
この戦法の肝はそこだろう。高速で突撃しながら、先ずは相手の攻撃を確実に払う。
大きく払ったら、次の攻撃に対処できない。受け止めるのは論外。流すのも剣の向きが固定されるので良くない。よって、短く、鋭く、最小限の動きで相手の攻撃を弾く。
「良いね。私は乗るよ。みんなは?」
「やるに決まってんだろ」
「イグニスみたいなのは苦労するよ。貴方は薙刀を大きく振り回してナンボの戦い方だし」
「それでもさ。現に、薙刀を大きく振り回すより、有効な戦い方が目の前にあるんだ。
普通はそっち取るだろ?」
「反対意見が無いなら、二列縦陣の隊列を組むぞ。
最初は密集状態。だが、直ぐに広げて、こちらの意思を伝える」
「応!」
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「思い切ったなぁ」
2騎で突っ込んでは、倒れていく新隊員を見ながら、思わず呟く。
無謀な突撃かと思ったが、逆に訓練だと割り切っているようで、勝利より技術の習得に意識が向いている。
この戦い方で必要な動きは分かっているようで、武器を小さく、そして鋭く動かそうと意識している。
だが、頭で分かっているからと、直ぐに実現出来るわけでは無い。
「だが、何時まで続ける気だ?」
心意気は買う。むしろ、良い連中が来てくれたと、先程から笑みが収まらない。見る限り、全員が前から居た連中よりセンスがある。特にリヴルス、イグニス、女性ながらエレナとルクサーラは、エリーザでも油断できない実力がある。
エリーザの弟に叩きのめされたらしいから、謙虚すぎるのもどうかとは思っていたが、鼻っ柱の強さもあるようだ。最初に密集状態を取ったのも、勝とうと思えば勝てるという意思表示だろう。
「なあ、何時までやらせる?」
隣で一緒に見学しているヴィクトルとジジィに聞いてみる。
「やる気は買いたいんだがな……」
「時間の無駄じゃ。さっさと止めさせよ」
「ジジィ、サボりまくってたくせに、酷えこと言いやがるな」
このジジィは凱旋の行進からパーティまで全部、バックレたのだ。
自分が居ると委縮する者が多いと言い訳をして逃げやがった。
一応は事実のようで、会場で聞いたが、アーヴァング元帥を始め、ティビスコス将軍以外は全員がジジィの教え子になるらしい。昔から鬼教官だったそうだ。
だが、逃亡は罪である。
おまけに、このジジィは、下級貴族出身でありながら、功績を認められ王都に屋敷まで賜っている。俺たちが苦労している間、屋敷で寛いでいたのだ。許せるわけがない。
「事実じゃ。こんな所でちんたらと、やりあってどうする?
それより、早う、外に出て、馬を走らせろ。剣を振るのは駆けながらじゃ。しかも、他に合わせて駆けねばならん。
じゃと言うのに見てみい、迎撃に意識が行っとるせいで、駆けるのが遅くなってる者が出てきておる」
「そこなんだよなぁ」
俺とヴィクトルは、新兵たちの気持ちを尊重したい考えだが、ジジィの言う通り、このまま続けさせるのは良くない状態なのだ。
心意気が若干空回りしている。確かに剣の訓練には良いが、集団突撃では、自分のペースを守るなんて出来ないから、変な癖が付きかねない。
必要なのは、周りのスピードに合わせる事と、その中で剣を振り回す事。
「問題は、どう言って止めるか……」
お兄さんとしては、若者のやる気を否定したくない。
この戦法の重要ポイントを見抜いているし、本当に優秀な連中なのだ。
それを頭から否定して、やる気を削ぐのは愚の骨頂だろう。まあ、簡単にやる気が無くなるような連中では無いだろうが……
「お主が相手をしてやれ」
「俺が?」
「自分たちが、どんな化け物の尻を追いかけるのか、分からせてやれ」
「本気で酷え言い草だな。俺の心は繊細なんだぞ」
言いたい放題だ。更にムカつくことに、毎度の事ながら、このジジィの言うことは正しい。
俺と手合わせを命じれば、訓練を中断できるし、何よりも、この戦い方を、より鮮明にイメージできるようになる。
「行くか、安綱」
軍馬の首筋を撫でると早く暴れさせろと、意思が伝わってくる。俺の半身も、大人しく見ているだけと言うのは、性に合っていなかったようだ。
「穏便に訓練を中断させてくる」
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「あれの何処が穏便なんだか」
ヴィクトルは苦笑しながら呟き、タケルを煽ったバルトークに視線を送るが、声が出なかったので、無視することにした。
タケルは、あのまま訓練中に突撃して、新隊員たちを次々に軍馬から叩き落していく。
全員を叩き落したところで、再度騎乗させた。今度は正面からねじ伏せるつもりらしい。
普段なら悪態を吐いている。ヴィクトルも怪訝な顔をするが、意に介さなかった。いや、その余裕がない。
咳が出そうだった。それも一度咳き込むと中々止まらずに、血が混ざった痰が出る。
誰にも悟られないようにしてきた。今更、知られたくは無い。病人として同情されるのが嫌だった。
何とか、咳が出るのを抑え込むことに成功すると、改めて訓練の風景を見守る。
リヴルスが、タケルの圧倒的な能力を見せられても委縮することなく挑んでいる。
それを見たところで、彼らの今後の訓練の方針が気になって、担当するヴィクトルに質問する。
「それで、小僧共の訓練は、どうするつもりじゃ?」
「最初は予定通り、密集状態での疾駆に慣れさせます。ただ、アイツ等みたいに才能がある連中は、そう言った単純な行動は苦手だと思っていたのですが、どうも見込みが甘かったようです。
ですから、早めに半数に分けての模擬戦をやらせます」
「そうよな。あの小僧共なら、密集状態での疾駆が仕上がるまで続けるより、不完全でも戦闘をさせた方が、より密集しようとするだろうな」
以前のヴィクトルなら、愚直に最初に決めたことを貫くだろうが、随分と柔らかくなった。
今度来た新人は、今居る者以上に強くなることに貪欲であり、そのためなら単純な繰り返しでも苦としないだろう。
これで反発してくるようなら、無理にやらせて精神を鍛えるべきだが、そうでない以上は効率を優先すべきだ。強くなる方向を提示するだけで良い。喜んで食らいつくだろう。
「中々に貪欲な連中よな」
「確かに、あの連中は少し隊長に似てると思います。非常に強さに貪欲ですし、傲慢さが無いので、吸収が早い」
「バカを言え。アレは別格じゃ。貪欲などというものでは無い。狂っておる。心底狂ってる」
ヴィクトルの甘い認識に吐き捨てるように応じる。
昨日、ディアヴィナ王国から帰還したヴィオレッタに勇者の事について報告を受けていた。
召喚される条件から考えても、タケルは平和な生活を嫌い、剣を振り回す戦争がしたくて、ここに来たと考えて間違いないだろう。
更に、成人、しかも、勇者ほどの高い魔力を持つ者が、武神の力を習得する困難さ。
鍛えたのはバルトーク自身だし、相当の痛みを感じているのは察していた。
それを、あちらの世界の人間の性質かと考えていたが、話に聞く限り、あちらの世界の人間は、むしろ痛みには弱い者が多いらしい。
常識が歪んでいる。想像以上に危険な思考を持っていると考えていいだろう。
そんな狂人を鍛え上げた結果が、今のタケルだ。
いや、鍛え上げたというのは間違いだろう。ただ、怪物にエサを与えて、肥えさせてしまっただけかもしれない。
「バルトーク殿は、隊長の話をしていると、本当に楽しそうですね」
「ワシが?」
「気付いてなかったのですか? 悪態を吐くわりに、目が穏やかになってますよ」
心外だった。王とヴィオレッタもタケルの危険性を知りながら、危機感を抱いていない。
だから、自分が警戒しなければならないと考えていた。
「勘違いじゃな。あ奴を見ていて楽しい理由などない」
「そうですか? 隊長の事は嫌いですか?」
「は?」
タケルの事は勇者として、鍛える対象であり、魔王と似ていると気付いてからは、警戒の対象だった。
好きか嫌いかなどと考えたことも無かった。
「何となく、本当の祖父と孫みたいだと思って見ていたので」
「何をバカな」
吐き捨てながらも、そう言われて不快感を感じなかった。
タケルの事は危険だと思いながら、排除しようという方向で考えた事は一度もない。
危なっかしい性格の、あの男を何とかしなければという思いがあっただけだ。
それでは、まるで話に聞いたタケルの祖父の行動ではないか。
「冗談ではない。ワシは帰るぞ」
「帰るって……隊長に怒られますよ。アイツ、バルトーク殿が居ないと不機嫌になるんですから」
「知らん」
ヴィクトルの声を無視して、屋敷への道へ軍馬を進める。
あと、どれほど生きることが出来るか。その間にタケルに新しい鎖を付けることが出来るのか。
そう。危険な男だから鎖を付けるのだ。
それがタケルのためになるのかは自信が無い。ただ、必要だからやる。それだけを考え続けた。




