人選ミスだと思います
今回から主人公視点です。
菊池武尊、一応は専業農家の21歳。自慢では無いが収入は悪い。何しろ、特別美味しい野菜や果物を作っている訳でもないし、作ろうにも通っていた農業高校の授業にさえ、満足に付いていけなかった学力だ。ぶっちゃげ自分でもバカだと思う。
おまけに俺の本性は悪だろう。荀子が言うには、人は全てそうらしいが、本当に全員がそうだとは思えない。
だが、少なくとも俺の本性はろくでなしだと思っている。
周囲の評価は善人だが本当は違う。暴力衝動がある上に、生き物の死骸を見ても何とも思わない。更に女性の好みはロリ系。それらを理性の仮面で覆っているのが俺という人間だ。自制心を排除すれば犯罪者コース待ったなし。うん。我ながら酷いと思う。それなのにだ。
「どうか魔王を倒すため力をお貸しください勇者様!」
いや、ゲームやサブカルチャーに詳しくない俺だって知っている。魔王は悪で勇者は善。多分、あってるはずだ。それなのに俺が勇者? 何故こうなった?
何処かで何か変なことをしただろうか。俺は今日の朝からの出来事を思い出していた。
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11月になると田舎の朝は寒い。だが、長年慣れ親しんだ気候は日常であり特別視することもなく、動きやすい服装に身を固めて、仕掛けていた罠を点検すべく、山を歩いていた。
何か所かのポイントを回り、その1つに変化を感じた。仕掛けていた罠が作動しており、設置されているワイヤーの先端が木の裏まで伸びていた。
緩みそうになる顔を引き締め、そのまま進んでいくと、木の擦れる音がした。次の瞬間、木の裏に隠れていた大きなイノシシが俺を目指して突進してくる。
猪突猛進という諺がある。イノシシは単純で真っ直ぐしか走れないと考えられ作られた諺だが、実際に見ると曲がったり止まったりする必要など無いと思われるほどの迫力だ。
幼いころ最初に見たときは体が竦んで動けなくなった。それから何度か見たが慣れるまでに、随分と時間を要したものだ。
「シッ!」
だが、もう慣れた。
イノシシの動きに合わせて拳で首を撃ちあげ、蹴りで頭部を叩きつける。
それに慣れると気づく。確かに走るのは速い。下からの突き上げも鋭い。だが、俺を鍛えた祖父の拳や蹴りは、もっと速く鋭い。
そして、今の俺の方が、かつての祖父より強い。
「終わり」
頭に袋を被せて、視界を塞ぐと同時に噛みつきを出来ないようにする。更に後ろ足を掴んで持ち上げ素早く縛り、続けて前足も同様に処置を行い、完全に動きを封じる。
途中、暴れようとするが、足の裏を地に着けさせないようにすれば、俺の力なら抑え込むことが出来る。
端から見れば狂気の沙汰だと思われそうだが、イノシシを生かしたまま捕らえる猟師はほかにも居るから、俺が特別ではない。単に使用する道具が少ないだけだ。
そして、そこまですればイノシシは諦めたかのように大人しくなる。
「3日ってところか」
イノシシの腹の膨らみ、周囲の糞の状態や罠の痛みから、罠にかかってからの時間を、そう予測した。
60kgくらいの個体だろう。もう少し絶食させたい気もするが。
「俺が食う分には良いか」
そう呟いてイノシシの側に寄り、首をナイフで切り裂いた。
吹き出る血をかわしながら、祖父の言葉が思い出された。
「お前の親父は、動物を殺す事が出来なかったんだがな」
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幼いころ乱暴が激しくて、手を焼いた親によって小学生になる前に祖父に預けられた。言ってみれば親にさえ見捨てられたってことだ。
祖父は田舎で農業を営むと同時に、空手の道場を開いていた。
その祖父に叩きのめされ、鍛えられた結果、善人の仮面を手に入れた。
今や俺の周囲の評価は、見た目は怖いけど良い人だ。
190cmを超える身長に、全身を鍛え上げた筋肉が覆っている。初対面では大半の人が怯えるが、話すと優しくて驚くそうだ。
だが、その優しさは仮面だ。本性の暴力性を空手で強くなると同時に手に入れた自制心で制御しているに過ぎない。祖父が作った仮面だ。
ついでに祖父曰く。
「鍛えて本当に強くなれば、周りから絡まれることは無い。人間だって動物なんだから、明らかに自分より強い動物とは戦わん。一番の護身術は本気で強く成ること。喧嘩を売られるうちは、まだ弱い証拠だ」
実際に、中学までは喧嘩自慢のガキに喧嘩を売られることがあったが、高校に入ったときは、喧嘩に自信がある奴も俺を避けるようになった。
祖父の開いている道場は、一般的に言う伝統派空手の道場だが、我が家の家系では古い武術を伝承していたようだ。
ただ、祖父に言わせれば、古武術なんぞカビの生えた武術を大事に抱える必要ない。カビを落として新しい技術を加える方が強いに決まっているという考えだった。
祖父は、己が強くなるために空手を利用したと言っていた。そんな祖父がよく道場を開けるものだと不思議に思ったが、空手の道場なんて、開こうと思えば、結構簡単に開けるようだ。
ある程度の実力があり、近場に同じ流派がなければ意外と簡単に許可が出るし、場所も広くなくて構わない。おまけに自前でなくても体育館なんかを借りればいい。
祖父は田舎の中でも比較的に人の多い地域の土地を手に入れ道場を建てた。
「貫手は中指の先で相手を殴るんだ。残りの指は中指を支えるためにある。真っ直ぐ揃えたら打った瞬間に指が曲がるだろ」
そう言って、正しい貫手の仕方を教える。ちなみに空手の型の大会では真っ直ぐに伸ばしているほうが“美しい”という理由で高ポイントだ。殴ることを考えて軽く掬う形にすると減点になることが多い。
もちろん組手で貫手は反則である。だから正しい貫手の形を知る指導者は少ないし、知ってても教える指導者はもっと少ない。そんな使えない技術を必死に学ぶ俺の空手の試合の成績は良くなかった。
「お前は儂に似て、バカだな。余計なことに精を出すから負ける」
嬉しそうに俺をバカにする祖父が好きだった。
空手に限らず、あらゆる格闘技で共通することだが、ある一定のレベルから上に行くにはプラスするだけでなく、無駄を省くことが重要だ。
つまり試合に使えない技を訓練するのは無駄と言える。
別の見方をすれば、空手家がリングでキックボクサーに勝てないのは当たり前だ。リングで使うには無駄な訓練を空手家はしている。リングでの戦いに特化した相手に勝とうなど、ある意味、舐めた考えと言える。
そして、試合には無駄な訓練に精を出す。下半身を鍛える四股立ちに騎馬立ち。全身を鍛える三戦立ち。精神と体調を整える息吹。貫手に鶏頭。金的や膝正面への蹴り。投げ技に関節技。槍術を兼ねた棒術にサイ。おまけとばかりに少しだけ剣と弓も習った。
「お互い生まれる時代を間違ったな」
何時だったか、大河ドラマを見ながら祖父が呟いた。戦場を武将たちが馬で駆けるシーン。
あんな時代なら祖父と一緒に戦場を駆けただろうか。俺も一緒に画面を見ながら、そんな事を考えた。
高校を卒業した後、祖父が死んだ。いくつかの病気を患ってはいたが、結局のところは老衰が原因だ。
その後は、祖父の遺言により、道場は親に譲られ、道場は閉鎖されたうえで、建物ごと売りに出された。
生前、俺が道場を継ぐのは無理だと考えている事を伝えていたので、祖父は家と農地を俺に譲る代わりに父に道場の土地を譲ったらしい。
「アイツ等は儂等と違う。善人よ」
武術に興味を持たなかった父を、俺以外の孫を、そう評していた。
だったら、俺と祖父は悪人なのだろうか。だが、祖父と一緒なら別に嫌だとも思わなかった。
事実、俺は悪人なのだろう。
自分の中に凶暴な面があるのを自覚する時があった。
ニュースで通り魔の事件を見ると、その痛ましさに胸を痛める以上に、何故、俺のところに来てくれないと思う。俺の前に来てくれれば、体中の骨を折り、目を抉り出してやるのにと。
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罠の点検を終え、新しい罠の設置を終えて帰路に就く。軽トラの荷台に積んでいる、その後の収穫はシカが2頭だけで、高く売れるイノシシは無かった。最初に仕留めたイノシシのことを後悔したが、肉を売って生計を立てているわけでは無いので困りはしない。
ただ、シカは売るので状態の良くなるまで、生かしたまま家まで運び檻に入れる。腹の中が空っぽになった方が売りやすい。
血抜きをしたイノシシを吊し上げ、腹をナイフで切り裂くと内臓が零れてくる。辺りに血と糞と胃液などの消化液が混ざった匂いが充満する。
この匂いを嗅いだ時、父の実家に遊びに来た兄と弟は吐き出した。父もそうだったらしいし、母は近付きもしなかった。母に言わせれば野蛮で残酷な行為らしい。
だが、俺は最初から平気だった。そのあと行われる解体も覚え、この日もメニューを考えながらイノシシを解体する。
「ハムは作っておくか」
食塩水を作り後ろ足を2本とも放り込む。残りの肉は冷凍し、心臓と肝臓に塩を振りかけ焼肉にする。
自分で育てたキャベツを一緒に冷凍していた飯を温めて昼食にした。
予想していたことだが、腸は糞が残っており、食用にするには手間がかかりすぎるので、少し惜しいが畑の隅に穴を掘って放り込み埋める。そこには骨や刈った雑草等も放り込んでいるので栄養が豊富な土になっている。
授業ではバランスの良い養分が必要と言っていたが、その辺は適当である。
暇なときは鍛錬を行うのだが、近所の農家の手伝いがあったので、そこで時間を取られ夕飯を振舞われる。
祖父に言わせれば、近所付き合いは重要とのこと。若者が少ないので、俺は重宝され、可愛がられてもいる。
だが、本音を言えば鍛錬をしたいので、やはり俺は善人では無い。
そして夜になって、一人で鍛錬を行っていた。
巻き藁を殴り拳打に必要な筋肉と拳の強化。廃タイヤを蹴って、蹴りに必要な筋肉と脛の強化。型を解体し、より実践に近づけた動作でイメージトレーニング。イメージする敵は、素手だけでなく、ナイフを持った者。刀を持った者。ボウガンを持った者。銃を持った者。日常で現れてほしい殺していい相手。
自分でも狂った考えだと思うが、偽りのない本心だった。
だが、この平和な御時世で格闘技をやってる人間なんて大なり小なり同じようなものだろう。
みんな気付いているのだろうか。ボクシングのチャンピオンがバラエティ番組に出て、芸人を殴る機会があった際に浮かべる楽しそうな笑みを。
みんな気付いているのだろうか。護身術と言いながら、試しでタレントの関節を極めた際に浮かべる楽しそうな笑みを。
格闘技をやってる人間は心の底で、それを発揮する機会を願っているはずだ。
それを訓練の過程で得る自制心の仮面で制御しているだけだ。
それらのノルマを終え、最後に棒術の鍛錬のため、樫の棒を取ろうとしたとき、視界が歪んだ。
体調は悪くない。だが、視界が歪むというより光に包まれたようで何も見えなかった。
訳のわからない恐怖が押し寄せてきたが、とっさに鼻から息を吸って口から吐き出す。その際に不安や怯えといったネガティブな要素を吐き出し、息を吐ききることで上がろうとする心拍数を抑える。
両手は下げ肩の力を抜き、足を三戦立ちの位置に置き、即座に動く、踏ん張るの両方ができる準備をする。
「成功だ!」
そんな声が聞こえると同時に、視界が変わった。
石畳の狭い部屋。周囲にはローブを着た男女と、西洋風の鎧を纏い、太刀を佩いた男女。
異様な光景に戸惑いつつも、素早く周囲を確認する。
ローブを着た男が3人、女が4人。西洋風の鎧を着た男2人、女が3人。
部屋は石畳で一辺10メートル程の正方形。高さは3メートルはある。
ローブの方は戦闘力は感じない。問題は西洋風の鎧を纏った騎士風の集団。
騎士が付けるような軽鎧を着用しつつも、日本刀のように細身の反りのある剣を、帯に差すでなく2本の紐でぶら下げる太刀の佩き方をしている。そして明らかに全員が素人でないことが分かる。
対する自分は素手。棒を持っていなかったことを後悔する。
せめて、槍を持っている者がいれば。そいつから倒して奪えば、俺の戦闘力は向上するが、太刀を奪ったところで剣術には自信が無い。
だが、素手で武器を持った相手を倒すよりマシだろう。誰から奪うか物色するまでもなく、一番近い女に目を向ける。
「っ!」
俺の視線に怯えたように一歩下がり抜刀する。良かった。抜いてくれた。
抜かない方が何をしてくるか分からないから不安だったが、怯えて咄嗟に剣を抜くなら剣に頼っていることは明らかだ。対処しやすい。
そう思い近付こうとした瞬間、女の雰囲気が変わった。いや、雰囲気ではない、生物としての質が変わった。
ネコ科の動物。それもヒョウやチーターでは無い。トラかライオンのような最強を目指して進化したような生き物。いや、もっと異質な生き物。
「何をやっとるか! この馬鹿者が!」
怒声をあげつつ、抜刀した女の元に近づいた男が頬を殴り、女が吹き飛ばされる。
年齢は30歳を少し超えたくらいか。おそらく、この中で一番強いと思っていた男だった。
そして、倒れた女に目もくれず、俺に片膝を付いて頭を下げた。
「部下が無礼な真似をしました。どうか、お許しください」
深々と下げた頭は既に俺の間合いだった。このまま蹴りを出せば、いくら鍛えていても首の骨が折れるか頭蓋骨を砕ける自信があった。
しかし、今は自分のバカさ加減に呆れる思いに脱力していた。
「こちらこそ申し訳ありません。正直に言いますが、先ほど俺は攻撃しようと思ってました。ああ反応するのは当然でしょう。動揺していたとは言え、状況の確認もせず手を上げようなど恥ずかしい限りです」
そう正直に告白する。本当に俺はバカだ。
何で、訳の分からない状況だからと言って、周囲の人間を倒す算段をしているんだ。どんだけバカだよ。普通は確認だろう。自制心大事。超大事。
「いえ、こちらの身勝手な都合で呼び寄せたのです。謝罪は不要です」
呼び寄せた? 明らかに俺が鍛錬をしていた場所とは違う此処へ一瞬で移動させたということ?
……ヤバいだろ。この人本人か周りの人か分からないが、完全に俺の常識を超えた能力を持ってるらしい。
刺激しないようにしよう。先ずは身の安全が第一。
「あの、呼び寄せたとのことですが、どうやって? それに俺…じゃなく私に何の用事が?」
「はっ! 勇者様に、お願いがあります!」
そう言って、更に深く頭を下げる。つーか何て言った?
「どうか魔王を倒すため力をお貸しください勇者様!」
チェンジした方が良いと思いますが?
しばらく世界観の説明なんかが続きます。