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根之堅洲戦記  作者: 征止長
戦闘狂が率いる部隊
26/112

初陣

あれが魔族か。空に明るみが増してきたため、その姿がはっきりと分かる。

こちらは丘の上に布陣しているので、向こうからは先頭の俺と他数名が頭だけ見えている状態だろう。そのため、気付いている様子は無い。


裸の人間を追いかけている魔族は、皮の腰巻では無く革の鎧を着用していて、特徴的な角は、意外と長くて、ヤギやヒツジのように湾曲している。曲がり方は統一されていないな。

でも、顔立ちなんかは、予想していた鬼の姿よりも人間に近い。


だが、人間と比べると角以上にサイズの不自然さが目に付く。

子供を抱きかかえながら追いかけられている親らしい人間が、魔族を基準にすると子供のように見える。

幼児、大人、魔族で良い比率だ。あれって何だっけ? ロシアの民芸品でマトリスク? そんな感じの。

まあ、良いさ。


「タケル。先も説明したが、常道では避難するところじゃ」


ジジィが注意する。まあ、話に聞く限りでは、基本は1体に付き5人。今の人数では10体の魔族が余る計算である。

そして、20人くらいの人間、おそらく平民を助けるのに、50騎の騎士を失っては採算は取れないのも分かる。


「諦めましょう。バルトーク殿。我らが隊長はヤル気ですよ」


流石は同志ヴィクトル。俺の事を理解しているな。

うん。やらせてもらう。こんなチャンスを逃す手は無い。


「幸いにも、敵は陣形を組んでいません。訓練の成果を試すには、むしろ安全な方では?」


「貴様、変わったのう……元に戻るのを期待したが、タケルの影響を受けて性質(タチ)が悪くなったわ」


「隊長、悪口言われてるぞ」


「死にかけたジジィの世迷い事だ聞き流してやれ。だが、ヴィクトルの言う様に、これは打って付けだ」


バラバラに追いかけている魔族なら各個に撃破していける。

だが、聞くところによれば、魔族の皮膚は有り得ない位に硬いらしく、騎士の斬撃で一撃では死なないらしい。

もう少し近付くまで、姿を現すのを控えよう。それまでに逃げている人が捕まらない事を祈るが、捕まっても助けはしない。魔族を討つ>人助け である。


「そんな」


エリーザの小さい悲鳴。俺も息を飲んだ。その光景が信じられなかった。いや、人としては問題があっても生物としては正しいのか。

子供を抱きながら走っていた男が、その子供を投げ捨てたのだ。


「前進!」


気付いた時には、動くと同時に命令を出していた。

ジジィが呆れた様に呟くのが聞こえた。ヴィクトルが笑った気がする。エリーザが憤慨している気がする。

みんなバラバラだが、妙な一体感があった。

そして、先頭を走っていた魔族が、投げ捨てられた子供に追い付こうとしていた。


「ダニエラ、俺の真後ろに付け。先頭の魔族は俺が討つから子供を拾え」


「りょ、了解です」


指示は縦3列。俺の後ろで全員が武器を構える気配がする。

近付いてくる。魔族の表情まで分かる。知性を感じない獣の表情。

初撃は仕留める気でやる。それには突き。槍を構える。緊張と興奮が身体を苛む。それが心地良いと感じる。


狙いは咽喉。鎧は無く、皮膚も薄い。頑丈さに欠けるはず。避けられることなど考えるな。これで避けられるなら、この先、俺は通じないと思え。一撃で仕留める気でやれ。

近付く。魔力を全身に漲らせながら、倒れた子供を飛び越える……射程距離……突いた……当たった……吹き飛んだ……え?


「はえ?」


情けない声が出た。吹き飛んだ? 今、確かに頑丈なはずの魔族の喉を付いたら、皮膚に弾かれることもなく、穴が開くどころか、首が吹き飛び、頭部が転がった気がする。


だが、悩む間もなく、次の魔族が居た。今度は横薙ぎで頭を狙う。振り払った。やはり吹き飛んだ。

氷で出来た人形を殴ったような感覚。

おい……何処が頑丈な生物だって?


「こら! エリーザ! てめぇウソついたな!」


思わず振り向いて、エリーザの頭を殴る。そう、この魔族は頑丈と言うウソを俺に吹き込んだアホに、お仕置きをしなくてはなるまい。


「ウ、ウソとは?」


「あ? テメェが言ったよな? 魔族は刃が通らないくらい頑丈だって。何だアレは? まるで豆腐じゃねえか! 人に期待させておいて」


散々に期待させて実はウソで~す。本当は紙装甲でした。なんてギャグは俺は受け付けん。

この期に及んで、白を切ろうとしているアホの頬を引っ張る。


「と、とーふ?」


「俺の世界にあった食いモンで、テメェの乳みたいにブヨブヨに柔らかいものだよ」


「そ、その節は、はしたないマネを……」


「そんな事はどうでも良い!」


何だか赤くなった頬を更に引っ張る。恥ずかしいのは俺だって言うの。何だよ。さっきまでのちょっと悲壮感さえ漂わせた気合の入れよう。絶対にコイツ笑ってたな。


「何となく話は見えるんだが、あのな隊長。お前がおかしい」


「そうじゃの。多分だが、嬢ちゃんはウソを吐いたわけでは無いぞ」


更に魔族が近づいてきたので、今度は胴体を狙って、草を刈るように槍を振るうと、盛大に身体をひん曲げながら吹き飛ぶ。

それよりも、呆れた様なヴィクトルとジジィの言葉に意識が行く。

良く見ると、隊員はみんな唖然とした表情で、ダニエラが抱きかかえている子供は怯えている。いや、子供は魔族に怯えているのであって、俺に怯えているわけではない筈だ。


進路を変更し、一度、魔族の集団から距離を取る。

魔族は人間を追いかけるのを止めたようだが、右往左往という言葉が相応しいほど動揺している。

なら、今の内に情報の過ちを修正したい。


「どういうことだ?」


「魔族が頑丈なのは本当だ。俺たちが攻撃してもああはならない」


「それどころか、普通ならワシらの剣では、最初の数撃は皮膚に弾かれるの」


「最初の数撃? 同じところを正確に斬るのか?」


「いや、何度か攻撃をすれば通る。弱っている個体なら何処を斬っても通るな」


皮膚が途中から弱くなる? もしかしたら魔族は武術で言う剛体法のようなものを使っているのか?

だが、それだと俺の攻撃だけが、ああも容易くダメージを与えられのは理屈に合わない。確かに俺の槍の方が、ヴィクトルの剣より威力はあるだろうが、今の感触から言っても魔族の肉体は普通の人体より頑丈だが、イノシシのくらいの頑丈な動物と同レベルだ。

武神の力を使うヴィクトルなら容易に両断できると思うのだが……


「ヴィクトル、先頭を行けるか? 俺が後ろに付く」


観察したい。その為には、俺以外の攻撃がどうなるのかを見たい。

それを任せられるのはヴィクトルしか居ない。

だが、危険ではある。ヴィクトルが躊躇するなら止めよう。


「やってみよう。今の奴らは動揺して腰が引けている。やるなら今だと思う」


「危険だぞ?」


「危険だからだ。お前の考えた戦い方は否定しないが、最悪、お前が討たれた場合を考えたことがある。

 その時は、俺が先頭で敵の集団から離脱する状況も想定していた。

 今の状況は、その実戦訓練だと思えば、考えられる限り安全な状況だろう。何しろ、敵は士気の低下が著しい上に、自軍は辛い訓練の成果を発揮できずに不満だと来ている」


コイツって凄いな。悪いが俺は自分が討たれた後も事なんか考えていなかった。面目ない。

だが、ヴィクトルの言う様に、今の状況は自軍に有利。今後の大きな勝利に貢献できる情報を得られるなら、多少の冒険はやるべきだろう。


「それじゃあ頼む。俺はダニエラと交代で、お前の後ろ。ヴィクトルの位置にはエリーザが付け。

 その前に、ダニエラが抱いてる子供を親に返すぞ」


そう言って、脱走していた人達が集まっていたので、向かったが、そこでハプニングが発生。子供が怯えてダニエラから離れようとしない。仕方が無く、護衛と言う名目でダニエラを隊から離脱させ、1騎抜けの状態で戦闘へ向かう。


「相手は任せる。ヴィクトルの好きなように動け」


「了解した」


ヴィクトルを先頭に駆ける。狙いは集団から離れて立っている個体。その個体の攻撃をヴィクトルが弾く。力に逆らわない綺麗なさばき方だ。相手が自分の剣に振り回され、お蔭でノーガード。

次のエリーザの剣が魔族の喉元を切り裂くように振るが、表面に弾かれるように滑る。

次も同じく。次は反撃をしようとしたので牽制。その後は、敵の技量は低いので、為す術もなく連続攻撃が当たる。

だが、その攻撃は表面で弾かれ続ける。10回目の攻撃で血が噴き出る。その後は全ての攻撃が通り全身を切り刻まれた魔族は息絶える。


「……1度でも通ると良いのか」


「続けるか?」


「ああ。やってくれ」


流石は同志ヴィクトル。コイツなら安心できる。

俺は、もう一度目を凝らして、敵を見つめる。何だアレ?

近付いている魔族を良く見ると、何だか膜のようなものが見える。気というか、オーラというか、違う空気が周囲を覆っている。

その空気に刃が弾かれている。だが、当たる度に空気は薄くなり、15回目の攻撃で、その空気が消えてしまうと刃が通った。


「もう一度! エリーザとジジィは後列に下がれ。5番目だ」


さっきの攻撃では一撃目を入れたジジィが大きく空気を削った。これが一撃目の特性か、それとも強い攻撃の特性か確かめる。

エリーザとジジィの位置を変えながら観察を続ける。


結論は強い攻撃を加えると大きく削れた。いや、威力と言うより空気か。良く見れば、武器の方にもオーラが見える。

先頭のヴィクトルが濃い。次いでエリーザ。ジジィは前の2人に大きく劣り、周囲の騎士より少し大きい程度。俺のは?……うん。何となくわかっていた。

自分の武器を見ると呆れるくらい濃かった。魔族の空気より遥かに濃い。


「何となくわかったぞ」


「そうか。結果は気になるが、残り3体しか居ないぞ?」


「素晴らしい部下を持てて光栄だよ」


「普通に考えて大戦果なんだが釈然とせんな」


最初の緊張感は何処へやら。ヴィクトルもやれると踏んでいたが、予想以上に上手くいった。

少なくともバラけている敵に襲い掛かる方法としては、この集団突撃は非常に効果が高い。

それより、最後の確認作業。その前に武神の力をアレンジして……うん。出来た。

武器に気を込める。その工程を全身に行き渡らせると、魔族と同じように全身をオーラが覆った。


「さて、全軍停止」


停止させて、俺だけが前に出る。多少、緊張するが、軍馬を降りて1体の魔族の前に立つ。

軍馬から降りると、その大きさが良くわかる。安綱の背中が恋しくなったが、我慢だ。


「タケル殿! 何をしてるんですか!」


エリーザが騒いでいるが無視。さあ、かかってこい。

動揺していた魔族が、凶暴な表情を浮かべ、その手に持った大剣で切り掛かる。

敵の切り落としに対して、上段受けで迎撃。空手の防御にブロックは無い。全てが流し。腕の角度と弾く動作で軌道を変える。

だが、軌道を変えても完全に流すのは無理な話。真剣を相手だと腕に多少の傷が入る。悪ければ片腕が持って行かれるのだが……かすり傷も無し。小手をしているからとかじゃなく、その手前で弾かれる。

次の攻撃をブロックで迎撃。重さで身体が振り回されそうになるが斬撃自体に耐えられる。

次の攻撃はノーガード。


「タケル殿!」


エリーザや他の隊員の悲鳴が聞こえるが、相手の攻撃に集中。当たった。だが、防具の上から殴られた感触が襲うが、怪我をするようなダメージは無い。何回か攻撃を受けて、それを確認する。

次は、相手の防御力を確認。予想では俺の素手の攻撃が何回か当たるとオーラは消える。


「あれ?」


鳩尾を狙って殴ったら、魔族はくの字になって倒れた。

何故だ? ああ、そうか。俺の拳のオーラが相手より濃いから、武神の力で強化された正拳突きが直接、通ったのか。これでは失敗だ。


「すまん。やりすぎた。次の奴で実験を続け……どうした?」


みんなドン引きである。俺が悪い事をしたような気がするのは気のせいだろうか?


「お主、本当に人間か? 何で斬られとらんのじゃ?」


「お前、前に俺を殴ったよな? 殺す気だったの?」


「今回の戦いで私達やれるって感動してたけど、台無しにされた気がします」


「違うって! 良いから聞け!」


俺の観察と、これまでの実験結果を伝える。魔族を覆うオーラが攻撃を防いでいる事。それを俺も使えたって事。オーラは全員にあり、攻撃では強いオーラをぶつけると魔族のオーラが消える事。

オーラでは良く伝わらなかったが、気と言い換えると何となく理解したようだ。

半信半疑だったが、その気が、俺は魔族よりも強いと伝えると、妙に納得してくれた。


最後の証明として、魔族を1体、適当に殴ってピンピンしているが、気は纏っていない状態にしてから、ヴィクトルに斬らせた。頑丈なものを斬るつもりで、斬ったものだから、結果は真っ二つである。

流石は同志ヴィクトル。これでドン引き仲間が増えた。


こうして俺の初陣は、魔族20体撃破。内2体を生け捕り。自軍の損傷無し。という上々の戦果と引き換えに、周囲からドン引きされるという悲しい結果に終わった。



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