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根之堅洲戦記  作者: 征止長
戦闘狂が率いる部隊
32/112

宮殿なんか似合わない

つ、疲れた。本当に勘弁してほしい。

王都の門をくぐった途端に大歓声で迎えられた。

中央通りを真っ直ぐ北上するだけだったが、考えてみれば王都って滅茶苦茶に大きかったんだ。

うんざりしそうな表情を見せないように、気合を入れて正面を睨んで、やり過ごした。


何とか、宮殿に辿り着きマイヤを引き渡して、一息ついた後に気付いたが、城内では下級騎士と見習いが見守っていたはずだ。

言わば、城内の中道はゴールデンロードと呼べる範囲だったのだ。つまりはサービスタイム。

そこでアリエラやイオネラの黄色い声を聴いていれば体力も回復していたろうに。完全に聞き逃していた。

そのお蔭で、疲れた状態で、これからの戦いに挑まなくてはならない。


「もう、帰りたいっス。訓練でも良いっス」


死にそうな声で呟くヤニスの声が聞こえた。

同感だ。同感だとも。お互い式典様に着飾っているが、凄く似合わないよな。


「ダニエラ、大丈夫? 顔色悪いよ?」


ダニエラは大変だろうな。マイヤの精神安定剤と化しているので、逃げるわけにはいかない。

まあ、逃がす気はないがな。俺たちは1つの部隊だ。生きるも死ぬも一蓮托生。


「それでは、ご案内いたします」


宮殿の侍従に導かれて扉を潜るとそこは別世界。上級貴族と中貴族、更には王様付きの素敵な空間。

挑むは平民(オレ)に導かれた若き下級騎士。そこで、偉い人達にチヤホヤされに向かうのだ。

俺たちの心は1つ。凄く逃げ出したい。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「死にそうな顔をしているぞ」


最初に王様に挨拶し、宰相さんや偉そうな人から挨拶され、更に俺に声をかけたそうにしている人達の間に割り込むようにエリーザを連れてヴィクトルが声をかけてきた。

顔を近づけて、互いに耳元で話す。密談感がバリバリだが、逆に人を遠ざける効果がある。と言うより、もう来ないで。


「お前は何処に行ってた? 凱旋行進には戻ってくると思ってたのに」


「気を抜くと色々やりたがる連中が居るんだよ。その監視だ」


その色々が気になったが、碌な事では無いくらいわかる。

ここは感謝するしか無いだろう。


「何だか悪いな」


「気にするな。まあ、うんざりしているだろうから補給をしてやる。精神的な面でな。

 お前の注文は達成した。結果は上々だ」


「注文って弓か?」


ヴィクトルが王都へ戻る際に弓と矢筒50人分を注文していた。

だが、それ位の使いなら、ヴィクトルでなくても出来るだろうし、精神的な補給にはならんぞ。


「そっちじゃあない。もちろん、それも出来ているが、もう1つの方だ。全然期待していなかっただろうが、新隊員の条件。60人、全員が今の隊員より上。何人かはエリーザ良い勝負をするくらいの腕がある」


「いや、それだと譲れない条件の方が達成出来てないだろう?」


新隊員を集めるために出発したヴィクトルに、出来ればで良いからと、出した注文があった。


新しい戦術に柔軟に対応できるよう若い方が良い。ついでに命令もしやすい。

自分を強いと思っていない事。オイゲンみたいなタイプは良くない。

以上の2つは優先。その上で、実力はあるに越したことは無い。


若くてエリーザ並みに強い奴なら、多少は天狗になるだろう。

これで年を取れば丸くもなるだろうが、若さも譲れない。

よって、最後の注文は奇跡的に1人か2人いればラッキーくらいの想いで出した注文だった。

ヴィクトルも言ったように、期待していなかったし、ヴィクトルも無茶を言うなと怒っていた。


「それがな、信じられんことに15歳以下の騎士は、自分を弱いと心底思っている。そんな奴が多いらしい。17歳までなら何人か居る」


「は? 何でまた」


「俺も、この前まで死んでたようなものだから気付かなかったがな。元帥に言われたよ。

 3年前に騎士見習いに1人の少年が入った。9歳だ。

 それが化け物でな、当時の在籍していた者を全て叩きのめした。上は15歳までいた」


「は? 9歳のガキが?」


「ウチの連中は、殆どが当時12歳だな。そのガキに叩きのめされている」


何の冗談だ? 甲子園を見れば分かるように、殆どが3年生。若い奴の1年間の練習は大きい。

まして、小中学生の1年間は、それ以上だ。成長速度が半端では無い。多少の才能など、若者の1年間の汗の前では簡単に埋まってしまう。


「おまけに、増長なんて言葉は無縁。ひたすらに訓練する姿は、1年間、一緒に訓練をした奴らに大きな影響を与えた。

 そして、1年後、10歳で騎士になった。同時期に才能がある奴で13歳で一緒に騎士になったのが何人かいる。ウチの連中の同期になるが、普通に優秀なら、それ位で騎士になるからな。

 更に影響を受けて急成長したのが翌年に騎士になった。14から15歳の騎士は、才能以上に努力を厭わない。今いる連中だって、才能は無いがお前に訓練を頼んでくるだろ? 

 おまけに、お前みたいな化け物と一緒にいて平気で過ごしている。冷静に考えれば異常だぞ」


「化け物は余計だ。それで、その若い化け物も参加するのか?」


見てみたい。会ってみたい。そんな怪物みたいな奴なら…


「半年前に戦死した」


「……もったいねぇ。3年前に9歳ってことは12歳だよな?」


「そうだ。本当に惜しい事をした」


これから、どれだけ強くなったんだ? 惜しいなんてものじゃ無いぞ。

だが、もう会えない奴の事が気になった。


「そいつの名は? それだけでも覚えておきたい」


「ゲオルゲ・ライヒシュタイン。エリーザの弟だ」


「ああ……そう言えば」


イオネラとイレーネが、そんな会話をしていたような記憶がある。

たしか、アリエラとの初デートの日だったな。


「これは天祐だ。ゲオルゲという少年、いや、男が残した遺産だ。お前が望んだ無茶な条件を達成させた。

 絶対に無駄には出来ない」


「分かってる。無駄になんかしないさ。他人に勿体ないとも言わせん。

 だが、当初の訓練は、お前に任せるぞ」


「例の弓か?」


「ああ。そちらを使えるか、今いる連中で試す。その間、お前が見てくれ」


「分かった。アイツ等なら問題ない。だが、初日は合同でやらせてくれ。

 アイツ等、今いる連中の力に興味を持っている」


「そうか、今いる連中と同期なんだよな。上手くやれるかな?」


後から来る方が優秀。先輩が落ちこぼれの集まりと言うのも、1つの隊としては問題がある気がする。

しかも、同じ歳が多いときたら変な軋轢が無いか心配になる。


「問題ない。アイツ等の共通認識は、俺達、私達は弱い。強いのはアイツだけ。

 それだけ、エリーザの弟は、周囲の価値観を狂わせている。今いる連中の力に興味があるのも、俺たちと同じくらい弱いのに、どうやって魔族を倒したのか? それだけだ」


「……本気で惜しいな。ゲオルゲって奴は。それに、追加の連中も、会うのが楽しみだよ」


「期待して良いぞ。で、補給は出来たか?」


「ああ、大丈夫だ。気合が入った」


「それは良かった。ついでに次の補充先を教えておく。あっちを見ろ」


ヴィクトルが小さく指差す方向に視線を移すと、そこには元帥とクルージュ将軍を始めとしたロムニア王国の軍事部門のトップが揃っていた。どうやら、俺達を見ているらしい。


「あそこにヤニス辺りを放り込んでやりたいな」


「止めておけ、あれは、お前用の劇薬だ。ヤニスなら死にかねん」


あそこの空間だけ歪んでいるような威圧感がある。

実際に廷臣は怖がって近付くものが居ないようだ。疲れたら、あそこに行けば大丈夫って事か。

それに、あの人達だったら楽しい話が出来そうだ。


「あの方たちも、当然、お前の話に興味を持っている。廷臣の話に限界が来たら行けば良い。

 だが、廷臣を疎かにはしないでくれ。彼等だって彼等の都合がある。少なくとも居なかったら俺たちはメシも食えない」


「分かってるさ。話が理解できないから役に立たんと考えるほど、賢いつもりはない」


政治家って奴は、俺には理解できん言葉を使うが、それなりに優秀な人間の集まりだ。

むしろ、分かりやすくて、甘い言葉を使ってくる連中の方が、結果的に碌な事はしない。


「それでは俺は行くぞ。エリーザを連れて回ってくれ」


「ん? 2つ質問が出来た」


「俺の用は、他の隊員の補佐。連中、お前と一緒で何人か限界が来ている。ダニエラ辺りは危険だ。

 エリーザを連れまわすのは虫よけ。どうやら何人かは、お前に縁談話を申し込みたがっている。エリーザと、そういう関係だと思わせろ。縁談に興味があるなら別だが?」


「重ね重ね助かるよ。アイツらの事は頼む」


縁談なんて言ったら相手はババァに決まってるじゃ無いか。断固拒否する。

ヴィクトルが一緒にいてくれたら心強いが、良く見たら何人か顔色が悪い。ダニエラなんて倒れそうになってないか? マイヤを目当てで何人も集まってきているが、マイヤがダニエラの手を放さないから、逃げることも出来ないようだ。済まない。自分の事で手が一杯で全く気付かなかった。同志ヴィクトルが救援に行くからもう暫く耐えてくれ。


「ところで、お前は良いのか? 俺と一緒で」


ヴィクトルがダニエラの方へ向かった後、取り残されたように立つエリーザに声をかける。

エリーザは俺の精神的護衛をしてくれる訳だが、冷静に考えれば、エリーザにとっては迷惑な話だと思う。


「構いません。喜んで同行させていただきます」


「そうか、助かる」


礼を言いつつ、改めてエリーザを見ると、俺たちと同様に着飾っている事に気付いた。

まあ、考えてみれば当然のように正装しているわけだが、俺や他の隊員と違って正装している感じがしない。逆に服が中身に負けている。


「お前って本当に美人なんだな」


「ふえ?」


なに変な声を出してるんだ。

だが、コイツが居れば、偉い人への対応もフォローしてくれるだろう。

頑張って乗り切ろう。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





「何だ、良い雰囲気ではないか」


「ふむ、私が見ていた分には、随分と空回っていたがな」


「まあ、色恋沙汰においての我々の目は、当てにならんだろう」


「自分で言うか? 否定はせんがな」


ブライノフ将軍の言葉に同意した。ヴィクトルに依頼されて、廷臣と話して気疲れするだろうタケルのために、廷臣が近寄れない空間を作るよう集められた者たちだ。

アーヴァング自身を含めて色恋沙汰を得意とする者はいない。


「それで、タケル殿の隊と戦ったのだろう? 感想を聞かせてくれ」


これまで、ヴィクトルの成長を喜び合い、タケルとエリーザの関係を推測し合っていたが、一番聞きたかった事を、最年長のティヴィスコス将軍が、タケルと一緒に戻ってきたクルージュ将軍に質問する。

タケルたちは、1週間近く、クルージュ将軍の元に居たのだ。今回のような戦果を上げた部隊を前にして、彼が合同での訓練を申し込まない筈が無い。


「そうだな。指揮官次第で…いや、先頭か。先頭を行く者によって大きく変わる。

 後続は、ひたすらに先頭を追いかけ、自身への攻撃を躱すのが最優先で、隙があらば攻撃する。

 まあ、あれだけ密集して軍馬を駆けさせるのは並ではないが、やっている事はそれだけだ。

 だが、それだけとは言え、受ける側にとっては、たまったものでは無い。何と言っても瞬目(まばたき)をする間に5~6人は相手にせねばならん。人間では普通は討たれる。魔族でも無理だろうな」


「瞬目の間に? 一瞬でないか……それで、先頭次第とは?」


「実際にエリーザが先頭の時は、押し包んで包囲した。軍馬の足を止めてしまえば、あの隊は未熟者の集まりだからな。例えば…」


エリーザが実際にクルージュの大部隊を相手に正面から突破しようと狙っても、途中で足が止まる。

端から削って行こうとした場合も進行方向を予測して頭を抑えることが出来る。

今回の戦いのように20体の隊列も組んでいないような相手なら、押し包まれるような事は無いが、隊長格が率いる小隊ともなれば、包囲される危険があるようだ。

まして、侵攻してくる数千、下手をすれば万を超える陣形を組んだ軍が相手では、突撃は自殺行為だと言える。


「留守で相手は出来なかったが、ヴィクトルであれば、簡単に頭を抑えさせてはくれんだろう。だが、やりようはある。つまり、我々も真似をしたところで使いどころは限られるな」


「そうだな。聞く限り、使えるのは追撃戦くらいだな」


「ああ、タケル殿も追撃ともなれば、ヴィクトルとエリーザにも隊を分けるつもりらしい」


「それで、肝心のタケル殿が先頭の場合は?」


「予測がつかん。案外と万を超える軍を切り裂いてみせる気がする。少なくとも私の率いている軍は、1度も足止めが出来なかった。まるで、肌着のように容易く切り裂かれたよ」


「そんなに強いのか?」


「強さに関しては計り知れん。例の“気”という奴が私は見えないからな。元帥の剣が魔族に弾かれなくなったら、隊長格でも勝てる。将軍格にだって引けは取らんだろう。

 そして、タケル殿は元帥さえ上回る武勇に加えて、魔族の“気”をすり抜けて一振りで葬るそうだ」


魔族が簡単に倒せない理由は、その頑丈さだ。

その秘密は、どうやら気と言う身体を覆う透明の壁にある。アーヴァングが一体の魔族を討つのに10回前後の攻撃が必要なのに対して、タケルの攻撃は壁をすり抜けて一撃で討てる。


「それを考えると、魔族と言えど単体では、どうにもならんな。

 だが、問題は、タケル殿が全力を出していないのに、我が軍を切り裂いたと言う事だ」


「それは?」


「幸か不幸か、あの男は元帥と同類だな。集団の戦争に、個人の立ち合いを持ち込んだ」


「元帥と同じく軍勢の隙を見つける目を持っていると?」


「そうだ。よって使いどころを元帥に委ねるか、タケル殿に判断させるか、私としては迷うな」


アーヴァングの凄さは、多くの人が王国最強の剣士だからと言うが、ここに居る将軍達に言わせれば、軍勢の隙を見出すことにある。

立ち合いの時と同じように、打ち込めば崩せる点が見えるのだ。

だが、人間同士の立ち合いでは剣の一撃で崩せても、魔族の軍勢が相手では崩すに足る武器が無かった。

今までは精々、陣形を乱すくらいにしか使えなかったが、タケルの部隊を使えれば、崩すに足る武器ととなる。

アーヴァングが隙を見つけて、タケルと言う剣で突きさすことが出来る。クルージュはそれを言いたいのだろうが、それは出来ない。


「隙は変動する。指示を出している間に変わるやもしれん。タケル殿が見えるのならタケル殿に任せる」


「元帥が、それで良いと言うなら何も言わん」


確かに全軍の指揮官としては、指示を出せない小部隊の存在は、邪魔になりかねない。

まして、それが、勇者という、ある意味で元帥を上回る地位を持った存在なら尚更だ。


「言いたいことは分かるつもりだが、無理に押さえて、強力な隊の能力を発揮出来なくするなど指揮官として誇りが許さん。

 例え、それが、押し付けられた地位だとしてもな」


「ね、根に持っとるの」


「あの時は、それしかなかったろう?」


本来なら、この中で最年少のアーヴァングが、ここに居る将軍たちを差し置いて最高位の元帥になるのは間違っている。

だが、半年前の敗北で、知将と呼ばれたアドリアンが戦死した。そのため、次の元帥には正反対の王国最強の騎士を立てなければ、国の士気が崩壊しかねなかったのだ。

それは分かっていても、押し付けられた方としては、たまったものでは無い。


「まあ、それは良いとして、元帥ならタケル殿の行動が読めるかもしれん。案外と良い組み合わせと思える」


「確かにな。何も言わずとも、狙いが同じなら……面白い事になるな」


簡単に流されたことに不満を持つが、口で勝てない事は分かっているので何も言わない。

それに、勝手に動く部隊でも、その動きを把握し、行動を予測できれば、命令伝達の遅れによる動きの低下がない素早い動きが可能になるかもしれない。


「元帥よ。タケル殿とは腹を割って話せ。私も暫く時を共にして気付いたが、あの者は礼儀は知っておるが堅苦しいのが好きなわけではない。タケル殿の影響を受けたヴィクトルの変わりようでも分かるだろう。

 もっと、自由にものを言い合えるような関係になった方が良い」


「そうだな……そうしてみよう」


屋敷に呼んで酒でも振舞うか。だが、急に呼ぶのも緊張されるだろう。

目下の目標は、呼んでも問題ないくらいの関係を築くことか。




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