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根之堅洲戦記  作者: 征止長
戦闘狂が率いる部隊
27/112

休息

「この気と言うやつは、重要だな。これまでと戦い方が大きく変わるぞ」


魔族をぶった切った後、ヴィクトルは呆れた様に呟く。

ヴィクトルに言わせれば、これまで魔族を討つのは、皮膚が頑丈な相手を倒すため、強力な攻撃を打ち込む事を意識していたそうだ。

要するに大振りな攻撃を加えることを重視してきた。


何より、ダメージが見られないまま、攻撃を続けるという精神的な重圧が焦りとなり、相打ちの形で斬り合って、一方的に魔族の勝利になることが少なくなかった。

まあ、いくら斬っても平気な顔で攻撃してくる奴を相手にしたら、確かに戦いにくい。


実際に、戦って見ての感想だが、人間と魔族の戦闘能力の差だが、力は魔族が上。速さは互角。技量に関しては比較にならないほど人間が上。

つまり、気というバリアさえなければ一騎打ちでも十分勝てる可能性がある。


そう。問題は魔族にダメージを与えるのに、強力な攻撃を打ち込まなければならないという、先入観が、戦いの幅を狭くし、人間が有利に立てる技量を生かせていなかったのだ。

だが、バリアを剥がすための手段として軽い牽制攻撃も有効である事が分かれば、戦い方は大きく変わる。


「その辺りの、調査に関しては考えがある。今は脱走してきた人を何とかしたい」


「そうだな。カラファト城に向かうにしても、先に連絡を入れた方が良い」


「エリーザ、10騎を率いてカラファトに伝令を。民間人を24名保護したと伝えろ。衣類を用意してもらえ。

 ヴィクトルとジジィは10騎ずつ率いて後方を警戒。無いと思うが敵の増援が来れば戦闘しないで、戻って来い」

 

「了解」


「さて、残りは俺と民間人の護衛をしながらカラファトへ進むが、荷物を運ぶぞ」


「荷物?」


荷物が何か分かっていないようなので、ソレを指差す。


「正気ッスか? って、隊長だった。正気な訳がない」


「おい、何が言いたい?」


「そんな、上官に向かって失礼な事は言えないっす」


「言ってるも同じだバカ野郎」


ヤニスの酷い言い草に突っ込みを入れるが、俺だって少しは無茶なことを言っている自覚があるので、怒らないでおこう。


「でも、あれって魔族じゃないッスか、しかも生きてるし」


「生きている奴だけじゃ無いぞ。死んだ奴でも、状態が良いのを何体か運ぶつもりだ」


「何する気ですか?」


「解体」


「……食う気ッスか?」


「違うぞバカ野郎。お前なら分かるだろ? 解体で得られる知識の重要性が」


「それは、まあ」


魚をさばける様になると魚の食い方が上手くなると言う。これには理由があって、魚を綺麗にさばくには、魚の骨の位置を知る必要があるからだ。食べる際にも骨の位置が分かるので、骨から身を剥がす動作が上手くなる。


これと同様で、イノシシなんかを解体すると、骨の位置が分かり、更に筋肉の付き方も分かる。

その結果、イノシシが何処が頑丈か、どう動けるか、どんな動きが強い力を発揮できるかが分かる。


驚いたことに、この世界では死者を辱めない文化があり、それが魔族にも適用されていた。

ただ、これは魔族に敬意を払っての行為ではなく、単に死体を弄り回すという発想自体が無いからだ。

その所為でエリーザに最初に魔族に関しての説明を求めた際も、何度も戦ったと思えない程、魔族に関して分からない事が多すぎた。これはエリーザだけでなく、ジジィも同様で戦闘経験はあっても、何故、そうなるかを研究していないからだ。


「生きている個体は、取りあえず手足の骨を砕いて縛るから、お前は綺麗な死体を探せ。

 サボったら……折角だし、魔族と人間の体の違いを比べたいと思わないか?」


「全力で綺麗な死体を確保します。それと比較は不要と思います」


そう返事をすると逃げるように飛び出す。他の隊員も付いて行ってしまったので、俺が一人で生きた魔族を縛る羽目になった。つーか、骨を砕くたびに悲鳴を上げるので五月蠅い。


「あ、あの隊長」


縛り終えると、ダニエラが声をかけてきた。未だに子供を抱いたままだ。

小学1年生くらいだろうか、整った顔立ちの女の子だが、流石に年齢が低すぎて全裸でも興奮しなかった。いや、流石の俺でも、この状況の全裸の少女に興奮はしない……はずだ。

今は他の脱走者と同様に、俺たちが使っていた毛皮の毛布を与えて体に巻いている


「どうした? まだ、親のところへ戻るのを嫌がっているのか?」


「それが、どうやら、あの方は親ではないようでして」


あの方って言うのは、子供を投げ捨てた奴の事だろう。じゃあ、他人の子供を必死に抱きながら逃げていたって事か。

だが、幼女もダニエラにしがみ付くだけで喋らないし、その男も混乱しているようで、関係がはっきりしないそうだ。

なんか、分からんが、状況から言って誘拐とは思えんし、落ち着くまで放置が良いだろう。


「悪いが、カラファトに付くまで、その子の面倒は見てくれ。お前は騎乗したままで良い」


「え? 私はって、他の方は?」


「軍馬には荷物を引きずらせるし、民間人の歩きに合わせる必要があるから、軍馬の横で歩きだ。

 そうだ、お前が先頭を行ってくれ。考えてみれば荷物の後ろを歩くのは抵抗があるだろう。俺たちは後ろを歩く」


うん。冷静に考えれば俺たちが前を行って、後ろを脱走者に歩かせれば、その間には縛られた半殺しと死体の魔族がある。

普通に嫌だろうな。常識的な俺としては、そうならないよう取り計らおう。


「あの、隊長。聞いても良いですか?」


「なんだ?」


何処か思いつめた表情でダニエラが声をかける。

何か聞きにくい事でもあるのか? ま、まさか、俺が幼女を変な目で見ていたとか言わないよな?


「何故、私に子供の救助を命じたのです?」


「ん? だって、あの状況だと、お前が一番適任だろ? 俺の真後ろを走っていた中で、お前が一番馬術が達者だろうが。

 馬で駆けながら子供を拾うなんて芸当が出来る奴は限られるぞ。まあ、手足を掴んで引っ張り上げると思っていたから、ピンピンしているのを見て正直驚いたがな」


良かった。ロリコンだと気づかれた訳ではないらしい。

それにしても、あの時、後ろを振り返ったら本当に驚いたな。予想では強引に引っ張り上げて脱臼でもして泣いていると思っていたが、怪我一つなくダニエラに縋るように抱きついていた。

てっきり、痛みを与えた相手と認識されて嫌がられていると思っていた。


だが、結果はこの通り。多少は落ち着いたようだが、幼女は自分を守る相手とダニエラの事を認識して、離れる気配が無い。


「ああ、そうだ、言い忘れていた。良くやった。それも予想以上に上手くやってくれた」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





民間人を連れて、カラファト城に到着した後も、直ぐには休めなかった。

タケルが魔族を解体すると言い出して、城を守るクルージュ・ブラショフ将軍を慌てさせたり、実際に解体を始めて、隊員は見学をする羽目になった。

ダニエラは子供を預かっているから免除で良いかと相談していたが、少しの間だけ、アルマに見させて見学をする事になった。


結果として、見学は無駄では無いと思った。今までは漠然としていた魔族だが、人間とは非常に似ているが、違うところもあると分かった。

例えば隊長に言わせれば、肩の可動範囲が狭いらしく、上からの攻撃には弱いと予想される。


隊長は情報が大事だと言っていたが、確かにそうだと思った。

城を預かるクルージュ将軍も、最初は引き気味であったが、途中から絵の上手い者を呼び寄せて、記録を始めさせている。


だが、それも終わり、ようやく休息が与えられることになった。隊員も、捕まっていた子供も久しぶりの入浴で、髪に付いた汚れが中々取れずに、何度も洗う羽目になったが、今では身体が軽くなった気がする。

その子供、マイヤは現在もダニエラから離れることを拒み、膝の上でお風呂を満喫していた。


「あ~あ~、気持ちいい」


「ひ、久しぶりのお風呂」


髪の毛と身体を洗って溜まった汚れを落とした後は、ゆっくりと湯船に浸かる。こんな当たり前が非常に嬉しく感じる。

みんな同様で、気持ちと一緒に口も軽くなってくる。


「こんな贅沢をして、元の生活に戻れるのかしら?」


「いや、これが普通で、今までが過酷だったんだが」


「そうだった」


「だが、脱走者の引き渡しも済んだし、再び過酷な訓練の日々に戻るがな」


「そうだったぁ」


普通は気が重くなる会話だが、明るいルウルと年長で落ち着いたアルマだと微笑ましくなってくる。

束の間の休息だ。しかし、最初はその休息もなしで年末まで過ごす予定だったのだ。

まだ、折り返し地点にも届いていない。


「ところで、今日、隊長の口から気になる言葉が出たじゃない?」


「え? どれ? 隊長の言動が非常識な事くらい常識だし、正確に言わないと分からないわよ」


「ほら、トーフ? あのエリーザ副長の乳って話です。何で隊長は副長の胸の柔らかさを知っているんですか?」


「そう言えば、副長もはしたないマネを、って言っていた」


全員の視線が一斉にエリーザへと向かう。

そういう関係なのか? 正直、そうは見えないが。


「ま、まあ、何と言うかだな。わ、私は召喚の儀式にも立ち会ったし、その後も、色々と行動を共にしていたのでな、その……」


「あのね、エリーザ。貴女が隊長を好きだってことは分かっているし、まだ、そんな関係になってないって事くらい見てて分かるから。変に見栄を張るのは止めなさい。後で恥をかくわよ」


「……その、事故のようなものです。深く気にしないで下さい。というより触れないで」


「了解。そういう訳で、この話題は禁止よ」


女性陣で最年長のアルマの指示に一斉に了解と返事をする。本当に隊の一体感が上がってきている。

それにしても、エリーザなら隊長の心を射止めることは出来そうな気がするが、何か問題があるのだろうか? 気にはなるが、この話題に触れるのは禁止になった。仕方ないと諦める。


「それにしても、隊長の無茶苦茶さは何なのよ。一応は魔力の量と質で説明できるけど、納得できない」


「素手で魔族を叩きのめした人って初めて見た」


「だよね。ヴィクトル副長の指揮で魔族を倒していって、私たちも活躍できるとか喜んでいたのに、全部台無しにされた気がする。もう隊長1人居れば良いじゃないって思った」


「それ私も思った。と、言うか最初から出鱈目だったよね。何であの武器で首が吹き飛ぶのよ?」


「太さから言えば、穴が開くだけの筈よね」


「多分、回転が凄いと思うんだよね。最初構えた時は、こう、手の甲が下を向いていたのに、突き終わった後は上を向いていたんだ」


隊長の武器は変わっていて、断面が三角形の真っ直ぐに伸びた太い穂先が付いている。

だが、太いと言っても、首よりは細く首が取れるはずは無いと思っていた。

しかし、それが高速で回転しながらとなると……自分が刺された場合を考えて、苦しくなった。

おそらく、同じ想像をしたのだろう、首を抑えて俯いている者が多い。


「そ、それに比べてダニエラの救出劇は、綺麗だったよね」


「ああ、私、隊長のアレと同時に見えていたからな、差が酷いのなんのって」


「私は見えていなかったが、どうやったんだ?」


「こう、馬から乗り降りする時みたいに左足だけ鐙に残して、右足は地面に付きそうな体勢になるんですよ。それで、そこから身体を倒して…じゃなく、反転? 足を上にしていたよね? そこからスッと拾い上げて」


「良くわからんが、信じられん動きをしたんだな」


自分の事が語られている。恥ずかしさに顔が赤くなっているのが分かった。


「何処かで訓練をしていたのか?」


まさか、アルマから直接話を振られるとは思わなかったが、素直に答える。


「その、私は剣が苦手でしたが、馬は好きだったので、同じく馬が好きだったアリエラと言う見習いの隊長をしていた子と一緒に、馬で色々な事が出来るように訓練していました。まあ、訓練というより遊びみたいなものでしたが。今回のは、落馬した仲間を救出する時の動きとして一緒に考えたものです」


騎士見習いの頃の思い出と言えば、アリエラと軍馬の世話をしたり、駆けたことが思い出される。


「見習いの隊長? そう言えば、この部隊に居たか?」


「まだ、12歳ですから、急造騎士の中には入っていませんよ。ほら、元帥の娘さんで」


「ああ、厩舎の。確かエリーザの従妹になるのだったか?」


「いや、直接では無いのだ。間にイオネラが入る。私の母がイオネラの父の姉で、イオネラの母親が元帥の妹だ。だが、アリエラの事は良く知っている。イオネラの事に加えて、互いの弟が同じ年で仲が良い。そうか、ダニエラはアリエラと仲が良かったんだな」


「はい」


「ん? マイヤは7歳くらいか?」


突然声をかけられて、驚いたようだが、首を縦に振る。そして、小さく7歳ですと答える。


「そうか。私の弟のロディアは同じ7歳なんだ。それに、話題にしていたアリエラの弟も同じ年だ。ファルモスという」


マイヤを連れていた脱走者の言動から、貴族では無いと思われる。だからマイヤも同じだろう。

それが、ライヒシュタインの後継ぎとテオフィル家の後継ぎと同じ歳と言われてもマイヤとしては困るだろう。だが、そんな事では無いのだ。怯えが残る少女に親しく声をかける。

その美しい外見と家柄から、最初は声をかけ難かったが、親しくなると、そんな壁を感じさせない。

優しくて、強くて、完璧に見えて何処か抜けたところがある。そんな不思議な人だった。


それに、こうして他愛もない話をしていると、意外に関係のある人間が近くに居ると分かる。知っているからと言って、役に立つ、立たないという話では無い。

ただ、距離が縮んだ気がするだけだ。そして、その縮まった距離が嬉しく感じる。この隊の一員なのだと思える。


オイゲンを殺めた。手に残った、あの感触は消えない。

隊長から、戦闘ではなく救出を命じられたのも、自分が不要だと思われている。そう思った。

だが、想像と異なり、隊長は自分の乗馬技術を高く評価してくれていた。

そして、良くやったと褒めてくれた。自分の居場所が見つかった気がした。


ふと、右手を握られた。マイヤの小さな手。自分が守った手だ。

その温もりが、嫌な感触を忘れさせてくれる。そんな気がした。






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