旧友達
前回に引き続き
「おう、寝坊助」
「悪い、待たせた」
「良いさ、事情は聞いてる。ここに来る途中、ナディアと会った」
ヤニスが大兵舎の中にある休憩室へ行くと、待ち合わせ相手のリヴルスとイグニスは、先に来てくつろいでいた。
大兵舎の休憩室は、休暇中の騎士が待ち合わせに使うことが多い。
そこには、何人か同じ隊の面子と見知った相手が居た。目的は同じらしい。
「先ずは、何か食いに行こうぜ。王都で食うのは久しぶりだろ?」
イグニスの提案に賛成して兵舎を出て、南門へ向かう。
「ナディアに聞いたが、晩餐会では随分と緊張してたみたいだな」
「緊張なんてもんじゃねえ。俺に宮殿なんて場違い過ぎる」
「いや、行進の時も緊張してたろ。ガチガチだったぞ」
昨日の出来事を揶揄われている内に、南門に辿り着いて、市街地へと出た。
久しぶりに見る王都の街並みは、前に見た時よりも活気にあふれていた。
「今日って、何かあったか?」
「今日だけじゃ無いな。お前んとこの隊の活躍を聞いてから、国全体が活気付いてる」
今までは、いくら勇ましい事を言っても実績が伴っていなかったため、民衆も不安だったのだろう。
このままでは、魔族に支配されるだろうと恐怖に怯えていた。
だが、今回の勝利で、本当に勝てると考え始めて活気付いてるらしい。
「お前んとこって、もう、お前等もだろうが」
「いや、俺たちの配属は明日からだし。まあ、よろしくな先輩」
「お前らが後輩って柄かよ。って、何か新しく来る奴って知った顔ばかりだな」
昨夜、やっと解放されると思いながら、宮殿を出る際に聞かされた、新しく配属される追加の60名は、ヤニスが訓練所に居た頃に知り合いになった者ばかりだった。
「みたいだな。今いるのも、多いんだろ?」
「40人が同じ歳で訓練所の顔見知り。年上は9人だけで、それもトウルグさんとか、俺が入った年まで居た人が居るし、リヴルスだったら全員知ってるかも」
「何か狙ったのか? 勇者の配下になる条件とか聞いたことある?」
「知らねえ。お前等こそ何か聞いて無いか?」
「知ってたら聞かねえ」
「まあ、答え合わせ出来ないもんを考えたって仕方ないさ。それより何喰う?」
「屋台のもの適当に買おうぜ。店に入るより良いだろ? って、ヤニスは兵糧生活だったから店が良いか?」
「いや、カラファト城じゃ、普通に食えてた。俺も久しぶりに屋台の串が食いたい」
3人で屋台の並んでいる方へ向かうと、良い匂いがしてきた。
前に来た時より、出ている屋台の数も多く、中身も充実している気がした。
肉だけでも、牛、シカ、猪豚、家禽、野鳥もある。他に根菜を焼いたり蒸した料理。
「何か悩むくらいあるな」
「まあ、噂に聞く穀物を使った料理は無いがな」
魔族に領土を奪われ、それでも救えるだけの民は救っているので、生産量に比べ消費量が増えている。
だが、王国では南方で耕地を広げて食糧難に備えていたため、現状では飢えるような状態では無い。
それでも、食糧難の危機に備え、穀物だけは王国が完全に管理して配給制になっている。
そのため、ちゃんとした店では流石には穀物を使用した料理も出しているが、屋台では穀物を出せない様になって10年以上経っていた。
当然、彼らは食べたことなど無い。
「穀物を使った料理か……まあ、食ってはみたいが、飢えるよりマシかな」
「だな。お? あれ美味そう。俺は串より骨付き肉だな」
ヤニスも、猪豚のあばら肉と、本命の腸の串を注文する。
腸は好みが分かれるが、ヤニスの好物だった。口に入れた時の脂のとろける感触と、筋っぽい硬さが癖になる。
「やっぱ、美味いな。こんなの訓練じゃ食えないし」
リヴルスがシカの串肉を食べながら呟く。
明日からの訓練の内容を、既に聞いているのだろう。暫くは兵糧だけの生活だ。
「俺たちは食ってたけどな」
これは食えない奴と思いながら、腸を口に入れる。
隊長と一緒に狩りをしたが、絶食させていない獣の腸を、食べれるようになるまで洗う余裕は無かった。
泣く泣く土に埋めながら、訓練が終わったら思いっきり食べようと心に誓っていた。その願いが叶ったのだ。
「ちょっと待て。何で訓練中に干し肉以外を食えるんだよ」
「隊長と一緒に狩りをした。って言うより、最初は隊長だけがやってたな。俺は慣れない内は、死んだように寝てたから」
「何だ? 勇者殿って狩りをやるのか?」
「やる。しかも、罠を作るの上手いし。生きたまま縛り上げるから、血抜きも下手な肉屋の肉より綺麗に抜けてる」
「何だか勇者殿の印象が変わっていくな」
「だから、勇者殿じゃなく隊長」
隊長を勇者殿と呼んでいる者は一人もいない。
隊が結成される前から交友があるエリーザとバルトークが名前で呼ぶだけで、他は全員が隊長だ。
その理由が勇者と言うと、おとぎ話などで習った勇者との差がありすぎるのだ。
そのため、自然と隊長と言う呼び方に落ち着いた。
「まあ、親しみやすいのは確かだぞ。肩ひじ張らなくても良い。ルウルなんて結構な暴言吐いてるけど、笑ってるし」
「ルウルか、アイツって相変わらずのお調子者か?」
「ああ、変わらん。まあ、アイツが居ると隊の空気が明るくはなるな。隊長に暴言吐く時も空気は読んでるから、笑われるか、たまに頭を叩かれるくらいだし」
「う~ん、でも、強いんだろ? 怖く無えのか?」
「そうだな……強すぎて実感が分かんねえからかな。怖いとかマヒするな」
「ゲオルゲの時みたいな感じ?」
「あれより酷い。怖かったけど、ゲオルゲには、ある種の憧れって言うか、見習いたくなる気がしただろ?
でも、隊長には見習おうなんて気はしない。もう強さに関しては呆れるというか笑えるというか」
「例えば?」
「槍…隊長の使ってる鉾みたいな武器な。それで一撃で魔族の頭を吹き飛ばしたり、素手で殴って失神させたり、魔族みたいに、剣の攻撃を跳ね返したり……嘘じゃないからな」
信じてない視線を受けて、一応は言っておく。だが、実際に見るまでは誰も信じないだろう。
「今から、あれこれ想像しても、あまり意味は無いさ。どうせ明日には見るんだし、楽しみにしておけよ。
それより、土産に何か買っていくか?」
「そうだな。食い物は良くないだろうし、酒を喜ぶ感じでもないし……」
「定番は花だろ?」
「俺たちが持って行って喜ぶと思うか?」
リヴルスの真っ当な意見に、イグニスが冷たい視線で応じる。
ヤニスも同意見だった。
「俺もお前らに花なんか持ってこられたら嫌だな。それに花なら女連中が持って行くだろ」
「そ、そうだな。じゃあ、何が良いかな……」
三人で悩むが、碌な意見が出ない。
結局、土産は次の機会まで待ってもらい、今回は約束だけしようという意見でまとまった。
「さてと、行くか」
足をそのまま、西へと向ける。王城と市街地の中間には、中心の南門から見て、東は国の式典や民衆の慶事まで取り仕切る巨大な神殿があり、西は、神殿の出張所と言うべき小型の神宮と管理している墓地があった。
その墓地が、今回の目的地だ。
「あれ、アハロンの……」
墓地へ向かう最中に、見知った神官の少女が見えた。
声をかけようかと思ったが、話したことはない相手だ。どうするか迷っている内に、神宮の中に入ってしまった。
「彼女への連絡なら、エリーザ様がしているはずだ。親しくしていたらしい」
ライヒシュタイン家の情報に詳しいイグニスが、そう言うならと、目的地の集団慰霊碑へと歩みを進める。
魔族との戦いでは、遺体が戻ってこない事が多く、仮にアハロンのように遺体を連れ戻っても、遺体は領地の墓地へ埋められるため、王都では集団慰霊碑を戦死した者の墓として扱っていた。
慰霊碑が見える所まで近づくと、そこには先客として、隊の仲間のナディアたちと、新しく入る予定の少女たちが集まっていた。
「よう。お前等も今だったか」
「ええ、それに、先程までエリーザ副長もいたわよ。ダニエラもね」
「ああ、それでか、来る途中、あの神官の子を見たよ」
「うん。彼女も一緒だったよ」
ヤニス達も慰霊碑の前に立つ。今日は複数の花束が供えられていた。瓶もあり、ヤニス達が止めた酒を持ってきた者も居るようだ。
凱旋してきて、祝いの席で誰かが漏らした言葉。多分、ルウルだったと思う。
「アハロンやゲオルゲが聞いたら、どんな顔をするかな」
アハロンは絶望的な状況を経験し、勇者に賭ける気になっていたらしい。
その人柄は皆に愛されていて、隊の最年長であるアルマも訓練所で、1年間だが一緒に過ごしている。
彼に勇者の事を伝えたいと思った。お前は賭けに勝ったと。
そして、ゲオルゲは、間違いなく、この隊に興味を抱き食いつくだろう。
もしかしたら、あの笑うしかない強さをも自分の糧にしたいと、隊長にくっ付いて離れないかもしれない。
そんな事を想像すると、勇者の事、隊の訓練の事、今回の勝利、そして、追加の隊員も一緒に過ごした顔ぶれである事を伝えたくなった。
「まあ、先に来た連中から聞いてると思うけど、色々あって、この顔ぶれで一緒に戦う事になった。
結成式みたいなもんかな。バラバラだけど」
思えば、訓練所での生活は、この兄弟が中心だった。アハロンは親しくなる前から、訓練生の揉め事を解決していた。
アルマに聞いた話だと、アルマの同年で、アハロンと入れ替わるように騎士になった、長男のヴァシレという人が居て、訓練生を引っ張っていく豪快な人だったらしい。
そして、意識の変革をもたらしたゲオルゲ。
慰霊碑の前で、アハロンとゲオルゲに向かって語り掛ける。
「何か手土産を持ってこようと思ったんだけど、良いのを思いつかなくてな。お前等酒は飲まないし、食いモンは獣を呼び寄せるから禁止されてるし、おまけに俺とリヴルスとイグニスからじゃ、花を貰っても気持ち悪いだろ、だから、悪いけど手ぶらだ。
でも、今度来るときは、魔族をぶっ殺して、その角でも持ってくるよ。それの方が嬉しいだろ?」
彼らに素直に感謝を告げることが出来ない、不器用な自分たちの感謝の気持ちを表す贈り物を送ると約束する。
そして、同時に宣誓でもある。今度も勝って、生きて戻るという誓いの言葉。
「あれ? アンタ等も今だったんだ」
心の中で宣誓をした後、覚えのある声に振り向くと、予想通りルウルだった。一緒にアルマと新しく隊に入る予定の顔ぶれがあった。
ルウルはアルマと仲が良いこともあるが、新しく入る者達と、距離が少しでも早く近づくようにと計らったのだろう。
「さてと……」
ルウルが慰霊碑の前まで来ると、背負っていた大きな袋を広げ始める。
そして、そこから取り出したものを見て、ヤニスは絶句してしまった。
「おい、ルウル……それって?」
「ん? リヴルス、おひさぁ~。これ? お目が高いね、魔族の角だよ。珍しいでしょ?
ウチの隊長って、頭が少しおかしくてさ、魔族の解体とかしちゃうんだよね。リヴルスとイグニスも、ウチに来るんだから、そこは覚悟しといてね~。
まあ、そこは置いといて、そん時さ、記念になるかなぁって、角だけ貰ったんだ。
最初は部屋に飾ろうと思ったんだけど、やっぱ気味が悪くてね。で、コレどうしようかなぁ~、捨てるのも拙いし、誰かにあげようにも、こんなの喜びそうなのいるかなぁ~、って考えてたら、ゲオルゲの顔を思い出してね。あの子、こういうの好きそうな気がしたのよ。
じゃあ、この際だし、慰霊碑に置いといたら、みんな喜ぶかなぁ~、って思ったんだ」
怒涛のように喋り続けるルウルの言葉に唖然としながら羞恥に耐える。
先程、言った自分の言葉が恥ずかしい。今度は魔族の角を持ってくると決めた自分が恥ずかしい。
同じ考えだったリヴルスとイグニスは良いとして……あ、ナディアたちが笑いを堪えている。
「あれ? どうしたの? 顔が真っ赤だよ?」
「な、なんでもない」
世の中には、ルウルのような人間が居るのだ。奇をてらったものを考えても恥ずかしい結果になる。
今後は、こういう時は無難なものにしようと考えを改めた。




