遭遇(色々と)
前回が全く話が進んでいないので、もう一話投稿します。
タグに勘違いと群像劇を追加しました。
「目が覚めたか、死にぞこないめ」
身体を起こそうとするが、力が入らない。その言葉に視線を送ると、目の前にはバルトークの姿があった。相変わらずの悪態に、自分が生きている事を実感する。
周りを見ると、辺りは暗く、ヴィクトルは自分が気を失っていたのだと察する。
何故、死んでいないのだろうか。死ねると思った。あの時、攻撃した瞬間、紛れまなく勇者の目には殺意があった。
考えていると、その勇者が近づいて来て、不機嫌そうな表情で声をかけてきた。
「お前、何で死んでない?」
それは、こちらが聞きたいくらいだ。
実力差は歴然。この男なら確実に殺す事が出来るはずだった。
最も可能性が高いのは、死なないよう手加減されたというのが、一番有り得るだろう。
「お主が、自分が思うより弱かっただけじゃ。仕留めようとした攻撃を、この戯けが咄嗟に躱した。それだけじゃ。少しは謙虚になれ」
「うるせぇ、クソジジィは黙ってろ」
悪態を吐き合い、不貞腐れた態度で近付くと、寝ている自分の元へしゃがみ込んで、不思議そうなものを見る目で見つめながら首を傾ける。
「どう見ても、死にたがってるように見えるんだがな。だが、未練があるから死ねなくて、見っともなく足掻いてるって感じか。
まあ、未練の元にしたら、えらく迷惑な存在だな」
そう言い捨てると立ち上がって去って行く。
その言葉に、反論を送る余裕も無く、呆然とするしか無かった。
「仕留めようとした攻撃を避けられて拗ねておるだけじゃ。
それにしても、お主、アレの攻撃を良く避けたの。正直、驚いたぞ」
「避けた? 俺が?」
「俺?」
つい、自分の事を俺と言ってしまった。元々、父譲りの性格から、成長すると父親同様、自分の事を俺と言う様になっていたが、アナスタシアに相応しい男になりたい思いから、彼女の父親であるアドリアンのように私と言う様になったのだ。
「いえ、その、私が避けたと言うのは本当ですか?」
その場を取り繕い、聞きたい事を質問する。
あの時、死にたいと願い、そう行動したはずだった。
「……まあ、ええ。避けたと言うのは本当じゃ。無様ではあったし、この通り気絶したが、確かに避けた。
タケルの武器が、得手では無い剣で、訓練用の模擬刀であったとしても、タケルには殺せる力がある。お主が避けるのは無理と思うた。死んだと思うた。少なくともワシには出来ん」
「そうですか」
何故、避けたのだ。死ねたはずだった。楽になれるはずだった。
タケルが言った言葉が蘇る。未練があるのだ。だから死にたくないと思い抵抗した。何と浅ましいのだろう。そして、何よりも、その未練の元、つまりアナスタシアにとって迷惑な存在になっている。その言葉が深く胸に刺さった。
「お主が、5年前から何かに苦悩し、死にたがっている事は気付いておる。
元に戻ってほしいとは思うておるが、無理ならば死ね。戦の最中に無様なマネをされては迷惑じゃ。
タケルに頼めば殺してくれる。明日にでも行けばいい。今日は、もう寝ろ」
そう言うと、バルトークも去って行く。辺りは静寂が支配し、力が入らないままヴィクトルは眠りに身を委ねた。
再び目が覚めたのは、まだ暗い時間だった。目が覚めて思うことは、己が生きている事実。
何の希望も無い生にしがみ付く必要は無い。今日こそ死のう。
そう考えていると、誰かが動いている気配があった。
焚火の番以外は寝ており、誰が動いているのか、考えれば分かる。
タケルが、狩りで仕掛けている罠の点検に向かうのだろう。
起き上がると、タケルが狩りのために山へ入るのを追いかけた。
後を付けているが、彼が気付いているのは明らかだ。何故、何も言わないのか、そう考えながら追っていると、少し開けた場所に辿り着いた。
「で、話があるのか? 改めて死にたいのか? それともリベンジか?」
すると、後ろを振り返り声をかけてくる。だが、りべんじという単語が分からない。首を傾げてしまった。
「ああ、すまん。こっちの言葉で仕返しって感じかな」
「死にたい。だが、少し話もしたい。昨日の事だ」
敬語を使う気は無かった。今は上官と部下では無い。そう宣言したかった。
無礼だと斬られるなら、それで良かった。一番の目的は達成できる。
だが、こちらの口調を気にした風もなく、手頃な大きさの岩に座るよう勧めてくる。
「そうか。で、話って何だ? 俺はお前に対して思っていることを言った」
「未練の元に迷惑と言う言葉が気になった。実際に未練なのだろう。死にたいと思いながら、足掻いている。本当に無様だよな。
だから、死ぬ前に少しでも、その苦悩を吐き出したいと思った。面倒だろうが聞け。殺す人間の戯言だと聞き流しても別に構わん」
だが、どう言えば良いのか分からない。素直にアナスタシアとの関係を言えば良いような気もするが、彼女の迷惑になる可能性を考えると、人には言いたくなかった。
そのため、曖昧ながらも想いを吐露する。
「俺には好きな人が居る。だが、決して触れてはいけない、あまりにも尊い存在だ。それなのに触れたい。抱きしめたい。許されないと分かっているが、その気持ちを抑えきれない。何度も諦めようと思った。それでも無理で……」
駄目だ。言葉が軽い。言葉にすれば、するほど、虚しくなる。どう言おうと、己の思いが言葉などで表せる筈が無いのだ。
それに共感など出来るはずもないだろう。いくら言葉を紡いでも虚しさが積もるばかりだ。
「大切だから、愛おしいからこそ、触れてはいけない。触れたいと思う自分が許せない」
だが、タケルの口から紡がれたのは、自分が良く知る思いだった。
その表情は悲しげで、何処か自嘲するような皮肉気な笑みを浮かべる。
「美しいと思った。欲望に身を委ねて、その身体を自由にしたい。だが、その願いを叶えた時点で、愛しいと思うものが汚れてしまう。美しくなくなってしまう。皮肉だよな」
「お前……」
まさか、自分と同じように叶わぬ想いに苦しんでいるのか?
信じられないと思いながらも、タケルの普段の態度を考えると納得できるものがあった。
決して女性と言えども容赦はしない。その最たる例がエリーザだ。エリーザはタケルに好意を抱いているように見える。だが、タケルはエリーザに対しても他の女性騎士と同じようにしか見ていないようだ。
エリーザはとても美しいと思う。多くの男性が気にしているのも当然だろう。
ヴィクトルが彼女に心を惹かれない理由はアナスタシアの存在に他ならない。アナスタシアがエリーザより優れているとか、そんな理由ではない。自分にとってはアナスタシアこそが至高の存在なのだ。比較することなど無意味。他と比較さえ出来ない存在だからこそ、報われぬ想いに苦しむのだ。
「叶うことは無い。報われない。それで良いのか?」
「叶えていいはずが無い。報われていいはずが無い。だが、それでも想いを寄せずには居られない。それほど尊い存在なんだよ。俺はな、この苦しみさえ愛しいと思うよ。だから見てるだけで良い」
その激しい想いが伝わってくる。本当に愛しているのだろう。そして、その苦しみすら受け入れてる。
「本当に見てるだけで良いのか? お前は、それだけで満足できるのか?」
「見ているだけが良いんだよ。それだけで良い」
強い男だ。戦闘能力だけでない。心が強いのだ。
タケルがエリーザに見向きもしない程に惹かれているのは、どんな女性なのだろう。
この世界で出会ったとは思えない。
そこで気付いた。気付いてしまった。おそらくは元の世界に居るのだろう。だったら、今は会えなくなってるはずだ。
再び会える可能性など無い。見ているだけさえ出来なくなったのだ。それでも、その想いはぶれていない。
もう、何も言えなくなった。
「なあ、まだ死にたいのか?」
死にたくない。彼女を見ていたい。その誇り高く生きる姿が愛しいと思う。
決して結ばれることは無くても、彼女を愛したことは間違ってはいないのだ。
「俺は、まだ死にたくない。生きて、見守り続けたい」
「じゃあ、生きろ。そして苦しめ。その苦しみこそが俺たちの愛であり誇りだと思えば良いさ」
「そうだな。その通りだ」
不思議な気分だった。まるで生まれ変わったかのような気持ちがする。
いや、昨日の攻撃で一度死んだと思い定めよう。そして、今は生まれ変わった。
「さて、話が終わったなら、獲物が罠にかかっていないか調べる。手を貸せ」
「了解です。今日は、ありがとうございました。少しは気が晴れた気がします」
この男に忠誠を誓おう。この男を支えるには、心を殺す余裕は、もう無い。心も体も全力で動かす。
彼女を愛した自分が、情けない男で合って良いはずもない。
「ああ、出来れば喋り方は元に戻さないでくれ。お前とは、そうしたい」
その言葉と表情から、仲間を見るような思いを感じた。
こんな自分で良いのかとも思うが、そう思われて嬉しくもあった。
「分かったよ隊長。これからもよろしく頼む」
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訓練生活も1か月になり、この世界での暦も11月になった。
どうやら、この世界の暦は旧暦に近いらしく、1月は雪解けの季節とされているので、11月は本格的な寒さが来る時期だった。
だが、最初は絶望顔だった騎士たちも、元が逞しいのか、焚き火用の枝を集めるのも、寒さの中で寝るのにも以前ほど苦しんでいるようには見えない。
この時期には何人か死んでると思っていたが、結局はオイゲンが死んで以降、脱落者はいない。
むしろ、俺に慣れて来たのか、普通に話しかけてきたり、個人での手合わせを希望する者も出てきている。
中でもヤニスは、騎士と言っても、田舎の警察のような地位で、狩りにも詳しかった。
最近では、一緒に訓練の後の狩りに同行するようになり、互いの知識の交換が出来て、俺としても楽しい。
まあ、ヤニスも含めて武術に関しては、あまり才能があるのは居ないが、やる気だけはあるようだ。
もっとも、隊員が全て才能が無いわけではない。1人だけ別格が居る。
その別格であるヴィクトルだが、少女漫画にでも出てきそうなイケメンの上に、剣技では隊の中で突出して強い。
クソジジィを基準にすると、エリーザが若干劣るくらいで、残りの連中は手も足も出ないというのが現状だが、ヴィクトルだけはクソジジィとエリーザが束になっても勝てるだろう。
「カラファトから兵糧を受け取る交渉は終わったぞ」
そのヴィクトルが使いから戻ってきた。この男は武勇だけでなく、文官との交渉にも優れ、兵站の任務にも詳しい。正に文武両道を地で行く男である。
こんな完璧超人であるが、重大な欠点がある事が分かってしまった。
なんと俺と同じく、変態だったのだ。決して手を出してはいけない至高の存在に心を奪われた哀れな囚人である。
だが、変態ではあっても、決してクズでは無い。
至高の宝石である少女を傷つけてはいけないと、ちゃんと分かっている。手を出せないと苦悩しながらも耐える実に骨のある男だ。
少女とは見ているだけで良いのだ。手を出して無垢では無くなったら、その尊さに傷をつける。
この同志と少女の良さを語り合いたいとも思うが、客観的に見て気持ち悪いから止めておく。
俺達みたいなはみ出し者は社会の隅でひっそりと生きるべきなのだが、時代が許してくれない。
今回も、目的があってヴィクトルに使いを頼んだのだ。
目的とは、これまでの訓練場所だった王都ロシオヴィから遠く離れるので、より近いカラファト城から補給を受けられるようにした。
「だが、この先は危険だぞ」
「だから、訓練にはうってつけだ」
カラファト城は現在ではロムニア領における魔族との最前線。この先はヴァラディヌス城があるが、そこはロムニアの領土であったが、今では魔族に占拠されている。
つまりは、ここから先は魔属領。人間と違い、畑仕事をしている魔族は居ないので、そうそう出会うことは無いだろうが、危険であることに違いは無い。
しかし、だからこそ、最初の訓練場所だった首都のロシオヴィから北上して、ここまで来たのだ。
俺たちを見つめる隊員に向かって声をかける。
「これから先は、本当の戦闘もあり得る。10名は先行して哨戒行動。夜間も交代で見張りを立てる。編成はヴィクトルに任せるぞ」
「了解」
「これからは、今までの訓練内容に合わせて、地形を頭と身体に叩き込め。俺の世界で最も優れていると言われた兵法家が言っている。戦においての最大の武器は情報だ。地形は確実に知れる情報だ。何一つ見逃すな」
天の時、地の利、人の和。難しく言ってるが、要は情勢、天候や地形の情報、人の情報を把握していろって事だ。情報は常に変動するが、最も動きが少ないのは地形。それを知るのは戦の初歩。
「俺も、これから先は狩人は廃業だ。新鮮な肉は諦めろ。ヤニスもだぞ」
俺だけが山に行っている間に、待機中の部隊が魔族と遭遇したなんてなったら洒落にならん。
かと言って、ヤニス達だけで行かせるわけにもいかんだろう。
「それと最後にもう一度だけ言うぞ。これから先、絶対に死ぬなよ。生き残るために行動しろ」
「了解」
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訓練には慣れてきた。焚き木を集め火を起こすのも、兵糧だけの食事も問題ではない。
魔属領に入り、交代で周囲を見張るのも、短い間だけ休むのも、地形を刻み込むのも問題は無い。
ただ、あの感触は消えなかった。オイゲンを突き落とした一撃。人を殺した。
オイゲンは好きでは無かったが、自分より優秀な騎士だった。
そんな人物を殺して、何の咎もない。それどころか、自分を気にかけてくれる仲間もいる。隊長に至っては、下らん事の一言だ。
誰も咎めない。理屈で、オイゲンに非があったと誰もが言う。
しかし、もしかしたら、自分が死んでもそうなのだろうか。
ダニエラ・マリカという人間が、この世から消え去っても誰も気にしないのでは無いか、そう思うのが怖いのかもしれない。
騎士とは人を守る存在だ。それが出来るのだろうか。
魔族と戦ったこともない。急遽、騎士に任命され、分不相応に勇者の部隊に配属された。
勇者である隊長の実力は本物だ。圧倒的と思える。
そんな人物の配下にダニエラという存在は不要だ、手の感触は、それを伝えようとしているのでは無いだろうか。
「ダニエラ、起きなさい」
身体が揺さぶられ、声を掛けられる。
浅い眠りから目を覚ますと、ナディアが自分を見下ろしていた。
「大声は出さないで、戦闘準備を」
「戦闘準備?」
空は暗い。東の方を見ると、僅かに夜の闇が紫色に染まっているのが見える。
朝に近いが、日の出までは、時間がある。
「どうかしたの?」
「脱走。5郷(約5km)先に。追いかけられている。
隊長命令は各自戦闘準備終了後待機。私語は慎め」
小声で短く伝えられた情報に背筋が冷たくなる。
慌てて周囲を見渡すと、全員が起き上がろうとしていた。
何人かは、既に起き上がり武器の点検もしている。
ダニエラも慌てて起き上がり、鎧の革帯を締める。
武器の点検を終え、半身たる軍馬に触れると、先程言われた情報から、現在の状況を考える。
家畜として捕らえられた人間が夜間に脱走したのだろう。おそらくヴァラディヌスか周辺の町から。
それを魔族が追いかけている。脱走した人は何人いるのか、追いかけている魔族の数は。
「伝達。北西の方角4郷から5郷(約4~5km)の地点、脱走者は約20人。暗くて不明。魔族も同数。こちらは暗くても信用度は高い。こちらに向かっているから距離は縮んでると思え。送れ」
隣から、伝達命令に従い、耳元へ更に詳しい情報が入ってくる。訓練通り、それを反対側で待機中の仲間に伝える。
小声で伝えながら事の重大さが分かってきた。
守るべき民が近くに居る。救いに行くのか。だが、常識的に言えば、魔族が20体も居るなら、最低でも60人の騎士が必要だ。それでも全滅覚悟になる。
普通なら、その数を発見したら、最低でも100騎は送られる。
そう、普通なら見捨てるしかない。普通なら反対方向へと移動し、自軍の損害を防ぐだろう。
だが、これまでの訓練で理解していた。自分たちの隊長は普通では無いと。
東の空が、少しだけ明るくなっている。その薄暗い中で見える隊長の顔には笑みが浮かんでいた。




